目次
注意書き
このSSはネちょwikiでの設定、他の方々のSSの設定、自分独自で考えた設定など
が含まれております。
あらかじめご了承ください。
もし嫌な表現が気になった方は、こちらにお知らせください。
次から気をつけるか、訂正などさせていただきます。
本編
【7】~永久なる罪~
――どうしてこうなってしまったんだ。
私は、そんな事で頭が一杯だった。
出来事は一瞬。
私とフェレンが夜、テラスで話している時だった。
会話の内容は、フェレンの両親の話。
思い出話だった。
フェレンは今まで受けた彼女の父さんからの虐待の事を語り出し、苦痛の日々を思い出してか、涙を流す。
彼女は涙を流し続け、蒼涙石が生み出されたその時だった。
フェレンが急に両目を強く両手で塞ぐと、倒れてしまったのだ。
「痛い……ッ、何これ……痛いよサバイヴ……っ」
急いで苦しむ彼女を抱きかかえ、ロイドさんの元へ走った。
その後の事は、良く覚えていない。
ただ、必死だったってことは覚えている。
ここまで自分は冷静さを失うとは思っても見なかった。
使用人達が心配する中、ロイドさんは専門の医者へ連絡をし、診断して貰う事になる。
出来れば病院に入院など、目立つような行動は取りたくも無いのが現状だった。
彼女は四六時中、狙われている身なのだから。
だが……。
「――これは1度私の病院の方へ行って、診断した方がいいですね」
やってきた医者には、そのように申告され、私も同伴し厳重な警備体勢で病院へ移動。
学校に行く時と同じように、車に乗り込み、使用人の男が車を発進させた。
病院に着くと同時に、医者は脳のレントゲンを取り始める。
長時間の診断となると思われたが、意外と早く済んだ。
フェレンは別部屋でぐっすりと寝ている間に、私とロイドさんは、彼女の状態を医者から聞いた。
結果は、蒼涙石を司る者にのみ起こる症状。
涙を永きに渡り大量に流し続けたことで、空気に触れてから凝固するはずの蒼涙石が、涙を通る道の涙道内で凝固。
既に涙点、涙小管は凝固し始めており、このままだとフェレンは……。
「残念ですが。――このままだと彼女の両目は見えなくなってしまうでしょう」
フェレンは、永遠にこの世界を見ることが出来なくなってしまうらしい。
視覚自体は失われるわけではないが、涙腺が凝固することにより、痛み苦しみ続け、いずれは痛み止めでとめ続ける生活になる。
その痛みで、瞼を開けることすら出来なくなるらしい。
更に、この病気はこのままでは終わらない。
いずれは脳まで凝固が進み、やがて体全体へ。
血液すらも凝固し――彼女に死をもたらす。
特殊な例の病気。
治る見込みは、薄いといわれている。
凝固した蒼涙石を、全て取り除かないといけない手術となるらしい。
海外へ跳べば、治療できる者はいるらしいが……そう上手くはいかないだろう。
「手術成功確率は、どのくらいなんだ?」
「……精々、0.01%という所でしょうか」
「成功例はあるのか?」
「――残念ながら、今の所は」
医者から告げられた言葉に対し、ロイドさんは激昂。
医者の胸倉を掴み、片手で持ち上げた。
「ふざけるんじゃねぇよ! あるんだろう? 他にあるんだろう、頼りになる医者が! 治療法がよ!?」
「ぐ、がっは……」
「お前は何だ!? フェレンに死ねといってるのか!? 俺達の可愛いフェレンに死を宣告しているつもりかぁ!?」
「ロイドさん!! 落ち着いて!!」
私は暴走しているロイドさんを抑え込み、医者の胸倉を掴んでいる手を無理やり剥がした。
苦しむ医者から離れるように、ロイドさんを後ろに引きずる。
2人とも息を荒げ、ロイドさんは落ち着きを取り戻し始めた。
あんなに大らかなロイドさんが、ここまで正気を失っているところを見たのは始めてだ……。
「今、私が紹介しようとしている医者は、神の手【ゴッドハンド】と讃えられている医者です。これ以上頼りになる医者は、他にいないんですよ……」
「そうか。……すまなかった」
ロイドさんは医者に向かって謝り、瞳から雫を流し始める。
私はロイドさんを一先ずそこで休ませておき、フェレンの元へ向かう事にした。
何となく、会いたくなったのだ。
不思議と、彼女に会いたくなった。
「あら、サバイヴ。来てくれたのね」
病室に入ると、フェレンが既に目を覚ましており、私の胸に飛び込んで来る。
私を見上げてニッコリと笑っており、可愛かった。
夜の病室はひんやりとしており、その冷たさがなんだか身体に沁みて切ない。
何でだろう。
私はこのまま任務を続ければよいのに。
彼女が死ぬまで、任務を続けていれば、この仕事は終わるのだ。
また違う仕事が始まるだけなのに。
それが、嫌で嫌で堪らないのだ。
任務は達成されるはずなのに、それでは納得出来ないと感じている。
彼女に生きていて欲しいと、心の底から思っていた。
「フェレン。寝てないといけないだろう?」
「何で? 私はこんなにも元気なのよ?」
「いいから。今はゆっくりするんだ」
私は無理やり微笑み、彼女を病室のベッドまで運んであげた。
むぅーっとした顔で私を見ていたが、やがて真顔になると、私に向かって言葉を溢す。
「――やっぱり。私、死ぬのね」
その時、何故彼女がそう思ったのかは、私には分からなかった。
私がいつもの雰囲気が違ったのだろうか。
それとも身体で感じる事が出来たのだろうか。
だがそんな事よりも、信じられない答えが返ってくることになる。
「何故、そんな事言うんだフェレン?」
「分かるのよ色々ね。それに、サバイヴ……あんたとっても声が哀しそうじゃない」
哀しそう?
私は銀色のナイフを取り出すと、鏡代わりにして反射して映る自分の顔を覗く。
それは紛れもない私の歪んで、哀しそうにしている表情。
この世界に生まれて初めて、自我で哀しんでいると感じた瞬間だった。
「そうなんでしょ? 隠さなくていいのよサバイヴ」
「フェレン、お前は……」
「何となく分かるの。あんたが今どんな感情でいるのか、何となく分かるのよ」
私はフェレンにそう言われ、困惑し始める。
私は時の使者。傀儡の悪魔と謳われた者。
感情など、生まれない筈の使者。
私が多少なりとも感情がある特殊な使者だったとは言え、哀しみという感情までも感じるようになっているとは思ってもみなかった。
「御免ねサバイヴ。……辛い思いさせちゃうわね」
「何言ってんだよお前。お前の方が辛いに決まってるじゃないか……」
「それは分からないわ。だけど、私は何度も先に死んでいった人を見てるの。――何度も、残された者の気持ちを味わっているの」
「フェレン……」
「だからね。サバイヴが哀しんでくれているのが私は嬉しいの。私の為に哀しんでくれるほど、私を思ってくれる人が出来て、私は幸せよ。だから、御免ね。辛い思いさせてしまってね」
フェレンはその時泣かなかった。
もしかしたら既に涙道が凝固し、涙腺が閉ざされていて流れなかったのかもしれない。
でもフェレンは私に向かって、笑ってくれたんだ。
何でだよ。
何で笑うんだよ。
おかしいだろ。
死ぬなんて宣告されて、辛くないわけないだろうに。
フェレン。死ぬなよ。
まだ私に護衛させろよ。
こんなに任務が楽しいと思ったの初めてなんだよ。
お前の命は、失って欲しくないんだよ。
――自分は人の命を奪う存在だというのにか?
急にどこからか、そんな声が聞こえた。
誰の声だこれ……?
フェレンは、窓から星を見上げている。
他には誰もいないのに、誰の声だったんだ?
その答えは結局分からず、私は考えるのを止めた。
そんな事よりも、私はフェレンを助けたい。
だから、これから行う事は私個人の問題だ。
任務を永遠に続けたいから、彼女と永遠に一緒に居たいから。
私は決心した。
~@~
私には1人、知り合いの情報屋がいる。
その情報屋は特例で、時の使者の情報を知っているが、様々な情報を展示するのを条件で、天皇陛下に命の保障をされていた。
そいつとは時の使者になってから、よく世話になって貰っていたのだ。
性格はあまりよろしく無い奴だが……天皇陛下に認められているがゆえ、実力派ではあるので頼りにはしている。
今そいつと連絡を取って、とある1つの物を調べて貰った。
腕が利く為、そう時間は掛からず結果が出る。
今から私は、それを盗みに行くつもりだ。
フェレンの病気を簡単に治す事の出来る、唯一の物を。
時刻は22時。
病院の前で待っていると、今ではすっかり人気を無くしてしまっている格好の良いスポーツカーがやってきた。
「よぉ、久しいじゃないかⅨ」
こいつが情報屋の求真(きゅうま)。
シルバーネックレスに、青のサングラス。
そして髪は明るい茶色に染めており、服装も流行によって毎回会うごとに変わっているという、かなりちゃらちゃらしている奴だ。
情報屋らしからず、かなり目立っている。
「お前も相変わらず、凄いもんに乗ってやって来るなぁ……って、その人は誰ですか?」
そして私が気になったのは、その求真の後ろに乗った人。
大きい茶色のリュックに、ゴーグルとバイク用のヘルメットを被っている女性。
女性にしてはなかなか背が高い。
「何って、お前ここ離れるんだろ? だからその間、ここのお嬢様という奴をお前の代わりに護衛する奴を連れてきただけだよ。こいつはにとりとバイク――略称でにとバイって言うんだ」
「あぁ、確かに私が代わりの護衛も頼みはしましたが……女性のSPの方ですか」
「うんにゃ、あたしも求真と同じ情報屋だよ」
私と求真の会話に突っ込んできたにとバイさんと呼ばれる女性。
――情報屋?
おいおい、情報屋が護衛するとか大丈夫かよ。
そんな私の心境を見通したのか、求真はキラリと笑い、親指を立てて語り出す。
くっそ、イケメンで何か腹立つ。
「心配するな。こいつは情報屋だが、戦闘――というよりも罠を仕掛けるのに特化している達人様だ」
「うっし! 地雷、手榴弾、護衛ロボでも仕掛けて木っ端微塵にしてやるよ!」
「お前は病院も木っ端微塵にするつもりか」
求真が呆れたような表情をしながら、にとバイに突っ込みをいれた。
……まぁ、大丈夫だろう。何か物騒な事言ってるし。
どちらかと言うと、一般市民を巻き込んでしまわないか心配になった。
「じゃあ、にとバイさん。よろしくお願いします」
私は懐から1通の手紙を出し、にとバイさんに渡した。
「これを金髪のロイドさんって人――多分金髪の人は、この病院に1人しかいないと思うので、その人に渡せばにとバイさんを受け入れてくれると思います」
「OK。あたしに任せておきな!」
にとバイさんは手紙を受け取ると、すたすたと大きなリュックを担いだまま、病院内へ消えて行く。
私はこの時、1つの予感が浮かび、右手にナイフを軽く握った。
もし彼女が――。
「止めとけ。あいつはお前が時の使者だって事は知らねぇよ」
私が予感していた事を読んだのか、求真がそう私に言い張った。
時の使者は他人に察知された場合、抹殺しなければならない。
未だに時の使者としての心意気は鈍ってはいなかった。
私が背後にいる求真に視点を向けると、私に嫌らしい笑みを見せ付ける。
「――ただし。本当は知っているが言わないだけなのかも知れないがな。あいつも死にたくないだろうし」
その時私は、情報屋を嘗めてはいけないと改めて認識したのだった。
~@~
スポーツカーが風をきりながら、夜の街を走って行く。
左手でハンドル操作しつつも、右手ではPCのキーボードを叩いている。
いつも事故に合うだろうと思うのだが、20年間ずっと無事故らしい。
特別運が強いのか、それとも求真が元々こういう才能があったのかは良く分からないままだ。
「ほいよ、調べてやったよ。モニターを見な」
「ありがとうな、わざわざ」
「気にすんなよ俺も楽しんでやってる事なんだしな。しかし、時の使者としての任務では無く個人で、しかも――」
私はPCのモニターに映る赤い物体を見ていた。
綺麗に、そしておどろおどろしく赤く輝く石。
「まさか、不老不死になれると言われている賢者の石を手に入れるとか言い出すとわな!」
求真は、目を細めてPC上に映っている物体の名を語った。
そうだ。これが私の選択した道。
賢者の石をフェレンに与えるのだ。
賢者の石は不老不死であり、一切に病気にかかる事も無い。
いかにフェレンの病気の回復見込みが無いとはいえ、賢者の石の前では無関係。
勿論、簡単に手に入るとは思ってもいないし、普段の私ならこんな行動を取らないだろう。
だけど、フェレンをここで失ってしまうかもと思うと、あまりにも惜しい。
命をかけてでも今回の任務――私、個人が行う『初任務(ファーストミッション)』。
私は彼女を救うつもりだ。
「そういやお前、賢者の石の材料が何だか知ってるか?」
「ん。いや、それに関しては詳しく調べてませんね」
合成する訳でも無く、完成品を取りに行くのだ。
そんな事を調べる必要性は無いと思っていたが、求真は笑いを堪えるようにニヤニヤしていた。
「じゃあ、教えてやるよ。ありがたく聞きな」
「いや、それよりも賢者の石がどこにあるのかを……」
「まぁ、黙って聞けよ。とある昔。錬金術に影響を与えた有名な奴、ジャービル・イブン=ハイヤーンってのがいたんだ」
求真は私の言葉を無視して、ペラペラと話し出した。
相変わらず勝手な奴だ……。
だがこの話は決して、無駄にはならない物となる。
「そいつの説に賢者の石を作り出す説があったんだが、まぁとにかく沢山の材料がいったんだ。ただ注目されていたのは、水銀と硫黄の2つ。特に水銀に何かの反応を繰り返せば出来上がると、注目を浴び続けていた……」
「――何かの反応?」
「そう。沢山の材料があったが、最後に1つ。どうしても判明されてなかったんだ。そしてとある錬金術師が、恐ろしい考えを述べ、試した所……何と反応し始めたんだよ。その最後の材料って、何だと思う?」
水銀に硫黄。そして沢山の材料。
その中に無かった物で、かつ重要だった物……。
何だろうか。科学に関しては良く分からない。
「そんなに深く考えんなよ。赤い石って言ったら、俺はそれしか思い浮かばねぇんだがな」
「そういうのいいから。結局何が必要だったのさ?」
「水銀が必要だと思われたのは常温、常圧で液体である唯一の金属元素。液体でありながら金属である、最後の材料と混ざらせるのにはピッタリな物質だったから。硫黄が必要だと思われたのは、融解すると血赤色の液体。燃やすと青き炎――生命の炎みたい見えると伝えられた為だ」
ククク、と嫌らしい話題を続ける求真。
相手の精神を逆撫でするような態度は、決して心地良いものではなかった。
彼はPCのキーボードを3回ほど叩くと、エンターキーを押して、モニターにその答えを表示させる。
そこに映るのは、――人と赤い液体。
「――そして最後に必要だったのは、血だよ。それも生きた動物の血液さ」
「……な!?」
「賢者の石を完成させるには、その動物と一緒の物質である血が必要だったのさ。犬なら生きている犬の血。猫なら生きている猫の血。そして人間なら――生きた人間の血がね」
何だそれは……。
私はそんな事一切聞いたことないぞ!?
時の使者は様々な情報を、事前にインプットさせるように勉学する時期がある。
重要な情報ならば、私は既に知っているはずなのだ。
するとこの賢者の石に関しては重要では無いという事になるのだが、これのどこが重要ではない情報なのだ!?
「時の使者様でも知らないような事は沢山あんだよ。――国家の本当の闇を知って、裏切られないようにする為にもね」
「では賢者の石は沢山の人を犠牲にして出来た物……」
「その通りさ。本当に権力を持った者は恐ろしいものだなぁ。興味心だけでこんなもん作っちまうんだからな!」
求真の言葉には、怒りなんて物は篭っておらず、寧ろ歓喜しているようであった。
今まで腐れ縁でここまで一緒にやって来たが、ここまでおかしな奴だったとは。
「で、どうするんだい? お前はこの話聞いても、賢者の石を取りに行くと?」
求真が私に向かってそう言葉を投げかけた。
この話を聞いて、私がビビってしまうとでも思っていたのだろうか。
関係無い。その程度の事で諦めるような事じゃない。
誰かを助けるには、それ相応の犠牲が必要な事は今までだってよくあった事だ。
だから、私は諦めない。
「その瞳……やるつもりだな?」
「あぁ。私がここまで人を思いやるなんて事、もうなさそうだしね」
「おぅおぅ、言うねぇ。なら協力してやるよ。ハッハッハ!」
求真はアクセルを更に踏み込み、右へ大きく急カーブした。
既に深夜でここは車が通るのは少ない時間帯ではあるが、運転が荒すぎてハラハラする。
まぁ、いざという時は時を止めればいいだけの話しなんですけどね。
「賢者の石が必要なのは、生きた人間の血。表向けにされない為、とある所で自殺扱いされる事があるんだが、自然的に自殺しそうなのが多いところって言ったら、何処だろうな?」
「そう言うのは良いから。早く答えてくれよ」
「ハッハッハ! ここだよここ!」
急に求真はブレーキを踏み込み、車は勢い良く停止。
私は前後に揺さぶられ、一瞬何が起こったか把握できなかった。
そして停止した所を目の前にある建物を見て、私は絶句する。
「どうだい? 感想は?」
「――あぁ。どうやら私が思った以上に、国家は腐れきっているらしいな……!」
私の瞳に映ったのは、大きな鉄の門。
罪を犯した者がぶち込まれる、刑務所だった。
――国家は、ここにいる者を自殺扱いで殺し、賢者の石の材料としているのだ。
~@~
世界の時は止まったまま。
私はその中で行動していた。
長時間時を止めると、時の使者以外は行動する事は出来なくなる。
普段、時の使者は意識的に時の流れに従っているため、他の時の使者が時を止めても、彼らも止まれる為迷惑にはならない。
刑務所の中に侵入した私は、求真に指示された地下の入り口向かう。
厳重な扉で閉ざされていたが、求真から渡されたカードキーで何とか開ける事が出来た。
フェイクキーらしいが、何故彼がこんな物を手に入れられるのか、私は知らない。
普通こういうのは泥棒とかスパイとかが、持っていそうな物だが……。
ここに来る者は、大体罠自体の全て機能を停止させるらしいが、その制御させる装置がまた別の場所らしく、その場所が天皇陛下の元なので迂闊に動く事が出来ない。
天皇陛下にはやはり、護衛として時の使者が就いているのが最大の原因だ。
逆にメリットが下がる為に、この方法は却下する事になった。
この時点で私がどれ程重大な反逆行為を起こしているのかが伺えるでしょう。
だがもう、そんな事はとっくに吹っ切れているのだ。
もう今後がどうなろうと関係無い。
扉を開けた後、再び時を停止。
急いで駆け抜け、奥に進む。
周りはコンクリートで固められおり、人工的に作られているのが分かる。
監視カメラが壁の隅に取り付けられており、更にそれをフェイクにした隠しカメラが設置させている。
嫌らしい設置構成だが、時を止められては手も足も出ないだろう。
所々銃口が見えられる辺り、罠も流石に厳重である。
しかし妙だ。
賢者の石は不老不死の力を得られる石。
厳重で普通の人間なら突破できないだろうが、不老不死に見合っていない警備体制のようにも思える。
まだ何かあるのだろうか?
――まぁ、時が止まっている以上。そんな物関係無いのだけどね。
「っと、ここか……」
私が辿りついた先に、再び鉄で塞がれた扉。
求真から貰ったフェイクキーで開放し、奥の部屋に入る。
その瞬間。ぬわっとした空気が私の身体を包み込んだ。
独特の鉄臭さ、眼前に広がる赤き光景。
そこには何段にも透明のガラスケースに入れられている賢者の石が保管されていた。
その数は100以上にも及ぶ、恐るべき数量。
私の想像を絶する程、石がそこに存在していたのだ。
「おいおい……。これだけの量作るのに、一体何人殺したんだ国家は……」
禍々しく燦然(さんぜん)と輝く賢者の石は、私を否定するかのように黒々しい気を放っている。
まるで生き物のように蠢いており、何か惨い悲鳴が耳に響いて、不快感を覚えた。
実際はそんな感覚がするだけで、賢者の石はそこに置かれているだけだというのに。
私は1つ、賢者の石を持って帰ろうとケースに手をかける。
賢者の石のケースを触れただけで、心が取り込まれそうになる感覚。
これが不老不死になる事が出来る石……。
ケースを握り締め、ポケットに入れる。
そのまま立ち去ろうと、賢者の石の部屋から退出した。
その時からだった。
急に今までの妙な感覚が、狂気となって襲ってきたのは。
突然灰色に染まっていた世界が、色彩を帯び始め、動き出した。
別に自分の意思で解除した訳でもないのに、世界が動いたのだ。
「『警備員に報告。警備員に報告。侵入者確認、これよりアンチフィールド展開』」
「な……!?」
「『セキュリティレベルA解放。至急防衛プログラムを開始します。警告、これは訓練ではない。繰り返す。警告、これは訓練ではない』」
機械音で繰り返されるアナウンス。
サイレンの音が私の心に響き渡り、心臓を圧迫させる。
アンチフィールドって、国家が最近開発した対魔法を使う者によるアンチテクノロジーの1つじゃないか!?
この世は不思議な者で、魔法という物――とある所ではスペルカードといわれるカードを使用し魔道の力を使う者がいる。
アンチとはそれを打ち消す技術。
つまり私の時を止める力すらも消滅させたという事だ。
しかし、何故今更それを起動させる?
侵入者が来る前から起動させていれば良い物を!
だがそんな事を思考している場合ではない。
既に目の前に頑丈の扉が、ガンガンと閉められて行く。
こっちに銃口が向けられ、火を噴き始めた。
銃弾を避けてはナイフを投げ、壁の隅に設置されてるマシンガンを破壊しようとするが、届く前に銃弾でナイフが勢いを無くして粉々になってしまう。
その後銃弾を避け続けていたものの、上空から霧が降り注いでくる。
これはマズイな。
恐らく毒ガスか、睡眠ガスかのどちらか。
いずれにせよ吸い込むのはマズイ。
早くあの鉄の扉をどうにかしないと……。
アンチフィールド状態で出来るかどうかは分からないが、こんな時の為にも時間調節したんだ。
一か八かで、時が来るのを待つか。
刻一刻と時が流れ、そしてその時は訪れる。
――21時。
私の制する時間が、今舞い降りてきた。
両目に黄色の光を宿し、右目に『Ⅸ』の刻印が焼き付けられる。
両手の間、一杯にトランプを挟むと、鉄の扉目掛けて投げた。
扉はまるでカッターで切られる紙の如く、切り裂かれたように破壊される。
――やはりいつしか聞いた噂通り、これはアンチフィールドでも効果無しなんですね。
時の使者の特殊能力は、未知な物である。
天皇陛下に認められ、授かったこの力。
今この力を、自分の力の為に使う。
国家、天皇陛下に反逆するかのように。
私は、反逆者だ。
まぁ、正直国家には飽き飽きしていたから良いんですけどね!
私は息を止めたまま、駆け出した。
息を止めたまま行動となると、動きの激しさにもよるが、厳しく見積もっても約5分は持つだろう。
それまでにここを脱出すれば、私はフェレンに新しい命を授ける事ができ、病気も完治出来るのだ。
目の前に現れる鉄の扉。
眩しく火を噴く、縦横無尽に飛んで来る銃弾。
トランプで鉄の扉を真っ二つにし、銃弾を防ぐ。
私の特殊能力は、最強の矛であり、最強の盾となる。
トランプを両手に一枚ずつ手に握り、私はナイフのように振るう。
何もかも防ぎ、何もかも壊す。
風のように快走していると、とある鉄の扉を壊した先、液状の雨が室内で降っていた。
その雨が地に落ちると、熱したフライパンに水を入れた時のような音を奏でるように鳴らしている。
――酸性の液体を降らしているのか。
このまま通過しようとすると、一瞬のうちに身体が溶けてしまうだろう。
だが、それも直ぐに解決案が浮かび、それを実行する。
私は時の使者のスーツを脱ぎ、シャツだけになった。
脱いだスーツを頭に被せ、その全身に纏っている服という物質自体の時を止め、どんな干渉も受け付けぬ無敵の服装となる。
その格好で私は酸の雨を全身に浴びて、逃走を続ける。
酸の雨を抜けると、元通り服を身に纏いまた暫く前進。
今度は地面の足場がなくなっているフロアに辿りついた。
こちらにマシンガンが向けられており、身体全身の力を使い、一気にここを走り抜けないと厳しい。
私は懐からナイフを数本取り出すと同時に足場の無いフロアに向かって投げ、人工的に作られた硬い壁に突き刺した。
その作業を、銃弾を避けつつ何度か繰り返すと、私は動きを失速させずにナイフの上に飛び乗って渡って行く。
この使い方は結構手馴れたもので、移動手段としては便利である。
時を止められれば空中でナイフを止め、その上を渡っていけるが……アンチフィールドの為それは使用できず、今回はこのように予定を変更させた。
――もうすぐ地下の出口か。
私はより一層周囲に気を配り、集中させながら駆け抜ける。
息をするのもぐっと堪えたまま。
私はナイフの上を駆け巡りながらも、鉄の扉で道を塞いでいる障害を、トランプでまた壊す。
――後は一本道のみ。
思考が一瞬、脱出成功と過ぎった時。
急に身体が感電し、激痛がはしった。
「うぐががががががっかああああああああ!!」
最後の一本道に張り巡らされた高圧電流。
服が焼け、肉や骨すらも電流が流れ込んでいく。
皮膚が焦げ、痛みによるショックで意識が朦朧としてきた。
――こんな所で死ぬのか、私は……。
死に際のせいなのか痛みが失って、冷静になってきていた。
死ぬ前とは、こんなにも心が穏やかになれるものなのか。
それとも私が特別なのだろうか。
まぁ、どっちでもいいよ。
これが主人(国家)に逆らった飼い犬の末路ってことなのかもね……。
私は瞳を閉じて、深い眠りにつく事にした。
「――サバイヴ」
耳に声が響き渡り、私は大きく目を見開いた。
声が聞こえた。
彼女の声が。
笑顔が見えた。
彼女の笑顔が。
――そうだよな。
此処で死んだら、あの子との約束……。
「破ってしまう事になるからなぁ!」
私は両腕を広げ、再び襲ってきた痛みを堪え、意識を集中させる。
私の特殊能力は、その物質自体に触れていないと発動出来ない。
だが私はその物質に今、身体全身に触れている!
私がそう思い立つと、バチバチと火花を鳴らしていた音が消失し、飛び交う電流の物質自体が活動停止した。
収まったか……。
私は一部が焼け焦げてしまった髪や服を気にもせず、飛び交って止まっている電流の合間を縫うようにして進む。
身体は既に致命傷一歩手前までボロボロになっており、毒ガスまで吸ってしまっている。
私は急に喉から溢れ出てくる何かを感じ、それを吐き出すと地面に紅い液体が流れ落ちた。
酸と血生臭い匂いが合わさり、不快感を装う。
これは、もう長くは持ちませんね。
責めてフェレンの元まで、この賢者の石を持っていく。
それが私の最後にすべき事だ。
――結局、フェレンとの約束を破ってしまうな。
私はそれだけが哀しく思えていた。
ハハハ……。
あいつの言ってた通り、私は3回分の馬鹿なのかもしれないな。
地下から抜けると、沢山の警官が私を見て驚愕している。
あそこから生きて帰ってくるなどとは、思ってもなかったのだろう。
「何をぼーっとしている! 奴を捕らえろ!」
警官の誰かがそう叫んだ。
こっちに前方から盾を構えている者が接近し、後方から銃を構えている者が見えた。
私をどうしても捕らえようとするつもりなんだろう。
――もう、アンチフィールド外に出たな。
「ゲームセット。私の勝ちですよ」
私が呟くと、静かに時が止まった。
感想スペース
コメント欄: