grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第22話

Last-modified: 2013-02-02 (土) 23:26:32
 
 

grow&glow PHASE 22 「たいせつなこと」始まります

 
 

 秘密の自主訓練開始から2日目。
 機動六課宿舎――容易に誰かが入ってこない場所/スバルとティアナの自室に腰を下ろす3人の訓練生。
 時は夕刻。なのはの教導を終え、汗を流した彼女たちは、何かを話し合っているのか――額を寄せ合い、展開させたモニターを食い入るように見つめる時間はかれこれ数十分。
「この訓練時間だと貴様が保たん。減らせ」
「けど、これくらいしないと」
 きっとなって顔を上げる――それでも変わらない。
「減らせ」
「わかったわよ」
「しょうがないよティア。このメニューだと訓練に響くから」
 イザークが/ティアナが/スバルが思いの丈を正直に口に出しながら話は進む。
「しかし、貴様が格闘戦か……」
「あたしがダガーを使うなんてなのはさんも思わないから奇襲もできる。勝つためならこんな手札もある方がいいじゃない?」
「だが、格闘戦がそう簡単にできると思うなよ」忠告――おもしろさ半分。あきれ半分――そんな微妙な表情をイザークは浮かべてみせる。
「そこは……あたしと時々シューティングアーツやってるから、感覚はわかってると思う」
すかさずのフォローをスバルに入れられ、ティアナは左手人差し指をイザークの前に突き出した。
「だ・か・ら、最後の最後に使うって言ったじゃない。1回だけの奇襲だったらきっと使えるわよ」
 確かな根拠はない。
 誰かのお墨付きがあるわけでもない。
 それでも、できるかどうか不安だからやらないという消極的な選択肢は、今のティアナの中には存在しない――模擬戦だから/証明したいから。
 だが、返されたイザークの言葉に言葉が詰まる。
「貴様が格闘戦を覚えようとすることに反対などするか。執務官を目指す以上、格闘戦も必要だろう。初歩の初歩なら教えてやらんこともない」
 前向きな言葉に賛同したのか、ティアナにとっては予想外の提案。
 思わず呆け/瞬間、イザークの眼前に向けていた人差し指をはたき落とされる。
「おい、貴様……執務官には格闘戦ができた方がいいことくらい知っているよな」
「わ、わかってるわよ」
「なら……いい。それよりも、だ」
 憮然とした表情から真顔に戻ると、イザークは問い掛ける。
「貴様等は高町なのはにこのことは話さないのか?」
 なぜコソコソと隠れるように訓練するのかを敢えて問い掛ける。
「……なに言ってるのよ」
 視線を落としたことを気にするでもなく、イザークはティアナに問い掛ける。
「俺たちがやってることは隊にとっても必要な戦力向上だろ? 後ろめたいことでもあるのか?」
「それは……」
 ――わかってるんじゃないの? 結果がどうなるかくらい――とティアナは瞳で疑問を投げ返す。
 高町なのはの人間性。六課に配属されてから/教導を受けてから感じる高町なのはが安全に人一倍気を遣っていることを。
 だからこそ、今の自分たちを――無茶をしようとしている3人の行為を許してもらえるとは考えていない。
 だが、イザークは鼻で笑う。
「高町なのはの教えに不満がある。だからあたし達で考えたと言えばいい」
 オブラートの“オ”の字もないストレートな言いように目眩を覚えながら、ティアナは思い出す。イザークもスバルとは違う意味で馬鹿だたことを/曲がったことが嫌いな馬鹿正直な人間だということを。
 常に正々堂々。
融通のきかない男。
「次の模擬戦での勝負を申し込む。なのはが教えたこととは違うティアナが考えた戦い方で勝負させて欲しいと頼めばいいさ。自分の考えに自信があるのだろう?」
「そりゃあ、そうよ……って、あんたは本当にまっすぐね」
 すがすがしいまでの言いように感心してしまった自分をティアナは心の中で叱咤する。
 言いたいことは間違ってはいない。
 それでも、言い方がどうしようもない――無謀を嫌うなのはに喧嘩を売っているようなものだ。
 訓練校時代も、陸士部隊に配属になってからもスバルと共に叱られたことは何度もある=慣れている。だが、それ以前に――
「イザークの言うことも間違ってないけど、先に言ったら、なのはさんはきっと止めるんじゃないかな」スバルは断言する。無茶を見逃すはずがないと。許すはずがないと。
「間違っていると思ったら間違っていると言ってやればいい。コソコソとするくらいなら堂々とぶつかるべきだ。全力全開で、昔の俺たちのようにな。言い合いの時から負けるつもりか」

 

 一拍。

 

 二拍。

 

 返されない言葉を待てず、イザークは大きく息を吐き出した。
「ティアナ、スバル……スターズ分隊は何人で一つの分隊だ」
「あたしとスバルとイザーク。それと」「なのはさんにヴィータ副隊長」
「そうだ。俺たちは訓練生じゃない。魔導師として/機動六課の一員として/スターズ分隊の一員として今ここにいる。何か新しいことをするとしても、俺たち3人だけの問題にはならん」
 庇護される側だった訓練生時代とは違う。六課という場所で働く以上、自分の行為一つ一つに責任が付く。それは当たり前のこと。
「自分たちの問題だけで済んだ昔とは違う。俺たちが無茶をしようが何をしようが、敵は待ってはくれない。俺たちの事情など関係ない。自主練をするにしてもそうだ。機動六課のスターズ分隊の一員である以上、いつでもどんなときでも、任務に就ける状況になる必要がある」
「……それくらいわかってるわよ!」
 ティアナは反射的に言葉を口にして――しかし、次の言葉が続かない。
うっすらと気づいていた事実。
 イザークに気づかされた事実。
 ――わかっていても、見えないふりをしていたことに変わりない。
 啖呵を切って/即座に言葉を失ったティアナの理由を察したのか、ぽつりとイザークはつぶやいた。
「俺が……いや、俺たち“4人”が訓練校を卒業した後のことは知っているよな」
「あたしもティアもちゃんと覚えてるよ。ディアッカから教えてもらったこと」
「俺たちには、その時どうしても倒せなかった敵がいた。4人掛かりで挑んでいつも負けだった」
 うつむいていたティアナ/その視線の先――イザークの拳がきつく握られていた。
「周りが見えなくなっていた。俺たち“4人”以外にも仲間がいたが、何も聞かなかった……違うな。俺たちは何も聞こうとしなかった」
 自嘲と後悔の念を交えた語りは終わらない。
「悔しかった。だから無茶をした。無謀を繰り返した。俺たち4人は、それが間違っているとは思わなかった」

 

 数拍――無言。
 ぶつかった視線に告げられる。言いたいことはそれだけだと/これ以上、何かを話すつもりはないのだと。

 

 2人は考える/比較する/予想する。
 イザーク達の結果がどうなったのか――言われなくともティアナとスバルは知っている。イザークとディアッカ以外の2人がどうなったのかを知っている。
 1人は前から身を引いている。そして、もう1人は――。
「ねえ……あんたは、それもあったからあたし達に協力してくれるわけ?」
「そうだ。無論、貴様達が同じフォワードの/スターズ分隊の仲間だから。が、第一だがな」
 即答されて/仲間だからという理由を一番に告げられて、ティアナには「ありがとう」他の言葉は見つからなかった。
 同情だろうが――それでも大切な仲間として手伝ってくれることが嬉しかった。
 憐憫だろうが――肯定も否定もしてくれる/諭してくれることが嬉しかった。
「……気にするな」
 気恥ずかしくなったのか、視線を背けるイザークがどこか可愛く思いながら、ティアナは思う――ほんの少し先を歩むその肩に追いつきたいと。
 視線を横へ/そうするとわかっていたかのように、笑顔のスバルがそこにいた
「頑張ろう」
「そうね」
 何があっても自分を支えてくれる/力をくれるスバルの存在。だから思う――その信頼を裏切りたくないと。

 

「じゃあ、善は急げだね。なのはさんのところへ出発だー!」
「って、あんたはいつも急なのよ」
 腕をつかまれ+立たされて思わずティアナは狼狽える。
 教え子として/同じ分隊の一員として、自分たちがしようとすることを伝える気持ちにはなっている。
だが、足が竦んでいた。
「ティーア、頑張ろう。あたし達もついて行くから」スバル――目ざとく気づき、自分の胸の前でガッツポーズを組んでみせる+視線は下へ/イザークへ。
「……しょうがないか」イザーク――やれやれと首を振りながら/それでも立ち上がる。
「ということでレッツ・ゴー」
「だから、少しは気持ちの整理を」
 ドアを開けられ、ずるずるとスバルに引きずられ――ティアナは第三者と目があった。
「なにやってんだよ」爆笑するのを堪えて笑うディアッカとその後ろに続くエリオとキャロの計3人。

 

 数分――斯く斯く然々。Byスバル

 

「なら、俺たちもついて行くぜ。なっ」
「はい。僕も応援します」
「わたしも及ばずながら手伝います」
 仲間は増えていた。

 

機動六課隊舎屋上――演習場が見下ろせるその場所で向き合う2人=なのはとヴィータ。
「ったく、なのはもいい加減に飯食いに行こうぜ」
「もう少しで終わるから。ヴィータちゃんは先に食べててよ」
「今は、なのはと食べたい気分なんだよ」
「ありがとう」
 なのはは笑顔で答えながら/両手は展開させたモニター上を疾走中。
今日の訓練でのことを思い返しながらなのはが行うことは、明日以降の訓練メニューへの微調整。
 もう少し――後30分は掛かるであろうなのはの仕事を見つめながら、ヴィータはぼやく。
「ったく。なのはは自分をもっと大事にしろよな」
 一年間の教導期間。ずっと見ていられないからこそ、なのはができる限りのことを教えて上げようとして、休暇を削ることは予想できてしまう。
 嘆息。「教官っていうのも因果な役職だよな。面倒な時期に手ぇかけて育ててやっても、教導が終わったら皆勝手な道を……」
 ヴィータの言葉がふいに途切れ、なのはは振り返る。
 そして気付く。
 それが1人だけのモノなら気づかなかったかもしれない。
 だが、何人分もの階段を昇る足音がなのはの耳の中へと届いていた。

 

 瞳がとらえる6人の教え子達。

 

「どうしたのかな? こんな時間にわざわざ集まって」
 傍らに立っていたヴィータをその場で待たせ、なのはは歩み寄る。
 教導を始めてから、訓練後に教え子全員が会いに来ることは初めてのことだった。
 浮かべる疑問の表情に答えるべく、ティアナは前へと一歩を踏み出した。
 何かを覚悟した/決意した強い瞳を向けながら、
「なのはさん」
「どうしたの? ティアナ」
「なのはさんに言いたいことがあるんです」
 いつもとは違う空気を感じ取り、視線をティアナから外す/後方へ――誰もが、真剣な眼差しを向けていた。
「どうしたのかな? 改まって」
「実は……」
 言いよどむ/大きな決心をしたであろう教え子の言いそうなことをなのはは予想した。
躊躇うことなく、告げる。「わたしの訓練に、何か疑問とかあったりしたかな」
 瞬間。
 なのはの耳に、一つではない息を飲む音が舞い込んだ。
遅れて「……はい。そうです」ティアナの肯定。
「おいオメェーら!」
 思わず声を上げた/駆け寄ろうとするヴィータをなのはは手で制し、向けられた蒼の瞳に続きを促した。
「正直に言うと、なのはさんの練習方法には疑問があります。敵も新型が出てきてどんどん強くなっています。それは、きっとこれからも。だから少しでも早く戦力アップを図るべきではないでしょうか?」
 一息に淀みなく綴られる言葉――何度も考えたであろうティアナの想い。
「それで?」なおも問う。艶然なほほえみを浮かべ、なのはは次の言葉を待ち受ける。
「今のような成果の現われにくい反復練習を繰り返すよりも、新しい技を使えるようにすべきだと考えます」
 重いため息を1つ。
「そうなんだ……みんなもそう思うのかな? わたしの教導は間違っているって」
 重い眼差しは2つ。
 ここに居ることが/ティアナに賛同することが、軽い気持ち/興味本位でないかを確認するかのようになのはは6人へと視線を向けていく。

 

 一拍。

 

言葉を淡々と。「必要だと考えた」
熱い眼差しで。「やってみて損はないんじゃないかなって思います」
頷きながら。「ティアナの考えも悪くないと思うぜ」
元気よく。「僕も強くなりたいって気持ちわかります」
淀みなく。「わたしも、フリードのおかげで強くなれました」
 否定はないが、ティアナを支持する5人の答え。
「そっかあ」なのは――落ち込んだかのように視線を落とし、
「なのはさんにもなのはさんの考えがあると思います。だから」ティアナ――予想していたかのように言葉を紡ぐ。「今度の模擬戦であたし達に証明させてください」
「へえ……」なのは――思わず言葉が漏れていた。
 話だけではなく、模擬戦で決着をつけようというティアナの宣告。
 エース・オブ・エースとして明確な地位を築いて以降、特に教え子から面と向かって異を唱えられてことは数少ない。自らを証明するために模擬戦を挑まれたことなど、片手でも十分に余るほど。

 

 血が騒ぐ。
 心が躍る。
「ティアナ……それは本気だよね。わたしの教導がしんどくて辛いから嫌だ……なんてことじゃなくて」言葉を静かに差し込んでの確認。
「違います」
 明確に告げられて/一度も逸らされなかった蒼の瞳に向けて、なのはは宣告への答えを告げる。
「そっか……じゃあ、しょうがないね。ティアナ達も一生懸命考えて決めたことみたいだし」答えは――是。
「……ありがとうございます」
 一瞬間、意外そうな/驚きに染まった表情は、即座に笑みへと切り替わる。
「そのかわり、わたしの訓練はちゃんと手を抜かないですること。もちろんスバルとイザークも」
「「「はい」」」
「それと、無理はしないこと。6時間はちゃんと寝ること」
「「「はい」」」
「わかった。じゃあ、わたしからの話はもうないから帰っていいよ。時間も時間だしね」
「わかりました。よろしくお願いします」
 久しく見ていなかったティアナの笑顔。
 仲間から祝福されながら階段を降りていくティアナを見送りながら、
「いいのか。なのは?」
「いいんだよヴィータちゃん」
 振り返る/渋面のヴィータに向けて頷いた。
「なのはは甘いんだよ。どれだけなのはが頑張ってるのかも知らずにあいつら勝手に言いやがって」
「にゃはは……たしかに直接文句を言われたのはショックだったけど、ティアナ達も一生懸命考えたみたいだし」
「やっぱりあれは演技だったのか?」
「なにが?」
「なんでもねーよ」
「それに、少なくともヴィータちゃんが認めてくれたし頑張れるかな」
「な!」
「なーに?」
なのはに抱きしめられる未来を予知したのか、ヴィータは数歩後ずさる
「なんでもねーよ。だいたいなのはもいいのか? これからの予定もあるし、もしあいつらが頑張って……その」
 負けるとは思わなくとも、不安がないと言えば嘘になる。
 そんなヴィータの気持ちを察したのか、なのはは満面の笑みで言い切った。
「もちろん勝たせるつもりはないよ」
「手加減なしかよ」
「せっかく勇気をだしてぶつかってきてくれたんだし、だったらこっちも全力全開でいかないと悪いからね」
「はは……勇気を出してって自覚あるのか」
「なにが?」
「なんでもない」
 ヴィータとの語らいを楽しみながら、なのはの仕事はもう少しだけ続くのだった。

 

 どんなに心待ちにしていても/不安に取り憑かれそうになっていても時間は過ぎる。
 なのはへの宣告から数日後=模擬戦当日。
 午前の訓練前。
 朝起きてから=数時間の緊張を続けるティアナをなだめようと必死なフォワード陣がそこにいた。
「ティア、こうやって深呼吸」
「ありがとう。……って、これ出産の時のでしょ!」
「昔、手のひらに“人”って言う字を書いて飲み込んだらいいよってフェイトさんから聞いたことがあります」
「フェイトさんの故郷で“人”ってどう書くのよ」
「……どう書くんでしょう」
「……だめじゃない」
 ティアナの緊張が移ったスバルとエリオを楽しそうに見守りながら、ディアッカはもう1人のスターズ分隊の1人に声をかける。
「やっぱり、あのなのはさんと勝負するってのは大変なんだな」
「俺も、ロングアーチや事務職員からも『頑張れ』と声をかけられていたが……それの分もあるんだろう」
 どこまでも淡々と答えてみせるイザーク――しかし、硬い表情から緊張をひた隠しにする努力を感じ取り、ディアッカの頬は自然と緩む。
「そういや、さっきも部隊長直々に励ましの言葉をもらってたな」ディアッカ――からかうように。
「まあ、本人を前に言った以上しょうがあるまい」イザーク――うんざりしたかのように。
 瞬間。
「『本人を前に』って、あんたが言ったんでしょ」
 イザークの眼前にティアナは詰め寄っていた。
「はやてさんにも、『頑張ってなー』ってわざわざ声かけられたし」
「知っている」
「まあ、なのはさんが周りにどう言ったのかはわかんねーからな」
「普段から話もしない人からも応援されるのよ! プレッシャー感じるじゃない」
「見方によったら、白い悪魔に喧嘩売ったようなもんだからな。興味は出るって」
 1人納得し、頷いてみせるディアッカ・エルスマン――まさに他人事。
 ティアナの左拳を躱しながら楽しげに笑う足下で、何かの端末が音を立てて転がった。
「あ」浮かべた焦りと気まずさetc……。
 瞬時、ティアナの手中に包まれる。
「ティアナ、返せってソレ」「却下」
 躊躇うことなく端末を起動。
 最初に表示された表を見て数秒。
「で?」
 剣呑な空気を感じ取り、ディアッカは正直に告げていた。
 姿勢を正した敬礼姿にて。「なのはさんに賭けました」
 ティアナが見ることとなったデータ/今日の模擬戦の勝敗を賭けた酔狂な者達/十数人の記録だった。
 言葉の意味を理解した残る4人からも批難の眼差しがディアッカに突き刺さる。
「で?」
「そりゃあ……俺に祝われるよりも俺に損させるって方がティアナの気合いもはいるだろ? っていう粋な計らいってやつだ」
 仰角45度の宙を向きながら、数秒でそれらしい理由を作り上げてみせ――それでもティアナの冷たい眼差しは変わらない。
 助けを求めるように視線をイザークへ――馬鹿にしたようなため息で返される。(「隠していた以上、どうしようもない」)端的な回答が添えられた。
 ティアナに賭けについて何も言わなかった以上、瞬時にばれる嘘だと気付かされ血の気の引いた時にはもう遅い。
 ディアッカの眼前――数日前のなのはの笑みとデジャブした。
「じゃあ……今あんたが賭けてる10倍は出しなさいよ」
「10倍かよ!」
「1回のディナー分の損ならやる気にならないわよ。だから10倍」
 艶然な微笑みの中、時折見え隠れする冷然さ。
 ――よろしくね! と肩を叩くティアナから、いつの間にか緊張の陰は消えていた。

 
 
―――――――――――――――――――――
 
 

 暇な職員が総出で見学に訪れた模擬戦から半日。
 全力を出し切り、疲労と魔力ダメージからティアナは卒倒。目を覚ましたのは、日付の変わる頃だった。
 熟睡できたからか。
 目が完全に覚めてしまったからか。
 眠気はゼロ。
 隣で眠っているスバルとイザークを起こさないように静かにベッドを抜け出して、保健室を後にする。
 特に目的があったわけではない。
 強いてあげるとすれば、わずかな喉の渇きをなくすため。
 故に、ティアナの足は食堂への廊下を歩んでいく。

 

 夜番が使うことも考え、一部の電気が灯されたままの食堂/目的地。
 その場所への来訪者は、ティアナの他にもう1人。
「あ……」
「ティアナか。久しぶりだな」
 ティアナが食堂へと踏み込んだ先/眼前――職員としての制服に身を包むアスランがそこに居た。
 瞬間。脳裏によみがえる数日前のイザークの言葉――頭を振って追い出していた。
「どうしたんだ?」
「なんでもないわよ」
 誰が見ても奇行であることを自覚し――話を逸らそうとティアナは話題を考える。
「こんな時間まで仕事なんて大変ね」
「ちょっと頼まれごとができたからな」
ふと気づく。アスランの両手に握られたコップ/琥珀色のコーヒーだ。
「はやてさんも仕事中なの?」
「差し入れは正解だが、それは違うな。なのはにこれから会うからそのついでだ」

 

 一拍

 

 聞き流そうとして、一つの言葉に意識が留まる。
「なのはさん、まだ起きてるんだ」
「ここ最近は、今でもずっと起きてるよ」
「そう……なんだ」
 知らなかった事実を教えられ、ティアナは口ごもる。
 そして思い出すのは今日の模擬戦。なのはの消耗は少ない訳がないことを。
 砲撃も収束砲も誘導弾も遠慮なく使用。3対1という精神的にも肉体的にも負担となる模擬戦を終えてもいつもと同じよう仕事をしている/仕事をしなければならないなのはと自分を比べてしまっていた。
「ティアナもついてくるか?」
 それ故か、アスランの誘いにティアナは頷いていた。

 
 

 数分後。
 薄暗いオフィスの中で浮かぶ輝きが一つ/展開されたモニターの明かり/なのはの仕事机。
 アスランに続いて、ティアナは昼間は通り慣れた机の間を歩み寄りながら、
「あ」
 思わず声が漏れていた。
 ティアナの目の前/頬杖をついて、うつらうつらと船を漕いでいる高町なのは。
 見慣れたことなのか、アスランは気にすることなく近づくと、静かにコップを置いていた。
「今、少し話せるか?」アスラン――なのはの肩を軽く叩きながら
「ごめん。ありがとアスランくん」なのは――焦点の合っていない半開きの瞳をアスランに向けながら――。

 

 ――アスランの背後/ティアナの存在をなのはは自覚する。

 

 瞳は全開に。動きは盛大に。
「ふぇぇぇぇぇ! ティアナ!」なのはは取り乱す。
「お、お疲れ様です」
 初めて目にする慌てふためくなのはの姿+モニターの明かりが、なのはのよだれの跡を照らしてみせていた。
「こんな姿、ティアナに見せたくなかったのに……」よだれをぬぐいながら。
「すまない。ちょうど途中でティアナに会ったから」苦笑いを浮かべながら。
 ジト目と頭を下げる両者――ティアナにとっては知らない/初めて見た六課での姿だった。
 わずかな沈黙。
 念話でなにかのやりとりを行ったのか無言で頷き合う2人。
「ティアナ」
「なに?」
「ちょうどいい機会だから、少しなのはと話をしてみたらいいんじゃないか?」
 なのはの側にあっ椅子を引くと、アスランはコーヒーの入った紙コップをティアナに差し出した。
「あんたはいいの?」
「また今度のほうが良さそうだからな」
 ティアナには理解できない苦笑を浮かべ、アスランはこの場を離れるのだった。  
 向かい合うこと数秒。
 言葉を探しあぐねるティアナに向けて、なのははにっこりと微笑んだ
「そういえば、ティアナとこうして2人で話すのって初めてだよね」
「そうですね。あの、仕事のほうは」
「今日の分はアスランくんに任せたから大丈夫。あ、アスランくんには貸しがあったからティアナは気にしなくていいよ」
「わかりました」
 エース・オブ・エース/高町なのはを相手に面と向かって話すこと=ティアナにとって緊張をはらむもの。
 そんな固さを察したのか、
「あ、そうだ。これ食べる?」
 なのはは引き出しの中からチョコレートの袋詰めを取り出した。
 一口サイズのチョコレート数十個入りの袋。
「ありがとうございます」
 スバルにとっては盛大な喜びにつながるモノも、ティアナにとっては普通のありがたいモノだった。
 スバルのような反応を期待していたのか、わずかにしょげるなのはにティアナは慌てて考える。
 一拍。
 二拍。
 なのはがチョコレートを口に入れたとき、ティアナはふと気付く。
「今……少しだけ、なのはさんがスバルに似てるって思いました」
「どこどこ」
「おいしそうに何かを食べるところです」
「甘い物だからね。“白い悪魔”なんて呼ばれることもあるけど、わたしだってちゃんと女の子なんだから」
 高町なのは19歳――女の子? /ティアナの心の中に湧いた疑問。
 そんな微妙な表情の変化を察したのか、なのはの表情は変わる。ムスッと変わる。
「ティアナは今、何を考えているのかな」なのは――いい笑顔に切り替えて。
「な、なんでもありません」ティアナ――取って付けたような苦笑いで対応。
 見つめ合うこと数秒間。
「さてと、冗談はこれくらいにして……」固まるティアナに満足したのか/それ以上話題が思い浮かばなかったのか、なのははコーヒーを一息で飲み干して一言。「お話、しよっか」本題へと舵を切る。

 

「ティアナは、今日の模擬戦で満足できた?」
「はい。悔しくないって言えば嘘になりますけど、それでも今のあたしができることは全部出しました」
 全力で挑んだ結果――なのはの勝利。
「あたし達がなんでそう思ったかの気持ちは伝わったと思います」
「なるほどね」
 全力で挑んだ過程――1対3とはいえ、模擬戦はなのはにとっては余裕のあまりないものだった。
「けど、びっくりしたかな。イザークくんはゼロ距離で格闘しながら撃ってくるし、ティアナは幻術を交えての砲撃に格闘戦だもんね。あれって、誰かにアドバイスでもされたのかな?」
 相手の取り得る戦術バリエーションの増加=考慮すべき対応の増加――コンマ数秒のロスとはいえ、必然的になのはを一時的にであろうが後手に回すことができていた。
「全部あたし達で考えました」
「そっかあ……けど、次は通じないけどね」
 所詮は付け焼き刃。練度/質を考えれば、実戦で何度も使える代物でもない――信頼できるレベルに達していない。
 見慣れない行為に戸惑わせることができようが、スバル達よりも遙かに落ちる技能。すぐに慣れる/攻略される程度のもの。
 だが、ティアナ達の目的は勝利ではなく――認めてもらえることができるのか、その一点。
「なのはさん、あたし達の考えってどう思いましたか」不安げに。
「そうだね……ティアナの考えてたことは、間違ってはいないんだよね」にっこりと。
 なのはは机の中からクロスミラージュを取り出すと、ティアナの両手にそっと置く。
「命令してみて、モード2って」
 確認の視線には静かに首肯で促して――ダガーモードに感嘆の声を上げるティアナに答えを告げる。
「ティアナは執務官志望だもんね。此所を出て、執務官を目指すようになったらどうしても個人戦が多くなるし、将来を考えて用意はしてたんだ。アスランくんが来たのもそれ絡みだったんだけどね。クロスもロングももう少ししたら教えようと思ってた」
 嬉しそうに瞳を輝かせるティアナを優しく見守りながら――すぐにでもそうしてあげたいと思う気持ちに蓋をして、教官としてのなのはは告げる。
「だけど、出動は今すぐにでもあるかもしれないでしょ。だから、もう使いこなせている武器をもっともっと確実なものにしてあげたかった。もちろん、今もその考えは変わらない。模擬戦で気付かなかったかな? ティアナの射撃魔法って、鍛え上げたらすごく避けにくいし、当たると痛いってこと」
 ティアナは思い出す。数々の被弾。とどめとなった収束砲の威力――正直な痛みの記憶。
「そう……ですね」身をもってなのはに教えられた/体に刻まれた自分の可能性だった。
「私は、ティアナのそんな一番魅力的なところをないがしろにしてほしくない。させたくない。……だけどあたしの教導地味だからあんまり効果がでていないように感じて苦しかったんだよね? ごめんね」
「あたしのほうこそ……ごめんなさい」
 ティアナは実感させられる。
 大切な教え子として、なのはが自分のことを本当に見てくれていた/想っていてくれたことに。
 視界がゆがみ――瞬間、なのはに抱き寄せられていた。
「ティアナは自分のことを凡人って思うには、まだまだずーっと早いよ。慌てなくていいんだよ。ティアナも他の皆も今はまだ、原石の状態。本当の価値も分かりづらいけど、磨いていくうちにどんどん輝く部分が見えてくる。私はティアナには、射撃と幻術で仲間を守って知恵と勇気でどんな状況でも切り抜けるチームの核として育ていきたいんだ」

 

 驚嘆。「初めて知りました。そこまで考えていてくれたなんて」
 苦笑。「だからなんだけど……やっぱりもう少しは、今まで通りの地味でしんどい教導を続けたい。それと、実戦で本当に必要のない無茶はしてほしくない。此所は学校じゃなくて、命がけの時もある場所だから。それで、ティアナはいいかな?」
 見下ろす瞳に向けて/ティアナの答えは――決まっていた。

 

 快い返事を受け取り、安堵の気持ちに押されたのか、なのはの口から気持ちが漏れ出した。
「けど、ちょっと心配してたから、ティアナが正直にあたしに言ってくれて嬉しかった」
「え?」冷めたコーヒーを啜るティアナの手は止まる。
「ティアナ、この間のミスの後から、悩みも全部抱え混んでるみたいで……けど私、うまく聞けなくて……」らしくない/普段見ることのない、なのはの弱さを見た気がして、ティアナもまた正直に告げていた。
「それは、あいつ……イザークのおかげです。自分たちだけで抱えるのは良くないって」
「イザークくんが?」
「はい」
「そっか……経験者だもんね。私と同じ」
 天井を/その先を見つめるかのように/過去を思い起こすような言いようにティアナは釣られて訊いていた。
「なのはさんも、昔何かあったんですか?」

 

 翌日。
 午前の訓練を中断して行われたミーティングにおいて、ひとりの魔導師の失敗の記録/昔話が語られた。