| 床佐駅 | |
![]() 駅舎 | |
| とこさ Tokosa | |
| ◀ S43 幌藻 (3.4km) (2.6km) 北床佐 S45 ▶ | |
| 所在地 | 樺太道敷香市知寄区?床佐?1条3丁目4-2 |
| 駅番号 | 〇S44 |
| 所属事業者 | 北日本旅客鉄道(JR北日本) |
| 所属路線 | ■樺太本線(■幌内ほくとライン?) |
| キロ程 | 317.5km(大泊起点) |
| 電報略号 | トサ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 3面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- | 9,231人/日(降車客含まず) -2050年- |
| 開業年月日 | 1936年8月30日*1 |
| 備考 | 直営駅(管理駅) みどりの窓口有 話せる券売機設置駅 敷敷香市内駅 |
概要
床佐(とこさ)駅は樺太道敷香市知寄区?床佐?1条4-2に位置する北日本旅客鉄道樺太本線(幌内ほくとライン?)の駅である。3面4線の中央が島式ホームとなっており、優等列車(特急や快速)の停車駅である。
歴史
1936年(昭和11年)8月30日-樺太鉄道新問駅?-敷香駅間(43.0km)延伸開業により、床佐信号場として設置。
1941年(昭和16年)
3月31日-床佐駅に昇格。
4月1日-樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。
1943年(昭和18年)4月1日-南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。
1945年(昭和20年)8月-ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。
1946年(昭和21年)4月1日-ソ連国鉄に編入。
2030年(令和12年)4月1日-樺太の日本編入に伴い、再度開業。
2034年(令和16年)9月2日-みどりの窓口が設置される。
2035年(令和17年)3月24日-敷香車両基地?の開業に伴い、床佐止まりの列車ができる。
2052年(令和34年)4月1日-内路駅~気屯駅?間の敷香都市圏?区間愛称として幌内ほくとライン?となった。
駅の構造
3面4線の駅で、当駅止まりの列車が存在しており、1番線ホームを使用する。全ホーム10両編成対応のホームとなっている。
各ホームに11人乗りのエレベーターが2基ずつ、エスカレーターが各ホーム2基、階段が3つずつ存在する。
終末社員配置駅でみどりの窓口設置駅。
Kitacaチャージ機、自動券売機、指定席券売機、話せる券売機、自動改札機、デジタル公衆電話、AEDが設置されている
管理駅として樺太本線の幌藻駅-船場駅間を管理している
| 番線 | 路線 | 方面 | 行先 | 備考 |
| 1 | ■樺太本線 (■幌内ほくとライン?) | 下り | 敷香・上敷香方面 | 普通列車や床佐止まりの普通列車、ラッシュ時に運行されるコミュートライナーほろない?が使用 |
| 2 | 敷香・対毛方面 | 優等列車が主に使用 | ||
| 3 | 上り | 内路・豊原・真岡方面 | ||
| 4 | 内路・新問方面 | 普通列車が使用。床佐止まりの列車やラッシュ時に運行されるコミュートライナーほろない?が使用する |
駅名の由来
当駅の所在する地名からであり、地名はアイヌ語の「トコサ・ウン・イ」(トクサが群生している所)による。
なお知寄川?を渡った先にある敷香市営地下鉄東西線の木賊原駅?や、駅がある木賊原?地区の由来はこのアイヌ語地名を和訳したものである。
隣の駅
北日本旅客鉄道(JR北日本)
■樺太本線(■幌内ほくとライン?)
■特別快速「しすかライナー」
内路駅(S42) - 床佐駅(S44) - 里耶駅(S48)
■快速「しすかライナー」
内路駅(S42) - 床佐駅(S44) - 船場駅(S47)
■普通
幌藻駅(S43) - 床佐駅(S44) - 北床佐駅(S45)
