墨田季楽々

－で格納

「金が欲しい」は、今回の募集で最も多い願いでありながら、反比例して送信者の本気度が低い願いであったように思う。
応募サイトをフェイクと捉えるならば、それも当然のことだろう。

しかし、私は、墨田季楽々に、熱量と本気を見てとった。
応募理由欄には、大量の「○○したいから」が書かれていたし、
誤字とひらがなだらけの文章にはある種の迫力も感じた。
ということで、以下に墨田季楽々の調査報告を記す。

墨田季楽々は、コンビニで働くフリーター。
おしゃべりな店員の話によると、「お金が大好きな働き者」だそうだ。

食事は店の廃棄弁当で済ませることがほとんどで、着ている服はもらいもの。
古いアパートで一人暮らしをしており、家族や友人の影はない。

店員曰く、
「いっそ社員になってくれればいいのにって思うんだけど、
かけもちしてるバイトもそこそこ忙しいっぽいのよね」とのこと。

そこで、私は墨田のもう一つのバイトについても探ってみた。 ...のだが、それは、世間でいうところのいわゆる闇バイトだった。 報酬は高いが、リスクも高い。それも、墨田はそこそこに長く、さまざまな仕事を請け負ってきた実 績を持っているようだ。 であれば、墨田は、シラノに捧げる血・器としてはふさわしくないのかもしれない。 調査を打ち切ろうかとも思ったが、特に贅沢や浪費をしている様子もない墨田が、そうまでして強く 金を求める理由は気になった。

事実、こうして周囲を探ってみても、墨田という人間はいまいち内面が掴めない。
お調子者の守銭奴......、何も考えていない愚か者。
そんな印象ばかり残るのは、本人があえて内心を周囲に見せていないからだろうか。

墨田は、中学生の時に保護者に蒸発されて以来、たった一人で生きてきたと周囲に豪語している。
手がかりは非常に少なかったが、
私は、墨田が幼少期に暮らしていた地域を掴み、彼女の過去について調べをつけることに成功した。

墨田とその弟は、幼い頃、母親によって祖母の家に置き去りにされた。 祖母は若く奔放なタイプで、姉弟を追い出すことこそしなかったものの、心を尽くして面倒を見ると いうこともなかったようだ。感覚としては、突然降ってわいてきたペットに近かったのかもしれない。 姉弟は、祖母の恋人や、近所の人間に預けられたり、ときには完全に放置されたりしながら育ってい く。

小学校に入学すると、墨田は近所で「バイト」を始める。 要は小遣い稼ぎだが、突然押し売りのようにお手伝い役を買って出てくるので、近隣では要注意人物 とみなされていたようだ。

なぜ墨田がそんなことをしていたかと言えば、察するに、自分たちの生活費のためだったのだろう。 姉弟は、いつもみすぼらしい服を着て、給食費も払っていなかったという証言もあった。 図々しく、いやしい、「我が子と遊んでほしくない子」。 それが、地域の人々にとっての幼い墨田姉弟であった。 墨田の図々しい、もとい人懐っこい性格は、この頃から始まっているのだろう。 そうでなければ、飢えてしまうから。幼い子供が、頼るべきおとなにうとまれ、生きるために処世術 を学んでいった過程を思うと、どこか悲しいものがある。

墨田が中学生に上がった頃、一家が住んでいたアパートからは祖母の気配が消えた。 墨田はこれについて、周囲に「祖母は恋人と新しい家に住むことになった」と語ったようだが、実際 は母のときと同じで蒸発されたようだ。 この頃から、墨田は本格的にバイトに励みだす。年齢は偽っていたのか、単に見逃されていたのか。 彼女は昼夜働き、学校はサボるか、来ても寝ていることが多くなっていく。

不思議なのは、彼女がどんな苦境においても、他人、おとなを頼ろうとしなかったところだが、
本来、無条件で信頼・愛情をくれるはずの保護者に見放されてきた彼女には、
それはもともと選択肢にない行為だったのかもしれない。

祖母が消えてからの弟は、忙しない姉に反してのびのびと育っていったようだ。
かつてのように手伝いを押し売ることもない。記録に残る彼の姿は、普通の小学生だった。
それは、そう在れるように墨田が気配ったからなのだろうか。

答えはわからないが、ある日、弟は事故に遭い、意識不明の状態になる。
命を落とさなかったのは、墨田にとって幸福だったのか、不幸だったのかわからない。

とにかく、墨田はこの頃から、ますます仕事を選ばなくなった。 住む場所も変え、なりふり構わず、高額のバイトを探し続ける日々。 現在も付き合いのある(どう考えても非堅気な)仕事斡旋人に出会ったのも、どうやらこの頃のよう だ。

墨田の応募理由には、「弟を救いたい」という言葉はなかった。 しかし、これらの過去を踏まえれば、裏に弟の問題があることは間違いないだろう。

墨田は、誰にも頼らず、弟を救いだして生活を手に入れようとしている。 だとすれば、その精神は、幼く、実に健気だ。 それに、「金が欲しい」というシンプルな願いは、視聴者の共感を集め、率いるにも適しているだろ う。 どんな苦境にも耐えてきたタフさを考慮しても、私は、墨田季楽々をシラノの器、およびゲーム参加 者として推薦していいと考える。

【追記】
弟の存在を知っていることを伝えると、墨田は動揺と不快感をあらわにした。 しかし、ひとまずこちらにそれを公表する気がないとわかると、落ち着きを取り戻して人懐っこい態 度に戻った。

祖母の失踪後、なぜ福祉に頼らなかったか訊ねてみたところ、墨田は「なにそれ?」と首を傾げた。 今回のゲームについては、「いのち大事すぎるし しょーみ全然懸けたくないけど、一攫千金チャンス ないともーヤバい気がする」と語った。

その焦燥感は、本能が告げたものか、それとも合理の判断ゆえか。
ゲームを通じて、墨田季楽々という人間がどんな変化を見せるか楽しみだ。