狐は推す、ネちょの門 前編

Last-modified: 2009-07-18 (土) 14:42:11

目次

注意書き



この作品にはオリジナル設定(銀狐設定等)、厨二病等の要素が盛り込まれております。
またついでに色々なSSからの設定をちょこちょこ取っておりますので、あらかじめご了承ください。


出演させていただいた方から訂正、削除要望がありましたら、遠慮なくコメント欄へどうぞ。
うちのほうから謝罪と、訂正もしくは削除させていただきます。


さてこの作品は前作とも言える「狐は敲く、ネちょの門」の続編となっております。
先にそちらをお読みいただけますと、より楽しめることと思います。
では、本編へどうぞっヽ(`w´)ノ


注・一読者の意見から読み難いとの感想がありましたので、注意深く読んでいただけることを祈っております

メインストーリー











日が傾き、時は下校の項。
私立ネちょネちょ学園には元気な生徒の声が橙色の夕焼けに溶け込む。


「きつねせんせーさよならー!」
「はいはーい!また明日ねー!」
「じゃーねーちんちくー!」
「んなっ!待ちなさーい!待てごるぁーーー!!ま、待ってぇーー!!」


下校時間。
狐はいつもどおり校門に立ち、下校する生徒に手を振って見送っていた。
基本的にこういった仕事は教師内で週番のはずだと思われるのだが、狐はこの仕事を買って出ていた。
もちろん文句を言うはずの者もなく、それどころか自分も、という教師もいる。
よって、通常通りなら狐以外にも何人か立っているはずなのだが、生憎今日は仕事があるのかそうでないのか、狐一人だった。
どのみちボランティア精神旺盛な狐なので、誰もいなくても一人で立っている、など朝飯前なのだった。


そして中にはまだ生徒同然の歳の狐をからかう生徒もいたが、日常茶飯事なので深く気にしてはならない。
あくまで大人の余裕で遊んであげる、と狐は言い訳するのであった。が。


「ちくしょー、顔は覚えましたよあいつら・・・・・・明日あたり呼び出しです!」


どの辺りに余裕があるのだろうか。
そんな狐にたまらず講義する者がいた・・・・・・内側から。


(ちょっとぉ・・・どれだけ舐められてるのよぉ・・・・・・M?)


狐の姉である銀狐が言った。
しかし、今は狐の他に人影は見えず、誰かが居る様子もない。


「違いますっ!!あいつら人を見る目がないんですっ!」


狐は声を荒げて弁解する。
その声は・・・・・・狐の精神世界に住まう銀狐に届いた。


(・・・・・・じゃあ私も見る目がないのかしらぁ、うふふ)


「銀姉ぇうるさーい!!」


狐がそう叫んだ瞬間だった。
背を向けていた校門の方から、それは聞こえた。


「ちんちくりん独り言うるさいよー!じゃあねー!」


そう言うと声の主はダッシュで帰っていった。
俗に言う言い逃げである。
これにより有利なスタートダッシュを切った生徒はあっという間に見えなくなってしまう。
これを追いかけるのはさすがに結果が目に見えていそうなものだが。


「んなっ・・・・・・待てぇーー!!」


そこはさすが獣の血、狐はこれまた素晴らしい加速力で生徒を追いかけていった。
走る狐の中で銀狐が呟く。


(・・・・・・なら誰に見る目があるのかしらねぇ・・・ふふっ)


――男子生徒の叫び声が夕焼け空に響いた。













職員室に入ると、丁度全員出払っていたようで、暖房の回る音だけが空しく響いていた。
後手に戸を閉め、ふぅ、と首を回した。
ポキ、と首が鳴るのを自分で驚いてから、給湯室に向かった。
自分の席に着く前にコーヒーでも、と思ったが砂糖とミルクが切れていたので諦めて緑茶にした。


暖かいお茶で満たされた湯飲みを、大事に溢さないように両手で持ちつつ、手を温めながら椅子に座った。
ぎしり、とどこにでもありそうなキャスター付椅子が音を立てる。
湯飲みと向き合い、暫くその独特なフォルムに目を奪われ、負けてたまるかと口をつけ、ずずずと啜る。
口から離し、明後日の方向にはふ、と欠伸をした。
昼寝をするわけにもいかないので、襲い来る睡魔をどうしようかと考え出したところで、ようやく違和感に気づいた。


「・・・・・・ん・・・?」


耳をすませば、最初から気づいてそうなものだが、今更、狐は気づいた。
ぴくりとアニメチックな耳を動かし、眉を顰める。


物音が、一つもしないのだ。


ここネちょ学では、普通の学校と同じように一応部活動が存在する。
吹奏楽であったり、生徒会であったり、サッカーであったり・・・・・・様々である。
そのため、笛の音や楽器の音、それに話し声や足音が聞こえてもいいのだが・・・・・・。


「・・・あれ・・・・・・?」


辺りは――耳鳴りがするほど静かだった。




まさかと思い、職員室のドアまで歩み寄る。
胡散臭い静寂に包まれたまま、狐は右足で思いっきりドアを蹴飛ばした。


「っつ・・・・・・」


じくりと爪先が痛んだが、その代償に疑心が確信に変わった。




ドアを蹴った、にも拘らず、音がしない。




何の冗談かともう二発ほど蹴ってみるが、衝撃の振動が伝わるだけで空気の振動は発生しない。聞こえない。
そして今度はドアを開けてみようと試みたが、鍵が架かったようにびくともしない。


背中に冷や汗が流れるのと、声がするのは同時であった。


「・・・・・・001番、だな?」


狐が振り向くと・・・・・・そこには見たこともない男が立っていた。
男は、黒いスーツに黒サングラスといった見るからに怪しい服装をしている。
足は細く長く、スーツの上からわかる細腰・・・形容するならば『優男』というのがしっくりとくるだろうか。


狐は動揺を悟られぬよう、口を開いた。


「・・・・・・なんですか、その名前。うちは狐っていうちゃんとした」
「ああ・・・・・・仮面は、いい」


狐は思わず顔を歪めた。
職員室から出られないことや、プロトタイプやら、仮面やら。
意味がわからない、何のことだと怒りの、負の感情ばかりが募る。


「か・・・仮面ってなんですか!」


怒鳴ってみても、目の前の男は、最後の発言からは何かを待つようにじっと狐を見つめている。


冷や汗が体を濡らし、鼓動が早まっていく。果てには唾液が粘性を持ってくる。
固唾を何とか飲み下し、乾いた唇を震わせ、言葉を発する。


「な・・・・・・」




















(・・・・・・どいてなさぁい)


ざわり、とだけ音がした。






















「ご指名・・・・・・かしらぁ?ふふふ」


瞬時に狐の髪は美しい銀に染まり、やや間延びした口調と、透き通るアルトは、完全に先程の「狐」とは別物だった。
椅子を引き寄せ、それに腰掛けると同時に足を組むと、手を口元に添えて紫の眼光で男を睨みつけた。


「・・・・・・やっと出たか、隠れてた、か、それとも寝てた、か?」


「どっちもぉ・・・かしらねぇ?そ ん な こ と よりぃ・・・・・・あんまうちの子に余計なこと教えないでくださるかしらぁ・・・・・・殺されたいの?」


あの日、空狐が己の剣、木漏光にその精神を蝕まれ、銀狐として破壊と殺戮を繰り返していたある日。
己の力を過信しすぎていた空狐は、とある機関の二人組に連行された。
破壊衝動の権化、木漏光に宿っていた九十九神であった銀狐は、主である空狐を殺させぬよう、体はそのままに、「人格だけ」を、己のそれと取り替えた。
銀狐は己の精神の片隅に空狐の人格を押し込み、鍵を掛け、「保護」したのであった。
そして銀狐は、二人組みに連行され、連日実験台に、薬漬けの体にされ、気づけば第三の人格が己の精神に宿っていた。


それが、社会の先生である、「狐」であった。


狐は私立ネちょネちょ学園に生徒として試運用されたのち、本格的に監視下である教師として学園に動員するのが機関側の目的である。
その先に何を見ているのか・・・それは銀狐にもわからなかった。


また、狐自体の住居および金銭は学園の、もとい機関のほうにて完全にサポートし、「銀狐」のことだけは、二重人格者として知っておいていい。
だが機関の事については・・・・・・聞いていなかった。


それが、銀狐の知っている、「狐」と、その背後にある機関との繋がりであった。
要するに、汚れ役は全て銀狐が引き受けていた。
狐は、身体は自分の物だと疑わないし、銀狐も精神の同居者という認識だけで、その成立過程には毛程も興味を示さない。むしろ受け入れている傾向にあるようだった。
銀狐もそんな狐に惹かれ、いつしか汚れ役を買って出るようになっていた。
流石に狐には最低限機関との関わりを教えてあるが・・・・・・自分が仮初の存在だと教えたくないので、狐にはあまりそういう話はしていない。


母性に近い慈愛が、銀狐を動かす。


そして、銀狐と対峙しているこの『優男』は完全にあの日の二人組の男とは別人だった。
それ故か、幾許かの安心感が銀狐の心に溶け込んだ。


「・・・・・・」
「・・・だんまり、ねぇ。それよりなぁに今更ぁ。干渉しない約束じゃぁないのぉ?」


その言葉に反応したのか、男が口を開く。
癖なのか故意なのか、言葉を要所要所区切りつつ言う。
恐らく前者なのだろうが、銀狐は少しだけ苛立ちを覚えた。


「・・・・・・ああ、干渉ではなく、交渉、だな」


「交渉・・・?」


銀狐は、眉を顰め、男を睨む。
男は言い辛そうに頭を掻くと、続けた。


「最初に知っておいてほしいが・・・俺も、この交渉がどういう意味かわかりかね、る。
 全て、上からの命令だ、と受け取っておいてほし、い」


「・・・・・・わかったわぁ」


銀狐は、いつでも木漏光を取り出せるよう、意識を右手に集中させる。
木漏光の九十九神である銀狐は、己の媒介である木漏光を何時如何なる時も容易に己の手中へ木漏光を転送することができるのだ。


「単刀直入に、言おう、か。二つ、『偽の記憶を植え付けられ、ネちょ学に教師として、「狐」として働くか』それ、か」


銀狐は、男の口元を半ば睨むように見つめ、訝しげに目を細めたまま、続きを待った。


銀狐は、なるべく冷静を保とうとした。
焦ったり、弱気を見せたりしたらそこにつけこまれ、あっという間に陥落してしまうとわかっていたからだ。
だが、そんな虚勢もあとかたもなく崩れ去ることになる。


たった、21文字の言葉で。


「・・・『一人で、学園を制圧するか』、選、べ」


きらり、とサングラスが照明を跳ね返した。


耳から空気の振動として取り入れたその情報は、脳内を駆け回り、意味を思考し、理解する。
そのプロセスを辿るはずの情報が、銀狐は、理解の段階までいくことを拒否した。


しかし無情にも拒否の意とは裏腹に、銀狐はその意味を、またその裏の意味をも、理解してしまう。


理解したからこそ、狼狽した。


「・・・い、意味がわからないのだけどぉ・・・・・・?」


「・・・俺に、聞く、な。俺だって、何が目的で、こんな交渉してるのか、わからないと言った、だろ、う」


男はそう言って、心底参ったように目尻を押さえた。


男の言動・・・・・・そして何より自分の経験からして、嘘は言っていないだろう。
そして交渉の意味が聞けないとなるとわかると、銀狐の脳は必然的に意味を推測し始める。
意味のない行為だと知っていたため、銀狐は理性で考えることを放棄した。


「まぁ、そう言いたくな、る気持ちも・・・わかる。わかるが・・・・・・そう・・・だな、今晩、9時頃にもう一度、来てく、れ」


銀狐は腕時計を見た。
外から遮断されているこの空間でも、時の流れは正常なようで、正確さに定評のある銀狐の時計(正確には狐、のだが)は、午後5時44分を示していた。


――9時・・・がタイムリミット・・・。




「・・・・・・確かに、伝えたぞ、じゃあな」




「待って・・・・・・聞きたいことがあるのだけどぉ」


男の背中にそう投げかける。
返事はないが、立ち止まっていることから話していいとのことだろう。


「このぉ・・・・・・職員室を取り囲む結界を張ったのはぁ、貴方?」


やはり返事はなく、男は一度だけ、わずかに首を上下させた。
銀狐は自慢の髪を一掻きすると、空間を裂いて去っていく男を見送った。












スイッチをつけたように、雑音が蘇る。












校庭からはホイッスルの音。窓からは風と木の葉の音。そして数多の話し声。


銀狐は成り行きで、というか現在身体の所有権のある狐に付き合い、教職に携わっている。
好戦的な性格故か、教職に付く、即ち彼女にとって不自由になるということに最も反対していたのは銀狐であり――


「んー・・・・・・まぁ、なんとかなるわよねぇ」


――最も気に入っていたのも銀狐であった。


(・・・・・・んむぐぐぐ・・・ちょぉ!銀姉ぇ!急に出てこないでくださいよ!あれ、あいつはどこに?)


精神の中の狐が目覚めたようであった。
問いかけてはいるが、その内記憶を共有して、何があったかを理解するはずなので放置しておく。


「私はぁ・・・・・・疲れたわぁ」


とだけ言い、体を椅子の背もたれに預けると、身体の制御を狐に任せた。




と同時に銀狐の髪は自然を思わせる栗色に変わり、その瞳も茶に変わった。


「え、銀姉ぇ・・・・・・あれ?」


狐は急に体を変えられたため、自分が表に出ていることに気づかなかったが、
手足が己の意思通りに動く事を確かめると、意識下でか、それとも銀狐が気を利かせたのか、
記憶の共有が完了したらしく、一人納得したように息をついた。
狐は椅子に座り、記憶の再生を繰り返す。


理不尽な選択、勝手な物言い、己一人で閉鎖された空間を作り上げるほどの技量。
恐らく以前話してくれた「機関」絡みであろうと考え、詳細を聞こうとそれを問い詰めるのを・・・・・・経験が制した。


これまで銀狐関係の問題事はいくつもあった。
例を挙げれば、銀狐が狐の睡眠中に身体を乗っ取り、夜の街を豪遊。
いつの間にか財布から紙幣が無くなっているのに気づき、まあ気のせいだろうと狐が放っておいた翌日。
外見が似ている狐を銀狐と間違え、言い寄る男が続出した。
狐は当惑も困惑も、わけがわからないわ罵声が飛ぶわ銀狐は寝ているわで大変だったという。
そんなことがあって、銀狐を問い詰めたところ、その事実が発覚し、誓約書を書かせて夜間の外出は禁止した。
しかし綱渡りの火遊びは逆に燃えるらしく・・・・・・つまりは意味無く、銀狐のルール違反と問題事は相次いだ。


というわけで。
狐も今回もちょっと危ないけどそういうことなのだろう、と自分を納得させた。
頭の片隅では、いつもと違う姉の様子を心配し、すぐにでも何があったのか問い詰めたいのだが。
うちに何を隠してるのかと聞き出したいのだが。
流石に首を突っ込みすぎないほうが邪魔にならないかな、と考えたのだ。


「うんっ、あいつらは、悪者です!」


誰に言うでもなく・・・・・・いや、自分にそう言い聞かせてそれ以上聞かないでおこうと結論付けた。
姉に仇名す即ち敵。
姉が敵とみなしたら敵。
それでいつもやってきた、これからもそれでいくだろう。
故に、今回も疑わずに銀狐を信じることにした。
そして狐もまた、銀狐と同じように無意味と知りつつ交渉の意味を推測し始める。
一つの過程が浮かんだところで、ある意味で懐かしい音が響いた。


「ふむぅ・・・・・・うぇ?」


ある意味で懐かしいノックの音が聞こえた、と思ったら今度は引き戸が開いた。
顔を上げ、入ってきた人間を視界に入れる。


「はーい、どちらさ・・・・・・ありゃ」


入ってきたのは酒飲みスーさんであった。


狐は思わず身構えた。
なぜなら酒飲みスーさん、といえばネちょ学内でも屈指のハイテンションの持ち主である。
そのハイテンションとノリのよさは他人を喜ばせ、そして楽しませる。


だが、テンションが高い人間を相手にするのは非常に疲れるものである。
・・・・・・まあ、自分も同じくらいのテンションであるのなら例外だが。
加えて狐は自分が消えるか消えないかの決断の時。
そんな心情で楽しくバカ騒ぎができるはずないのは明白。


だが、酒飲みスーさんは暗い顔をしていた。
顔を曇らせ、床の一点を見つめたまま動かないのである。
心なしか緊張している様子も見て取れる。
これは只事じゃないぞ、と狐が立ち上がり、足早に近づくと、酒飲みスーさんは後を追うように話し始めた。


「コンちゃ・・・・・・いえ、き、狐先生、折り入って相談が・・・」


「ふんふん、なんでしょう」


それから暫くたって、酒飲みスーさんは思いついたように顔を上げると、大きな声で『相談事』を言った。








「えっと・・・えー・・・・・・そのー・・・あ、こ・・・こ・・・こんにゃくゼリーが、食べたいんですっ!!」








結論から言えば酒飲みスーさんにはお引取りいただいた。
そういうことなら喘息先生あたりに話すといいですよ、と言ったら喜んで保健室へ駆けていった。


「・・・銀姉ぇ、こんにゃくゼリーってまだ売ってますかね」
(・・・・・・・・・・・・形を変えて売ってるんじゃなぁい?)
「・・・・・・ゼリー食べたいです」
(私はプリンが食べたいわぁ)


そんなやり取りも終わり、再び静寂が訪れた職員室。
狐は何とはなしに時計を見ると、もう6時を指していた。


「いっけない・・・早く帰らなきゃ」


誰にともなく呟き、狐は帰り支度を始め、帰路に着いた。













夕食も手短に、狐はお風呂から上がると焦るように時計を見た。
菓子を象った時計盤は、短針は8と9の間を。長針は綺麗に6を指していた。


「8時・・・半・・・」


狐はなるべく動きやすい服装に着替えてから、夕方に指定された場所へ向かった。






校内には簡単に入れた――というのも、狐が閉鎖されている校門に近づくと、自動で門が開いたのだが。
夜の校舎はなんとやらと言うが、今の狐はそんなことすら考える余裕もなかった。


職員室の前まで来ると流石にもう迷いはなかった。
先生に怒られる前の生徒ってこんな感じなのかな、と一人笑い、心の中の姉に話しかける。


「・・・それじゃ、後はよろしくおねがいします」


そう言い、狐は銀狐に己の身体を渡す。
その心中は想像もつかないだろう。
ただただ心配で仕方がないのだろう。
だが、狐はそんなおせっかいな自分を殺し、銀狐が何とかしてくれる・・・・・・そう信じて、身体を明け渡した。


銀狐は、暫く目を伏せ、勢いよく引き戸を開けた。


「・・・・・・来た、か」


予想通り、あの優男が中で待っていた。
銀狐は職員室に入り、男から少し離れた場所に位置を取る。
これ以上はお互いの攻撃範囲に入る・・・そういう事を銀狐は知っていた。


「まあ・・・こうなるとは・・・思って、いた」


男は煙草の煙を吐きながらそう言う。


狐、銀狐二人の総意・・・それは、


自分はもっと皆と携わっていきたい。
でも皆を巻き込むのは嫌だ。
そもそもこんな理不尽で不条理で意味不明で理解不能で無意味な選択、受ける必要ないじゃないか。


そう考えるのは至極自然なことであるが故に、狐と銀狐は「抵抗」を選んだ。


「あんな、交渉。成功するわけ・・・ない。常識的、に」


銀狐は口を開かない。


「・・・だんまり、か?」


男は携帯灰皿に煙草を押し付け、胸ポケットにしまうと、面倒くさそうに頭を掻いた。
銀狐は何時でも愛刀を換装できるよう、意識を右掌に集中させる。
そんな銀狐を知ってか知らないでか、男はちらりと銀狐の右手を見ると、親指で外を指差した。


「校庭に・・・出る、ぞ。ここを壊すのはお前も・・・・・・俺も、嫌でな」


言って、風の音だけを残し男は姿を消した。
息苦しさから解放された銀狐は、一回だけ深呼吸してから、愛刀の木漏光を取り出した。
白木で成されている柄を握り、不意に回想される。


思えばこれとは長い付き合いだった。
妖狐屋敷の離れにて封印されていた自分(銀狐=木漏光)を解放してもらってから、色々あった。
訓練、襲撃、逃亡・・・。
あれが人生の転機であったと思う同時に、あれのおかげでこうして生きながらえているのかなと思うと、少し勇気が沸いた。


――・・・なんでこんなこと今更・・・。


今になって昔のことを思い出し始めた自分を嘲り、木漏光を短刀に変え、校庭へ駆け出した。













がきん、と金属音が響く。
ぶわり、校庭の土が衝撃で煙と化し、舞い上がる。
辺り一帯を覆い隠すほどの土煙から、銀狐は飛び出してきた。
右の手にはいつ変えたのか、馴染みの薙刀を握っている。
吹き飛ばされたらしい銀狐は、空中で空いている手を地に付け勢いを殺し、それでも慣性で何mか地を滑りつつ、体勢を立て直した。
不意に、土煙が払われた。
煙が完全に晴れる前に、銀狐は符を一枚取り出し、荒々しく投げる。
投げると同時に宣言する。


「水符『濁・長・激の竜』!」


符は通常のスペルカードの作りを模し、自分なりにルーンを書き加えた特製の符である。
宣言すると同時に、突如符は弾け、驚くほどの量の水となった。
銀狐が手を動かすと、水は水流となり、万象の法則に背き勢いを増す。
その勢いは、手を漬ければ手を千切られ、足を漬ければ足を捥がれるほどであった。
水流は銀狐の意思に従い、男へと一斉に流れ込む。


「くだらん・・・っ!」


あの優男は、身の丈ほどもある大剣を、軽々右手で掲げていた。
そのままそれを縦に回すと、前に構えた。


銀狐は手を返し、操作を本格的に開始する。


水流は轟く。
地を削り、空を裂き、滝の勢いよりもはるかに強く。
まして銀狐の意思で動くその水流は、まさに竜。


水竜は唸る。
すべてを噛み千切ろうと、相手へ愚直に。


水流が男の剣の届く範囲・・・・・・所謂間合いに入ったところで、男は動きを見せた。


「ハッ!」


男は軽やかに、且つ力強く剣を振った。


刹那、水竜の頭部は僅かにずれ、動きを鈍くする。
遠隔操作を成す銀狐にも負荷がかかり、慌ててそれを修正しようと魔力を注ぎ込む、が。


先端より伝わった微妙なズレと衝撃は、間違いなく水流の後部へとも伝わり――水竜が鳴いた。
ずるりと水竜の右半身がずれたと思うと、ばしゃりと左半身が崩れ・・・・・・真っ二つになり水竜は水へと帰した。


銀狐は歯噛みし、立ち上がり薙刀を構える。
男は大剣に付いた水滴を振って払うと、地に刺した。


「実力の差は・・・歴然。・・・まだ抗う、か?」


「うる・・・さぁいっ!!」


相当の魔力を賭した術であったが、それを一振りで打ち消されるとなると・・・・・・流石の銀狐も絶望したくなった。
だが、諦めは今は不要。
銀狐は薙刀を握る手に力を込め、飛び掛った。
それこそ驚くべき速さで間合いを詰め、無駄のない動作で薙刀を振った。
両手で、右から左に振った薙刀が男の右頬を裂くそれよりも前に、男は大剣を抜き、それでそのまま防御した。


金属音が、夜の闇に溶けて消えた。


「ーっ!!」


防御されるとは思いもしなかった銀狐は、一瞬だけ驚きの顔を見せ、また直ぐに張り詰めた表情へ戻した。
柄の尻を握っている左手を開くと、そのまま柄自体を押すように、掌底にして打ち込んだ。


「甘、い」


しかし、今度は大剣を握っていないほうの手で呆気なく止められてしまう。
銀狐は、止められたのを確認すると・・・・・・笑って見せた。


「つぁっ!」


男の右は薙刀を、左は銀狐の左の手を防御させて相手の両手を封じるのが真の目的。


銀狐は右足を振り上げることなく、爪先で男の空いた腹に蹴りを放った。


「ぅ、ぐ・・・っ!!」


男はそう声を漏らすが、腹筋に力を込めて防御されたらしく、ダメージは少なく見える。
だからこそ、まだ離れる気はない。


「まだまだぁあっ!!」


今度は右足に全体重をのせ、左足で地を蹴り男の顎に左膝蹴りを放つ。
流石に予想できなかったのか、男の足がぐらつく。
男の右手から大剣が零れ落ち、銀狐の左手を押さえる力も弱まる。


その隙を、銀狐は見逃さない。


剥がれるようにして男から少しだけ距離をとる。


「ぁぁぁああああっ!!」


それから、身体の捻りも使い、男のがら空きになった即頭部へ上段蹴りを放つ。


『叩く』蹴りではなく、『吹き飛ばす』蹴り。
右足を思いっきり振りぬくと、男は軽々吹っ飛んだ。


地を滑り、土煙を巻き上げ、一回転してからようやく静止した。


銀狐は、額に浮かんだ汗を拭い、また薙刀を構える。


「・・・・・・・・・・・・」


男は、うつ伏せに倒れたまま、動かない。
しかし、そんな男に対して銀狐は投げかける。


「早く立ちなさぁい・・・・・・まだ気を失ってもいないのでしょぉ?」


そう言ってから、男が起き上がったのは直ぐだった。


「・・・・・・バレた、か」


「当たり前じゃなぁい・・・・・・貴方、頭を蹴られる時、『自分で頭を引いた』でしょぉ?」


銀狐は、男の側頭部を捉え、振りぬいたとき、妙に頭部の重量を感じなかったことに気がついた。
まさか自分で身を・・・?と考え、これで起き上がったら確定、ということで声をかけたのだった。


・・・確定してほしくはなかった、のだが。
無情にも男はゆっくりと起き上がると、首をぽきりと鳴らした。


「・・・・・・無傷、で連行したかった。が、抵抗するなら、仕方が・・・ない」


男が大剣を一目見て、その視線に気づいた銀狐は、足元にあるその大剣を踵で踏み、鼻で笑った。


「お探しのものなら、落し物ボックスの中よぉ?うっふふふ」


挑発の念も込め、大袈裟に笑った。
が、男はそんな銀狐を見ると、だるそうに目を伏せてから、何かを呟いた。
あまりに小声だったため、銀狐はつい読唇してしまう。
そして・・・目を見開いた。




――抵抗するなら、仕方がない




瞬く間であった。
男が消え、視界の端に何かが写る。
銀狐は男が消えたことにまず慌て、次いで慌てた自分を呪った。
意識を集中し、先ずはと視界の端の物体を認識しようとしたが、タイムオーバー。
右側頭部に、先程のお返しのように裏拳を叩き込まれた銀狐は、風に煽られた木の葉のように、容易く揺らいだ。
威力というよりは、衝撃。
男の放った裏拳は、銀狐の頭部に触れると瞬時にその拳を引き、丁寧に衝撃だけを与えた。
衝撃が音となり、銀狐の頭の中を突き抜ける。
連打する花火のように、ぱんぱんぱんぱんぱんぱん、音が連鎖して行き――銀狐の意識はぶつりと途絶えた。


――ぱぁん


音が息を切らして追いついたころには、銀狐は既に倒れ付していた。
何が起こったのか理解できてないであろうまま、鼻血、耳垂れを垂らし、ぴくりとも動かない。
紫の美しい瞳も、今は淀み、男の汚れた革靴を見つめていた。








「・・・・・・馬鹿な真似、を」







折り返し地点



もうちょっとだけ続きますw
最後までお付き合いいただけたら嬉しいですっ


スパートっ!