あんぐんその4だよ~

Last-modified: 2017-11-29 (水) 01:01:29

「千景さん、こんばんは」
いつものようにゲームを一緒にするために千景さんの部屋を訪れると、千景さんは本を読んでいた。
ブックカバーで何を読んでいるのかは分からないが、結構じっくりと読んでいるようだ。
私が入ってきたことにも、気づいていないみたい。
「千景さん、何を読んでいるんですか?」
読書を邪魔することを申し訳なく思いつつ、気になったので訊いてみる。
視界に映るよう、下からじっと覗き込むようにして、頬を少し膨らませながら。
来訪に気づいてもらえなかったことの意趣返しではない、決して。

「あ、伊予島さん…ごめんなさい、気づかなくて」
やっと気づいてもらえたみたい。
慌てて本を閉じる千景さんは、気づかなかった気恥ずかしさか少し頬が赤くなっている。
珍しい表情に、なんだか嬉しくなってしまった。
「気づいてくれたから、許してあげちゃいます。
それで、何を読んでいたんですか?」
えぇ、とまだどこか落ち着かない千景さん。
友奈さんはこんな千景さん、知っているのかな。
若葉さんはこんな千景さん、見たことあるのかな。
ひなたさんではないけれど、心のアルバムにまた1ページ。

「この間二人でやったゲームの、ノベライズが出ていてね…」
ペラリ、とブックカバーを外された表紙には、なるほど千景さんとやったゲームの主人公とヒロインが。
「へぇ、こういうのもあるんですね…。
でも、千景さんがこういうのを買うのって、珍しいような気がします」
ゲーム以外のコンテンツにはあまり興味を示さないイメージだったから、意外。
まぁね、と千景さんもそれを肯定する。
「何時もなら買わないのだけれど、これはゲームで使えるシリアルコードが特典で付いてくるの。
それで買ってみたのだけれど、折角買った本を読まないのもどうかと思ったから」
なるほど、購入の理由は納得。
「それで読みだしたら思いの外熱が入ってしまった、ということですね。
そういえば、千景さんが自分から本を選んで読むの、初めて見たかもしれないです」
それもこんなに熱中するなんて、と思ったことを口にすると、千景さんは本で口元を隠す。
「それは…そうね。
少し前までは絶対になかったと思うわ。
色々な本を貸してくれた伊予島さんのおかげ、かしら…」

私のおかげ。
友奈さんでもなければ、若葉さんでもない。
私の、おかげ。
「な、なんだか照れくさいですね…」
どうしよう、千景さんを見れない。
顔を伏せながら、チラリと千景さんを覗くと千景さんも先程よりも更に照れていた。
その様子が、とても愛らしい。
ええい、私だって勇者なんだから!
そう思い切って千景さんの横に座って、密着させる。
強張った千景さんの体温と、艶やかな黒髪、シャンプーの香りに胸が高鳴る。
「ね、千景さん…その小説、どんなお話なんですか?」
「え、えぇ…ゲームの前日譚なんだけど…」
千景さんの声音から、純粋に緊張しているのだと、嫌がっているのではないとわかったので、肩に頭を乗せる。
千景さんの言葉に耳を傾けながら、全身でこの時間を噛みしめる。
友奈さんも、若葉さんもいない。
勿論、他の皆も─タマっち先輩が乱入してくる可能性は少しあるけど─ここにはいない。

二人だけの夜はまだ、長い。