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かの「宝蔵院流槍術」で知られる宝蔵院家の八代目院主。宝蔵院家は高名な僧侶を排出して来た名家である。日本のフィクサーである御前直下のアサシンの一人であり、彼自身も政界の大物政治家と親交がある事から「高野町の怪僧」の渾名で呼ばれ政界にも一定の影響力がある。かつて高野山真言宗総本山の金剛峯寺にて宿老を務めていたが、境内でのいざこざの際に半グレ1人を殺した事がバレて破戒されたという。
既に破戒されて仏教の世界から引退しているため髪を伸ばしており、中性的にも見えるかなりの美形。そのため女性人気は非常に高く、御前が「こんな僧侶がいてたまるか」と突っ込む程。ロシア、フィリピン、日本の数多くの大学の客員教授・非常勤講師の肩書きを持ち、医学博士号まで取得している。宗教は人を差別しないとの自論から思想信条・職業を問わずヤクザからハイジャック犯に至るまで、あらゆる人から相談を受けているという。昭和42年に宗教法人「波切り不動慶福寺」を設立。昭和46年、学校法人慶福学園を設立し幼稚園等を経営。翌年に「百万枚護摩行」達成行者となる。
悟りの思想に傾倒しており、御前直下のアサシンの中では明鏡止水とも言える程に冷静沈着な性格かつ戦闘中でも感情を一切出さず、感覚のみを研ぎ澄ます。ある意味では主君への忠誠とアサシンとして必要最低限の感情しか持ち合わせない冷徹な性格であり、一癖も二癖もある性格の者が多いアサシンの中では意外にも数少ない正統派のアサシンタイプと言える。必要の無い時以外は常に黙って思考を殺し、全ての感覚を周りの流れと音のみを把握する事に割く「無我」の境地を往く。貴利矢曰く「ボーッとしてる様に見えて周囲の環境全てを把握してる」。仏門の修行で極限にまで研ぎ澄まされたその感覚は僅かな空気の流れから攻撃を読み取り、匂いや視覚で毒物の有無から種類まで見極め、気配で敵の位置や人数を把握するなど僧侶としての優れた特性を殺生に使うという業の深い人物。そして皮肉にも僧侶のスキルを活かせるのがアサシンとしての仕事であった。また、生まれ持った槍術の才能から「生命のやりとり」を求めており、強敵相手の激闘を誰よりも好む御前アサシンの中でも相当な戦闘狂。
歴代の宝蔵院家どころか槍術界において「槍法の神に入る者と謂うべきなり」と称される宝蔵院流槍術の使い手で「突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌」と表現される確実に命を奪う武器・宝蔵院流十字槍を得物としている。実際にはこの評価は十字槍ではなく宝蔵院流の強さそのものを指した言葉で、その評価通り変幻自在の攻撃*1、槍構えは大山をして「隙が一切無い」と言わしめ、異次元の腕力から振るわれる薙ぎや突きは至高のパワーとスピードを兼ね備えている。またディフェンス力の高さに定評があり、曰く「如何なる死合でも2撃以上は喰らった事がない」。これは相手の身体を一点ずつではなく全体をぼんやりと見るように凝視する事で相手の攻撃に確実に対応しているかららしい。
台詞
- 「我らを待つは華やかなる血塗られた日々か…心が躍る」
- 「御前を狙う悪因よ。貪欲の報いは命を失う道なり…」
- 「人は必ず死ぬ。私は人の死を早めているだけのこと」
- 「あらゆる状況を、時に己の命を業火にさらすような状況を乗り越えてこそ『心』は充実を知る」
- 「一枚の葉に囚われては木は見えん。一本の樹に囚われては森は見えん。どこにも心を留めず見るともなく全体を見る。それが「見る」という事だ」
- 「人は存在するモノが5%しか見えていない。この世に誰でも光を持って生まれてくるが玉も磨かざれば濁りうる。それを光り輝くものにするか曇って暗くするかが今生の分かれ道よ」
進化異能【獣王之巣】
結界内に取り込んだ生物を「混沌の獣」として操る異能。混沌の泥で対象を呑み込む事により、自らの体内に取り込んで使役する。繰り出された獣は例え殺されても『混沌』として体内に還元され復活する。獣と言っても哺乳類ばかりでなく鳥類や爬虫類、果ては昆虫・魚類に至るまで、ありとあらゆるモノが飛び出してくる。彼は今まで取り込んだ666の獣の因子と同数の命を持っている為、666の全ての命を滅ぼさないと何度でも再生し復活する。
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Tag: 帝愛 あべを