目次
注意書き
このSSはネちょwikiでの設定、他の方々のSSの設定、自分独自で考えた設定などが含まれております。
あらかじめご了承ください。
もし嫌な表現が気になった方は、こちらにお知らせください。
次から気をつけるか、訂正などさせていただきます。
本編
【4】~カレー騒動~
夜が訪れた。
私は、フェレンの扉の前で再び立ちボディーガードをしている。
時の使者は、24時間働くことが可能だ。
それで疲れないかというと、別にそこまで疲れない。
じゃあ睡眠はどうしているのかと言うと、それはまぁ時を止めて寝ればいいだけの話なのだ。
時を止めれば、睡眠時間なんて例え24時間取ろうと、実質上0秒の睡眠になるのだ。
色々と便利なのだ。時を止められるというのは。
一歩間違えれば、犯罪なんかも易々と出来る。
が、そんなことをすれば身内に心臓抉りの刑にされそうなので、止めておきなさい。時を止める事が出来る人は。
「ん、21時か」
つまり、私の時間帯(タイムゾーン)がやってきた。
両目が急に黄色に光り出し、右目に『Ⅸ』の刻印が刻まれる。
時の使者の特殊能力は、このような感じ眼光が輝き出すと発動可能となるのだ。
例えば――今から起こる1つのトランプみたいにね。
私はフェレンの部屋に入ると、直線状にあるテラスに向かって走り出す。
フェレンが急に私が入ってきたことに驚いたのか、ビクリと身体を振るわせた。
ベッドに寝転がり、携帯を弄っているようである。
そんなフェレンに構わず、テラスに続く窓を開け、胸ポケットからトランプを取り出した。
「よっとッ!」
1枚のトランプという物体自体の時を止め、真っ直ぐ草むらの方に向かって投げつける。
物体自体の時は止まっているが、運動自体の時は止まっていない為、そのままトランプはカッターのように飛んでいく。
「うがぁッ!」
草むらは薄く刃物と化したトランプによって切り裂かれ、そこから1つの喚き声が上がった。
うん。感覚はちゃんと残っているようだな。
条件は確か相手を殺すな、だったかなぁ。うーん頑張ろう、殆どそんな実践は無いけど。
すぅー……。
息を思いっきり吸う。
ゆっくり深呼吸する。
殺せ、感情を。
無意味だ、狩りに感情など害にしかならない。
殺せ、心を。
無意味だ、雑念などを心に抱くのは。
殺せ、全てを。
ここから私は、殺戮人間兵器――時の使者でしかない。
テラスの柵に手をかけ、足を乗せる。
そして、先程投げたトランプの元に向かって、私は跳んだ。
まるで獲物を見つけた鳥の如く、そこに向かって跳ぶ。
その時、赤い光が私の身体に一粒映った。
私は瞳を、相手の持っている武器を捉えると、更に細かに武器の内容を確かめる。
やはり狙撃銃か。
セミオート式スナイパーライフル、SR‐25か?
しかし、SR‐25はアイアンサイト(銃器等の射出式の武器や兵器の狙いを定めるための装置)は無いはずだが……。
更に確認すると、スナイパーライフルの上部に、何か黒い物が取り付いており、そこからサイトが取り付けられているのが分かった。
なるほど。銃の上部にあるピカティニー・レール(小火器用の規格化・システム化されたオプション取り付け台)にレーザーサイトを取り付けているのか。
なかなか良質な物を用意してる。
すると私の耳に、ピシュっという僅かながらに銃弾が発射された音を捉えた。
サプレッサー(銃の発射音と閃光を軽減するための筒状の装置)で音が控えられているが、聴覚すら鍛えている私には、その発射音が大きく聞こえたように思える。
レーザー上にトランプを1枚構え、飛んできた弾丸をトランプの表面で受け止めた。
トランプ自体の時が止まっているのだから、銃弾すら通りやしない。
銃を持っているものの前に、着地すると腰からナイフを取り出し、相手の左目に刺した。
浅く刺したから、脳までは至っていない。片目の視界を奪ったまでである。
「ウグギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
所詮雑魚か。
私は相手の背後に回り、首をトンっと叩く。
するとすんなりと相手は気絶し、倒れこんでしまった。
さて、この処分はどうしようか。
とりあえず服でも脱がして、交番の前にでも銃と共にぶん投げとこう。
こっちに被害は無いように後始末するのも、護衛としての役目ってね。
この家の者を殺害しようとした報いをこの者に与える為に、私は時を止め動き始めた。
~@~
「いきなりレディの部屋に入るなんて、いい度胸ね」
次の朝。
起床したフェレンが部屋から出てきてすぐに、私に向かってそう言った。
フェレンの表情は昨日よりも厳しいものとなっている。
「すみません。侵入者がいたものだから」
「……よくもまぁ、あんな所に突っ立ってて気付くわね」
「時の使者ですから」
私がそんな風に返答すると、気に入らないといった表情でフェレンはこっちを睨むと、そのまま会談を降りて行く。
やれやれ、相変わらず手間のかかる子ですねぇ。
何でこんなに嫌われてしまったことか……。
私は彼女の後を着いて行き、リビングまで歩いていく。
リビングに差し掛かると、テーブルの上に結構な量の朝食が準備されていた。
私とフェレンにロイドさん、そして使用人の分まで用意されている。
これ全部、美絵さんが準備しているのか……。
栄養バランスをしっかりと考えた、立派な朝食であった。
惜しむなら、絵美さんがカレーを作れないってところか。
「あ、あの……Ⅸさんの分も……朝食……」
朝食をぼーっと見ていた私に、美絵さんが呼びかけてきた。
なんだかきょどきょどとしていて、声がぼそぼそとしている。
「あぁ、ありがとうございます。美絵さん、これ毎朝こんな感じのを作っているんですか?」
「は、はい、そう……です……」
「うへー……。大変じゃないですかこれ……」
「そんなこと……ない、です。私は……これくらいしか出来ません……から」
「いやまぁ、それでも十分だと思いますよ。これだけの朝食、素晴らしい」
「そんな、私なんて……」
そう言うつつも、絵美さんは顔を俯かせ、恥じるようにしながらも微笑んでいたのだ。
どうやら、コミュニケーションを取るのが苦手なようで、言動が抑え気味だ。
でもそれが、何か可愛らしい。早くカレー作れるようになってくれよおおお!!
一方フェレンはというと、既にテーブルについており、美月さんにナプキンを取り付けて貰っている最中だった。
美月さんは、フェレンの世話係なのだろう。よく一緒にいるのを見かける。
「おぉ、皆おはよう」
リビングにロイドさんもやってきて、挨拶してきた。
使用人の2人はもちろん、私もフェレンもちゃんと挨拶を交わす。
ロイドさんが笑顔でうんうんと頷いたが、急に何かに気付いたのか、しかめっ面をした。
「ん? 美樹さんはまだなのか?」
「あ、あれ? おかしいな……。さっきまでいたはずなのですが……。美絵、知らない?」
美月さんは美絵さんに聞くが、首を横にフルフルと振った。
んー、起きているならどこかにいるはずだけどな。
「御免ー! ロイドさんいるかーい!?」
っと、噂していたら何やらだわ。
美樹さんの声が聞こえ、こっちにやってきたぁぁぁあああああ!?
「うおぉぉぉ!?」
「ん? Ⅸさんどうかした?」
私が驚くのも無理は無い。
美樹さんはメイドにチェーンソーという見事なコラボを果たして、ここにやってきたのだから。
「いやそれ! 危ないから! こっち向けないで!」
彼女は両手でチェーンソーを持ち、刃を私の眼前に向けて構えていた。
「美樹! どうしてそんな物、家の中に持ってくるの!」
「え、ロイドさんにこれで木の枝切っていいかなぁって、聞きに来たんだけど。外の木、電線に引っかかりそうなんだよねー」
あははと楽しそうに笑う美樹さん。ショートヘヤーの髪が楽しそうに揺らいだ。
一方の美月さんは、がっくしと肩を落とし、ロングヘヤーの髪が哀しげに揺らぐ。
姉妹って、ここまで性格違ってしまうものなんですねぇっと、私は心の中で感じていた。
ロイドさんはそれを見て、楽しそうに笑っている辺り、悠長な人だなぁとつくづく思ってしまう。
やはりこの任務は、普通の任務とあまりにもかけ離れていた。
~@~
このお嬢様は引き篭もりなのだろうか。
今日は休日。とても良い天気であった。
しかし、フェレンは外に出ようとも、友達と遊ぼうともせず、ゴロゴロとソファーで寝転がりながら、家で読書に勤しんでいる。
ソファーの前にある黒に染まったテーブルに、大量のライトノベルが散らばっていた。
この子、何か色々とやば気な感じが……。
「……なぁ、フェレンさんや」
「何よ。そんなに改まって」
「今日は、一日何をするおつもりで?」
「読書よ」
「誰か友達と遊ぶとか、お出かけとかは?」
「しないわよ。てか、学校以外外でないし」
おいおいおいおい。
まぁ、学校に行っているという分だけまだましだけど。
このまま成長すると、ちょっといけない気がするのは私だけか……?
そういいつつも、時間は刻一刻と過ぎて行く。
これで、良いのだろうか。
今回の任務内容は、『感情を表に出して欲しい。フェレン・カーレットの護衛&遊び相手』だ。
護衛だけではなく、遊び相手も入っている。
もしかしてロイドさん。
護衛よりも、そっちの方を期待しているのでは……。
まさか、時の使者が主にどんな任務をこなしているのかを知っていれば、わざわざこちらにそんな依頼する必要性はないだろう。
でも何故だ。それならフェレンの遊び相手任務など、私に仕向けないはず。
やはり、期待しているのだろうか。
――あぁぁもう!
考えているだけじゃ何も始まんない!
とにかく私は、ロイドさんの任務をこなす! これに決まり!!
「フェレン!」
「何よ」
「私と遊びで勝負しよう。私が勝利したら、昼飯は私がカレーを作ることにする」
「…………」
フェレンが本を閉じて、はぁっと溜息をついた。
流石に、二度目は聞かないか……?
そう私が思った時だった。
「私が勝ったら、Ⅸ。あなたはこの仕事をおりてくれるのね?」
結構ノリノリで、フェレン自身の勝利条件を差し出してきた。
意外と勝負による闘争心が強い子である。
まぁ、カレーを食べたいのは本気だが、それ以外にもちゃんとした考えはあっての提案だった。
だがカレーもかかっている為に、私も負けるわけにもいけない。
「くっくっく、このカレー王子に勝てるとでも思っているのか……」
「そういうのはいいから、何の勝負かいいなさい」
「おっと、そうでしたね」
今回のゲーム。
というか、どんなゲームでも実際いいのだ。私が負ける確率はほぼ0に近いのだから。完全に0ではないから、毎回本気で挑んでいるのだけどね。
今回は、フェレン自身の身体を動かすのを目的するゲームを選ぶ。
このまま家で読書付けではいけない。
だが外に行くのは、フェレンは躊躇うかもしれん。
それに護衛自体も厳しい。外からなら狙われ放題だ。
よって今回は、彼女の勝てそうで勝てなさそうなゲーム。
「かくれんぼで、昼飯までに私を見つけ出したら勝ちとしましょう」
イッツ・ザ・ジャパニーズゲーム。かくれんぼで勝負だ。
何でこの年になってそんなことするのとか言うの無しね。無しだからね!
絶対言うなよ!
「あんたいい年して、そんな遊びしようって言うんだ……」
言うなって言ってるでしょうよォォォォォ!!
そんな心の叫びは空しく消え、ゲームは始まった。
~@~
「あれ、Ⅸさん」
「お。美月さんお仕事お疲れ様です」
私はロビーで遭遇した美月さんに呼びかけられ、ペコリと頭を下げる。
美月さんは大量の濡れた服が入っている籠を持ち、外に出ようとしていた。
どうやら洗濯物を干す所らしい。
「美月さんはいつも洗濯物を?」
「えぇ。美絵と一緒にやっていますね。私は主な仕事はお嬢様の世話ですので」
お嬢様……ねぇ。
フェレンの世話係となると、さぞかし苦労しているのだろう。
「美月さんは長女ゆえに、色んなことこなせそうですねー」
「い、いや、それが……」
「ん?」
美月さんはごにょごにょと顔を俯かせて何か言っている。
何だろう、急に恥ずかしがったりして。
「私、掃除が出来ないんです……」
美月さんの言葉に耳を済ませて拾い上げると、そう聞こえた。
そ、掃除?
うっそ、出来そうな気がするんだけれどもなぁ……。
「掃除するのが、苦手なんですか?」
「いや、掃除自体は苦手じゃないんです。ただ、掃除するとどうしても虫を見る機会が多くなって……」
あー、そういうことか。
美月さんは虫嫌いってことなのか。
そりゃ、GとかMKDとかGZGZ(略称伏字)とかは見てしまうだろう羽目になるだろうしなぁ。
「私、虫見るとパニックになって、周りのものを壊しちゃう恐れがあるので……」
「壊すんですか!?」
「はい。恥ずかしながら、ここの仕事では一回パニックになって、拳で壁に穴を開けてしまって……」
こえええええええええええええええええええええ!?
えぇぇぇぇぇ!? 拳で開けたの!?
美月さんが!? うっわ、すっげぇ!!
「美絵は、ご存知の通りコミュニケーションもまともに出来ず、掃除するにも体力が無いんですよ。その代わり料理だけは熱心でしたので……」
「ぁー、そうなんですか……」
「だから掃除は美樹に任せっぱなしで。あの子、あぁ見えて掃除だけは上手なのですよね。てきぱきと元気良く動き、働きますから」
あー、そーだろーなー。
だって、朝っぱらから人前にチェーンソー向けるほど活発的な女の子だったしなー。
てかチェーンソー持つメイドってのも、凄いよな。今思えば。
あの子ならチェーンソーで、虫撃退しそうだ。薙ぎ払えー薙ぎ払えー。
「ところでⅨさんは何をなさっているのでしょうか?」
「ん? あぁ、フェレンとかくれんぼですよ」
彼女がいないので呼び捨てである。
この前みたいにテンション上がると、フェレンを呼び捨てにしちゃうけれども。
「え? でも隠れてないじゃないですか」
「大丈夫ですよ。時の使者はこの程度で負けませんので……。っと、そろそろ行った方がいいかな。では、お仕事頑張ってください」
そう言って、私は時を止めた。
二階の部屋を探していたフェレンが出てくるのを察知し、直ぐにどこか違う部屋に移動する。
んー。ロイドさんに何でも使っていいと言われたから、厨房で紅茶とか作るものいいだろうけど、間に合うかなぁ。
そんな事を思いながら、私はのんびりとフェレンから身を隠していた。
常に周囲に気を張りながら、護衛の任務も全てこなす。
――私はどの様な試練でもこなす、傀儡の悪魔なのだから。
~@~
「く、どこに行ったのよあいつ……ッ!」
フェレンはあちらこちらの部屋に入っては出て、探しては見つからずにいた。
Ⅸの能力の高さはフェレンの予想を遥かに超えている。
ヘラヘラとした男だと認知していたフェレンは、自分の考えを取り消そうとした。
あいつは只者ではない。
これまでのSPとは違う。
あの男ならきっと……。
フェレンはそんな考えを抱いたが、すぐに取り消した。
それだけでは、この私を守りきることなんて出来ない。
そして――どうせ、すぐにいなくなる。
フェレンは、少し哀しい表情をした。
涙が零れそうになり、両手を顔に押さえつける。
彼女は我慢していた。
何もかも、自分を抑制させて。
心に沁みる。
沁み込む、哀の涙。
心、沁みる。
哀しい、涙。
「――泣くには、まだ早いわね」
フェレンは再び顔を引き締め、厨房に向かって走った。
これは作戦だ。汚い作戦になるだろう。
だが、これでしかあいつには勝てない。
その思いで、フェレンは一杯であった。
「美絵! いるかしら!」
厨房に着くとすぐに、フェレンは使用人の名を呼ぶ。
そこでは美絵が昼食の準備をしようと、大きな銀色の冷蔵庫を開けて、材料確認をしているところだった。
「あ、お嬢……様……」
「お願い。私からあなたしか頼めないことがあるの。無茶を承知で頼むわ!」
「え、お嬢様から……私に頼み……?」
「な、何よ。悪いの?」
美絵の脳内で、今起こった出来事を整理するように、自分に言い聞かせる。
お嬢様からのお願い。
あのお嬢様が、私に頼ってくれる。
しかも、私にしか出来ない事。
――いつも何も相談してくれないお嬢様が、私を頼ってくれてるんだ。どんな事でも協力してあげなきゃ……っ。
「分かりましたっ! 私、一生懸命やりますっ!」
「え、えぇ……。いつにも増して、気合入ってるわねあなた……」
「す、すみません……。それで、私は何をすれば……よろしいでしょうか……?」
美絵がフェレンの頼みを聞く。どんな無茶でも受け入れるつもりの勢いだ。
フェレンはその美絵を見ると、いけると思い美絵の耳に手を当てて、ぼそぼそと伝えた。
――突如、美絵の顔が真っ青になったが、彼女はフェレンの為に動き始めたのである。
~@~
「んー。タイムリミットまで、後10分か」
私はリビングのソファーに寝転がり、ポケットの中にある懐中時計を見上げるように見つめていた。
時刻は11時50分。昼食頃はフェレンに12時までと一緒に約束している。
全神経を集中させて、辺りの様子を伺ってみるが。こちらに誰も来る様子は無い。
侵入者がいる様子も無く、平和な時が流れていた。
このままタイムアップまで、必ず逃げ切ってやる。
何故ならカレーが待っているのだから!
ほぉら、そこからもうカレーの匂いが……。
カレーの匂い……?
「カレーの匂いがする……あいつが、彼女が私を呼んでいる……」
彼女(カレー)が私を呼んでいるぞぉぉぉぉぉ!!
待っていてよマイハニーカレーぇぇぇぇぇ!!
私は駆け抜ける。
私と彼女のマイカレーロード。
この道を華麗道子(かれーみちこ)と呼ぼう。
さぁ、案内してくれ華麗道子!
私を彼女の元に案内してくれ!
「うん分かったべよ。こっちだこっちだ」
あぁぁぁぁ華麗道子さんが案内してくれるぅぅぅぅぅ!
幻想だろうが構わん! 待っていてよ!
私の彼女、華麗瑠雨!(カレールウ(Ⅸの彼女カレーの名))
今、会いに行くよ! 今、愛に行きます!
厨房に足を踏み入れようとしたその時。
私の脳レーザーが、厨房に危機を直感し、無理やり身体を停止させた。
身体が勝手にバックステップし、厨房から離れる。
な、何でだ。
何で下がるんだ!
そこに華麗瑠雨がいるんだよ!
何が邪魔してると……。
私はその時、直ぐに理解した。
あの野郎、瑠雨さんを人質にしやがったなああああああああああ!?
しかもおっまそれ、まさか美絵さんに作らせたんじゃ……!?
「けっほ……ぁっぐ……ぅぁっ……」
こっらあああああああああああ!
いけませんよ! いけませんよそれは!
今の美絵さんの喘ぎ声じゃないですか!
なんでカレーで苦しむか分からんけど、むしろそんなに苦手だと分かったらなんかこっちが哀しくなるけど!
そんな嫌がるような事を無理やりさせちゃいけない!
てか、そんな釣りに釣られる私のわけ……。
……って、足が勝手に厨房に引き寄せられているうううううううう!!
ちくしょおおおおお! おのれカレーええええ!! 愛してるぞおおおおお!!
「さぁ、後はここで待っているだけでいいわね」
案の定、そこで待機しているフェレンのお嬢様がいるうううう!
くっそ、あいつ考えたなぁぁぁぁぁ!
うおぉぉぉぉ残り10分なんだぁぁぁぁぁ! 落ち着けぇぇぇぇ!!
てか、なんか叫んでばっかだな私ぃぃぃぃぃ!!
そんな危機に陥っている私は、引き寄せられる右足を両手で押さえ、倒れこんでいた。
厨房から引き寄せられるカレーの匂い。
私は我慢ならない、脳がガンガンと刺激される。
自分自身に耐えろ耐えろと言い聞かせ、必死に厨房から私に強襲してくるカレーの匂いから逃げようとした。
「あれ、Ⅸさん。何してるの?」
そんな時だった。
後ろから急に誰かが私の名を呼んだ。
振り返ると、そこには箒を逆さに持った美樹さんの姿があった。
「てか、この匂いカレーなのにあなたが作ってないとか……。まさかⅨさん。あなた美絵姉ちゃんに無理やりカレー頼んだな!?」
「私じゃないよぉぉぉぉぉ! 私が頼んだんじゃないよぉぉぉぉぉ!!」
「あなた以外、誰が2日連続続けてカレーを作らせようとする奴がいるかい!」
「お願いだよぉぉぉぉぉ! 信じてくださいよぉぉぉぉぉ!!」
「はい。Ⅸ見っけ」
私と美樹さんがそんなやり取りをしてるのを聞きつけてか。
美樹さんの背後から、どこかのお嬢様の声で私の名が、不気味に響いた。
多分、不気味に聞こえたのは私だけなのだろう。
美樹さんの背後にいたのは――フェレンだった。
時の使者が、敗北。
しかもアホな罠にかかって、敗北したであった。
私は、滲む様に深い悲しみに包まれていく。
~@~
私は両手を頭に抱えて、カーペットの床をじっと眺めていた。
時の使者が、こんな小娘如きにやられたのだ。
その事実だけが、私の胸に矢が突き刺さったように、なかなか引き抜けぬ傷となっている。
フェレンは機嫌良さ気にカレーを食しており、美絵さんは窓を開けて外の空気を吸っていた。
美樹さんはその美絵さんを優しく見守っている。
「お嬢様。そろそろお食事の時か……」
リビングにやってきた美月さんは、言葉を途中で失い、周りの様子を見回す。
何やらきょどきょどとしだした。
落ち込んでいる私。カレーを食べているフェレン。気分悪そうにしている美絵さんに、それを見守る美樹さん。
そりゃ混乱するだろう、何が起こったか想像できたら逆に凄いわ。
「おや、皆リビングに……」
そこにロイドさんもやってきたが、やはり彼も言葉を途中で失ってしまった。
まぁうん。無理も無いよなぁこれは……。
「どうしたんだⅨさん? なんか、皆の様子がおかしいようだが」
「えぇ。それはですね……」
私はロイドさんと美月さんに今までの経緯を話した。
話している内に、時の使者としてのプライドがズタズタにされていくように思え、涙が出そうになる。
まぁ、そこまでプライド持ってないけどさぁ~。なんかさぁ~。
私は2人に事情を話し終えると、美月さんはすぐさま美絵さんの元に向かった。
え、ちょっと。そこまで深刻なことなの!? どんだけカレー駄目なんだよ!!
そしてロイドさんは開口一番。
「くっ、はっはっは! ちょっとおもしろいなぁ、この状況っ!」
と笑いを堪えながら言い出した。
いやいやいやいやまてまてまてまて。
「私この仕事おりないといけないんですよ!? 洒落にんらないでしょう!」
「いやーそうなんだがなぁ。はっはっは! やっぱりいいなぁこの状況!」
ロイドォォォォォ! てんめぇぇぇぇぇ!!
笑ってんじゃねぇぞごらぁぁぁぁぁ!!
私は結構傷ついているんだぞ! 泣きたい位なんだぞ! 泣くぞいいのか!? あ、また笑いやがった。ちっ、こいつぅぅぅぅぅ!!
まぁ、なんだ。
とりあえず、約束は守らないとな……。
私はソファーから立ち上がり、ロイドさんに向けて話す。
「それではロイドさん。私は約束を守らなければなりませんが……」
「あぁ。俺は別に構わないんだが」
え、構わないの?
ちょっとは悩んでくださいよロイドさん。
そんなに駄目な子だったの私。
「フェレン。それでいいんだな? 新しいSPを雇うことになるが」
フェレンは動かしっぱなしだったスプーンの動きを止め、カレーをじっと眺めた。
私もロイドも、そして使用人達もフェレンに注目している。
しばらく沈黙が訪れ、開いた窓からそよ風が吹き込み、フェレンの髪を揺らした。
「後、1週間」
「え?」
私がフェレンの言った事に対して、ふぬけた声を出す私。
少し恥ずかしい。
「――んぁぁ、だからっ! 後、1週間ここにいろって言ってんのよ!」
「な、何で1週間?」
「気まぐれよ! とりあえずあんたの事、後1週間様子を見てあげるから、ありがたく思いなさい!」
「マジで!? いやー助かるわ!!」
「い、意外と素直ね……」
いやー、良かった良かった。
1週間だけだけど、寿命が延びた。
時の使者が任務に支障が出て、辞めさせられたとか伝わったら、どんな拷問が待っているのか、想像するだけで恐ろしい。
カレー食えないどころの騒ぎでは無くなる。
「とりあえず、私もカレー食べていいですか?」
「……もう勝手にしなさい」
「よっしゃ!」
私は台所に急ぎ足で向かう。
が、途中でロイドさんに肩を掴まれ、私はビクっと震えた。
やばい、ロイドさんこんなことになった事に怒っているんじゃ……。
私はそう考えを巡らせたが、ロイドさんの言った事は、全く真逆の言葉だった。
「ありがとう、Ⅸさん。あんたは良くやってくれてるよ」
「へ?」
ロイドさんはニコニコしながら、私を見ている。
え、あれ。なんで褒められたんだろうか。
その時の私はカレーで頭が一杯で、ロイドさんの発言を上手く飲み込むことが出来なかった。
まぁ、いいか。残り1週間頑張ろう。
私はカレーに向かって、再び歩き出した。
――まさかその1週間が、半月近く続くとも知らずに。
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