grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第19話

Last-modified: 2013-01-26 (土) 11:56:57

 初めてみんながチームとしての臨んだ実戦は、ピンチの連続だったと思う。
 それでも、どんなピンチが訪れても、仲間を/愛機を信じて前へと駆け抜ける。そんな風に思えてしまった実践だった。
 どんな迷いも胸の奥にしまってみせて、みんなは戦っていく。
 一人が後ろを振り向いても、きっと誰かが前を向かせてくれる。みんななら。
 それぞれの場所で。
 それぞれの戦いが。
 ようやく始まった。

 

grow&glow PHASE 19 「進展」始まります

 
 
 

 初任務成功から一夜が明けて。
 ストライカー達は、成功の喜びを胸に秘めたが故に/自分たちの戦うべき相手を知ったが故に、より明確な強くなる――という意思を持って訓練に望んでいた。
 スバル、イザーク/前衛として、生存能力向上のために防御力(打たれ強さ)を。
 エリオ、キャロ/基礎を固める延長として、回避能力向上を。
 ティアナ、ディアッカ/射撃型として、あらゆる相手に正確な弾丸の選択/命中させる判断速度と命中精度を。

 

 まずは、己のポジション/役割としての力をつける。
 それが、現段階でなのはが考えた訓練の方向性だった。

 

 演習場/森の中に伝播するホイッスル=午前の訓練の終了合図。
「はい、お疲れ。個別スキルに入るとちょっときついでしょ」
 いたわるように/ねぎらいの言葉をかける高町なのは/優しい笑顔。
「ちょっとというか」
「かなりと……いいますか」
 俯き、息を荒げ、地面に座り込んだ教え子6人。

 

 個別スキル/新しい訓練の始まりは、自分たちがその訓練に見合う練度=成長しているということだが、6人の表情に笑みはない。
 なのはを見上げるために首をあげることも。
 姿勢を正し、終わりの挨拶を教受けることも。
 なのはの言葉に明確な返答を返すことも。
 体力の尽きた6人には、ただのひとつも割くことのできる体力が存在していなかった。
「ディアッカとイザークはみんなより少しデバイスの負荷をあげてるけど大丈夫だよね?」
「少しじゃねーだろ、これは」
 先日の任務達成後に、技術部に拉致されたディアッカとイザークのデバイス。
 一日で戻ってきたと安堵するも、使ってみればBランク試験を受けた時よりも、体感で2倍は消費しているのではないかと思うほど負荷は高い。
「けど、ディアッカは特にAMFの影響を受けるからやっぱり必要だと思うな」
「わーってるけど……」
「大丈夫。なれたらちゃんと砲撃も撃てるようになるから」
 ちょっと借りるよ――と、ディアッカのデバイスを手に取ると、なのははバスターを起動させる。
「少しだけキミを借りてもいいかな」『あんな奴より何倍もいいわ』「ありがとう」
 承認を済ませ、なのはは告げる。膨大な魔力を空へと解き放つ言霊を。
「ディバイーーーーーンバスターーーーーーーー」
 桜色の奔流が蒼穹に向かって駆け抜ける。
 カートリッジを消費することも、特段にいつもより魔力を込めた素振りも見せずにぶっぱなす。
「ディアッカくんも魔力量を含めて鍛えればどんどん伸びるから頑張ろうね」ディアッカに微笑みとともに、なのはは宣告。これから死ぬほど訓練しちゃうぞ(ハート)と、教えて(命令して)あげる。
「フェイトは忙しいけど、あたしも当分お前たちに付き合ってやれるからな」白い歯を見せながら、にやりと笑うヴィータ。
「あ、ありがとうございます」引き攣るスバル。主に頬が。他の5人もまた同様に。そして、冷や汗も。
 鬼教官からの訓練の日々が始まることを教えられ、変えることのできない現実に、6人は自然と空を見上げてしまう。
 涼しい風が流れゆく空を。
 涼しげな青に染まる空を。
 重力に気兼ねしない空を。
「じゃあ、お昼にしようか……それから、また午後から頑張ろうね」
 それでも、どんなに力が入らなくとも、なのはの言葉は耳に届くのだった。

 
 

 ゆったりとできる昼食から、再びの地獄へと6人が演習場に向けて旅立った頃。
 陸士108部隊を訪れる機動六課の者達がいた。

 

 そのうちの一人。同行者として訪れたアスランは、感慨深げに懐かしの隊舎内を散策中。
 と、廊下を歩くアスランの背後に一つの影が迫っていた。
「お久しぶりですね、アスラン」桔梗色のなめらかな長髪を揺らし、駆け寄っていくのは陸士108部隊所属、ギンガ・ナカジマだ。彼女は走り寄った勢いのままアスランの肩を軽く叩こうとして、「ギンガも相変わらずだな」――しかし、彼女の左手は空を斬る。
 勢いを殺しきれずにアスランを数歩追い抜いて停止。

 

 ギンガにとっては、実に面白くない結果だった。

 

 不満げに口を尖らせ、文句のひとつも言ってやろうとして――再び停止する。
「……大丈夫ですか? そんなにボロボロになって」
 本来ならば、アイロンが効いてピシッと決まっていたはずの制服。しかし、襟も裾も制服全体にシワが溢れていた、

 

 瞬間、思考。

 

「もしかして、機動六課でもアスランは散々いいように使われてしまっているんですね。なんて不憫な。いつも真面目で通してきたアスランが制服にアイロンを掛けられないくらい仕事まみれにされているなんて……このままだとアスランのお凸がもっと酷いことになるというのに……いいでしょう。私から父さんに頼んでみる。アスランをこっちに引きずり込もうって」
 私はひどく悲しい――と全身で訴えるかのように顔を多い、ギンガはその場にしゃがみ込み、
「……本当に変わらないな、君は」表情を変えることなく、真顔でギンガを見下ろしながらアスランは二言目を告げていた。

 

「酷いですねアスランは。たったそれだけの言葉で済ませるなんて」頬を膨らませながら、ギンガは立ち上がる。無論、両手で覆っていた瞳に濡れた痕跡はゼロ。
「……相変わらずと答えるべきだったか?」
「それも却下です」
「……わかった。そもそも、俺がこうなったのも」「こんなにボロボロになったのは此処のみんなおかげ。そりゃあ、服もお凸もあれだけ挨拶で叩かれたらそうなります。それと、アスランが今封筒を持っているのは、ギンガにでも会ったら渡してくれと無理やり頼まれたから。あと、ここ最近は酷くなってない。あ、アスランに頼りすぎていた自覚はもちろんありますよ。だからアスランの残業で残っていた時は、お菓子の差し入れをしていたじゃないですか」
 拳を握り締め、プルプルと震えるアスランをギンガは楽しそうに見つめるのだった。
「ギンガ……」
「はい?」
「たしかに差し入れをしてもらった日は、ギンガも俺の仕事を手伝ってもくれた。感謝もしている」
「そりゃあ、アスランはあの時は後輩でしたから先輩として当然です」ギンガは得意げに胸を張り、
「夕飯を食べに行ったよな。時間が遅くなるから。後輩の俺のおごりで」そして、目を逸らす。
「語弊です。アスランは男として私の御飯をおごって、私は先輩としてアスランの御飯をおごる問題ありません」
 左右の人差し指の先をつつきあわせるギンガに向けてアスランは息をつく。

 

「わかった。ギンガの食事の量についてとやかく言う気はないさ」
「言う気がなくても、それだけ口に出していたら同じですよ」
「で、これからギンガはどこに行くんだ?」
 アスランにとっては、かつての仕事場。
 だからこそわかる、給湯室へと向かうギンガに付いて行きながらアスランは問いかける。
「せっかく八神二佐もいらっしゃったから、お茶でも入れようと思っただけですよ」
「そういえば、はやては、昔この部隊にいた事もあったと言っていたな」
 ポットから急須に湯を注ぐギンガを見つめながら、ふと、今日ここへと共に訪れた彼女のことを思い出す。
 密輸物のルート捜査依頼が今日ここにやってきた大きな理由だ。
 密輸物/ロストロギアの捜索。
 他の機動部隊にも依頼を出してはいるが、そこだけに頼るということは疎い。どの機動部隊とも、名のある人間の後ろ盾があるものの、逆にそれだけ動きの制限が大きくなるということだ。その点、政治的にも影響力の弱い・及びにくい地上部隊の方が自由度も高く動かしやすい。あくまでも、目的はロストロギアの捜索。ガジェットという危険因子はあるものの、捜索を行うだけならば、部隊の練度は関係しない。
 地上のことは地上部隊がよくわかってる、て言うたらナカジマ三佐も納得してくれるよ――と、はやてはVサインをアスランに向け、陸士108部隊の部隊長に会いに行った。それが、20分ほど前のことだ。

 

「アスランは一緒に父さんと話をしなくていいんですか」
 湯呑を盆に載せながら、ギンガは問うた。
「はやてから暇をもらったからな」
「つまり、こっちに戻ってくるんですね」
「暇といっても、はやてがゲンヤさんと話している間だ。古巣のみんなに挨拶してきたらってことだろうな」
 盆を持ってあげようとし、怒られ、アスランはギンガに続いて部隊長室への廊下を歩く。
「いい隊長さんじゃないですか」
「そうだな。また、気を使ってもらったよ」
「だったら、何かドドーンと八神二佐に返してあげたらいいんですよ。あ、何かはちゃんと自分で考えてくださいね」
 額を指で小突かれ/己の言わんとすることを先に言われ、苦笑するしかないアスランだった。
 そして、

 

 ……シュイーン
「失礼します」
「ギンガ!」
「八神二佐、お久しぶりです」
 ……シュイーン

 

 気付けば、ギンガの姿はいつの間にか到着していた部隊長室の中に消え、一人廊下に取り残されたアスランだった。 

 
 

 捜査部――ギンガのデスクに集う二人。
「その……さっきはごめんね」
「あそこで入りそこねたのは、俺がボーっとしていたからだ。」
 額に影を落とすアスランと謝るギンガ。
 自分のすぐ後ろにいたはずのアスランが消え/しかし、ドアの前まで一緒に来たアスランが入ってこなかった理由を咄嗟に言えることもできず、ギンガはひとりで来たように振舞ったのだった。
 表情には笑顔を/背中に汗を浮かべながら、過ぎること数分。
 そして、部隊長室からギンガのデスクまで数十秒。
 それが、「今」を作り出したのだった。
「そうだ。仕事の話をしてくれませんか? 私たちに依頼するっていう仕事の」
 「今」を切り替えるために。
 ギンガは仕事の話をアスランに持ちかける、
 瞬時。
「そうだな。捜査主任はカルタスで副官としてギンガというのは聞いているよな」アスランの表情は切り替わる。
「六課は、テスタロッサ・ハラオウン執務官が捜査主任になるからギンガもやりやすいと思う」
「そうですか。フェイトさんが主任なんですね。ということは」ギンガ――見上げる視線/アスランの瞳に向けて。
「二人で一緒に捜査にあたることもあるだろうな」アスラン――表情を優しく崩しながら首肯/即座の肯定。左手で小さくガッツポーズを作ったギンガを見つめながら、もう一つギンガの喜びそうな/少し遠慮してしまいそうな六課からの提案を投げかける。
「それと、捜査協力にあたって六課からギンガにデバイスをプレゼントすることが決まったんだ」
「ちょっと、いいんですかアスラン? 凄く嬉しいのは嬉しいけど……」
 アスランが展開したモニターから見せられたモノに、思わずギンガは聞き返す。
 給料何ヶ月分だろうかと思わざるをえない代物だ。二つ返事に貰っていいモノだろうが、悲しいかな、安月給の陸士として働いてきたギンガの心の一部が、プレゼントの受け取りに抵抗を考える。
「閃光の執務官と一緒に走り回るなら必要だろ」
「だったら……受け取ります」
 だが、結局のところ理由ができればそれでいい。
 こんなに良いモノを貰っていいものか――フェイトさんと「一緒に」捜査を行うためには必要だという大きな理由が、だ。

 

 両手でガッツポーズを作って喜ぶギンガに釣られ、アスランの顔にも笑みが浮かんだちょうどその時、
 コール音。
 数瞬後、「ギンガ、今から時間はあるか?」陸士側の捜査主任となったラッド・カルタスの顔がモニターに展開されていた。
「もしかして今回の依頼された外部協力任務の打ち合わせ?」
「ああ。第3会議室に今から10分後に来てくれないか」
「はーい」
「と、そこにアスランもいるよな?」
「はい。どうかしましたか」アスランにとっては元上司。懐かしさを胸にアスランはモニターへと顔を近づける。
「相変わらずのデ」「回線、切りますよ」「冗談だ」
 変わらぬ元部下に/変わらぬ反応に満足できたのか、
「俺にも説明を頼む。データもお前が持ってきたようだしな」次いで、遠慮なく頼る。
「なぜですか?」
「おいおい、二尉の俺が佐官……しかも隊長よりもえらい二佐に聞けないだろ。というより、お前の説明はわかりやすい。褒め言葉だ。だから説明しろ」
 頼みごとというより、むしろ命令。他部隊の人間に。
 だが、
「たしかに、はやて……うちの部隊長がするべき仕事じゃありませんね」
 理由としては間違ってはいないのだ。己の階級を鑑みれば予想できること。
 と、モニター/カルタスの頬がクイと持ち上がる。
「部隊長を名前呼びか……どこまで手を出した」
「どうして手を出すんですか。そもそも、これって仕事用の回線ですよ」
「ついだよ、つい。機動六課といったら悪魔から天使。ツルペタからビッグバンまで選り取りみどり。俺たちの隊の乱暴連中と違って、いい女のパラダイスじゃねーかよ」

 
 

 瞬間。
「……ギンガも可愛いだろ」背中が寒くなる。寒くなりすぎて熱い。痛いぐらいの殺気。故に、アスランの本能が自然と言葉を告げていた。
 酒が入ったり、訓練に付き合わされたり、仕事を押し付けられたりと酷い目に合うことはあるが、それがギンガのすべてというわけでもない。
「あんな大食らいで、しかもグーで殴ってくる奴なんか女じゃない。女がグーだぞ。この部隊で最強のグーで」それでも全否定。ありえないとカルタスは首を振る。
「ヤサシイトキモアルシ、イイスギダロ。」
 視線でアスランはカルタスに訴える。カルタスの話相手/己の隣に誰がいるのかを。
「……あ」
「どうしたんですか? カルタス二尉」
 笑顔で/百獣の王すら逃げ出しそうな微笑みで/ギンガは問いかける。
「後、30秒ほどで第三会議室に着きますよ」

 

 アスランは気づく。視界の端、世界が前へと消え去っていくことを。
 アスランは気づく。己の襟首を掴まれ、ギンガに引きずられていることを。

 
 

「アスランは少し待っていてください」
 会議室前。アスランはギンガに告げられる。
 拒否権は――ない。
 だが、
「ああ、凶暴なとこをアスランに見せたく無いってのは、女の子らしいじゃねーか」ターゲット――カルタスは笑ったままだ。これより降りかかる拳に臆することのないのか、余裕を持ってモニター先から語りかけている。
「黙ってくれませんか」狩人――ギンガの目は座り、ドアをぶち破ろうと左拳をきつく握り、「え?」目を見開いた。
 頭に血が上っていたからこそ見落としていた、ドアに光る「open」の言葉。
 一歩。ギンガはドアへと歩み寄る。
 開くドア。
 その先。会議室の中には誰もいない。
 メキッ――破壊音。ギンガの右足の床がわずかに沈んでいた。

 

 同時、笑い声が木霊する。
「居場所バレてちゃやらないだろ」さも当然と言い放つカルタス。
「打ち合わせをするんじゃないですか?」背後でアスランが数歩後ずさったことも気にせず問いかけるギンガ。
「モニター越しでもわかるって。データもアスランがプログラムとかセキュリティ組んでるからいけるな。まず漏れない。というわけで」「ナカジマ陸曹、いつものところです。時々私たちが使う穴場のお店」モニターに一人の女性が入り込む。
「ちょ、お前!」
「仲間はずれはかわいそうだろー」「二尉は調子に乗りすぎですよ」「諦めろ」
 さらに、数人の声がギンガたちに届くのだった。
「カルタス二尉」にこやかに。
「はい」殊勝に。上官でありながら直立/敬礼の姿勢。
「今日は、仕事の話もありますし、もういいです」穏やかに。
「はい」真面目に。姿勢を崩さず、直立/敬礼の姿勢。
「実は、ちょっと嬉しいことがあったんですよ。私、六課から新しいデバイスを頂いたんです。新しいローラーに変わるんですよ。フェイトさんと一緒に走り回れる足に」
 目で告げる。これ以上話す必要があるのかと。
 笑いかける。わかっていますよね、と。
「今日の飯は俺持ちだ」
「今日だけですか?」
「明日もおごらさせていただきます」
「よろしい」
 満足気に頷き、アスランへとギンガは向き直る。
「それじゃあ、行きますよ」

 
 

 隊長室。そこから覗ける隊舎の玄関先。
 意気揚々と隊舎から歩いていくギンガと引っ張られていくアスランを見送りながら、
「すいません。気を使ってもらって」はやては苦笑する。
ギンガに引っ張られながらも、最後は車の運転を勝手出るアスランに、だ。
「気にするな。それに、カルタスも分かってやったことだろう」ゲンヤ/顎に手を当て、しみじみと。
「何がですか?」はやて/唐突に陸士側の捜査主任の名前を出され、聞き返す。
「俺たちが空とは違って動きやすいからといって、上とは関係ないということはない。出向してくる奴もいれば、家族、親類が上にいる奴もいる。ここは、機動課よりも都合がいいだろうが、あくまでも程度が違うだけだ。完全に自由ともいかねえさ」
「お見通しですか」
「今回の依頼は建前上問題はないからいいんだよ。上のやつは下を上手く使わんとな」ゲンヤははやての頭を軽く叩き、「今回捜査に当たらせるメンバーは俺が隊の中でも特に信頼しているやつらだ。だから、心配するな」告げる。
「まあ、この隊だからああ言ったのかもしれんが、俺が部隊長をしている間だけだぞ」
「肝に命じときます。師匠」返すは敬礼。
「ほんとにタヌキみたいになりやがって」
 再び、はやての頭に拳がゆっくり落とされた。
「さて、仕事の話もここまでとして俺たちも飯でも食うか。ここまで出てきたんだ。お前さんも久々に行きたい店くらいあるだろう?」
「はい。ご一緒します」
「こ洒落たレストランとはいかんが、そこは大目に見てくれや」
「そのほうが気楽に食べられるから大歓迎です」

 

 男が歩いていた。惜しげもなく浮かぶ笑顔をそのままに。一人の青年を引き連れ、男は歩む。
 その男の名は、ジェイル・スカリエッティ。 ロストロギア事件を始めとして、数え切れないほどの罪状で超高域指名手配をされている一級捜索指定の次元犯罪者。
 男は笑みを浮ばせながら。
 理由――そろそろ己の存在が気づかれるということを予測し、これから起きるであろう未来を想像し、興奮。
 前回レールウェイ内部にて撃破されたガジェットから発見されるであろう、己の名前。見落とすほど相手もまた甘くはあるまい。

 

 それは、挑発だった。
 高町なのはに。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに。
 最強ともいえる機動六課に向けてのいわば挑戦状。
 生命操作・生体改造に関して異常な情熱と技術を持っている己がガジェットを大量に作ってまでレリックを探し求めているのだ。
 六課もまた、全力で対抗してくるであろう。
 だからこそ、彼は楽しい。
 己がどれだけの作品を/娘たちを生み出せたのかを正確に測ることができるのだから。

 

「ゼストとルーテシア。活動を再開しました」伝わる言葉。長姉、ウーノより。
「ふむ。クライアントからの指示は?」確認せねばならないこと。スポンサーの要望だ。
「彼らに無断での支援や協力はなるべく控えるようにとメッセージが届いています」
 くだらない伝言にスカリエッティは鼻で笑う。
 自立行動を開始させたガジェットドローンがレリックの下に集まることは自明の理。わざわざ、メッセージとして伝えるべき内容ではない。
 多めに見てもらえるというあてが外れ、スカリエッティは大きく息を吐きだした。
 と、ようやくスカリエッティの背後についていた青年が口を開く。
「ドクター。ガジェットのプログラムなら、半日あれば改造できます」
 提案。だが、首を振る。
「君にそんな無駄な時間を使わせるわけにはいかないよ。それに見つかったところで彼らは強い。第一、彼らもまた、大切なレリックウエポンの実験体なのだからね。データを集める上でも構わないさ」
「わかりました」
 肩を落とし、気落ちする青年。そんな彼を眺め、ちょうど今、思いついたかのようにスカリエッティは告げた。
「心配というなら……近いうちにホテルで行われるオークションに参加してみるかい? 彼らが今動いたということは……わかるだろう?」青年の顔を覗き込み、男は瞳を怪しく光らせながら答えを促した。
「はい」是――スカリエッティの望むべき言葉が返される。
「護衛として、当然機動六課も動いているだろうが、君の頑張りで彼も彼女も無事にレリックを集めることができるんだ。運がよければ、彼女の目標も達成される。君にはしばらく休みを上げよう。ここ最近の君の頑張りで私にも余裕がある」

 

 ホテル・アグスタ。
 再びの激突へのカウントダウンが始まった。