黄昏のネちょ学Ⅶ 【前章】 ~受け継ぐ生命~ 1

Last-modified: 2011-01-06 (木) 18:13:02

目次

注意書き



 このSSはネちょwikiでの設定、他の方々のSSの設定、自分独自で考えた設定などが

含まれております。
 あらかじめご了承ください。


 もし嫌な表現が気になった方は、こちらにお知らせください。
 次から気をつけるか、訂正などさせていただきます。

囁く声







     ――人はいつも心に錠前をかけてるんだ。
         ――その錠前を外す鍵は、やっぱり人しか持ってないんだよ。





本編



 私立ネちょネちょ学園。


               ・生徒総数不明
               ・敷地面積不明
               ・経営体制不明


 という謎の教育機関であるが、それは確実にどこかに存在している。
 今日もネちょい1日がこの世のどこかで繰り広げられているのだ。




 ネちょ学は、黄昏色に染まっていた――。








                 【1】~彼の囁き~




「大切なモノって何だと思う?」




 どこかの体育館の舞台上。
 そこに酒飲みスーが、両手を広げて眼前に広がる体育館を見下ろし、囁いた。
 他に人は居らず、それでも彼は誰かに問いかけるように、語り続けている。


「両親、兄弟、愛人、親友、友人、親族、ペット、自分。――まぁ、人それぞれ違うだろう、個性があるってのが、人の面白い所だからね」


 くるくるとスーは身体を独楽のように回転させる。
 劇団ミュージカルのように、楽しそうに踊っていた。
 その姿は、まるで道化師。
 滑稽な事を言い、人々を惑わせようとする。
 惑わそうとする人は、ここにいないというのに。


「だけど、何でだろうね。本当に大切なモノは、失ってから気付くモノなんだよ」


 道化師(スー)はクックックと喉を鳴らし、嫌らしく哂った。
 全てを見透かしてそうで、何も見透かしてない。
 何を考えているのかは、誰にも分からない。分からせやしないと、彼は感情を可笑しくしていた。


「人はなんて笑止千万なんだろうか。だからこそ止められないねぇ。――そう、私は物語を語り継ぐ者」


 ピタリと回転を止め、誰もいない体育館に向かって、両手を広げてポーズを決める。




 彼は、物語を語り継ぐ者。


 彼もまた、物語の一部。
 貴方もまた、物語の一部。
 貴方の物語は、貴方が主人公。
 彼の物語だと、貴方は脇役。


「だが、たまには誰かの物語の脇役になってもいいじゃないか」


 脇役無しには、物語は成立しない。
 主人公無しには、脇役は存在しない。
 何もかもが、意味を持つパーツ。


 物語のパズルが揃った時、初めてその物語は完成する。


「さぁ語ってあげましょう。あなたの為の、物語を」


 ――今、1つの物語が開演した。








               【2】~時を操る者~




 今日で、532日目かなぁ。
 んー、マジで泣きたくなってきた。


 おっと、すまない自己紹介がまだだったね。
 私の名前はさばカレー。
 カレーの大好きお兄さんだ。
 皆はカレー好きかい? うん、大好きだね。いい返事だ!


 今日もお兄さんは楽しく悩んでるんだ。
 え、何で楽しく悩んでいるかって?
 それは、話せば、長く、なるんだ、なぁ……。


 で、私は誰に話しているのだろうか。


「こんな所で何をしているんだ」


 おっとすまない。遅くなったね。
 ここは私立ネちょネちょ学園と言う、ちょっと学校という常識が東京タワー3つ分くらい違う場所の屋上に、私はいるんだ。
 黄昏に染まった学園は、どこか幻想的に思える。


 その屋上の扉を、身長165センチの短く切りそろえた黒髪の少年がやってきた。
 顔はスタイリッシュに整っており、瞳は少し厳しく私を睨んでいた。
 その瞳は人を寄せ付けないようであるが、いつもはどこか優しい感じもする。
 だが、今彼が私に向けている眼光は、明らかに厳しいものであった。


「ぉー、世界さん。こんな所に来るなんて珍しいね」
「さばさんがここにいるって、聞いたものですから」
「ふーん。つまりそれは、私に用があるってこと?」
「その通りです」


 世界さんがいつもなく真剣な表情で、私を見つめている。
 いやー、困った。真面目な話は私苦手なんだけどなぁ……。


 そんな私の気持ちを知らず、彼は私に用件を伝えてきた。


「そろそろ聞かせてくれませんか。あなたが何故ここにいるのか。何故【時の使者】を抜けたのかを」


 ぁ~。
 そういえば、話してなかったっけ。
 私は頭を掻いて、アハハハと乾いた声で笑うが、世界さんは笑わない。


 はぁ、仕方ない。
 時の使者の仲間ですし、何より友です。
 以前、私は彼の物語の脇役に関わった身ですし。
 昔話くらい、語る位いいでしょう。


「そうですね。世界さんなら話しましょう。ちょうど、誰かに語りたい所でしたし」
「感謝します。さばさん」
「いえいえ、大した事じゃないですし。――あなたは私の秘密を唯一知っている人ですしね」


 私は悪戯っぽく笑った。
 さて、どこから話そうかな。


 ――やはり、彼女と出会った時からの話がいいでしょうねぇ。




                     ~@~




「任務完了致しました。天皇陛下」


 さばカレー――ではなく、私【Ⅸ】は、無感情な心で天皇陛下に報告する。
 いつもこの人の前では、私は感情を殺していた。
 いい人なのだが、どうも気に入らないのが現状なのだろうか。


「ご苦労、ご苦労。Ⅸ。身体は何ともないか?」
「はい。大丈夫です」


 天皇陛下は私を心配するが、それが本当に心の底から心配しているかどうかは、判断出来ないでいた。
 次の任務も道具として、ちゃんと機能するかどうかを確認しているのかもしれない。


 時の使者とは、国家が従える秘密組織。
 主は、天皇陛下。
 その元ににて、私達は任務を全うしている。


 時の使者はⅠからXIIまで、12人存在していた。
 それぞれ12人は全員、『時を操ることが可能』である。
 そしてそれぞれ特殊能力が備わっているのだ。
 その証拠に能力発動時、それぞれの担当するナンバーが、左目と右目に浮かび上がるようになっている。


 発動条件は『自分のナンバーと同じ時の時間帯になった時』。
 私はⅨ。だから時計の針が9時0分0秒から9時59分59秒と、21時00分00秒から21時59分59秒の時間帯に力を発揮することが可能。
 そして私の特殊能力は、『物体自体の時を止める事』能力。いかに柔らかい紙であろうと、それ自体の時を止め世界最高の超オリハルコン程度に硬化させることが出来るってわけ。
 もっともオリハルコンは、こんな小細工でやられるほどやわじゃないと思うけどね。


 天皇陛下から与えられる任務は――主に暗殺。
 世界に対していらないと判断した者を、抹消する仕事だ。
 私達は、世界の為に尽くしている。


 これが天皇陛下の裏の役職とされていた。
 世界からいらない者を判断し、その者を殺害する為に私達に命令する。


 傀儡の悪魔――それが時の使者なのだ。


 私は才能を買われ、天皇陛下の傀儡となった。
 任務中は、感情を消した方が色々と都合がいい。
 殺害する相手のことを思ってしまうと、動きが鈍るのだから。


 ただ、私の場合は心の底で抑制しているだけで、本当は普通に感情を解放したかった。
 他のメンバーの状況はよく分からないが、私は明らかにメンバーとは波長が違う。
 脱退したいのもあるが、そんなことも許されることはない。
 違反すると、国家に使える暗殺部隊や他の時の使者によって、殺害される。


 それが私、Ⅸの悩みみたいなものだった。


「さて、次の任務なんだが……護衛を頼みたい。恐らく長期期間になるだろう」
「かしこまりました」
「私の友人なんだがな。ちょっとその娘が特殊な子なんだ。その伯父がSPを欲しがっていてな、お前に任せたい」


 護衛の任務は初ではなかったが、珍しいパターンだ。
 それも長期期間と、暫くこの任務に全てを注ぐ事になるだろう。
 天皇陛下は自分の髭を擦りながら、任務内容が書かれているのであろう紙を見ながら、私に命令する。


「アメリカ人なんだが、日本語は立派に話せるので大丈夫なはずだ。後、お前の命令権はその伯父に一時譲ることにする。その伯父の名は――」




                     ~@~




「よく来てくれた。俺の名はロイド・カーレット。よろしく頼むよ、Ⅸさん」


 これが天皇陛下の友人である、ロイド・カーレットと呼ばれる人。
 眼鏡をかけており、食事に関しては困っていないのか腹部は裕福そうに膨らんでいる。
 貫禄があり、優しそうな人だった。


「Ⅸです。お出迎えありがとうございます」
「いえいえ、そんな硬くならんでくれ。あんたには色々と世話になるんだからな」


 お固くならないでと言われても、少し困る。
 感情を殺して任務に挑まなければ、支障が出る可能性があるのだから。
 しかし、今私に対する命令権は彼にある。
 少しは柔らかくした方がいいかもしれない。


「それでは早速頼みたいんだが……」
「はい。何でも申し出下さい」
「んー、あんたはとりあえず感情を表に出して欲しいのと。今から会う娘の護衛&遊び相手になって欲しい」


 …………。


「あ、遊び相手ですか?」
「そう、遊び相手だ。うむ、そんな感じで素の感情を出してもらえると、ありがたい」


 あっはっはっは、と笑うロイドさん。
 な、何なんだこの人。
 私、任務依頼間違ってやってきたんじゃないよなぁ……。


「とにかく来てくれ。今から家に案内する」


 そう言うと、私を迎えに来る時に使用した車に乗り込んだ。
 手招きして私も乗るように誘われたので、彼の車に私も乗車した。
 既に車には1人の男が乗り込んでおり、私達が乗ったのを確認すると、車を発信し始める。彼の使用人らしい。


 移動中、色んな話をロイドさんにされた。
 や、やめろ。ばっかおま。感情を殺さないと任務に支障がでちゃうんだよおおおおおおおおお!!


 私はゴタゴタの中心へと巻き込まれていくのであった。








 私は傀儡の悪魔。


 正義の為に、人を殺すのだ。


 それがたった1人の少女との出会いで大きく運命の歯車が狂う。




 ――彼女から、受け継がれる生命を私は抱いている。










 『黄昏のネちょ学Ⅶ ~受け継ぐ生命~』










                 【3】~華麗なる絆~




 着いた先は、アメリカ式の住宅だった。
 それも家の中は広々としており、二階建て。
 更に二階にはテラスが存在しており、贅沢な作りをしていた。
 ロビー、バスルーム、厨房、トイレ、リビング、ベットルームなどなど、パーフェクトである。


 3人程度、使用人が私達を出迎えてくれた。
 全員女性であり、メイド服を着用している。いいセンスだ。


「こちらが3姉妹の使用人。赤色のメイド服を着ているのが、美月さん。青色のメイド服が美絵さん。緑色のメイド服が美樹さんだ」


 ロイドさんが3人の使用人の名前を紹介する。瞬時に私はそれを記憶。
 ちなみに青色のメイド服を来た美絵さんが好みであった。
 ポニテとか素晴らしいわ、マジポニテ素晴らしい。
 あーでもなー、黒髪かー。銀色だったらパーフェクトなんだけどなー。
 でも仕方ない。相手は日本人だしね。
 と言うか、やばいやばいやばい。感情が滲み出ているよどうするのこれえええええええ!!


 脳内でそんな会話の戦争を起こしていると、誰かが二階から降りてくる。
 そちらの方に私が目を向けると、そこには信じられない光景が待っていた。


「あぁ、フェレン。ちょうど良い所に来てくれた」


 そこに来た少女の名は、フェレンと言うらしい。


 ――銀髪ポニテの少女がそこにいたのだ。


 信じられなかった。
 やばい、これはやばい。私の趣味ジャストミート。
 え、ちょっと待って。
 銀髪でしょ? ポニテでしょ? メイド服じゃないけど、彼女が着たら私の趣味ジャストミート。
 やっべえええええええ!! カレーと出会った程の感情の高ぶりが私にいいいいい!!


 私は、結構感情的である。
 普通の青年であり、もちろん恋やら一目ぼれやらもするのだ。
 そこら辺は一般人と変わらない辺り、やはり時の使者の中では異端なのであった。


「伯父。そっちの人は?」
「あぁ。新しいSPのⅨという方だよ」
「……そう」


 少女は表情1つ変えずに、私を直視する。
 瞳は綺麗な翠色であった、翠色の瞳なんて初めて見るわ。
 小柄な辺り、まだ若いのだろう。中学生、高校生辺りなのかもしれない。
 しかしその年齢でも、女性としての魅力が溢れ出ている少女だった。


「初めましてⅨ。私の名は、フェレン・カーレット。よろしく」
「あぁ、挨拶ありがとう」
「最初に言っておくけど、私にはあんまり気安く話しかけないでよ」


 ピシリッ。


 何か空気にヒビが入ったような音が、私の脳内に響いた。
 ん、え? 今この子なんて言った?


「それじゃ。伯父。私は部屋に戻るね」
「おぉ、分かったよ」
「後、Ⅸ。あんたはついてこないでね」


 ガンッ。


 今度は空気に何かが当たった音が、私に脳内に届いた。
 え、ちょっと、何この子!?
 性格悪ッ!?


 何か言い返そうかと思ったが、ここはぐっと堪えて彼女が去っていくのを見守っていた。
 やがてバタンと彼女が扉を閉めると、一瞬沈黙。
 そしてメイドさん達が安堵の表情をし、一息吐いていた。
 ロイドさんも同じように、溜息を吐いて首を左右に揺さぶる。


「すまんなぁⅨさん。フェレンは最近ずっとあんな調子なんだよ」
「は、はぁそうなのですか。……と言うことは以前、こんな感じではなかったと?」
「あぁ。素直でいい子だったんだがね……。まぁ、色々あったんだ。許してやってくれ」
「あ、はい。分かりました」


 ロイドさんとの会話により、少し苛立っていたが、完全に収まってしまった。
 まぁ所詮相手は子供だ。大人の私がこんなことで怒っても仕方ない。
 ただ、護衛はしっかりしないといけないな。


「とりあえず、彼女の部屋の前で護衛をしておきますね。入ったら怒られそうですし」
「おぉ。流石早い行動だねぇ。まぁ、よろしく頼むよ。――ただ、1つ約束して欲しい事がある」
「何でしょうか?」
「如何なる侵入者においても、人を殺さないで欲しい。出来るだけでいいんでな」


 こ、殺すな?
 そんな命令は、初めてだな……。
 私の命令の大半が、生かして逃がすなって言われているし。
 んむぅ、私に出来るだろうか。


「分かりました。恥ずかしながら、殺すなという命令はされた事ないのですが、できる限り頑張ります」
「あぁ、頼むよ」


 そう言うと、フフフとロイドさんは微笑んだ。
 ん、何か私したか?
 私は首を傾げて、ロイドさんに問う。


「どうかしましたか?」
「なんだ、出来るじゃないか。自然に喋ること」


 あ。




 完全に感情を殺すのを、私は忘れていたのであった。




                     ~@~




 護衛の任務自体は、別に初めてではない。
 むしろ時の使者は護衛に向いている特長を持っているのだ。
 殺気や気配の感知は、勿論実践で訓練取得しているし、何よりも時を止められるというのが、最大の理由だ。
 時を停止させれば、如何なる襲撃であろうが、対処するのは容易い。


 私はこうしてVIP(フェレン)の部屋の前に立っているだけに見えるが、殺気や侵入者の気配を感じれば、直ぐに彼女の守護に当たることが出来る。
 その他にも音やら光やらなどなど、さまざまな敵に対しての感知方法を知識として持っているが、説明すると丸3日程かかりそうなので省略。
 てか、私は誰に説明してるんねん。


「あら、あんたいたんだ」


 急に隣の扉が開き、部屋からフェレンが出てきた。
 私に対して、刺々しい口調で言葉を発している。
 彼女のきつめの瞳が私を凝視し、更に言葉の矢を放ってきた。


「命令に従うのは感心だけど、こんなんであんた私を守れるの?」
「あはは、すみません。心配かけてしまいましたね」


 愛想笑いで返すものの、フェレンの表情はきついままで、私は心の中で溜息を吐いた。
 私、好かれていないのかな~……。外見だけならタイプな子なのに。


「あんたみたいな人が来ても無駄よ。無謀。しかもSP1人だけなんて……。無駄死にするだけだから、とっととこの仕事おりなさい」


 カッチーン。
 ちょぉーと、お兄さん頭にきちゃったぞ~?
 Ⅸさんをあまり怒らせないほうがいいぞ、小娘ぇ~?


「フェレンさん。あまり私を舐めない方がいい」
「……何よ急に?」
「例えばこんな風に――瞬間移動することも、私にとってはいとも簡単なことなんだからね」


 フェレンは今、目の前で起こった魔術に驚愕していた。


 ふっふっふ、無理もあるまい。
 今、彼女の背後に私がいたはずなのに、突然、彼女の前方に瞬間移動したように、彼女には見えたのだから!
 ――まぁ、時を止めて移動しただけなのだけれどもね。


 はっはっは! 少し大人気ないが、これで彼女をギャフンと……。


「気持ち悪い能力ね」


 ――言わせられなかった。


 NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!


「いいからこの仕事からおりなさい」
「絶対にNO!!」
「あなた死ぬわよ。おりなさい」
「絶対にNO!!」
「そんなに私の護衛をしたいの?」
「YES! YES! YES!!」


 私の必死な抵抗、必死な足掻き。
 もはや私、Ⅸさんに冷静という文字は粉々にぶち壊れていた。


 フェレンはそんな私をキョトンと見た後、両手で顔を塞ぎ、肩を震わせている。
 ん、どうしたんだ?
 まさか泣いているんじゃ……。


「呆れた。もう勝手にしなさい」


 ――っと、心配した私が馬鹿だったよ。
 フェレンは両手を下ろし、塞いでいた顔を露わにさせた。
 涙の後なんて1つもなかったようあぁん!!


 そんな私をお構い無しに、スタスタとフェレンは歩き始め、1階に降りて行く。
 このまま放っておこうかと思ったりもしたが、任務放棄はいかん。いかんですのよ奥様方。
 私はしぶしぶながら、彼女に着いて行く。


 フェレンはリビングに移動し終えると、ソファーに座り込み、本を読み始めた。
 本の表紙には少年――いや、少女か? そのような子が銃を持っているイラストが描かれており、キノの旅というタイトルが名付けられている。


 文庫サイズみたいだし、ライトノベルと言った所か。私もたまに読む。
 私以外の時の使者は、読んでいなそうだが。
 私って、もしかして二流なのかもしれないなぁ……。


 グゥ~。


 そんな時、私のお腹が空腹の時報を鳴らしてきた。
 いかん、衝動がっがっがががががっがががっがががががががっががががが。


 私はすぐさま時を止め、ロイドさんの元へ駆け抜けていった。




                     ~@~




 フェレンは本を読んでいたが、急に彼女のSPであるⅨが居なくなった事に気付き、手を止めた。


「あいつどこにいったんだろ」


 わざと呟くようにフェレンはぽつりと声を漏らすが、Ⅸは姿を現さない。
 どこかで監視しているか、お手伝いでも行っているのだろう。


 ――出来れば、早く彼にはこの仕事をおりてもらいたい。


 フェレンはそう思った後、再び本に目を落とす。
 だが、読書はそこまでとなる。


「な、Ⅸさん。何をしているんですか!?」


 とある1人の使用人の声が聞こえてきた。
 何かあったのだろうか?
 無視して読書しようと思いつつも、やはり気になり出し、フェレンは本を閉じて声のする方へ向かった。


 声を辿って着いた場所は、厨房。
 そこで見た光景に、フェレンは思わずこう呟いた。




「何してんのあんた」




                     ~@~




 いや~、何してんのと言われてもなぁ。


 私の前には、困ったような表情で見つめてくるのは赤色のメイド服を着る美月さん。
 それと今来たフェレンが、厨房に集まっていた。


「今、お腹すいていて、ロイドさんから料理作っていいってOKサイン貰ったので……」


 話しながらも、私はとある料理を焦がさないように、手を休めないでいた。
 ふむ、もう少しだろうか……。


「でも、なんで急に……」


 美月さんは一度言葉を溜めると、私に言う。


「何で、カレーを作っているんですか?」


 美月さんは、グツグツ煮込まれているカレーと私を交互に見る。
 私の鍋には、完璧で美しい愛しのカレーの姿があった。
 私はふっと微笑むと、かっこつけるように話す。


「私、定期的にカレー食べないと駄目になるんですよね」
「駄目になるんですか!?」
「カレーラーだから」
「初めて聞きましたよ、そんな言葉!」
「てか、普通カレー食べません? 365日全部」
「なりません! 普通はなりません!」


 あはは!
 いやー困ったなー!
 美月さんに理解して貰えそうにないぞー!


 だが今テレビの前にいる皆なら、分かってもらえる。
 分かってもらえるとⅨさんは信じているぞー!!


 カレーの匂いのせいか、ハイテンション状態に陥っている私。
 でもそのテンションを外に出そうという衝動を抑え、冷静沈着な態度で会話を繰り広げていた。


「あんたって、SPじゃなくてカレーパンマンなのかしら?」


 フェレンは引きつった表情をして、私にそう質問する。
 まいったなぁー。




 ――なんか、言い返す言葉が思い浮かばないじゃないか。




                     ~@~




 私はスプーンを腰から抜刀(刀じゃないが、これが私の刀だ)し、カレーを貪っていた。
 フェレン護衛をしつつのカレーだった。
 正直任務中にカレーを作り、食べながらSPの任務を務めているのは、私だけなのかもしれない。
 というか、時の使者じゃなければ、仕事首になっているだろうなこれ。


 カレーうめぇ。
 マジうめぇ。
 ありがとう、東京の洋食食堂「風月堂」よ。
 初めて日本でライスカレーをメニューに載せてくれて、本当にありがとう。


「……変なやつねあんた」


 読書に熱中しているかと思いきや、急に私に話しかけてきた。
 目線は本に向けているが、たまにチラチラとこっちを見たりする。
 そんなチラリズムより、スカートのチラリズムの方が私は歓喜できるのだけど。
 そしてそれがメイド服だったら、なお最高だ。


「時の使者ってやつは、皆こうなのかしら」
「いや、私だけだと思うよこれ。お兄さん以外は、感情殺して任務をこなす、無感情な人ばかりだからね。まぁ私も普段はそうなんだけど、今回は特別って感じだね」
「普通、暗殺なら感情殺すのは当たり前だと思うけど。迷いが生まれたらいけないし」
「ぉー。フェレンさん、結構分かってるんだね」
「この本が、それをよく教えてくれる」
「……その本はそんなにバイオレンスな本なのですか」


 私はカレーを食べ終わると、再び厨房に行く。
 皿にご飯を入れ、鍋いっぱいに作ったカレーを注ぐ。
 再びリビングに戻る。


「おかわりするんだ」
「当たり前です」


 フェレンの突っ込みに、すぐ私は返事する。
 あ、そうだ。この子にはちゃんと言っておかないと。


「フェレンさん。ちゃんと時の使者のことは口外しないで下さいよ?」
「分かっているわ。まだ死にたくないし」


 おぉぅ。ちゃんと理解されているようだ。
 時の使者は本来、外部の人間に知られていけない。
 例外は依頼主となったもの、つまり天皇陛下に関わっている者だけである。


 フェレンが他社に口外した場合、規約違反となり如何なる理由であれ、抹殺しなければならない。


「あんたみたいに、口軽くないしね。それよりも……」


 フェレンは私に対して痛い台詞を吐いた後、本から目を離し私の目を見つめてきた。
 やはり瞳は綺麗である。後、ポニテ最高。しかもリボンで結っているし。


 ただ彼女の口から出た言葉に、私は嫌悪感を懐くことになる。


「あんたの食ってるカレーってやつ。それおいしいの? ドロドロしてるし」


 …………。


 はぁ?
 おい、ちょっと待てゴラ。
 カレーおいしいの? ドロドロ?
 こいつまさかッ!!


「フェレン! お前カレー食ったことないのか!?」
「無いわよ。なんでそんなに怒っているの」
「おいおいフェレン! そいつはねーわ!!」
「てか、名前呼び捨てすんな」
「ちょっとメイドさぁーん! 誰か来てくれませんかー!?」
「話聞きなさいよあんた」


 パンパンと手を叩き、使用人を私は呼んだ。
 すると先程いた美月さんが、こちらにトテトテと走ってやってきた。


「ただいま参りました。Ⅸさん、何か御用ですか?」
「御用も何も無いですよ、美月さん! どういうことなんですか! フェレンさんが、カレー食べたことないとか!」
「え? えぇぇ?」


 急におかしくはないが、多分あっちにはおかしく聞こえる話をされて、美月さんは戸惑い始めた。
 あぁ、ちょっと勢いが凄すぎて怖がらせてもいかん。


「いやですね。フェレンさんが、カレー食べたことないらしくて。料理で出したことはないのかと思いまして」
「――ぁ~。料理は美絵がするんですが、あの子カレー駄目だったっけ、匂いが……」


 おぅふ。
 3人メイドの中で、よりによって一番タイプの美絵さんがカレー嫌いとは……。
 妙にダメージが大きく、私は頭を抱えてうな垂れる。
 相当、ショックだ……。これはへこむよカレーちゃん……。


 まぁ、ともかくだ。


「フェレン! カレーを食え!!」
「なんでよ。てかカレーの話題だと、本当に素なのねあなた」
「いいから食え! 美味いから!!」
「嫌よ。そんな得体の知れない物」


 この野郎ぉぉぉぉぉ!!
 カレー様を! このカレー様を得体の知れない物などと言うとは!!


 くッ。
 ならば、私も全力を尽くしてフェレンに食わせてやらなければならんッ。
 時の使者の力を見せてやるッ!!


「フェレン、ジャンケン勝負だ!!」


 私はフェレンにそう叫んだが、彼女はこちらを振り向かないっしんぐ!
 んぬぬ、でも次に貴様はこちらを振り返ることになる。


「10回勝負。全部私が勝ったら、カレーを食べてもらう。フェレンは、1回でも私に負けなかったら、私はこの仕事をおりよう!!」


 フェレンはバッとこっちを見る。
 計画通り。


 フェレンはギロリと私を見つめ、殺気を放ってくる。
 やばいこの子。なんでそんな殺気放っているの。
 そんなに私にこの仕事おりて欲しいんですか。ちょっと泣けてきた。


「嘘とかじゃないわね?」
「えぇ。私の心に誓って、約束は守ります」
「いいわ。やってやろうじゃないの」


 フェレンは拳に力を入れ、腰に移動させ構える。
 おいおい、戦うんじゃないんだぞ。何故そんな攻撃態勢に入るんだあんた。
 だけど、これはこれで楽しそうだ!


 私もフェレンと同じように拳に力を入れ、腰に移動させた。
 後にこのジャンケンは、華麗なるジャン拳決闘と呼ばれるようになる。
 いや、ならないと思うけどね。




                     ~@~




「ただいまー」


 ロイドが仕事から帰ってきたのか、家に入る。
 後ろから緑色のメイド服を纏う美樹が、ロイドの鞄を持って続くように家に入った。


 ロビーに入ると、何やらリビングがざわざわと騒々しい。
 ロイドは気になり、リビングに急ぎ足で向かい始め、それをまた美樹が一緒についていく。


「じゃんけん、ぽん! 次! じゃんけん、ぽん! 次! じゃんけん……!」


 そこにはⅨとフェレンが、物凄い形相でジャンケンをしていた。
 2回して、2回ともⅨが勝ち、更にジャンケンを続けている。
 近くで、オロオロして観戦している赤色のメイド服を着ている美月に、ロイドは話しかける。


「美月さんや」
「あ、ロイドさん。おかえりなさいませ……」
「……2人は、何をしているんだ?」
「――一世一代のジャンケン、じゃないでしょうか?」
「はぁ?」


 その後美樹が来て、また2人の様子を見て、呟く。


「なにやってるの、あの2人?」


 そしてまた、美月が困ったようにそれに答える。
 今度は美月なりに、少し分かりやすく説明したのだが。


「カレーvs時の使者脱退をかけた、ジャンケン決闘と言えば分かるでしょうか……?」


 ロイドも美樹もますます分からなくなった。
 結局ロイド達は、2人の決闘を見守るしかなかったのである。


 最終的にやはり、Ⅸの圧勝でこの決闘の終止符を打たれた。




                     ~@~




 フェレンは信じられないといったような表情をしている。
 無理もない。フェレンは私にジャンケンで勝つことは愚か、あいこにすらならなかったのだから。


 まぁ、時の使者は5感の訓練が凄まじい為、鍛えられた視覚で相手が何を出すかは、よく観察すれば余裕で分かる。
 それに時を止められるというチート付き。そうそう勝てるはずがあるまい!


「さぁ、私の勝ちだフェレン! カレーを食べてもらうぞ!」


 私はフェレンに人差し指を指し、誇らしげな表情で私は言う。
 周りにはいつの間にか、ロイドさんと美樹さんまでいたが、カレーに恥じる要素などまったく言っていいほど無い。
 あ、でもそんな痛々しげな目をこっちに向けないで。


「……約束は、約束。仕方ないわね」


 フェレンは意外とすんなり申し出を承諾したのか、厨房に行ってカレーを注ぎ、再びリビングに戻ってきた。
 彼女はソファーに座ると、じっとカレーを眺め始め、冷や汗をかく。


 そこまで奇妙な食べ物に見えるのか、あなたには。


 ようやく決心がついたのか、スプーンを掴み、フェレンはカレーを掬った。
 あぁん! 美味そう!


「顔近いわよ」


 私は足をガッと、フェレンに蹴られた。あんまり痛くない。
 いつの間にかカレーに誘われて、顔が近づいていたようだ。
 慌てて私は、前に傾いていた上体を後ろに倒し、カレーから離れる。


 いかん、いかん。カレー欲を抑えなければ……。
 フェレンは一口、カレーを口の中に入れる。
 もぐもぐと口を動かし、しっかりと飲み込むと、そこには険しい表情が無くなったフェレンの姿があった。


 それを気に、何も物言わずにフェレンはカレーを食べ始める。
 おぉぅ、食べているよ。めっさカレーってるよこの子。
 その様子をフェレン以外の私達4人が見守っているという、何とも不思議な状況。
 フェレンはカレーを間食し終えると、私に皿を突き出してきた。


「ん、どうかした?」
「味が分からなかった。だから、おかわり頂戴」


 ……ははぁ~ん。


「美味かったんだな?」
「わ、分からなかっただけよ」
「そうか! カレーを気に入ってくれたかぁ! Ⅸさん超感激だぁ!!」
「うるさい! いいから早くおかわり持ってきなさい!」


 フェレンはそう厳しく言いながら、顔を真っ赤にしている。
 そうか、そうか、恥じているのか可愛い子めぇ!


 私は、あははと笑って、カレーのおかわりを注いで来てやった。
 ようやく、フェレンの表情が豊かになってきた気がする。
 ロイドさんの方を見ると、私に向かって微笑んできてくれた。


 今まで感情を殺してきたが、やはり感情的な方が楽しいということに、私はここで気付く。
 仕事とはいえ、楽しくやっていけそうだ。
 ただ穏やかな感じになった時に、美樹さんが私達にぽつりと問う。


「……ところで2人とも、晩御飯はどうするつもりなのさ?」
「「あっ」」




 そして直ぐにその夕食の時間。
 2人ともまともに晩御飯を食べることは無理だった。


 御免なさい美絵さん。
 私は……カレーに勝てなかったよ……。


 私の護衛任務は、まだ始まったばかりだ。



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コメント欄:

  • おぉー引き込まれてしまった。相変わらずいい完成度!またSS書きたくなってきたけどうまくかけないから不安。さぁって次読もう -- x朧月x? 2010-04-22 (木) 21:20:32
  • キノの旅が伏字されてなくて吹いた。 そして前から思ってたけど、スーさんが書くさばさんが素敵すぎるw (テンション&思考的な意味で) カレーラーって何さww -- 闇夜? 2011-01-06 (木) 18:13:01