混沌とした剣戟の世界から帰還を果たし、あれからそれなりの月日が流れた。
悲しかった出来事や楽しかった出来事も、時間の流れと共に思い出へと風化していく。
ただ、その中で、ある僵尸との別れは、未だにPCの心の大半を占めていた。
そんなある日。
陰陽鉄学園 4月17日
新学期に入り、生命が息吹いて、桜が舞う季節。
心機一転、PCのクラスに転校生が訪れることになった。
新しい学友の話題一色となるクラス。
やがて、担任教師の合図と同時に教室の扉が開き、一人の少女が入る。
座席が割り振られた結果、最前列の中央に座っていたPCは教卓の前に立つ少女と向かい合う形となった。
・・・どこかで、見たことがある少女だ。
初対面の筈なのに、どこか、懐かしい・・・
担任に促され、少女は黒板に自身の名前をカツカツ刻む。
その名前を見て、
―――。
一瞬、心臓が止まるかと思った。
忘れる筈もない。
忘れられるものか・・・!
その名前は・・・!
「えーっと、み、都 芳香でーす。よろしくなー」
緊張気味ながら溌剌と笑いかける少女の姿を、PCは黙って、ひたすら凝視していた。
・・・。
「?」
PCの視線に気づき、照れなのかやや顔を赤らめる少女。
その表情を茫然と見つめるPCの記憶は、とある僵尸のことを想い返していた。
「ぐおぉぉ!やーらーれーたー!」
「オマエ優しいんだな」
困ってるリア♀見捨てるとか男として小さすぐるでしょう?…このままでは俺の財布が消費でマッハなんだが…
・・・。
気霽(は)れては風新柳の髪を梳(けづ)る
「うーん…駄目だ、昔はもっとすらすら思いついたんだけどなぁ」
・・・。
「ちーかよーるなー!」
「この町で悪さする奴は許さないわ!」
落ち着きたまえ^^
「?」
・・・。
「芳香は三度死ぬ!!
一度目は仙人として、悪霊との戦いに敗れ!
二度目は兵士として、血潮を毒に変えられて!
三度目は僵尸として…いや、この国を愛する者の一人として、この国を守るために!!」
「私、馬鹿だから分かんない!!」
「でも、でもね!!」
「私に楽しい時間をくれて、ありがとう!!」
・・・。
芳香・・・。
PCが零したその一言に、あの僵尸と瓜二つの少女は不思議そうに首を傾げた。
「・・・んー?どっかで会ったけ?」
・・・・・・。
・・・いや、なんでもないんだが?
「・・・・・・む?」
そうだ、他人の空似だ。あの芳香はこの世界の住人ではない。目の前の少女は彼女とは別人。
それに、見たではないか・・・。
自分の目の前で光と消えた彼女の姿を・・・
その光景を思い出し、思わず顔を俯かせる。
「待って」
急に少女は右手で額を押さえた。
額を抑えたまま訝しげにPCの方に顔を向ける。
「お前、本当に私とは初対面だっけ?」
えっ
「不思議だ。お前とは初めて会った気がしないんだよなぁ。
お前とはどこかであった気がする。その理由は思い出せないが・・・・・・」
「・・・そうだ、名前!名前聞かせてもらってもいいか?」
「もしかしたらなんか思いだせるかも!このままだと私の頭がモヤモヤでマッハ!はやく!はやく!」
少女のアグレッシブな発言にクラスが沸く。
随分と調子よさそうだねぇ・・・
はやい!もうフラグ立てたのか!リア充爆発しろ!
もげろ!もげてしまえ!
なんだあいつは。フラグを成立させるとはとんでもない奴だ。
いいなぁ・・・。
好奇、嫉妬、羨望。クラス中から寄せられる様々な視線を一端無視して、PCは息を吸い込む。
長い呼吸の後、暫くしてゆっくりと長い息を吐いた。
そして少女の目を見ながら、はっきりと自分の名前を告げる。
俺の名前は・・・
――――――。
「○○○・・・?」
少女はPCの名前を噛み締めるように呟く。
「・・・お、おお?なんか思いだしてきたかも?」
「うーん・・・。」
「うー・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
次第に少女の表情が、変わった。
先ほどの暢気なものから、まるで長い間探し続けていた待ち人にようやく出逢えたような、そんな・・・。
感激に撃ち震えた表情に。
「・・・・・・・・・ああ・・・。」
担任がどうしたのかと訝しげに尋ねるが、少女はその言葉を聞いてはいなかった。
その目線はPCの姿一点に集中している。
「思い出した・・・。」
少女は絞り出すように呟いた。
「ようやく・・・逢えた・・・!」
「○○○だ!また○○○に逢えた!」
世界の壁を越え、新しい生命として生まれ変わって、
僵尸の少女、宮古芳香は遂に彼の少年との再開を果たしたのだ。
・・・・・・
幾度となく輪廻転生を繰り返した。
その間、言葉では語り尽くせないほどの長い時を過ごした。
時間が異なっても、世界が異なっても。ただ貴方の姿を探し続けて。
記憶はすぐに朽ち果て、風化してしまう。
それでも私の魂が貴方の事を忘れたことは片時もなかった。
でもその永い旅もようやく終わる。
今、こうしてまた貴方と出会えたから。
延々と続いた生死の繰り返しを越えて、貴方と二人。なんて、なんて素敵な話なのだろう。