私立ネちょネちょ学園記 第十三話 『盗み盗まれ猫目石』

Last-modified: 2009-03-17 (火) 03:31:59

目次


注意書き



このSSは私、ばんじろうがネちょ学での詳細を元に書いたSSです。ネちょ学について、を先にご覧頂くとより一層理解度が高まります。そのイメージを頭の中でイメージを膨らませて書いたものなので、現実とかなり違う可能性があります。具体的には性転換させられている方も大勢出てくると思います。
予めご承知下さい。


また、基本的にストーリーは繋がっていませんが、舞台設定や登場人物については前の話を読んでいることを前提に話を進めています。この話を読む前に既に私が投稿したSSをお読みになることをお薦めします。


問題なし!と言う人は本編へお進み下さい。
では本編どうぞ。


ひどい扱いを受けている人もいます。その方がドMであることを祈っています。

本編





【プロローグ】


私立ネちょネちょ学園。


・生徒総数不明
・敷地面積不明
・経営体制不明


という謎の教育機関であるが、それは確実にどこかに存在している。
今日もネちょい一日がこの世のどこかで繰り広げられているのだ。






【Ⅰ】


爽やかな朝、私立ネちょネちょ学園の学生寮の一室にも薄いカーテンを通して光が差し込んでいた。チチチ、と鳥のさえずりが晴れ渡る空に響き、気持ちのいい朝だ。
祝日である金曜を含めて今日から三連休、誰しもが心躍る朝である。
しかし、


「ぐごー」


部屋の主は全く持って爽やかではなかった。昨夜も遅くまでPCでデータの整理を行っていたため惰眠を貪っている最中だ。休日はいつも昼まで寝ているのが彼のライフスタイルである。
しかし今日はそんな平穏が長く続くことはなかった。


「おはよう!ビッグニュースだよヘタレくん!さぁ起きたまえ!」
「んぐぅ・・・」


彼の部屋の扉がバンッと大きな音を立てて開かれ、用務員のiyotenがずかずかと部屋に入ってきたのである。iyotenがカーテンを開き、部屋に光が差し込んでくる。しかし部屋の主であるヘタレは布団を被りなおし奥へと潜っていった。


「なんすかいよさん・・・。俺まだ眠いんですけど・・・。」
「それどころじゃないぞヘタレくん!これを見たまえ!」


iyotenがやけに大きな声で言うと、新聞を手渡してきた。
日付は今日のものだ。


「新聞?なんかあったんすか・・・?」
「一面にでっかく書いてあるだろう!飛び起きるはずさ!」


やけに上手なウィンクとともにサムズアップ。起き抜けのヘタレには辛いテンションである。そんなiyotenを無視してヘタレが新聞に目を落とす。
一面記事を読んだヘタレが布団を跳ね除けて、ガバッと立ち上がる。


「いよさん!これマジっすか !?」
「おうとも!学園長にも確認済みさ!」
「こうしちゃいられねぇ!」


ヘタレがその新聞を手に部屋の外へと飛び出す。目指すは職員室である。ヘタレにはどうしてもやらなくてはならないことがある、この事件はまたとないチャンスなのだ。
駆け出したヘタレが手にした新聞にはこう書かれていた。


『噂のきぐるみ怪盗、私立ネちょネちょ学園に予告状』


巷を賑わせている怪盗が予告状を出してきたというニュースである。常にきぐるみを着用し、おそらく女性二人組であろうということ以外全てが謎に包まれている怪盗で、そのミステリアスさと人に危害を加えないことから庶民から人気もあるのだ。その人気たるや写真にすら懸賞金をかけているところも存在するほどである。
ヘタレは懸賞金には興味がないが、これほど撮りがいのあるターゲットもなかなか居ないだろう。
チャンスがあればと常々思っていた相手からやってきたのだ。このチャンスを逃す手はない。


「ヘタレくん!パンツぐらい穿かないと!」


明日のネちょ学新聞の一面記事を飾る事件を起こしながら、ヘタレは生まれたままの姿で職員室へとひた走る。






【Ⅱ】


土曜日の夜、それが予告状に記された犯行時刻である。私立ネちょネちょ学園に届けられた予告状によると、ターゲットは中庭の工事の際に発見された地下室から発掘されたアレキサンドリアが填められた『キャッツ・アイ』と名づけられた腕輪である。
約250カラットもの宝石であるが傷も多く、宝石としての価値は低い。だが装飾品の模様などが多に類を見ないものであるため、学術的な価値が注目されていた。ところがこれを研究しようとした学者や、加工しようとした職人が次々と幻覚を見たり病に倒れたため、そのまま私立ネちょネちょ学園に安置されているのだ。


「ええい!忌々しいあの盗人どもめ・・・今日こそ捕まえてやる・・・。」


当日の夕方、対策本部兼腕輪の安置場所として学園の南側に位置するホールに腕輪を置き、ホールの周りを警官が固めていた。外に設けられた対策本部の椅子に座り、苛立ちを隠せない様子なのが巻田警部である。机に苛立たしげにトントン、と指を突いている。
それもそのはず、このきぐるみ怪盗のおかげで警察の信用はがた落ち、それどころか庶民の味方を捕まえる悪者扱いされている節すらあるのだ。きぐるみ怪盗の担当にされてからというもの、巻田警部は煮え湯を飲まされ続けているのである。エリート街道一直線で進んできた彼は焦りを募らせていた。
しかし、今回巻田警部には絶対に捕まえられるという自信があった。それは次の標的が私立ネちょネちょ学園であったからである。


「巻田警部!学園の教頭先生がお見えになりました!」


対策本部のテントへと入ってきた若い警官が敬礼と共に報告する。その後ろについて対策本部に入ってきたのはこの学園の教頭であるてんこあいしてぬだ。
本部の刑事や警官の視線がてんこあいしてぬに集中する。


「お久しぶりです!お元気でしたか?」
「やぁ巻田君、久しぶりだねぇ。まさかこんな形で会うことになるとは思わなかったけど。」
(あのおっさん何者?警部が恐縮してるんだが・・・)
(なんでも警察ですら手に負えない事件に解決に多大な功績を残したとかなんとか・・・)
(教師が?そんな話聞いたことないけど・・・)
(記録にも残ってないし、ウラの歴史って事らしいぜ)
「ささ、どうぞどうぞ!いまからミーティングを開始しますのでお付き合いください。」


本部に勤めている警官がひそひそと話す中、奥のスペースで今夜の打ち合わせが行われる。やけに自信満々な巻田警部が集まった警官に担当スペースと連絡方法について指示を出す。全ての指示を出し終えたところで巻田警部がてんこあいしてぬに向き直る。


「さて、こうしておいでいただけたということはご協力して下さるので・・・?」
「うーん、残念ながら違うねぇ。ちょっとキミ達に言っておきたいことがあってね・・・」


そう言うとてんこあいしてぬが二人の教師を本部へと招きいれる。テントの幕をくぐって入ってきたのは国語教師であるばんじろうと数学教師であるB.B.である。
その顔を見た瞬間、巻田警部の顔が驚愕の色に染まる。


「なっ・・・!こっ・・・!こいつらは・・・!」
「この二人が今夜個別で警備をするから、それを容認して欲しいのだけど?それと中庭から研究棟までは警官を対置入り禁止にして欲しい。」
「容認ってそれどころじゃないでしょう!『影法師』と『トリガーハッピー』を野放しにしておけなどと・・・!今すぐ捕まえるべきです!」
「巻田のボウヤも頭が固いな。上から何も言われなかったのかい?」
「B.B.先生、認めたくないのも無理はないですから・・・。」


B.B.の言葉を受け、巻田警部はここへやってくる前に長官に呼び出されたときのことを思い出した。妙に神妙な様子で『あの学園には関わるな』と警告されていたのである。それはこういう事態を想定してのものだったのであろうか。
巻田警部は冷静に場を見つめなおす。今ここにある装備と人員だけでこの二人を捕らえることは不可能。加えてこの二人を捕らえたところでメリットは何もない。そうなると長官に言われたとおりにするのが最善である。


「・・・分かりました。警官達にも伝えておきます。」
「成長しましたね・・・。状況判断とリスクリターンの判断も素早く正確にできるようになっているようだ。」
「人の上に立つことで得たものもあるらしいな。」
「・・・あなた方を認めたわけではありません。そこは勘違いなきように。」
「巻田くん、感謝するよ。代わりといっては何だけど他に二人だけだが人員を提供させてもらうよ。」


そう言うと、カメラを携えた二人組みがテントの中へと入ってくる。
ジャージ姿のヘタレと用務員のつなぎを着たiyotenである。


「この二人がですか?正直なところ戦力になるようには思えないのですが・・・。」
「まぁまぁ。この二人は写真を撮ることにかけてはこの学園で右に出るものは居ないんだよ。」
「写真・・・ということは。」
「ああ。顔写真を手に入れるための一手さ。」


謎に包まれたきぐるみ怪盗の顔写真、これはかなりの進歩である。窃盗だけでは顔写真の公開は出来ずとも、捜査に進展があるのは間違いない。この学園で右に出るものは居ないということは、写真を撮ることに於いてこれ以上の人員はないだろう。


「了解しました。キミ達、よろしく頼むよ。自由に行動してくれて構わないから。」
「ヘタレです。よろしく。」
「僕はiyoten!ただの用務員さ!」


巻田警部とがっしりと握手を交わした二人は、警官の配置にアドバイスをするてんこあいしてぬを残してばんじろう、B.B.と共にテントを後にする。ヘタレはやる気に満ち溢れており、iyotenもいい瞳をしている。しかし、ヘタレはこの教師二人が何をするのかは聞かされていなかった。
そして何気ない疑問を投げかける。


「先生達はどうしてここに?」


教師二人の意識がヘタレたちのほうへと向く。


その瞬間、ヘタレとiyotenは全身に鳥肌が立った。自分に対する敵意は感じられないが、これは関わってはいけないモノだと本能が警告する。気を張り詰めた警官達にも物怖じしなかった二人が意識を向けられただけで竦み上がっているのだ。


この緊迫した一瞬が永遠にも思われた刹那、スイッチが切れたように二人の雰囲気がいつものものへと変わる。


「俺たちがどうするって言ってもなぁ・・・?」
「ただ単に警備に協力するだけさ。だけど中庭と研究棟には入らないようにすること。いいね?」
「・・・・は、はい。」


そう言うと、二人は研究棟の方へと姿を消した。
二人の姿が見えなくなり、ヘタレとiyotenがその場に座り込む。


「ぶはっ!なんだよあのプレッシャー・・・。」
「うーん。只者じゃあないとは思ってたけどここまでとは・・・。」


ヘタレとiyotenが呼吸を整えた後、持ち場へと向かう。予告状に書かれた時間は午前零時。それまでに彼らなりに対策を練る。もはや写真を撮ること以外何も考えずに打ち合わせへと没頭する二人は、逃走経路に当たりをつけて様々な作戦を考え出した。
そうこうする内に闇が満ち、月がくっきりと見える夜がやってきた。


「いよいよっすね・・・。」
「そうだね・・・。さすがの僕も緊張してきたよ!」


作戦の通りに行動するよう心がけてホールの東側で待機する。西、南は外との距離が短いが警官も多い、しかし東側だけは外まで距離があるがその分警官もまばらなのだ。きぐるみ怪盗があえてこちら側に逃げてくる可能性が高いと踏んで二人は息を潜める。


そして予告された午前零時、バチン、という音と共に私立ネちょネちょ学園を闇が支配する。






【Ⅲ】


午前零時、私立ネちょネちょ学園に闇が落ちた。自家発電の予備電源に切り代わるまで3分、その間は光が灯ることはない。
ホールから離れた研究棟前の中庭には、7人程の黒ずくめの衣装に暗視ゴーグル、加えてプロテクターを装着している集団が集まっていた。月明かりに薄く照らし出されたその姿は、意識していない人間には視認できないほどに闇に溶け込んでいた。
先頭に居た一人が腕で合図を出すと、闇の集団は音を立てずに研究棟へ近付いていく。玄関を突破、ロビーへと侵入し、更なる合図によって7人がそれぞれ散開する。


「深夜にわざわざご苦労なことだ・・・。おかげで休日出勤する羽目になった。」
「こういうのも久しぶりですねぇ・・・。まぁこんな時でもないとここには侵入すら出来ませんからね。」


だが、散開しかけたところで月明かりのない影の中からの声が響く。
7人はすぐに体勢を立て直し、応戦体制をとった。
コツ、コツ、と靴を鳴らしながら窓から差す月明かりの下へと現れたのは、ばんじろうとB.B.であった。


「良く訓練された部隊ではあるようだな・・・。いったい誰の研究が目的なんだ?」
「それは後で聞けば分かりますよ。装備は近接戦闘用、防弾、防刃性能もそこそこありそうですね。」
「なら多少やりすぎても問題は?」
「死ぬことはないでしょう。久しぶりの我々でも問題なしです。」


黒ずくめの集団が二人を取り囲むようにジリジリと移動してゆく。
それを気にも留めず、ばんじろうが懐からマグナムを取り出し、B.B.が煙草に火をつける。


「さて、どう行く?」
「派手にやるわけにもいかないので2発装填しようかと。」
「ほう、それは珍しいね。」
「近接格闘なんて久しぶりすぎてどうなるか分かりませんけどね。」


チキ、チキ、と弾倉に弾を籠める。弾倉を収納しリボルバー部分を回転させ臨戦態勢を整える。
B.B.も煙草を携帯灰皿に押し込み、応戦の用意が完了する。


「さぁ、影法師の名の由来をとくと見るがいい。」
「ノリノリですねB.B.さん・・・。」


私立ネちょネちょ学園はこういった連中と係わり合いがかなり深い。過去にそういった世界に居た者、またはそういった連中に狙われてしまう研究などが存在するため常に狙われているのだ。しかしこの学園は警備も厳しく闇の最も深い部分に居た者も在籍しており、そうそう手出しをされることもない。
そこでこういった警備が浮ついてしまう機会を狙う者たちは必ずといっていいほどやってくる。その時はこうして闇の深淵に居たものが直接警備に当たるのだ。
研究棟ロビーの闇の中で、常闇の戦いが始まる・・・。






一方きぐるみ怪盗はというと。
電源が落ちて展示ホールが闇に包まれた瞬間、巻田警部がパニックを起こしかけた部下達を一喝する。


「動くな!動いた者がきぐるみ怪盗だと断定する!」


その一言で部下達に平常心が戻る。3分間で予備電源が入るというのはブリーフィングで全員に説明しているため、誰もが全く音を立てずに暗闇が辺りを支配する。
3分間、光も音もない状態が続きようやく予備電源が入る。


「腕輪は!?」


その場に居た全員の視線がホールの中央へと向く。腕輪は変わらずそこにあり、不気味な光を放っている。
全員がほう・・・と息をつく。全員が安堵した時、ホールの扉がバンッと音を立てて開かれ、ホールにヘタレとiyotenが駆け込んでくる。


「キミ達か。奴らの姿を見たかね?」
「いえ!電源が落ちたのでまさかと思いまして・・・。」
「ご覧のとおり大丈夫だったよ。悪戯だったのかどうか分からないが警戒を続けてくれたまえ。」
「しかし・・・あの暗闇の間にすりかえたという可能性はないのでしょうか?」


その一言によって巻田警部の脳内に疑問が生まれる。まさか、とは思う。しかしあのきぐるみ怪盗ならとも考えられる。巻田警部は懐からケースの鍵を取り出し、鍵を開け腕輪を取り出し確認する。


「・・・特に変わったところはないが、素人で判断がつかないな。」
「貸してください。見分け方を教わってきたので確認しましょう。」


巻田警部がヘタレに腕輪を渡す。ヘタレがそれを光にかざし、目を細め確認する。
ここで巻田警部はヘタレとiyotenに奇妙な違和感があることに気づいた。先ほど見た時と何かが違うのだ。


「―――おい、カメラはどうした?」


二人が首にかけていたカメラ、常に大事そうにしていたカメラを彼らは持ち合わせていない。
一瞬の静寂の後、巻田警部が声を荒げる。


「奴らだ!捕まえろ!」


警官達が一斉に二人を取り押さえようと飛び掛る。
しかし、二人はホールの天井近くまで飛び上がり囲いを突破してホールの扉へと走り出す。


「逃がすな!捕まえろ!」


ホールの扉から警官達が二人を追って出た時には既に二人の姿を確認できなくなってしまっていた。


「ええい!全員に通達!本物でも構わんから取り押さえろ!」


こうして深夜の私立ネちょネちょ学園を舞台にした大捕物が幕を開けたのである。
きぐるみ怪盗が逃げた先は、東。






一方、本物の二人はというと電気が落ちても息を潜めてホールの東側で潜伏していた。ホールの扉が見える位置で様子を伺いながら予備電源がが入るのを待っていたのだ。
予備電源が入ってからなにやらホールが騒がしくなる。


「出たか!」
「そのようだね・・・無線機もらってくればよかったねぇ。」


監視していた二人がホールの東側の扉から二つの影が飛び出てくるのを目撃する。
東側の校舎、教室棟へと向かってくるということは読みが当たったということだ。


「外だと見られやすいから校舎内を通って逃げるはずです!行きましょう!」
「おうともさ!」


ヘタレとiyotenが先回りしようと東校舎の階段を駆け下りる。
階段を降りきったところで二人の警官と鉢合わせする。


「いたぞー!」


その声を合図に大勢の警官が先ほどの二人の警官を先頭にしてヘタレとiyotenを追いかけてくる。ヘタレとiyotenには事態が把握できないが追ってくる警官達は自分達を捕まえようとしているのだけは伝わってきた。


「なんか追われてますよね!?」
「とりあえず逃げるしかなさそうだね!」
「じゃあお二人さん、あの人達のお相手よろしくね?」


先頭を駆けていた二人の警官が二人を追い越し、追い抜きざまにそんなことを言って前を走り去っていった。
今の声はどう聞いても女性の声である。


「いよさん!あいつらだ!」
「なんだって!?だったらあいつらを追わないと!」
「その前に後ろの人達を何とかしないと無理ですよ!」
「・・・しょうがない。」


iyotenが立ち止まり、後ろの警官達に向き直る。


「いよさん!?」
「君一人の速さなら追いつける!ここは僕に任せて行くんだ!」
「・・・後で秘蔵のコレクションをおすそ分けしますよ!」
「楽しみにしておこう!」


ヘタレがぐんっと速度を上げて校舎の中を先回りできるルートを駆ける。
一人残ったiyotenは十何人もいる警官達とにらみ合う。


「ここは通さないよ!僕の友達の邪魔はさせない!」
「この人数相手に何ができるんだ!」
「ならば見せよう!これが僕の本気さ!」


つなぎの上半身部分を脱ぎ、袖を腰へと巻きつけiyotenは上半身が黒のタンクトップだけという格好になると深呼吸を始める。そして体全体の筋肉に力を入れると上半身を包んでいたタンクトップが筋肉の隆起に耐え切れずにビリビリに破れ、上半身を覆い隠すものは何もなくなる。


「さぁかかってくるがいい!この筋肉は伊達じゃない!」
「怯むな!かかれええええ!」
「うおおおおおおお!」




                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




漢たちの怒号と筋肉がぶつかり合う音を聞きながらヘタレは夜の校舎を駆ける。一見しただけで最短に見えるルートよりもさらに早い道があるのだ。
これは偶然アリバイを作るために試行錯誤した結果発見した、学園でも知っているのは数人であろうという秘密のルートである。
そして教室棟の東側の端に出て振り向くと丁度きぐるみ怪盗の二人と鉢合わせする。


「見つけたァ!」
「!?」


振り切ったはずの相手が先回りをしていたことに驚いたのか、きぐるみを着た二人組が急ブレーキをかける。一人は全身緑色で腹にピンクと黄色の縞模様があるきぐるみ、もう一人は全身真っ赤なもじゃもじゃで頭の上に小さなプロペラがついたきぐるみであった。


「さぁ大人しく写真を撮らせてもらおうか!」
「・・・」


二人が頷き合うと、赤い方が一歩前に出る。


「大人しくそこを退くなら何もしないわ。退いてくださる?」
「肉体労働の担当はあんたが担当か。大人しく退くと思っての発言ではないんだろう?」


ヘタレが右手に愛用のデジカメを握りこんで腰を落とし、隙のない構えを作る。
その構えで大体の力量を悟ったのか、赤いきぐるみがステップを踏み始める。


ヘタレがカメラを前に出し、シャッターを切る。
しかし画面に映っていたのは赤い物体がピンボケしたものだけだ。


「ちぃっ!」
「この距離ではファインダー角の安定よりもぼくのが速い!」


狙いはカメラである。ヘタレは左手を前に出した構えで赤いきぐるみの攻撃を捌いてゆく。だがしかし、きぐるみを着ているにもかかわらずかなりの素早さを誇る相手の攻撃は左手一本で捌ききれるものではない。
ついに左手を掴まれ、バランスを崩したところで右手のカメラを弾き飛ばされた。ヘタレ愛用のデジカメがカラカラと音を立てて廊下を滑っていく。


「しまった!? 」
「よそ見してちゃあダメだよ!」


掴まれた左手をそのまま捻り上げて、ヘタレはがっちりと腕をロックされてしまった。
首にも手を回され、脳にうまく酸素が回らない。


「っぐ!」
「惜しかったね・・・。先回りしたことは褒めてあげるよ。」


そう言うと赤いきぐるみはヘタレの足を払い、廊下へと這いつくばらせてから窓の方へと歩き出す。
解放されたヘタレは大きく息を吸い込み、咳き込む。しばらくは俊敏に動けないだろう。


「じゃあね。なかなかスリルがあったわ。」
「さっさと行かないと!あまり時間がない。」
「待てよ・・・!」


肩で息をしながらヘタレがふらつきながらも立ち上がる。だがしかし今の彼は脱出地点への道を阻んでいるわけでも、体力的な余裕があるわけでもない。きぐるみ怪盗の二人を捕らえるのは不可能である。


「しつこい男は嫌われるよ?さっさと負けを認めたら?」
「・・・いいや、俺の勝ちだ。」
「何を往生際の悪い・・・。」
「・・・!もふちゃん!下!」
「え?」


ピピッという音と共に床に転がっていたデジカメからフラッシュが焚かれる。
咄嗟に顔を腕で覆うも一瞬だけ遅かった。その隙を突いてヘタレがカメラを回収する。


「さぁ撮ったぞ!」
「タイマー!? しまった・・・!こうなったら!」
「もふちゃん!怪我はさせたらダメ!」
「でもお姉ちゃん!」


勝利を確信していたヘタレだったが撮影した一枚を見て顔色が険しいものへと変わる。
ため息を一つつくと、愛用のデジカメをきぐるみの二人へと投げ渡す。


「おい。」
「え?わわっ!? 」
「やはり俺の負けだった。データカードは持っていって構わないからカメラだけ返してくれるか。」
「・・・どうして?」


緑のきぐるみ、お姉ちゃんと呼ばれた方がデータのカードを抜き取り、カメラをヘタレに投げ返す。
どうやらこの怪盗は姉妹であるらしい。


「カメラ目線だったんだよ。」
「・・・は?」
「盗撮する方にも矜持はある。カメラに気付かれた時点で俺の負けなのさ。」


たしかにもふちゃんと呼ばれた赤いきぐるみを着た彼女は、姉の呼びかけによりカメラの方を向いていた。つまり、よりはっきりと顔が写っているはずである。しかし、それではダメなのだと彼は言う。彼女達に人に怪我をさせないというポリシーがあるように、彼にもまた譲れないものがあったのだ。


「・・・あんた、名前は?」
「ヘタレ、と呼ばれている。本名は朧月だ。」
「覚えとくよ・・・。またね!」


そう言ってきぐるみを着た二人は窓から飛び降り、壁を乗り越えて去っていった。
それを見送ったところで警官達が追いついてくる。iyotenもなぜか上半身裸なところ以外は怪我もないようだ。警官達をかき分けるように巻田警部がやってきて声を荒げる。


「やつらは!? 写真はどうなった!? 」
「写真は撮れましたが・・・データはありません。」
「そうか・・・。」


巻田警部は落胆の色を隠せないようで、ここでも二人を捕らえられなかった事を心底後悔しているようだ。
だが、ヘタレには一つの確信があった。


「警部さん、もうあいつらは泥棒をしないと思いますよ。」
「なに?なんでそんなことが言えるんだ?」
「なんとなく、ですが・・・確信はあります。」


ヘタレは窓の外を眺め、月を見上げる。本名を名乗ったことなどいつぶりだろうか、学園の名簿ですら『ヘタレ』で登録されているのだ。本名を知っているのはごく少数、本名で呼ぶ人は皆無だろう。名前を聞かれて本名をわざわざ名乗ったのは何か予感がしたからだ。


朧げとは程遠い、円い月を見上げながらヘタレはカメラをぎゅっと握り締めた。






「ねぇ、お姉ちゃん。」
「・・・なに?」


逃走途中、屋根の上を飛んで渡っていく姉妹が言葉を交わす。
だが、言いたいことは伝わっていた。


「私、盗まれちゃったよ・・・。」
「そっか・・・。なら、」


そこで一旦言葉を切る。
まっすぐと前を見てから姉妹が口を揃えてつぶやく。


『盗み返さないとね♪』






【Ⅳ】


「くぁ・・・。」


月曜の朝の2年⑨組の教室で、ヘタレは大きなあくびを漏らしながら机にうなだれていた。土曜の事件の後、日曜日に『とっておき』を受け取りに来たiyotenと議論に発展してしまい、気づいたら朝日が差していたのだ。
寮生活とはいえ朝食抜きではさすがに辛いため、いっそ睡眠をとらずに登校したという訳だ。


「どーしたよヘタレん?眠そうだな。」
「寝てもいいなら寝たい・・・。」
「今日の保健室の当番はズベン先生だ。あきらめな。」
「うぅ・・・せめてはべすた先生だったら・・・。」


そうこうしているうちに朝のHRの時間がやってくる。大江戸先生がまた欠勤なのか、今日は副担任の狐がHRを行うようだ。しかしなにやらいつも以上にニコニコとしている。


「はい!おはようございます!HR始めますよー!」
「コンちゃん何かいいことあった?グリーン先生と何か・・・。」
「先日改めてご両親に挨拶を・・・ってそれもですけど違うのです!転入生が居るのです!」
『転入生ー!?』


朝の騒がしい教室がさらに騒がしくなる。
さまざまな質問が狐に矢継ぎ早にぶつけられる。


「男!?女!?」
「歳は!?」
「クラスが同じなら歳は一緒だろ!」
「ぶっちゃけいつ結婚するんですか?」
「ぅーあーもう!静かにして!入ってきてー!」


教室の前の扉を開けて一人の小柄な女生徒が入って来る。それに続いてもう一人小柄な女生徒が入ってくる。転入生が二人も居るという驚愕の事実に騒がしかった教室が静寂に包まれる。
机から顔を上げたヘタレは転入生の顔を見た瞬間に眠気が吹っ飛んでしまった。思わず椅子から立ち上がり、教室中の注目が転入生からヘタレに集まる。


「どうかしましたか?」
「・・・いえ、なんでも、ありません。」
「?ならいいのですが・・・。お二人とも自己紹介してください!」
「はい。」


転校生が返事をして一歩前に出る。


「もふもふセットといいます。よろしく♪」
「鈴です。よろしくお願いします。」
「えーこの二人なんと姉妹だそうです。双子ではないそうですが学年は同じだそうです。」


まさか二人も居るとは思わなかったクラスメイトが質問を次々と浴びせる。
その一つ一つに丁寧に答え、笑顔を振りまく。
しかし、ヘタレには一つの質問しか思い浮かばない。『なぜここにいるのか』、と。


「はーい時間ですのでここまで!そうですねー席は前の方がいいですよね!」
(なんか機嫌がいいと思ったら・・・)
(身長が同じくらいの仲間が出来て嬉しかったのか・・・)


いちばん前の窓際のヘタレの席の隣にもふもふせっと、その向こうに鈴が座る。


「よろしく♪朧月くん♪」
「・・・なんでここに?」
「ひどーい!私はちゃんと『またね』って言ったのに・・・。」
「あー・・・。」


そういえば去り際にそんなことを言っていたような気がしなくもない。


「そうは言ってもなぁ・・・。」
「あなたはまたチャンスを得た。私も然り。それでいいでしょ?」
「キミも・・・?」


もふもふセットの向こう、鈴がこちらをじっと睨んでいる。
その目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、言いたいことはひしひしと肌を刺すように伝わってくるのだ。


『ぼくのかわいいもふちゃんに、変なマネをしたら、コロス』


小柄な体からとは思えないようなプレッシャーを受け、寝不足のヘタレの体に朝からどんどんと疲労が溜まっていく。


(これは・・・前途多難だなぁ・・・)
「もちろん私を撮れるまでは他のコを撮ったりなんてしないよね?」
「え?いやそれは」
「しないよね?」


今度は飢えた猛獣のような目つきで睨まれる。
姉からも妹からも獲物を見る目で見られて、ヘタレの体力は授業開始前にも関わらずドットを残すのみとなってしまった。


(あれは、悪い予感だったんだなぁ・・・)


自由気ままな盗撮ライフは終わりを告げ、ヘタレは年貢の納め時を迎えたのである。






「んごー」
「・・・・・おい、起きなよ。」


仕事を始めた刹那がiyotenを箒の柄でつついて起こす。
iyotenも徹夜の末に眠気に襲われているのである。


「ちゃんと仕事しなよ。あたしだって二日酔いで寝てたいんだよ。」
「ふぁ・・・。大丈夫ですよ、僕の筋肉たちが勝手に仕事してくれますから!ではおやすみなさい・・・」
「筋肉が自分から動く何てことあるわけ・・・おい!寝るな!って動いてるー!? 」


iyotenは寝ていても問題なく箒を操り掃除を進めていく。むしろ覚醒している時よりも無駄な動きが少なく、仕事がはかどっているのではないだろうか。


「・・・次から眠らせてから仕事させようかねぇ。」


殉職の危機が迫っていることも知らずにiyoten(の筋肉)は着々と仕事をこなしてゆく。
幸せそうな寝顔はいつまで続くのだろうか。


怪盗騒ぎもなかったかのように、闇の戦いもなかったかのように、私立ネちょネちょ学園の平穏な一週間がまた始まったのであった。



あとがき



部屋が寒いです。ついでに懐も寒いです。ばんじろうです。
鍋食べたいけど土鍋持ってない・・・。


さて今回はなぜか怪盗モノです。
今までで一番入れたかったネタを削ったSSであります。
うぎぎ。話しのまとめ方とか色々考えたら辛くなっちゃってねぇ・・・。精進いたします。


そんなわけでちょいと解説のようなものを。

・盗みの理由
『義賊的な行動』とあるように貧しい人達に分け与えたりもしています。
でも呪いの道具の回収がメインという設定です。一族のしきたりとか浄化できるのが自分たちの一族だけだとかそんな感じで(マテ
人を傷つけないのもそこら辺が絡んでいます。


・ばんじろうとB.B.
昔は殺しあったこともある間柄です。
見知った顔ではありますが、それが仕事であれば致し方ない、そんな間柄でした。
なのでお互いの能力も知っているし、力量も分かっています。
ばんじろうは『装填した弾の数によって異なる能力を発現させる』という能力です。
B.B.は『自分の影を武器のように使う』という能力です。所謂影使いです。
二つ名は裏の世界で有名だった時につけられたものです。つけてて恥ずかしかったけど・・・だがそれがいい。


・盗まれたモノ
これを言うのは野暮ってもんですね(´・ω・`)






さて、ここから重要なお知らせがございます。
私が僭越ながら長々と執筆してまいりました『私立ネちょネちょ学園記』のシリーズは今回を持ちまして一旦区切りとさせていただきます。ただ書かなくてはならないものもまだあるのでここで終わりではありません。
正直なところネタが切れてきてしまっている感もありまして・・・しばらく学園記はお休みとさせていただきます。
こんな拙作を楽しみにして頂いた方もいらっしゃるようなので感激の極みでございます。
またいつかここでお会いしましょう。


次回!新シリーズ!馴れ合い戦隊ネちょレンジャー 第一話『結集!五人の戦士たち!』
でもその前にジャギ同盟のSSあげるかも?この文に気づいた人は誰にも言わずにニヤニヤして待っててね!
※1/29追記 ネタの練りこみ具合的にジャギ同盟SSが先に上がりそうです・・・



そして最後にいつもの一言をば。
あんまり叩かれるとへこみますが、感想などあれば頂けると嬉しいです。
俺のキャラでも一つ話を作ってくれよ!という方もお待ちしています。
作る順番は先着順とはいかないですがそれでよければ頑張りますので~





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  • 第一部・完 長編おつかれさまでした^^全てはこのssから始まったといえます、続編をまったりとお待ちしておりますね^^ -- 諏訪子の夫? 2009-01-26 (月) 16:11:37
  • 長編本当にお疲れ様です。1話から興味本意で読んでいったらいつのまにかはまっていました。今回で一旦休載ということで、少し寂しい感じも…。続編楽しみにしてますね。 -- 鈴ちぃ? 2009-01-26 (月) 17:51:33
  • 長編お疲れ様でした!いつも楽しんで読増せてもらってますw一旦休止ですか~・・・続編楽しみに待ってます!w -- 朧月? 2009-01-26 (月) 19:03:47
  • 先生お疲れ様~、ヘタレンは大変な物を盗んでいったんですね、わかりますw また書きたくなったら学園記書いてね~♪ -- 零奈? 2009-01-26 (月) 20:26:32
  • ばんじろう先生のSS初めて読んだけどおもしろいねー、これから読ませてもらうです、まさか登場人物に自分が出るとはw -- ぱたもふ? 2009-01-26 (月) 21:34:01
  • 一先ずお疲れ様です。復活をまったりと待ってますよー。しかし、朧月さんが格好いいぞ……! やはり、改名効果か。iyotenさんは……やはり、某カメラマンですかw 零奈さんといい、そっち系のネタを流用できる人がまた一人w そして、着ぐるみ怪盗。着ぐるみて。目立つような気がしてならない。だからこそ、怪盗として名を馳せているのか。今回も楽しませていただきましたー。 -- ドックンドール? 2009-01-27 (火) 01:47:42
  • 長編お疲れ様でしたっ。毎回購読(?)させてもらってました! そんでもて今作、変わらずの面白さに感服ですっ。んで。なんか回を重ねるごとにうちとグリーン先生の仲が進展していく・・・ww -- きつね? 2009-01-27 (火) 01:58:57
  • SS上がったと聞いてwwうむ、毎回毎回安心して読めるクオリティですねぇ・・・。とりあえず私のキャラに吹きましたwwしかし朧さんは大変な物を(ry シリーズの再開を心から楽しみにしていますーww -- IYOTEN? 2009-01-27 (火) 04:46:08
  • 学園記完結お疲れ様でしたー!笑いもシリアルもそして甘々もある学園記。堪能させていただきました~ホント創れる人って尊敬しますね!そんな想像力でこれからもがんばってくださいねー!  ってか私が戦闘パートに出るのは全体を見てもこれが初だった気がしますwワタシハコンナカッコヨクナイヨw 続編・・・あればニヤニヤしながらまってますw -- B.B.? 2009-01-27 (火) 12:42:05
  • あーたのしいね~たのしいねーーwwwwwwwww -- 泥酔☆萃香? 2009-01-30 (金) 19:33:34
  • すっっっごい今更だけど (・∀・)ニヤニヤ -- 大江戸ハーマイオニー? 2009-02-21 (土) 00:37:26
  • 完結おめでとうございますー! あれ…ヘタレさんが急にカッコよくみえてき(ry とても楽しませていただきました。 休止は残念ですけど、気長に待ってますね (^^) -- オワタ☆残骸? 2009-02-28 (土) 14:27:37
  • 今回も相変らずテンポ良いなぁ、一気に読めましたよ。 元へタレさんとぱたもふさんの出会いですかね、この後ラブコメになりそうで困るwww シリアスとギャグが随所に散りばめられた学園記、教頭は続きを楽しみに待っておりますよ! -- てんこあいしてぬ? 2009-03-04 (水) 21:44:16