grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第18話

Last-modified: 2010-05-30 (日) 16:52:34

高速道路を疾駆する一台の車があった。
周りの車を置き去りに、他車の倍は出ているのかという速さ。
だが、車の揺れは運転手の腕のおかげか皆無に近い。
ひた走る車/シャッハ・ヌエラに運転をまかせ、その後部座席に腰掛けているのは機動6課部隊長八神はやてだ。
機動6課初となるミッションへの出撃命令を下した八神はやては、親友であり今現在ライトニング分隊の隊長を務めるフェイトに向けて秘匿通信を回していた。
ただ1つ告げた命令/要望に近いそれは、空を常に押さえておくということだった。制空権を確保した後も、どうしてもの場合を除いてリニアトレイン上空で待機。ガジェットⅡ型が増援に来たときも、迎撃はなのはだけ。
命令の理由を聞くことなく、一言――わかった。と答えるフェイトに、はやては心からの感謝の言葉を送って通信を切った。
車の窓から外を/空を見上げる。
もちろんこの場所から初ミッションの舞台となる山岳地帯の空が見えたとしても、ミッションは暴走するリニアトレイン周辺で繰り広げられ、見えるはずがない。
それでもはやては、ミッションが始まっているであろう場所の空を見つめていた。
どこまでも蒼い空。ただ、はやての視線から何かを隠すかのごとく所々に雲が点在している空だ。
機動6課まで送ってくれることになった運転手/シャッハが苦笑しながらも、肩の力を抜いたらどうか、という声にはやては頷き、小さく息を吐く。
必要なデータは、常に展開したままのモニターから伝えられている。今はまだ、6課までの道を少し座り心地の良いシートに体を任せて待つしかないのだ。
もう一度仲間が向かった方向を遠望しようとして、ふと、はやては窓ガラスに映る自分の姿に視線を留められた。
朝起きて顔を洗った時に見る見慣れた自分。
だが、己の口角が知らず知らず下がっていたことに、はやては乾いた笑いを心で漏らす。
原因はわかっている。ついさっきフェイトに言ったことだ。
理由を告げずに下した命令。
なぜ、空をそこまで警戒するのか。
なぜ、なのはではなくフェイトがリニアトレイン上空で待機するのか。
いつのまにか、知る必要がないと判断したらその理由を説明しなくなった己の成長に、はやてはわずかに自己嫌悪。理由を訊かれないのは、それだけの信頼があることへの裏付けだとしてもだ。
下がり始出す目尻が窓に映る。
「今からこんなんやったらあかんな……」
ため息1つで自分の想いを追い出すと、はやては気持ちを切り替えた。
「シャッハ、後20キロ速くしても私は大丈夫やから」
背中に強く感じ始めたGで浮かび上がってきた感情を押し込めるように、はやてはシートに深く寄り掛かる。
機動6課まで、後もう少し。

 

grow&glow PHASE 18 「星と雷」はじまります

 

「スターズ01、ライトニング01接敵(エンゲージ)」
「ガジェットⅡ型の反応、急速に減少中」
「スターズ03、04、05リニアトレインに降下完了」
「次いでライトニング03、04、05降下完了。フォワード陣全員の降下を確認。これよりヘリは安全圏に離脱して下さい。スターズ01はそのサポートを」
矢継ぎ早に情報が飛び交う機動6課指令室。
「スターズ03、04、05接敵」
『ティアナは先頭車両を確保。スバルは車両上から、イザークは中から重要貨物室へ向かってくださいです』前戦で指揮をとるリインⅡの言葉。
「了解。スターズ04は後で05と合流を。繰り返す。スターズ04は後で05と合流を」
「ライトニング、10両目で戦闘開始」
モニターにはスターズ・ライトニング両分隊の隊員たち全員が映されている。
ティアナの放つ橙の魔力弾が――イザークの斬撃が――魔力行使/戦闘行為に著しい制限をかける忌まわしAMFを突破してガジェットを破壊していた。
『駄目です。ケーブルの破壊、効果なし』『きりがないな』
『了解。車両の停止は私が引き受けるです。ティアナはイザークと合流してください』
『了解しました』『了解した』
ロングアーチの指示を確実に実行する新人達。特に4人/初めての実戦であるということに怯むことなくガジェットを屠った彼らの姿に、アスランは舌を巻いていた。
危なげのない動き。
客観的に見てもそう思える。新型デバイスの恩恵もあるだろうが、4人――ティアナ、スバル、エリオ、キャロは初出動とは思えない、上々のすべりだしだった。
熱線の隙間を縫うようにエリオが駆ける/斜めに横に鋭角機動/被弾はゼロ。それでも斬撃の後に生まれる隙は、ディアッカがガンランチャーでカバーする。
今まで何度もシミュレーションで相手にしてきた敵だ。急造の連携だが、彼らは訓練でのことを踏まえて鉄塊を床の上に積み上げる。
戦局は、かなり有利に展開できていた。

 

「スターズ01、ライトニング01、制空圏獲得」
「残ったガジェットⅡ型が散開。リニアトレインへ進行。こちらは追撃サポートに入ります」
「スターズ01、各機撃破を。ライトニング01は制空権の維持を優先して下さい。繰り返す――」
確実にやるべき事をこなしていくのは、何も新人達だけではない。
隊長2人は空を制圧し、司令室にいるロングアーチは指令を下すだけではなく、
「新たにガジェットⅡ型が接近中」
「後続列車に停止指示完了」
速打されるキーボード。現場の情報収集、デバイスの調整も彼らの仕事なのだ。
リアルタイムで更新される情報が通信士達に休む暇を与えない。
10の指がステップを刻む。
「相変わらず凄いわね」
「そんなことないさ」
僅か数分で新人4人のデバイス調整を終えてみせたアスランに、シャリオは嘆息した。
瞬打されていくキーパネル。奇ともいえる目の動き。そして、言葉の受け答えはいつもと変わらない。
だがそれは、シャリオの知るアスランと同年代の者の誰とも当てはまらなかった。
「出力調整や魔力変換ロス解消は、技術部のみんながほとんど誤差無くつくりあげたからすぐに終わっただけさ」
シャリオの動かない視線/意識が気になったのかアスランはふぅと息をつく。
なおも10の指を踊らせながら、
「すごいといったらフェイトやなのは達だ」
アスランの見つめる映像。すでに上空にガジェットⅡ型の姿はほとんど見られない。
残数は、すでに2桁を切っていた。
圧巻だった。管理局でも有名な彼女たちだが、初めて見た2人の生の戦闘にアスランは息を呑む。
フェイトの翔け抜けた後には切り刻まれたガジェットⅡ型の汚い花火が咲き、そして連鎖する。
なのはの誘導弾4発5発が1体の敵を穴だらけにして破壊する。そのはじけ飛んだ破片が後続のⅡ型に激突/煙を上げて墜落させた。
「容赦ないな……そもそも、あれだけ1つの敵に撃ち込んだら効率が悪いんじゃあ……」などとアスランは思いながら、だから彼女は悪魔と呼ばれるのかと1人納得する。全部聞こえてるよー、というシャリオの視線に気づくことなしに。

 

「ごめんなぁ、お待たせ」
六課司令室にはやてが息を切らして駆け込んで来たのは、そんな時だった。
「八神部隊長」
「お帰りなさい」
車から降りて、玄関から司令室まで走ってきたのだろう。大きく息を吐くとはやては椅子に腰掛ける。
「ここまでは、比較的順調です」
「そうかぁ」
グリフィスの言葉にはやては頷いて、眼前のモニターへ意識を集中させた。
今までのデータは、戻りの車の中で把握できている。全てが順調だった。
「ライトニングF、8両目突入」
と、はやての視界の下。シャリオの頭が大きく揺れた。
「エンカウント、新型です!」
ライトニングFよりもわずかに先行していたサーチャーが伝えるデータ。
中央モニターに、巨大な球状の機械――ガジェットⅠ型よりもはるかに大きいであろう新型が映された。
砲門とおぼしき数は3。
Ⅰ型と同じように伸びるアームケーブルとⅠ型には無かったベルト状の腕が2本。
データは……無い。
「現時点をもって、この新型をガジェットⅢ型と仮称。データ収集を開始してください」
はやての言葉と同時、ライトニングの新人達は交戦状態に陥った。

 

「見てるだけっていうのは、もどかしいよな」
「それは私たちの役割柄しかたないんだけどね」
歩くようなアスランの指先を見つめ、シャリオは同情するように答えた。
モニターに映し出された1つの戦況。
フリードのブラストフレアは、新型のベルトのような腕にはじかれた。
エリオの斬撃も新型の堅い装甲を破れない。
エリオを援護しようとディアッカがチャージ体制に入るが、新型の展開するAMFによって黄の魔力は砕け散る。
――それは、今までガジェットⅠ型を圧倒していた事への慢心が油断を生んだ結果だった。
実戦経験のほとんど無いエリオやキャロにとって、Ⅰ型相手の成功はほんのわずかな増長という隙を、緩みを生み出したのだ。
新型だとわかっていても、エリオは今までどおりに斬りかかる/今まではそれでうまくいっていた。
「かなり強力だな……」
アスランの唇から思わず漏れ出た感想。
Ⅰ型よりも遙かに大きい効果範囲に、車両外部/天井にいたキャロの魔力結合も解かされる。

 

――結果がこれだ。魔力を制限されて足下を掬われた。
そして2人のもう1人の仲間がイザークではなくディアッカであったことが現状の不利を確定させる。
射撃型であり砲撃型でもあるディアッカの主となる攻撃方法は純粋に魔力によるものだ。コーディネイターとしての身体能力を生かすとしても、彼の得物は剣でもナックルでもない砲筒。車両の中という制限されたスペース全てがAMFに覆われた今、ディアッカのできることはほとんど無くなった。ガンランチャーを使おうにも、今のAMF状況下で使えるほどの練度を彼はまだ持っていない。
「八神部隊長、どちらかの分隊長にライトニングFの援護に回って貰ったほうがいいのではないでしょうか」
緊急事態となりえる――そう判断したグリフィスの進言。
そして、それに同意するようにルキノとアルトがはやてを窺うように見つめて頷いた。
だが、
「それは、できそうもないな」
表情1つ変えず、却下――はやての視線に止まるのは、レーダーの端に灯されていく20は超えているだろう光点の数々。

 

「このタイミングで増援なんて……」
映像に映されたガジェットⅡ型を見て、シャリオは吐き捨てるように言った。
まるで、こうなることを待っていたかのように次々とリニアレールに向かっていく機影。
「しかし八神部隊長、増援は高町分隊長に。新型をテスタロッサ分隊長に任せれば」
「グリフィス君、なのはちゃんに増援を任せるのはかまへんけど、フェイトちゃんはこのままリニアレールの上で待機させとかなあかん」
再びの進言――しかし、はやてが首を縦に振ることはなかった。
はやての視線が動き、アスランに止まる。
今すぐにでもエリオ達を助けるべきだ/絶対に空の警戒を解くわけにはいかない。
前者は今の、後者はミッション前にアスランが決めていた決意。
救援を/だが、それをすれば必ず……。
2つの思考に挟まれたアスランを安心させるように頷くと、はやては隊長2人に通信を繋いだ。
「フェイトちゃん、なのはちゃん、聞こえる?」
『大丈夫。ちゃんと聞こえてるよ』
『はやてちゃん、どうしたらいいのかな?』
「そのことやけど、なのはちゃんはガジェットの迎撃。フェイトちゃんはリニアレールの上で待機でお願いな」
『それじゃあ、さくっと片付けてくるね』
『わかった。わたしもエリオとキャロ達で新型は大丈夫だと思うよ』
通信が終わるや否や、桜色の花火が大空に花開く。
まさに有言実行。なのははⅡ型が近づくまえに次々と撃ち落としていった。
そして、
「キャロとエリオはまだ子どもやし、今日が初出動や」
言うべき事を言い終えたはやては、グリフィスに話しかけていた。
「たしかに、今の状況は……はっきり言ってあんましよくない」
「はい」
モニター/エリオが新型の腕にはじき飛ばされ、壁に叩きつけられる。フォローに入ろうとしたディアッカだが、群がるケーブルを避けるだけで手一杯だった。
「けどな、エリオ達の実力はこんなもんやない」
「自分も彼らの情報については知っています。しかし、今は」
『グリフィス君、このままの状態にさせてくれないかな』
再び繋がれたフェイトからの通信/恐らく、こっそりと司令室のやりとりを誰かから流して貰っていたのだろう――シャリオが小さくグリフィスに頭を下げていた。
「しかし、それで大丈夫なんですか?」
なぜあなたは止めないんだ――そんな眼差しを向けられるが、フェイトの意志は変わらない。
『うん』
そして、訪れる沈黙。
互いにぶつかる視線はそのままに、ただ時間だけが過ぎていく。
静かになった司令室の中で、ただ1つ、モニターだけが音を生み出していた。
熱光線が直撃したのか、ディアッカのデバイスが宙を舞って転がり。
破壊音と同時に、エリオの身体は新型の腕に捕らえられていた。
ライトニングの苦戦を伝えるモニター。
「フェイトさん、彼らだけではやはり」
気を失ったのか、エリオはなんの抵抗もなくガジェットに持ち上げられていく。
 それでも、フェイトの顔に憂いはない。
『大丈夫』
キャロの目の前で、ガジェットは見せつけるようにエリオを投げ捨てた。
宙を舞ったのはほんの数秒。
抗う力を無くした小さな身体は、下に下に、重力に引かれて落ちていくしかなかった。
グリフィスが息を呑む。シャリオが、いけないと口にする。
『自分にとって大切なものを守りたいっていう想いは、とても真っ直ぐで強いから』
フェイトの言葉と同時、キャロは車両から飛び降りていた。

 

「ライトニング04飛び降り!」
「あのふたり、こんな高々度のリカバリーなんて――」
ルキノは指を止め/アルトは咄嗟のことに声をうわずらせて叫んだ。
だが、
「いや、あれでええ」
「発生源から離れればAMFも弱くなる……か」
はやては自信を持った表情で/アスランは淡々と言った。
そして続いた『これで使えるね。キャロのフルパフォーマンスの魔法が』すべてを見下ろし続けていたフェイトの言葉を待っていたかのように、キャロとエリオの姿がピンクの光に包まれる。

 

「落下速度、低下」
高々度リカバリーの成功。
ただその事実に唖然とするアルトだが、キャロの魔法はそれで終わることはない。
ピンクの光球を包むように環状魔方陣が形成された。光球の中にも巨大な召喚魔方陣が展開されている。まるでそれが、キャロの今の意志を具現化したかのように強く光り輝いた。
「これってもしかして」
ルキノは息をのんだ。シャリオも、アルトもまた同様に。
――キャロの唇が何かを告げてる。すでに召喚魔方陣からは大きな『何か』のシルエットが浮かび始めていた。
司令室の誰もが理解する。キャロ・ル・ルシエがフリードリヒの真の姿である、白銀の竜の姿と力を開放しようとしている事を。
強力だがまともに制御できないと記されていたキャロの召喚魔法についての報告書を思い出しグリフィスの眉間に深い皺が刻まれる。
――不安。
そう捉えられても仕方のないキャロの無茶だと思わせた行為の産物=数瞬先の未来への恐れを想像する司令室の各々の表情を見つめながら、はやての口角は、自然と静かに上がっていた。
それはフェイトへの信頼によるものもあるのだが、初めてキャロの事情を知って狼狽えた過去の自分を見せつけられたからだろうか。
一拍。
二拍。
光球を割り飛ばし、白銀の飛竜が羽ばたいた。
主と彼女の大切なものを乗せて竜は空を行く。
「召喚成功。フリードの意識レベルブルー、完全制御状態です」
咆哮を轟かせ、飛竜の肢体はリニアトレイン目指して突き進む。
「これが……」
「そう、これがキャロの竜召喚。その力の一端や」
衝撃をうけているだろうグリフィスを横目に、はやてはこの任務がほぼ成功するであろうという結論を出していた。

 

 
ミッションは成功――リニアレール内の全ガジェットの破壊及びレリックの確保を確認。これよりスターズ分隊はレリックの中央ラボへの護送、ライトニング分隊は現地の事後処理の引き継ぎの任を遂行せよ――。

 

 
青年は、すべての事を見下ろしていた。
周囲は一面の蒼。
白を基調としたバリアジャケットを身に纏い、陽光と肌を冷やす冷たい空気を感じながら、青年には雲の下、今は止まってしまったリニアトレインを見つめていた。
視線の先には少女が2人。その内の1人は、レリックの入ったケースを大事そうに抱えながら、ヘリへと乗り移ろうとしていた。数分後にはレリックを乗せたヘリは管理局のどこかのラボへと運ばれていくのだろう。
『刻印ナンバーⅨ、護送体制に入りました』淡々と事実を告げる女の言葉。
勝手に繋げていた通信を聞き流しながら、任務の達成が嬉しい――そんな少女達の満足げな笑みに青年はほほえましいものを感じたが、
『ふむ』通信に答える男は、己のあごに手を当てて思考。続く淡々とした女の進言。
『追撃戦力を送りますか』
次の瞬間、青年の表情から感情が消え落ちた。
紫に染まる瞳でターゲットを捉える青年に、ついさっきまで浮かびかけていた笑みの可能性はない。
通信する2人のやりとりによっては、任務を達成させた少女達の満足げな笑みを絶望に変えるかもしれない――そんな理由ではなく、どうすればより早く、確実にレリックを奪取できるかを考えるためだ。
青年はデバイスを起動。同時に、背中に蒼に輝く10の鋭角的な翼を組成。白を基調としたバリアジャケットを纏い、右手に握るライフルのようなもので眼下の獲物へと狙いを付ける。決まれば即時決行。
後は、決断を待つだけだ。
そもそも、青年の目的はレリックの確保。故にここにいる。
しかし、
『辞めておこう。レリックは惜しいが、彼女たちのデータが取れただけで充分さ』
男は追撃の指示を下さなかった。
今日の失敗を悔やまずに、嬉々とした瞳が物語るのはただ1つ。
レリック収集を失敗したことを男がまるで気にしていないのは、レリックよりも興味をそそられる発見があったからであろう。
『それにしても、この案件はやはりすばらしい。私の研究にとって興味深い素材が揃っている上に……この子達。生きて動いているプロジェクトFの残滓を手に入れるチャンスがあるのだから』
おそらく通信を交わす男のほうは、プロジェクトFによって生まれたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンとエリオ・モンディアルに興味をそそられている。
飽くなき探求心も考えものだ――と考青年が考えたところで、突如モニターが青年の目の前で展開された。
『すまないね。そんなところでずっと待機させていて。君の御披露目はまた今度になりそうだ』
モニターに映るのは、つい先ほどの男。
謝罪の意志はあったのだろうが、彼の頭の中でわき上がる新たな研究対象の影響か、男は輝く瞳をそのままに言った。
「大丈夫ですよ。ドクター」
ドクター/ジェイル・スカリエッティは数多くの事件で広域指名手配されている次元犯罪者であり、「違法研究者でなければ間違いなく歴史に残る天才ともいえる男」なのだが、青年にとっては、ちょっと道楽の激しい近所のおじさんみたいな感覚でしかない。
「どのみち、ずっと警戒されてたみたいですから、何もできませんでしたよ」
2人の少女がヘリに入る上空では、桜と黄金色の輝きが絶えず動いている。
『こっちにはすぐ戻るかい? なんだったら久しぶりにどこかに行ってきてもかまわないよ。久しぶりの外を楽しむのも良し』
「そうですね……けど、今すぐ戻ったらチンク達の模擬戦に付きあってあげられるから帰ります」
『君は休まなくてもいいのかい?』
「今日はただ空に浮かんでいただけですよ」
――わかった。その言葉を最後に通信は終わりを告げた。
青年は最後にもう一度眼下を一望する。
初めて見る顔と、かつて見慣れた顔が2つ。
だが、そこに存在を望んだ者はいなかった。
かつては4人。1人がいないのは自分のせいであることを自覚しながら、何故いないのかと考えようとして辞めた。
いちいち考えるよりも、データを探ればすぐにわかることだ。今は妹とも姉とも家族とも呼べる存在がいる場所に早く帰ろう。――そう結論づけて彼は蒼の翼で東へと飛翔する。

 

成功を収めた機動6課を眼下から追いやるように、彼は天駆けた。