目次
注意書き
このSSはネちょwikiでの設定、他の方々のSSの設定、自分独自で考えた設定などが含まれております。
あらかじめご了承ください。
もし嫌な表現が気になった方は、こちらにお知らせください。
次から気をつけるか、訂正などさせていただきます。
本編
【6】~素直な変化~
朝目覚めると、私――Ⅸは自分が失態を犯していた事に驚いた。
いつも時を止めて寝て24時間護衛し続けるのだが、今回はそのまま寝てしまったのだ。
これでは時の使者が鍛えられた人間だといえど、多少なりとも隙が出来てしまう可能性がある。
護衛任務中なのに、何て事をしてしまったんだ私は……。
私は急いでベッドから起き上がろうとしたが、左腕に何かが絡まっているのに気付き、右手ですぐ近くに置いておいたナイフを取り出して構えた。
そこに居たのは――。
「ん~……むぅ~……」
私の腕に抱きついているフェレンの姿だった。
寝巻き姿に、銀色に輝く長い髪。
小さい身体(と言っても、私の身長が高いからそう見えるだけかも知れない)がピッタリと腕にくっついており、気持ち良さそうに寝ていた。
まぁ無事そうだし、フェレンが幸せそうならいいか。
「サバイヴぅ~……ん~……」
フェレンが寝言を呟くと、スースーと静かに寝息をたてている。
そうだった。
私にはもう、私自身の名前があるんだ。
サバイヴ・カーレット。
カーレットと名付けられたという事は、家族と同等と言っても過言じゃ無い位、仲良くなった証拠なんだろう。
サバイヴ……か。
私はフェレンの方を向き、寝顔を拝んでいた。
それにしても本当に可愛らしいな、こうやって改めて見ると。
特定の人、認めた者ならば甘えるタイプなんだろう。
そしてあんまり思うのも何だが、腕に胸が当たっていて感触が……。
――意外とあるんだな。着痩せする子なんだろうか。
って、私は何を考えているのよちょっとぉぉぉぉぉ!
「お嬢様、朝ですよ。そろそろ朝食の時間が~……」
私が脳内パニック状態に陥っていると、部屋の扉が開き、美月さんが入ってきた。
あ~そっか。美月さん、フェレンの世話係だから、毎朝起こしに来ているんだっけ。
「な、Ⅸさん……!?」
「はーい、美月さんおはようございます。いつもお仕事……」
「何してるんですかあなた!?」
いきなり美月さんは私の挨拶を遮り、怒鳴ってきた。
え、えぇぇ? 何で怒って……。
――あああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!
しまった、この状況はマズイッ!!
私がベッドに寝ていて、フェレンが私の腕に抱きついているこの状況。
これを急に目撃した者は何を思うか、想像しただけで怖い。
いかん、いかんですよ奥様方ぁぁぁ!!
「い、いやこれはですね美月さん……」
「あなたって人は、そんな若い子に手を出して……」
「いや! 何もしてねぇよ! いや一緒には寝たけど、それ以外は何も!」
「不純な事は止めなさぁぁぁぁぁい!!」
美月さんの右ストレートパンチが私の腹にめり込んだ。
早い、早すぎるよパンチ速度が!
そしてなんかメキメキ言ってるんですけどどどっどどいたいたいたいたいたたた!!
痛みと共に思い出したのは、美月さんとのとある会話。
確か、虫を見ただけで暴れ出して周りのものを破壊し、拳で壁に穴開けたんじゃなかったっけ……。
超必殺、害虫撲殺拳『美月デストラクション』。
ありとあらゆる害虫とその周りの物を破壊(デストラクション)する究極奥義。
これを受けたものは、ありとあらゆる部位を破壊されるだろう。
っと、後日フェレンが教えてくれた。
その言葉どおり、私のあばらが何か破壊された感覚ががっがががががが。
経験上、何となく把握すること出来た。
何かミシミシと、痛みがやばいやばいやばいすっごい痛いよこれ。
「はっ。……Ⅸさん大丈夫ですか!?」
どうやら害虫撲殺メイド美月さんは、元の美月さんに戻ったらしく、私の身体を心配し出した。
予想以上の威力で、正直痛みより驚きの方が大きい。
何であの細腕からこんな岩をも砕けそうな一撃が出せるんだ……。
「むぅ~サバイヴ~……」
フェレンはいい加減、目を覚ませよぉぉぉぉぉ!!
~@~
「害虫撲殺拳、美月デストラクションを喰らったのねあんた……」
「えぇ。恐ろしい威力でしたよ。害虫撲殺拳、美月デストラクション……」
「あの、その技の名前で呼ぶの止めてくれませんか!?」
その後フェレンが目を覚まし、私と美月さんの喧嘩している様子を見ていた。
フェレンに喧嘩の原因を話すとまず、このような事言ってきたのである。
――美月デストラクションか。
まずフェレン、必殺技にその人の名前入れるセンスは凄いと思ったわ。
私だったら、魔人壊廃拳とかにするかも知れん。
「でも、お嬢様と勝手に一緒に寝ているなんて、いけません!」
「何でよ?」
「何でってお嬢様……! 勝手にお譲様のベッドにⅨさんが……!」
「私がお願いしたのよ。美月」
「はいぃ!?」
まぁ、美月さんが驚愕するのも無理は無いだろうなぁ。
――てかまぁ、ストレートに言ったなフェレンも。
もっと何か言い包めるかと思ったら、ありのまま起こった事を言ったし。
「ね? サバイヴ」
「んぁ!? え、えぇそうです、ね」
「……もしかして嫌だった?」
「いやいや! そんなこと無いですよ!」
フェレンが哀しげな表情をした為、私は両手をぶんぶんと振って、否定する。
するとにぱーっと明るくなり、私に抱きついてきた。
いやいやまてまて、いきなり変わり過ぎだろうフェレン!
これがこの子の本性か! 眩しすぎる、あまりにも無邪気過ぎるぞぉぉぉぉぉ!!
ぼけーっとした面で、その様子を美月さんが見ていた。
目を丸くしており、魂が抜けていっているんじゃないかと思わせるような顔。
いやまぁ、一日でこれだけ変わっちゃったらそうなるよね……。
「な、Ⅸさん、何があったんですか? お嬢様に何があったんですか!?」
「いやぁ、何か私に心許しちゃったっていうか、何というか……」
「突然昔のお嬢様に戻るなんて……!」
「てか、昔はこんなんだったんですか!?」
おいおい、そりゃ今まで相当変わっていたんだなおいぃ!
最初見た時は無愛想な子だとか思っていたのに、本当に分かんないものだな……。
フェレンは未だに私にくっついて離れない。
これどうしよう、持って帰っていいのかな。
でも持って帰るってどこに持って帰るんだよ私ぃぃぃ!
「今日からⅨの事は、サバイヴって呼んで頂戴、美月」
「お、お嬢様?」
「私が名付けて上げたの。いい名前だと思わない?」
フェレンはニッコリと笑顔を美月さんに見せた。
すると美月さんが、ゴハッと声を上げたかと思うと、足をぐら付かせる。
効果は抜群の様だ。何でこんなにお嬢様に忠実なメイド達なんだ。
まぁ、フェレンが昔こういう性格だったのなら、仕方ないのかも知れない。
そりゃ愛でられる訳だ……。
「はい、とっても良いと思いますお嬢様!」
「ふふっ、ありがと」
「そ、それではお嬢様、着替えて朝食に致しましょう!」
ベッドからフェレンが出て、着替えをする為に服を脱ぎ始める。
やれやれ、朝から騒がしいことだ。
まぁでも、フェレンが以前のように楽しそうに過ごせそうならいいか。
人間は、本当に心に錠前をかけているもんなんだ。
その錠前を解く鍵を持ってるのは、やっぱり人間しかいないんだもんな。
私は今回、その役目が果たせたんだ。嬉しくないわけが無い。
だから私はこれからも……。
「Ⅸ……サバイヴさんは、早く乙女の部屋から出て行ってください! 着替え見るつもりですかあなた!!」
――まずは、この部屋から出ることにしようと思ったんだ。
~@~
今日は平日。
フェレンは学生の為、もちろん学校には登校する。
その際は、私もSPとして同行し、フェレンの護衛をしなければならない。
いつも車を運転してくれる使用人と一緒に、学校へ向かって走り出した。
この使用人は、車運転時以外は違う仕事を行っている様で、あまり関わることがない。
運転手の方も無口な方で、なかなか会話をする事はないのであった。
黒のサングラスのせいで、表情も読みにくい。
フェレンは命を良く狙われている為か、それなりの少し特殊な学校に通っている。
それこそ富豪の子供達が通学するような所で、SPは常にVIPと共に行動しても良く、セキュリティ設備も万全な学校。
だけど、私はこの学校には少々うんざりしていた。
まず、体育――運動系の授業、部活が無い。
身体を激しく動かして、VIPに何かあったらいけない為だろうか。
そして学校設備内では、バリアフリーのように段差というものすらないのだ。
授業も個人授業。友達と一緒に授業を受けるなど一切禁止されている。
休み時間も昼食も各自個人で行うものとし、普通の学び場としては、あまりにもかけ離れていた。
フェレンは授業に対して懸命に取り組んでいる。
というよりも、1対1だ(私を合わせると2対1になるけど)。ぼーっとするにも出来ないだろう。
これに対しては、最近フェレンも不満を抱いているようだ。
不満を抱かせてしまったのは、勿論私のせいだろう。
フェレンに人と遊ぶ楽しみを、私が友達に代わって教えるように、一緒に遊んだりしたしね。
昼食時間となり、美絵さんの手作り料理を頂く事にした。
ここには昼食時専用の部屋があり、周りは分厚い壁で包囲されており、なんびとたりとも受け入れぬといった、堅苦しい空間。
最早、家庭訪問で十分じゃないかと思ってしまう学校だ。
フェレンと私は同時にいただきますと言うと、弁当を食べ始めた。
私の分まで弁当を作ってくれる美絵さんには、本当に感謝している。
「フェレン。やっぱこの学校っておかしいよな」
私はフェレンに率直に問いかけ、彼女の本当の心境を聞きだそうとする。
今のフェレンなら、素直に返答してくれるだろうしね。
「ん~、確かに小学校の時とは、あまりにも違いすぎるわね」
「幾ら安全性を求めたとはいえ、学びの場としては不十分だ」
「え? 勉強はしっかり学べているじゃない」
「……世の中には、勉強以外にも学ばなちゃいけないことがあるんだよ」
「?」
フェレンが不思議そうに首を傾げ、やがてまた弁当に箸を向ける。
そうだよな……フェレンは蒼涙石のせいで普通の学校に通う機会がなくなったんだった。
小さい頃にあった事なんて、あんまり覚えてないで、感覚が鈍ってしまったのかも知れない。
――ん?
まてよ。小さい頃にフェレンは蒼涙石をフェレンの父さんに見られたんだよな?
「フェレン。お前の蒼涙石って、生まれた頃からフェレンの父さんや母さんに知られてなかったのか? 生まれた頃なら、赤ん坊だから良く泣くはずだろう?」
何故数年経った幼き頃になって、フェレンの父さんに蒼涙石が判明されたのか。
その空白の数年間、フェレンがずっと泣かなかった訳が無い。
それとも既にばれていたが、フェレンの父さんが、フェレンの母さんを失った時に興味を持ち出したのだろうか?
「蒼涙石がちゃんとした固体となって出来たのは5歳の時。その時はお母さんがまだ生きていて、私の涙が初めて蒼涙石になったのを見たの」
フェレンが食事を一時中断し、語り始めた。
椅子の背もたれに寄りかかり、思い返すかのように天井を見詰めている。
「そしたらお母さん。何て言ったと思う?」
「んー。あなたの涙は綺麗ね、とか?」
私の回答に対して、フェレンは首を横に振る。
とても緩やかで、優しい否定だった。
フェレンは翠色の瞳を閉じて、フェレンのお母さんの告げた言葉を、時を越えて再生させるように話す。
「『あなたの涙は皆を不幸にしてしまう。勿論私もあなたも不幸になって、哀しい気持ちになる。だから泣かないでフェレン。あなたには分かっていて欲しいの』」
「……なるほどね」
「お母さんはきっと分かっていたのよ。――蒼涙石が世に知れ渡ったら、私と私の周りが不幸になってしまう事を」
私はその話を聞いて、半分感心し、半分呆れてしまった。
感心したのはフェレンの母さんの話からだ。
全て分かった上で、愛する娘を守ろうと、不幸にさせようとしない為に、そんな事を言ったのだろう。
こんな年月が経っても、フェレンはフェレンの母さんの告げた言葉を覚えているんだ。
それだけ思いを込めて伝えた事だったのでしょう。
そして呆れてしまったのは、蒼涙石自体を否定するような物言いようからである。
「その涙は決して不幸ばかりじゃないさ」
「え?」
「蒼涙石はお金になるなら、人助けも出来るだろうし、何よりも私がフェレンに出会えたのも蒼涙石のお陰だろう? ……嫌な事も沢山あった。けど、私はそこの部分は蒼涙石に感謝している」
私がフェレンにそう真剣に話すと、彼女はこっちを不思議そうに見た後、優しく微笑んで口を開く。
「あんたって、本当に臭い事言うわよね」
「わ、悪かったな! こういうの好きなんだよ!」
「いいわよ。――サバイヴのそういうとこ、私好きだから」
フェレンは片目を一瞬閉じて、ウインクした。
ぐっは! やめてよそういうのは!
何でそんなドキドキさせるような行動取るのさ!
少し脳内で暴走したが、もう大丈夫だ。
しかしまぁ、フェレンの父さんと母さんか……。
「こういうのはなんだが、フェレンは優しい所は母さんに似て、刺々しい言動は、多分父さんに似たのかな。実際どんな感じだったか知らないけど」
「どこが刺々しい言動よ、サバイヴ!」
「そういう所さ」
「うぐっ……」
フェレンは何も言い返せなくなると、そのまま静かに残りの昼食を食べ始めた。
ハハハ! 勝った!
私はフェレンに勝ったぞ!!
そんな大人気ない事を考えながら、もう1つふと思っていたことがある。
――私も父さんと母さんに似ていたんだろうか……。
考えるだけ無駄か。もういないのだから。
フェレンもまた同じ。いや、フェレンの父さんは生きていると思うが、もう二度と会うことは無いと言っても過言ではないだろう。
何、寂しくは無いさ。
私にはもう、新しい家族の一員なんだから。
サバイヴ・カーレット。
そう。フェレンと同じ、カーレット家の一員だ。
私は弁当を食べ終えると、ポケットに隠していたカレーのルーを取り出す。
いつでも使えるカレーという新しいスタイルのカレー商品『「いつでもちょこっとカレーな気分』という物だ。
私は袋を開けると、腰からマイスプーンを取り出しパクパクと貪る。
「……やっぱりカレーは食べるのね」
「当然」
「てか、ご飯なくてもいいの? 美絵の料理にご飯あったでしょ? おにぎりだったけど」
「いや、美絵さんがせっかく味付けもして作ってくれた料理に、カレーで味付けするのもいけないと思ってね」
フェレンは私の言い訳を聞くと、クスリと笑った。
「……妙な所で優しい事するのね、サバイヴは」
あっはっは、全く持ってその通りだなぁ……。
私は薄く笑いながらも、カレーをすくうスプーンの動きを止めなかった。
~@~
三日月が空高く舞い上がる頃。
私はフェレンの部屋の前に立ち、今日も護衛の仕事だ。
まさか今回もフェレンと一緒に寝ようとする訳も無く、少し不服そうな表情で彼女は自分の部屋へ入っていった。
小学生でもないのに必要以上に甘えてくるのは、今まで甘えられる者がいなかったという証拠なのかもしれない。
小学生低年齢ならまだましも、フェレンの年齢だと流石に一緒に寝るのは躊躇われる。
……まぁ正直一緒に寝るのは嫌ではないんだけどね。
「お疲れ様。Ⅸ――いや、サバイヴ」
そこにニコニコしながらロイドさんがやって来て、私に話しかけて来た。
既にフェレンが命名した私個人を表す名は、この家の者達には浸透していっているようだ。
私は軽く会釈して、少し乱れていた服を整えた。
「フェレンはもう寝たか?」
「えぇ。さっき確認した所、人形を抱えてぐっすりと」
あぁ、とロイドさんは目を細めると、フェレンの部屋の扉をじっと視線を向ける。
まるで、扉の向こうにいるフェレンに直接目を向けているようだった。
暫くそのままかと思われたが、急にロイドさんは口を開き、私に質問を投げかける。
「フェレンが裁縫を趣味としていることは、あんた知ってるかい?」
「いや? 初耳ですねそれは……」
てか、やっている所を1度も見たこと無いぞ?
私が不思議そうに考えていると、ロイドさんが高らかに笑った。
「あぁ、良かった。あんたのことだから、事故って見てしまっているかと思っていたからね」
「どういう……ことですか?」
「まぁお楽しみさ。いずれ分かることだから、あまりこそこそ調べないでやってくれよ? あんたに言わない方が良かったかもしれんが、あんたの力では、思わず見てしまいそうだからな」
「は、はぁ。分かりました……」
何の事か分からないが、まぁ裁縫している所を誤って目撃してしまったら、フェレンが針を飛ばしてきそうだから気をつけることにしよう。
しかし裁縫か……。
意外と女の子らしい趣味をちゃんと持っているではないか。
「フェレンが寝る時に腕に抱えている小さな人形。あれは彼女が作ったんだよ」
「え。あれをですか? それはまたすご……」
「――母親に似せて作ったらしい。母親代わりって事でな」
人形に対して素直に凄いと感想を漏らそうとしたが、ロイドさんが続けて言った言葉で思考が止まった。
「フェレンはまだ誰かに甘えたいのだろう。それはあんたも分かっていると思う」
「……そうですね」
「サバイヴ。お前は彼女の心を開かせてくれた。だから……」
「分かってます。それも私の任務ですから」
「――任務……か」
ロイドは少しだけ哀愁を感じさせる表情をし、私に振り向くと、用事を思い出したかのように言う。
「そういえば話をしてすっかり忘れてた。今、使用人達とティータイムを共にしていたのだが、お前も来てくれないか?」
「え、でも私には護衛が……」
「この程度の休息で遅れを取るお前では無いだろう?」
そんな勝手な事を発言すると、ロイドさんは私の手を引っ張り出した。
まったく――その通りではないですか、ロイドさん。
~@~
もう見慣れてしまったリビングに入ると、使用人3人がゆったりとくつろいでいた。
既にメイド服から質素な私服に着替えており、1日の彼女らの仕事は終わった事を無言で伝えている。
私は未だに給付された時の使者用の黒い執事服を着ていた。
と言うよりもここ数年私服になった事が無いな……。
私が来た事に気付いたのか、美月さんは軽く私に礼をし、美絵さんは立ち上がって、厨房に向かって走っていった。
美樹さんはテレビを見ており、時たま笑っていたりする。
相変わらずマイペースな人だ。
私はテーブルの椅子に座り、瞳を閉じてゆったりとする。
「サ、サバイヴさん……紅茶……どうぞ」
数分後。顔を伏せながら、美絵さんは私に紅茶が注いであるカップを差し出してきた。
私が怖いのだろうかと他の人は思うかも知れないが、彼女は対人恐怖症なだけで、決してそんなことは無い。
そんなことは無いと、私は信じている。
「ありがとうございます、美絵さん」
「ぇ、ぁ、はい……どういたし……て」
最後の方はぼそぼそ声が小さくなって、聞こえなかった。
私が紅茶を貰うと、いそいそと美月さんの所に帰って行く。
顔を隠すように視線を地面に向けて、両手を膝の上に置いていた。
美月さんがあやすかのように、美絵さんの頭をなでなでする。
何か、私が悪者みたいだよねこれ。
私はテーブルに座ると、紅茶の香りを楽しみながらゆったりと飲み始める。
ん~、しっかりと蒸らしており良い紅茶だ。
流石手間隙かけているだけはある。
紅茶を飲んでおくと、じーっと美月さんが見詰めてきた。
視線が気になり出し、私は話しかける事にする。
「美月さん、どうしました?」
「あ、いや……」
美月さんは声を濁らせて、黙ってしまった。
だが、チラチラとこちらに視線を合わせたり、外したりしている。
なんだろう。私何かしたっけか……。
美月さんと深く関わったことは、害虫撲殺拳、美月デストラクション位しか無い気がするぞ、最近だと。
未だにあばらが痛いんだが、これはどういう事なんだ。
「あ、あのサバイヴさん!」
私が思考を巡らせていると、美月さんが急に叫んだ。
そして美月さんの方を向いて、私が反応すると、続けるように美月さんは話す。
「……やっぱりお嬢様の蒼涙石の事、知ってしまったのですか?」
私はそれを聞くと、あぁっといった感じで思い出した。
蒼涙石の時の会話は、フェレンと私2人だけでおこなったことで、他の人は知らないのだ。
しかし、美月さんもうっかり者ですね。
もし私が蒼涙石の事を知らなかったら、情報もろばれじゃないか。
「何故、そんな事を聞いてくるのですか?」
「だって、お嬢様の態度が明らかに変わっていましたので、サバイヴさんと何かあったんじゃないかと思って……」
最後の方は自信消失したのか、声が小さくなっていく。
――まぁ、正直に話した方が良さそうですね。
ついでに失礼かも知れないが、あの事も伝えるか。
「えぇ。蒼涙石の事も、フェレンの過去の事も、そしてあなた達使用人が4姉妹だった事も、全て知りました」
その瞬間。
テレビの音が消え、沈黙が訪れた。
私はテレビを見ていた美樹さんの方を向くと、哀しそうな彼女らしからぬ表情をしている。
「そうか。フェレンはそこまでお前の事を信用してくれたんだな」
ロイドさんが独り言のように呟く。
驚いたというよりは、感心したというような声色だった。
「……美香のこと、知ったんだね」
静かに、そして良く通る声で、美樹さんは口を開いた。
美樹さんだけではなく、3人の使用人全員落ち込んだような顔をする。
――まいったなぁ。
「すみません。こんな話持ち出してしまって」
「いいんだよ。どうせいつかあたし達の事も知られそうだったからね、あんたには」
彼女は哀しそうに微笑し、黒髪のショートヘヤーが揺らいだ。
いやいや、そんな哀しそうにされては私が困る。
シリアスな話はそこまで好きじゃないから困るのだ。
だけど私が持ち出した話だから私が悪い。あぁもう、ファック!
そんな事を私が脳内で思っているとは知らずに、美樹さんは語り出した。
「美香は、明るくて人と接することが得意な子でね。お嬢様と一番仲の良かった子だったんだよ」
「そうだったのですか……」
「あの子はお嬢様の事、大切な友達だって笑って言ってたのにね。――馬鹿な子だよ。友達を守ったのに、友達をおいて先に言ってしまうなんてね」
話の途中で、すすり泣き声が響き出す。
その声の方に視線を向けると、美絵さんが顔を押さえて悲愴感漂わせていた。
やっぱり深刻な事だよな。――姉妹の1人が死んじゃうってのは。
「あんたを見ていると、美香を思い出すよ」
美樹さんがいきなり私に向かって、そう言った。
「私を見ると、ですか?」
「あぁ。あんなにお嬢様が楽しくあんたと慕っているとね。嬉しいよ、またお嬢様が笑ってくれるようになってね」
「それは私も思います。女性の笑顔はダイヤモンド100カラットをゆうに超える価値がある」
「むしろ宝石では比較できないんじゃないかい?」
「ごもっとも。フェレンの笑顔の前では、蒼涙石ですら敵いそうにありませんね」
比喩表現を使った会話を軽やかに交わすと、美樹さんはクスリと笑った。
不思議な人だ。
3女なのに、ここまで大人びていると、さっきまでテレビを見て悠長に笑っていた人と同一人物なのか、把握しきれなくなる。
「美絵姉さんも、美香の事思い出していたんじゃない? 普段人と話そうともしないのに、何故かサバイヴさんには積極的に関わりに行っていたりしたからね」
美樹さんが美絵さんに問いかけると、顔を押さえながら美絵さんが僅かだが縦に首を振った。
え、マジっすか?
あれで積極的だったのか美絵さん。
御免よ、そんな風に思って無かったよ私……。
「フェレンは美香が命を張って守ってくれた大切な友達なんだよ。だからあたし達はこうやって彼女に仕えている。今は笑ってくれるフェレンが見れて、皆幸せなんだよ」
美樹さんはアハハハと笑い、場を明るくさせようとする。
辛いだろうに。
でも皆を笑顔にさせたいから、美樹さんはこうやって元気に振舞っているんだろうな。
「お前達は良くやってくれてるよ。あぁ、俺の想像以上にな。本当に感謝している」
ロイドさんが薄く微笑みながら、私達に言うとガッハッハと高笑いした。
本当に大らかな人だなぁ……ロイドさんは。
そんな2人の笑いに誘われて、他の皆も微笑みだす。
幸せとはこういう事なのだろう。
私はここに来て、やっと幸せという物に近づけた気がする。
――いや、もう手に入れたのかもしれないですね。
そんな中。ロイドさんが何かを思い出したのか、両手を叩いた後、美絵さんに向かってとある事を頼み出した。
「おぉ、そうだ。美絵さん、今度あれを作ってくれないか?」
「あれ……?」
「ほら、美香さんが好きだったやつだよ。以前は良く食べていたじゃないか」
「あぁ……ハヤシライス……ですね」
――何?
今、なんて言ったんだ……?
するとその話題に乗ってくるように、美月さんも話に割り込んできた。
「いいですね。私も久しぶりに食べてみたいです」
「美絵姉ちゃんは、カレーは苦手なのにハヤシライスは作れるから不思議だよねー」
皆がほのぼのと笑う中、私だけ笑顔が消えた。
いやてか、何この悪魔のような流れ。
誰か仕組んだろ絶対これ。
「分かりました……明日……作ります……」
「うむ。フェレンもきっと喜ぶぞ」
ロイドさん。私は喜べないんだよ。
だって私は……。
「サバイヴも楽しみだろう?」
「え、あの私は……」
「ハッハッハ! きっと美味いぞ、美絵さんのハヤシライスは」
ちょ、断るタイミングがぐああああああ!!
駄目だ、ハヤシライスは駄目なんだ!
私はハヤシライスが、苦手なんだよ!
カレーはいいんだ! だが、ハヤシライスは駄目だ!
なんか甘い感じがこう駄目なんだよおおおおおおおおおお!!
脳内でそう叫んでも、彼らにはこの声は届かず。
次の日は、私は無理やりハヤシライスを食べてしまい、泡を吹いて倒れてしまった。
うん。今度からはっきり無理だって事を言わないと後悔するな……。
~@~
平和な日々。
平穏な日常。
笑顔は取り戻した。
哀しみは緩和される。
苦難はあった。
それを乗り越え、また笑顔が生まれる。
人は何かを隠している。
時には自分自身で隠してしまい、自分が何に悩んでいるのかすら忘れてしまう。
隠しただけで、消滅などしない。
人は不良品だ。
完璧など存在せず、何処かしら不完全。
人間は強そうに見えて、必ずしも脆い。
だから支えあうのだろう。
不良品同士、粗悪な部分を互いにフォローし合うのだ。
私達は1人で生きてはいけず、誰かと関わりあっていく。
仮に1人で生きられたとしても、それはとても哀しい人生なんだろう。
此処にも、2人の不良品がいた。
自分の人生に縛られ続け、飼い犬として生き続ける青年。
過去の人生に縛られ続け、1人になろうとした少女。
やがて2人は惹かれ合い、それぞれの人生の支えとなっている。
2人がいたからこそ、物語は紡ぎ出した。
永遠に続くと思われた、彼女が命令し続ける1週間。
だけどそれは、永遠ではなかった。
半永久の1週間。
最後の1週間が、始まった。
その日から、彼は変わりだす。
――少女が、倒れたその日から。
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