繰り返すのは自責。今ある己に自信を持てなくて。
湧き上がるのは疑念。日々の成果を実感できなくて。
胸を焦がすのは羨望。互いの落差を痛感させられて。
少女は問うていた。
今、己がここにいることの存在意義を。選ばれた理由を。己に向けて。
卑屈に考える。卑屈に決め付ける。
本当の答えを/それが、己の望まぬ答えであるのではないかと恐れ、誰に問うこともなく、答えが見つからないように――
――少女は己に向けて問いかける。
grow&glow PHASE 20 「ホテル・アグスタ」始まります
ミッドチルダ首都南東地区
都心部から離れた緑地帯。その緑と穏やかな湖面に囲まれるように存在する白亜の建物――ホテル・アグスタ。
都心部とは離れてはいるが、交通の便が悪いわけではない。
近くを走る道路はすぐに高速と繋がり、またホテルからの直行便の利用度も上々。
故に、観光・慰安を目的とする客でシーズンは賑わい、時には(違法物も取り扱う)オークションでもまた、人の波が押し寄せるのだった。
ホテルから林道/ハイキングコースへ繋がる人気のない道ばたに直立する一人の少女。
少女/ティアナ――制服ではなく既にバリアジャケットを着用=任務中(仮)/警戒中(仮)。
不審者が通りかかれば仕事は生まれるが、周囲の人間――ゼロ。
シーズンオフにホテルに滞在する+訪れる一般人の目的はオークション。
綺麗な空。気持ちの良い空気/風。
そんなものより、珍しいブツにしか人々の興味/関心は向いていない。
開店休業――やることが生まれない=暇。
と、脳裏に相棒からのリンクが繋がった。
『そっちはどう? ティア』もう一人の暇人=スバルからの念話だ。
「なーんにも。あんたのとこは?」
『こっちも平和だよ。凄く平和』
オークション開始まで、残る時間は3時間と少し。
各々の持ち場についた彼女達――六課のメンバーたちはオークション会場の外を固めながら、「その時」を待つ。
だが、常に気を張り詰めていた結果、有事に全力で対処できなければ意味はない。
故に、敵の発見を担うロングアーチとは異なる分隊であるティアナ達が言葉を交わすことに/緊張をほぐそうとすることにお咎めはない。
会場内の警備は厳重。一般的なトラブルには十分対処可能。入口に備えられた防災用の非常シャッターはつい先日、PS装甲の技術を転用したものに変更され万全の体制をとっている。
油断はできないけど、少し安心かな。
それが、分隊長から告げられた言葉だった。
『あ、あたし中だから隊長達見かけたんだけど……凄くドレス似合っていたよ。受付の人が鼻の下伸ばすくらい』スバル――楽しげに言葉を弾ませる。
「そりゃあ……何かの公報か! ってくらいに隊長達は全員綺麗よね。シャマルさんがお仕事着なんて言ってたけど……そういえば、シャマルさんが現場に出るなんて思わなかったわ」ティアナ――感慨深げに言葉を淡々と。
『そういえば、今日は八神部隊長の守護騎士団全員集合かー』
「言われてみれば、そうよね」
『だったら、今回もサクッと終わりそうだね』
「……あの人たちが居るんだし、そうかもね」
訓練校の卒業後もアスランやイザーク達と連絡を取り合っていたおかげか、ティアナにとっては、知人以上友人未満という程の仲にはなっている。
親兄弟のいない独り身というティアナの境遇を誰かがはやてに話したおかげか、時には食事に誘われ、近況を聞かれ――と気にかけてもらっていることもあり、八神家の面々を知らないわけでもない。
『6人揃えば無敵の戦力な守護騎士団も揃って、なのはさん達もいるんだし、ティアも、もっと気楽にしたら?』
「しょうがないじゃない。訓練とは違って実戦――それも、5人の指揮をするかもしれないんだから緊張くらいするわよ。あんたがお気楽お花畑なだけ」
『ひどいよティア』
「うっさい」
気負いを見抜かれ、気遣われ、ティアナは念話を切り上げる。
嘆息。焦りを吐き出すために/余裕を取り戻すために。
冷静さを取り戻し、ティアナは思案する。
六課の戦力の異常さ――それは、ティアナはとうの昔に知っていたことだ。
部隊毎に保有できる魔力ランクの総計規模の問題をクリアするため、常に出力リミッターが掛けられているオーバーSの隊長格とニアSランクの副隊長。
そして、他の隊員達もまた、未来のエリートが勢ぞろい。
隊長達から指導を受けている新人もまた、自分より年下ながらBランク持ちのエリオとレアで強力な龍召喚士のキャロはフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの秘蔵っ子。危なさはあっても、潜在能力と可能性の塊+優しい家族のバックアップもあるスバル。コーディネーターとしての素養の高さを持ったイザークにディアッカ。
己を外せば、並みの人間が見つからない。
気落ちすることだが、事実は事実。
気持ちを切り替えたくて、
「やっぱりあたしの部隊で凡人はあたしだけか」俯き、吐き捨てるように言葉を漏らすが、
「今更、何を言っている。貴様は」一人の男に拾われる。
「なんであんたがここにいるのよ?」思わず、半眼+仏頂面。
それでも、男――イザークは気にする素振りも見せずに歩み寄る。
冷笑。「巡回で動き回っていることも想像できんのか」
「うっさいわね。タイミングが悪いってことぐらい読み取りなさいよ」視線を逸らす。イザークが警備担当のエリアを持っていないことを今更ながらに思い出す。
「タイミング? ……ああ、ティアナが自分を凡人だとようやく理解したことか」
「改めて誰かに言われるとムカつくわね」
「それがどうした。貴様がそんなことを気にするたまか?」再び嗤う。
愉快だと言わんばかりに腹を抱え、肩を小刻みに揺らされ――しかし、ティアナは押し黙る。
――だけど、そんなの関係ない。あたしは立ち止まるわけにはいかないんだ。
飲み込んだ――イザークに声を掛けられていなければ、続いて口から飛び出していたはずの宣告。
視線をイザークへ/どう言い返して来るのかを楽しみにしているかのようなほほ笑み=今の己に無い余裕。
ムカついた。
それでも、己が考えていたこととイザークの言葉に違いはない。
「そうよ。他がなんであってもあたしには関係ない」
イザークに/自分に言い聞かせるように。
ティアナに100%の自信はない。
が、イザークは満足したのか、背を向け、再びの歩哨を行な――行おうとして、止める。
世界がざわめいた/警告音が脳内を駆け抜ける。
「ティアナ!」呼び声。瞬間、イザークの口が次の言葉を紡ぐ前に答える。「わかってるわよ」
アラームの瞬間。走り出していたイザークを追いながらティアナは通信に耳を傾ける。
観測されたモノはガジェット・ドローン陸戦Ⅰ型、陸戦Ⅲ型。
先日、リニアレール内で出会った敵と同一種。
『ティアナ、打ち合わせ通り、お前がスターズ・ライトニング03以下の指揮を取れ。防衛ラインをホテル前に設置だ』
「はい」簡潔に。ヴィータの命令をティアナは即座に受領する。
『ラインを維持することが最優先だかんな』
新人だけとはいえ、初の実戦での部隊指揮。
凡人の自分が――ふと湧き上がる劣情を振り払い、ティアナは新たに通信を繋ぐ。『前線各員へ、状況は広域防御戦です。ロングアーチ1の総合管制と合わせて、私シャマルが現場指揮を行います』全体通信の送り主へ。
「シャマル先生。あたしも状況を見たいんです。前線のモニターもらえませんか」
『了解。クロスミラージュに直結するわ。クラールヴィント、お願いね』
シャマルの変身が終わると同時、ティアナの眼前に展開されるモニター/情報。
映されるのはシグナム、ヴィータ。そしてザフィーラだ。
デバイスロックを解除され、レベル2での起動承認を得た2人は既に変身済み。翔けるは空の上。
「新人たちの防衛ラインには一機たりとも通さねえ。速攻でぶっつぶす」
「お前も案外過保護だな」
「うるせーよ」
主催者からは、オークションの中止は考えていないと告げられている。
それは、六課の実力を信じてのことか/自分たちの益を考えてのことか――おそらく後者だが、依頼主がオークションの実行をやめない/客の避難を行わない以上、敵を断固阻止せねばならない。
視認――小物にデカ物。
決断――瞬時にシグナムは割り振った。
「私が大型を潰す。お前は細かいのを叩いてくれ」
「おうよ」異論ナシとヴィータはシグナムを見送ると、次いで浮かべる、8つの鉄の球。
「まとめてぶちぬけえぇええええええ」
敵を/獲物をぶち抜くためにヴィータは放つ――シュヴァルベフリーゲン。
シグナムへの、一機たりとも通さないという宣言を実現するために。
数には数を。
抗魔法には実弾を。
空を切り裂き飛翔するツバメたちは、ガジェットの体を食い破る。
「副隊長とザフィーラすごーい」歓声。
単純に副隊長たちの力に感激するスバルから/副隊長たちが映るモニターから目を逸らすように、ティアナは俯いた。
知っていたことでも、現実に見せつけられれば嫌でも教えられる。
力の差を/凡人である己とニアSランクの者の差をまざまざと。
副隊長たちは屠ってみせるのだ。いとも容易く一撃で。
言ってみせるのだ。一機たりとも通さないと。
今の自分に同じことができるのか――否。
同じ高みに立つことができるのか――自信がない。
と、
「おいおいしっかりしろよ。副隊長が凄くても数が多いんだから俺たちにも仕事はくるって」呆れ返った調子のディアッカに小突かれる。
むっとなる。「わかってるわよ。あんたもちゃんとフォーメーションの確認とかしたの?」
苦笑。「前衛はスバルとイザーク。中衛がティアナ。後衛は俺とキャロ。エリオは臨機応変に前と真ん中。今の俺たちに他のフォーメーションが組めるのかよ」
肩をすくめられ、ようやくティアナは、己の余裕のなさを自覚する。
今まで何度も繰り返してきた訓練内容を思い出せば、他に組むべき選択肢はない。
「できないこと」を「できるようにする」訓練ではなく、「できること」を「もっとできるようにする」訓練だったのだから。
「頑張れ隊長さん」ディアッカ――からかうように。
「隊長、ファイト!」スバル――励ますように。
二人はティアナの背中を/心を押してやるのだった。
「あ」反応/キャロの両手に備わるデバイスが明滅。
「キャロ?」
「近くで誰かが召喚を使ってる」
まるで準備が整うことを待っていたかのように、戦況に変化が訪れる。
『クラールヴィントのセンサーに反応。けど、この魔力反応って』驚愕の声を上げたシャマル――指揮を取る者として褒められない行為。だが、シャマルを始め、情報を解析していたロングアーチの者たち皆は、集まるデータに驚嘆を発していた。
モニターに浮かぶ光点に変化が現れる。
多数のガジェットが、アグスタとの距離を詰めるのだった。
「ヴィータとザフィーラの漏らしが来そうだな」
「Ⅰ型は数が多い。やむ終えまい」
呆然と立ちすくむ/実戦経験の少ない4人に向けてイザークとディアッカは言った。
「わざわざ向こうから来てくれたんだ」「歓迎してやらないとな」
瞬間。目の前の大地が光りだす。
「遠隔召喚きます」
浮かぶ紋様――桔梗色に輝くミッド式の魔法陣。
「ほんとお早いことで」驚愕するエリオとキャロの傍ら、ディアッカの表情に凶暴な笑みが宿る。
スバルの驚嘆。「召喚ってこんなこともできるの」
「優れた召喚士は転送魔法のエキスパートでもあるんです」
ティアナの叱咤。「なんでもいいわ。迎撃いくわよ」仲間に向けて/息をのんでしまった己に向けて。鼓舞するように
心に刻む。また証明すればいいのだと/自分の能力と勇気を証明して、いつだってやってきたんだと。
イザーク=敢然と。「いくぞ、スバル」
スバル=即応。「おう!」
確実に前回の敵よりも強いと理解しながらも、笑顔を浮かべ、突撃を開始する。
強い相手だからこそ心が踊る。
どんな相手にもひるまず/恐れずブチ抜いてみせる。
分隊長である高町なのはと同じ、突撃思考/一撃必殺。
「無茶しないでよね」そんな二人にティアナは釘を刺す。
気持ちは同じでも実力差は明確――Bランク相当の前衛が突撃すれば、文字通り「当たって砕ける」結果が待っている――無論、そんなことは許されない。
「わかっている」「だいじょーぶ!」初撃をかわされながらも、惑うことなく即座に離脱。
より前で敵を引きつけ、少しでも後ろの余裕を生み出すために。
撃墜されず、戦い続けることを優先しながら、二人は敵の中を乱舞する。
「ちょ、当たんねー」
「集中しなさいよ」
「……て、言われても」
射撃/砲撃型の2人は挫けそうになる心を励まし勇気付け――何度も避けてみせる敵を目掛け、銃撃を継続。
放つ/命中ゼロ。
放つ/回避される。
放つ/ようやく掠める。
「前よりも動きが段違い」
レールウェイの時は屋内だったとはいえ、運動能力の向上が身をもって知らされる。
「迎撃」改造されたⅠ型をから放たれる12のミサイル。
「わかってるわよ」撃ち落とす。
刹那。
「ティアさん」キャロの警告。
振り返り、気づく。青い光/回り込んで己に狙いを向けるⅠ型数機。
放たれた熱線は跳躍して回避。即座に撃ち返すもののⅠ型の防御を貫けない。
「落ち着けって」
「うるさいッ」
脳裏を過ぎる、なのはの教え。
《ティアナみたいな精密射撃型はいちいち避けていたりしたら仕事ができないからね》
事実だった。
《ほら、そうやって動いちゃうと後が続かない》
回避し、思考もままならないままに撃った光弾は目標を貫けず、落ち着いて/正確な弾丸をセレクトして狙ったであろうディアッカの弾丸は敵を貫いて爆散させる。
視野を広くするために足は止めていた。
それでも、強くなった的に不安を感じ、冷静な思考が鈍り、いつのまにか狭くなっていた己の視界。
狭い視野での棒立ち――優先して狙って欲しいと告げているようなものだ。
判断速度と命中精度。どれもが、なのはの期待する域には達していない。
個人としての戦果と同様、チームとしての戦果にも目立ったものはない。
防衛ラインの突破――ゼロ。
が、それだけだと己を責める。
敵の撃破もままならず――それは、前衛であるスバルとイザークが、敵の撃破ではなく、自身が生き残ることに/時間を稼ぐことに重点を置いていることもあるのだが――有利な展開に状況をもたらすことができない己に憤る。
焦燥がティアナの胸を焦がしだす。
「エリオ! 後ろでぼさっとするな。これ以上指揮官を狙わせてどうする」
「すいません」
「わかったら行動で示せ!」
イザークのエリオへの叱責が、まるでティアナに向けて/視野が狭いという叱責のように耳へと届く。
『防衛ライン。もう少し持ちこたえていてね』
「はい」
『ヴィータ副隊長がすぐに戻ってくるから』
シャマルとスバルのやり取りが、自然と「ティアナにこの防衛ラインを任せていられない」に頭の中で変換されてしまう。
証明できない。このままでは。
失敗に終わるのではないか――湧き上がる切迫感が思考を塗りつぶす。
この後、慰められたところで。慰めの言葉の最後に「凡人だから」というフレーズが入るのではないか。
勝手に口が意見を唱えていた。
シャマルへの反論。「守ってばっかじゃ行き詰まります。ちゃんと全機落とします」――焦燥の爆発だった。
『ティアナ大丈夫? 無茶しないで』
「大丈夫です。毎日、朝晩練習してきてんですから」
今の上官ともいえるシャマルに向かい、否定はさせないとばかりの剣幕で言い募りながら、ティアナは決断を下す。
「エリオ、センターに下がって。あたしとスバルのツートップで行く」
「は、はい」
威圧され、後ろへ下がるエリオを見送ることなくティアナは相棒へと作戦を告げた。
「スバル、クロスシフトA行くわよ」
「おう!」元気を取り戻したティアナに喜び勇み、スバルは即座に了承。
熱線にひるむことなくウイングロードを展開/ガジェットの間を駆け抜けた。
「落ち着け。今の貴様は指揮官だぞ。エリオを後ろに下げて遊ばせるなんてどういうつもりだ! 貴様の頭は飾りか!」
「うっさい。あたしという人間が他に術を知らないのよ!」
「イザークが言う言葉じゃねーけど、冷静になれよ。普通じゃないぜ」
「それでも……いける!」助言を跳ね除け、カートリッジを連続で叩き込む。
無茶は百も承知。
それでも魔力量を強制的に跳ね上げる。
――証明するんだ。特別な才能やすごい魔力がなくたって一流の隊長達の部隊でたって、どんな危険な戦いだって、あたしは、ランスターの弾丸はちゃんと敵を撃ち抜けるんだって。
暗示のように己に向けて言葉を刻み込む。
視野の広さも、冷静な判断力もそこには存在しない。
なのはの教えではなく、原点――自分とスバルと敵に立ち向かうことをティアナは選択するのだった。
『ティアナ、4発ロードなんて無茶だよ。それじゃ、ティアナもクロスミラージュも』
シャマルの叫び――聞き流す。
「もう、勝手にしろ」
イザークの嘆息――聞き流す。
16発の橙色の弾丸が周囲に浮かべ/統制から漏れた魔力を放電のように周囲に飛び散らせながら、自身の証明のために
「クロスファイアアアアアア」
チームの為ではなく、己自身の為にティアナは魔力を解き放つ。
「シューーート」
すべての敵を撃ち抜かんと。
すべての決着を自分だけで決めようと。
ティアナはランスターの弾丸を放ち続けるのだった。
己の領分を超えた射撃を繰り返したのだった。
故に、それは偶然ではなく必然。
ガジェットに避けられた一発の光弾。
その進む先にあるのは、無防備な仲間/スバルの背中。
軌跡を逸らそうと――制御を外れた光弾がティアナの意思に従うことはなく。
呆然と、ティアナは否定したい/否定できない「味方の撃墜」という未来をただ見つめることしかできなくて。
が、視線の先/表情を引きつらせるスバルとランスターの弾丸の間に赤い影が滑り込む。
「ヴィータ副隊長!」
息を荒げながらも、駆けつけ、瞬時に弾丸を叩き落とした紅の守護騎士が一人――ヴィータがそこにいた。
「ティアナ、この馬鹿! 無茶やった上に味方を撃ってどうすんだ」怒号。
己の引き起こした未来に虚脱し、棒立ちになったままのティアナに向けて。
己の行いがどれだけの結果を――それも最悪なモノだったかを思い知らされたとはいえ、ヴィータは叫ばずにはいられない。上官として、叱らずにはいられない。
ティアナが本来の優先すべき結果は、防衛ラインの維持。
ガジェットを全て落とせなくとも、ラインの後ろに抜かれなければそれでいいのだから。
「あの、ヴィータ副隊長。今のも、その……コンビネーションのうちで」
「ふざけろ、タコ。直撃コースだよ。今のは」
「違うんです。今のはあたしが避けて」
「うるさい馬鹿ども」
必死に弁解を行おうとするスバルをヴィータは一睨みで黙らせる。
六課でも/それ以前でも接してきたからこそ、スバルの純粋さ/優しさも知っている。
だからこそ、その行為を/ティアナを庇う行為をそのまま許すことなどできはしない。
「もういい。後はあたしがやる。二人まとめてすっこんでろ」
だが、二人に説教を行うのは今ではない/ヴィータではない。
結果的にティアナの射撃のおかげで周囲に展開するガジェットも減ったとはいえ、数機は健在――未だ戦闘中だ。
戦闘で使い物にならないと下し、頭を冷やさせる意味でも、ヴィータは二人を戦線から切り捨てた。
戦闘は継続する。
ヴィータが参加したことで前衛から中衛にシフトしたエリオがディアッカの脇で立ち止まる。
「僕のせいですよね。やっぱり」
「なにが?」
「僕がちゃんと前で抑えていられたら。ティアナさんがガジェットを気にしないくらいにできていたら……」
イザークの一喝が心に残っていたのか、答えを欲するようにディアッカはエリオに見つめられたのだった。
実戦2度目の子どもに的確な状況判断を行えるはずもなく――むしろその役割はティアナだったのだが、イザークは戦場にでた相手には、年齢性別問わずに不満があればぶちまける。
経験が少ないといえばティアナの指揮官役もそうそうないことを思い出しながら、
「エリオ、戦いに『たら』とか『れば』はねーよ。もし思ったんなら、次に挽回すりゃいいんじゃね? ……五体満足で今も生きてるんだからよ」諭す。
「はい……」
「同い年のキャロも心配かもしれないけど、キャロはフルバック。基本は俺とティアナの後ろ。そうそう狙われねーし、狙わせねーよ。だから、次は……後ろを信じて前に突撃だ」元気づけるようにエリオの肩を軽く叩く。そして、
「それに、女は男が守るってもんだろ? ああ、子どもも対象にすべきか?」意地悪く見下ろしてみせた。
「ひとりでも大丈夫です」
「無茶はするなよー」
むっとしながらも、己の役割を発揮しようと前へと走り出したエリオを見送りながら、ディアッカは戦場の先。今は自分よりはるか遠く/最前線でデュエルを振るうイザークの気持ちを推し量る――相変わらずの不器用さ。
この後の戦闘報告で、「勝手にしろ」という言葉を拡大させて責任の一部を取ろうと仲間思いのあいつはするだろうと推察。
階級がティアナよりも一つ上である以上、それらしい意見になるのかもしれないが、わかりづらすぎる親友の不器用さがどうにかならないかと――ため息が漏れだした。
真っ直ぐだからこその不器用さ。それは、スターズ分隊の3人全員が持つものだ。
だが、外から3人を眺めていることも/3本の直線を結びつけることもディアッカにとっては面白く、刺激的な日々を過ごさせてくれることもまた事実。
「なるようになれってね」笑顔を浮かべながら砲撃をぶっ放す。
首の骨を鳴らしながら、使い終わったカートリッジを廃莢。装填。
今持つティアナの不安も、3人がまたぶつかり合えば、解決する。
どこかそんな想いを胸に、ディアッカは終幕が近づく戦場を眺めているのだった。