イベント/夜天の竜祭

Last-modified: 2012-08-23 (木) 17:55:51

シナリオ/世界移動シナリオ-中世聖騎士編のイベント。


夜天の竜祭

震えの空

永遠亭よりもやや300メートルほど離れた夜空。
そのひんがしの空に黒い雲が渦巻いていた。

 

雲は蛇がもみくちゃに絡まる様に交わっては千切れ、交わっては蠢き、やがて、一つの形を作ろうとしている。

 

竜だ。

 

雲の体を持つ八首の巨竜。

 

その竜の姿を直接見た事のあるものは全くいないと言っていい。
ただ、知る者は知っていた。
自分が、自分の親が、その親の親が生まれるよりも大昔に、八つの首を持つ竜が大暴れしたことを。
いつかしら御伽話となり、語られるようになったその姿を。

 

その竜はオロチと呼ばれていた。

 

全身を激情に震わせながらオロチが顎を開き、空へと先端を向け、
直後、八重の吠声をあがった。

 

咆哮が響き渡り、雷鳴が夜空を奔る。

 
 
 
 
 

不快な気配を喰い殺しても『それ』の心は晴れなかった。
逆だった。
喰い殺した瞬間に、それの記憶が『それ』の中に巡ったのだ。

 

ひどい生き様だ。
己に溺れて、破滅していく人生を見、そう思った。
そして駆け巡る記憶の中に『それ』は見た。

 

それが冴月の人間を害するところを。
堪え切れぬ怒りを糧とするかのように黒い澱が広がる。

 

『それ』は、もう己自身を御する事が出来ないほどに怒り狂っていた。

 

既に約束は破られた。破られてしまった。
怒りを抑える堰はもうない。支えはもうない。
『それ』は、このまま忘れ去られるだけだ。

 

『それ』の体が怒りと畏れに震えた。
感情に突き動かされるままに、声を上げる。

 

それは嘆きと憤怒の声だった。

 

もうどうなってもいいと。
忘れ去られるくらいなら、怒りの儘に全てを壊してしまおうと。

 
 

咆哮に歓喜するように、黒い澱が更に『それ』の意識に広がった。

前身の意味

永遠亭の外から見えた空には、八叉竜の形を持った黒い雲が渦を巻いていた。

 

な、なんだあれ……!?
「この地下深くに眠っていたオロチの意識そのものよ。でも……」
「見ての通りだよ。黒だ、真っ黒。前に暴走した時はあんな色じゃなかった」
黒い姿を見、麒麟を思い出す。確か、麒麟も本来はあんな黒い姿ではなかったというが。
……輝夜姫はオロチもまた『穢れ』ているかもしれないと言った。それが本当の事だとしたら、もしや……
「ああ……とても面倒な事になった」
「……」

 

輝夜姫が夜天に蠢くオロチを睨み、妹紅が暗い表情を浮かべ、数秒後に、永遠亭が騒がしくなった。
何事かと目を向けると、入口からふらりと、こちらに近寄る姿がある。

 

「……オロチが、……怒ってる?」
麟だ。
そして永淋が彼女の後を追って姿を現した。
「無茶をしないで。まだ病み上がりなのに……!」

 

「麟殿、まだ具合が……!」
「もう、大丈夫です……少し眠ったら、体が随分と楽になりました」
そして、吼えるオロチを見あげ、
「……『約束を破ったな』」
え?
「オロチは、そう言っているみたいです」
「……いつの間に竜の言葉が聞き取れるようになったんだ」
約束って……輝夜姫が言っていた、あれの事か?
「ええ。でも、それを知っているのは冴月の始祖だけだった」
「いいえ。……私も知っています」
その場にいた全員が麟を一斉に見た。

 

どういう事か、仔細を聞いた。
それをただの夢だと笑う者はいなかった。笑う余裕もないが。

 

「……まさか、オロチに直接伝えるの? 『まだ約束は途絶えていない』と」
輝夜姫の声に、麟は頷いた。
「そのつもりです。そのうえで、オロチに取り付いている穢れを取り除きます」
「今のヤツにまともに近づいてみろ、吹き飛ばされるのが落ちだぞ!? 死ぬつもりか……!」

 

妹紅の言葉を聞いて、麟は一瞬顔を曇らせたが、
「死ぬつもりなんて、ありません」
微笑んで、振り払った。
「まだ、やりたいことも沢山ありますし……死んだら、それこそ先祖があの竜と交わした約束を破ってしまいますから」
そして言った。
「死にに行く為に進むのではなく、伝える為に進みます。あなたが名づけてくれたこの姓が、今も絶えずに続いていると。だから、恐ろしく思う事はないと、あの寂しがり屋な竜に伝えるんです」

 

「私はその為に、生きて前に進みます」

 

麟の言葉を聞き終えた輝夜姫が溜息をついた。
そして、
「持って行きなさい」
どこからか一振りの刀を放り投げた。麟はそれを片手で受け止め、見る。
「これは……」

 

「制御機だった十握剣が駄目になった代わりよ。銘は布都御魂
抜かれた刀身は、夜の闇の中でもはっきりと煌めいていた。
「その銘の「ふつ」は「断ち切る音」を示していてね。
そこから転じて、なんでも断ち切る願掛けが為されているそうで……
……気休めかもしれないけど、それならオロチに取り付いている穢れを絶ち切れるかもしれない」

 

「姫様……ありがとうございます」
「ううん。……此れぐらいしかできない自分が呪わしいくらいよ」
麟は深く一礼すると、オロチに向けて走りだした。

 

そして、
「……ゲッショー」
「はっ。御傍に」
「一人では心細い。彼女の露払いを」
「御意。御命、見事果たす所存にござる」

 

「主人公は、どうする?」
どうするって言われても、ここで逃げるわけにもいかない不具合。
「……では、ひんがしの国の姫ではなく、私一個人としてのお願いを聴いてくれる?」
言ってみるべき。
「麟を助けてあげて」
いいぞ。封印がとけられた。

 
 
 
 
 

「行っちゃったか」
「……何を言ってるんだか。お前も行くつもりだったろう。ノリノリで」
「うん。ノリノリで行くつもりだった。その前に一仕事あるけどね」

 

そして、街並みを見る。
オロチの出現に、街は混乱に満ち溢れていた。

 

「過去との対面の前に、先ずは、やることからね」

 

そして、大きく息を吸い、

 

「/sh シャウト失礼致します!」
叫んだ。

夜天の竜祭

その声は、ひんがしの国中に響いた。
『……私のこの声は貴方達の下へと届いていますか?』
それは、ひんがしの国の民にとって敬愛する人物の声だった。

 

『不可解な現象に悩んでいる事と存じます。
今、この地で何が起きているのかは、貴方達の考えている通りです。
……妖魔に望まずに起こされたオロチが、夜天の上に浮かびあがり怒っている』
町のあちこちから悲鳴が上がった。

 

でも、
『畏れないで』

 

『今、オロチを止めた人間の末裔が、月の眷属がオロチの下に向かっています。オロチを鎮めるために』

 

『もう『嘗て』とは違う。オロチは『此れから』すぐに鎮まる。……だから、怯えないで』

 

『代わりに、貴方達には一つの事をしてもらいたいの。難しい事じゃない。それは誰にもできる、とても簡単な事よ』

 

『天の岩戸に塞ぎこんだ神様然り、そういった臍を曲げた神様の機嫌を治す方法を知っている?』
それは、
お祭り。私達が喜び、楽しむ事。神様に楽しみと熱気の感情を奉納する事。
昔から機嫌を損ねた神様はそれに心を動かしているの!』

 

『だから、オロチを畏れないで。その代わりに笑ってあげて。
貴方達の笑いが、あの怒りんぼで寂しがりな龍神様にとっての、一番の好物だから』

 

『笑えない? 震えが止まらない? ……大丈夫よ』

 

その時、町民は見た。
着物を着た女性が、永遠亭の医者ともう一人の女性と共に街道を走る姿を。

 

召していた着物は豪奢かつ雅なものだったが、一部の人間にとって、その姿に心当たりがあった。
ある時は、珍しい果物を買い求めては一喜一憂して、
ある時は、近所の悪童と同世代の友人そのものの様に遊んで、
ある時は、野良猫を抱きしめようとして機嫌を損ねられ、引っ掛かれて、

 

その女性は、町の彼方此方を気ままに謳歌していた、暢気な町娘だった。
あの町娘が、あの時のように朗らかな笑みを浮かべて、声を上げる。

 
 

私、蓬莱山輝夜が此処にいるわ!

 
 

先の姫の言葉に、誰かが気付いた。
先程からオロチは暴風や稲妻を絶えず起こし、辺り一帯のものを薙ぎ払っている。
しかし、いくら破壊の波が放たれようとも、それによって家屋や建物が壊れる事はなく、そこに在った。

 

まるで、己の存在は"永遠"だと、そう言わん限りに。

 

「永遠と須臾を操る程度の能力」

 

「永遠は、あらゆる変化を拒絶する……永遠は傷が付いても永遠、そう言う事よ!」

 

オロチが身をくねらせて掻き毟る様な竜鳴を上げる。
それを号令としたかのように、街道を走り抜ける輝夜姫達の前にワームが地面を這いだした。
否、オロチの暴走に伴い活性化した龍脈の影響で家屋すらあっさり跨ぐほどに異常な成長を遂げたそれは、最早ワームとは呼べなかった。
或いは、ガルカの伝承に詳しい者ならその姿を見てこう呼んだかもしれない。
サンドウォームと。

 

永淋が走りながら弓を構え、躊躇わず撃ち放った。
しかし、アモルフの柔らかい体は衝撃を逃がし、致命傷には至らない。
「邪魔な……!」
矢を注ぐより前に、サンドウォームが鎌首をもたげてその不気味な口を開いた。
それは、全ての物体を貪り食らう前の呼び動作。
しかし、輝夜姫達は止まらず、
「止まってなるものか……!」
武器を、技を、術を構え、声を上げた。

 

そう全ての動作で物語り、サンドウォームに迫る。

 

そして激突の瞬間、
サンドウォームが、バラバラに輪切りに切り裂かれた。

 

その残骸を踏み越える様に現れたのは一人の侍。
「カイエン殿!」
それは、異国からやってきた武人だった。

 

「祭りと聞いて馳せ参じたでござる!」
祭りを見て、その風景で楽しむ事もある。しかし祭りは、参加しナンボのもの。
「そう考えた途端、血が騒ぎ、この有様にござる……! 飛び入り参加、御許し願えるでござろうか!?」
「"この"お祭りは少し荒っぽいわ? 奥さんに心配かけてない!?」
「派手な祭り程、怪我をし易いもの! ミナもシュンも、承知の上! 
夫として、父として、かっこいいところを見せるでござるよ!」

 

続いてリンクシェルから、女性らしい口調の実に逞しい男の声が聞こえてきた。
『いやねぇ、輝夜ちゃんったら。私達差し置いて祭りだなんて、水臭いじゃないの!』
その声を聞いた妹紅が、仰け反った。
『さっき、酒場のみんなが戦支度ようやく終えたところよ。今からそっち向かうわ!』
「……あれっ、美代子ママ、今日定休日じゃなかったわよね?」
『お祭りと聞いて、何もしないだなんて。オカマが、武士の魂が腐るわ!』

 

「そういうことらしいですよ?」
横から、ヨシカを伴ってセーガが列に並んだ。
口端を下弦に緩め、
「武士ではございませんが、そのお祭り、私達も飛び入り参加させていただいても?」
「……参加、していい?」

 

輝夜姫は驚いた表情で自分達に並ぶ彼らを見て、やがてふ、と笑んだ。
「止める理由なんて、無いわ」

 

街道の先に、エレメンタルが地面から大量に湧きでる。その中にはサンドウォームも幾許か姿を見せていた。

 

「私達だけが、祭りの主役ではない」
それを見て、しかし歩みは加速する。
「此処にいる、全ての人々が、祭りの華だから!」
さあ、
「謳い踊りましょう私達! ――今宵は快い祭の夜よ!」

 
 
 
  • VS.オロチ
    紅蓮の大都会月に叢雲華に風(増援後)
    勝利条件:オロチのHPを50%以下にした状態で、麟と接触させる
    敗北条件:主人公もしくは麟の戦闘不能
    備考:3ターンごとにオロチは範囲攻撃「荒天の八衢」を使用、その後天候がランダムに変化する
       また、オロチのHPは1より下まで減少しない。つまりゼロにすることはできず、倒せない。
     
    敵はエレメンタル(風)、エレメンタル(雷)、エレメンタル(水)がそれぞれ2体2ユニット。サンドウォームが2体、オロチ1体。計15体。
    対するこちらの戦力は主人公、ゲッショー、麟のみと心もとない。しかし5ターン後にひんがしの国のネームドキャラ全員が増援に入る。ここは素直に増援が来るのを待とう。
    勝利条件はオロチのHPを半分以下まで削り、その状態で麟が隣接することで満たされる。全て削り切る必要こそないが、オロチの体力は他イベントのボスに比べても非常に膨大な量を誇る。(具体的な量を上げると闇の王2体分程度)
    その代わり物理防御力自体が謙虚なので高威力の技で地道に削って行こう。オロチは正面の横3マスへ範囲攻撃を2回連続で使用してくる他、後方ダメージを受けた場合、ウィルムやハイドラ族の様に強力なカウンター攻撃で反撃をしてくる。そして3ターンごとに放射線状の範囲5マスに「荒天の八衢」を使用、その後天候をランダムに変更する。この時に天候が「突風」、「雷」、「雨」の場合、天候が続く間はオロチの能力が強化され、何らかの効果が付加される。特に「雨」の場合はリジェネが発動するので非常に厄介。幸いにもディスペルなどは効くので、使えるキャラがいればキチンと消しておこう。

己の名前

 

麟は前へ踏み込む。
その前方には怒り狂った……いや、何かに苦しんで、叫んでいるオロチがいる。

 

エレメンタルと言った障害がオロチを護る様に立ち塞がるが、それらを主人公達が切り開き、開かれて道を振り向かずに走る。
礼は言わない。暇もない。後で幾らでも言える。
それに構って、全てを台無しにする事が彼らへの一番の無礼だ。

 

だから、走る。切り開かれた道を、ひたすらに。

 

雷、突風、ブレス、ありとあらゆる殺意が掠めては、地に爆圧を生んでゆく。
若干の畏れはあった。
ただ、それ以上に心は軽く、足取りは軽快に、地を蹴る歩幅はいつも以上に広い。

 

きっと夢で見た祖先も、オロチの怒りを同じように潜り抜けてきたのだろう。
自分と同じように、オロチの怒りに僅かな畏れを感じながら、それでも自分が抱える理由の為に。

 
 

オロチが何度目になるか分からない咆哮をあげた。
――まるで、道に迷った幼子のようです。
もういい。もう叫ぶ必要も、怒りに震える必要もない。
「その為に、貴方の前に来たんです……!」

 

ついに宙を浮くオロチの真下へと到達した。
地を強く踏み締め、大きく跳ねる。
着地するは、オロチの八つある頭部の一つ、尾とそのものと一体となった竜頭、その鼻面だ。

 

異物を感じた竜頭は、鼻を突きあげ、跳ね飛ばそうとする。
だから麟は、敢えてそれを利用した。
インパクトの直前に鼻を蹴り、直後に足裏に得た衝撃をバネとして、大跳躍を果たす。

 

オロチを過ぎ、真上へと昇った。
そして、見つけた。

 

胴本体に連なる竜頭。その額にある、黒い体の中で蠢く一際黒い水晶を。
(あれが……!)

 

浮かび上がった身を下へと向け、下降を行う。
撃墜しようと放たれたブレスの散弾を悉く避け、

 

竜頭の額へと足を踏み込んだ。

 
 

「……聞えますか、オロチ」

 

口から、言葉が漏れる。

 

「忘れられかけていた約束を思い出して、今果たしに来ました。
……冴月が私に遺した、貴方との約束を」

 

だから、

 

「貴方も思い出してください。――貴方が『貴方』であった頃を!」

 

麟は自身の想いを込めて、布都御魂を振り上げ、

 

「もう、忘れられる時間は終わったんです……!」

 

穢れに叩き込んだ。

 
 

結晶が砕け、澱が大気へと吐き出される。
オロチが絶叫を上げた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

頭に走った激痛に、『それ』の意識は鮮明になった。
そして、
鮮明になった視界に最初に映っていたのは、死んだと、殺されたと思った筈の冴月だった。

 

呆然とした思考の中で『それ』は、悟る。
約束は破られてはいなかったのだと。

 

そして勘違いで危うく己から約束を破るところだったのだと。

 
 

……よかった。

 
 

怒りに全てを滅ぼす前に、愚かな己を止めてくれるものがいた。
己は取り返しのつかない事をしてしまったが、幸いにも最悪の事態だけにはならなかった。

 

『それ』は冴月の顔を覗く。
息を切らしてそれの額に腰を下ろすその姿は、あの時の冴月と全く同じだった。
違うのは、金の麦穂のような髪だったが、それでも懐かしい。

 

――な、は。おまえ、のなは……。

 

「……冴月、麟」
尋ねに、冴月は真直ぐに答えた。

 

さつきりん。

 

麟とは、麒麟の事か。
ああ、麟、麟。いい名前だ。

 

『それ』は返しとして、告げる事にした。
名すら忘れた己に冴月が教え、今となってはそれしか残されていない。
己の名前を。

 

あの時与えてもらったそれを、今、冴月に返そう。

 
 

――おろち、という。

 
 

名前を聞いた麟が目を丸くして、やがて静かに微笑んだ。
「その名前を知らないものは、この国にはいません」

 
 
 
 

……そう、か。
そうだったのか。
忘れ去られていると、そう思っていた。
それも、己の思い過ごしだったのか

 
 
 

幸せ、だ。
そうとは知らなかっただけで、己は、幸せな生き物だ。

 
 
 

――さつき。つきのけんぞくよ。

 
 
 
 

――かんしゃする。

 
 
 
 

そして、麟を下へと静かに下ろし、
己を空へと昇げた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

最早、怯えることも、怒りに陥る事もない。
そう、心からの感謝を湛えて、

 

『オロチ』は喜びの吠声を高らかに響かせた。

 
 
 
 
 
 
 
 

やがてオロチを飲みこんだ空から、静かな慈雨が降り注ぐ。
それは、オロチ自身の感涙にも思えた。