おままごとだよ~

Last-modified: 2017-08-05 (土) 14:17:08

「とーごーせんせー、おままごとしよー!」
園子ちゃんに絵本を読んでいる私の元へ、友奈ちゃんがとてとてと歩いてきた。
「ごめんね、今は絵本読んでるから……」
「そっかぁ」
友奈ちゃんのしょんぼりとした表情に、心が壊れそうになるほどの激しい衝撃を受ける。
すると、くいくいと園子ちゃんが私の服を引っ張った。
「せんせー。わたし、おままごとでもいいよ~」
園子ちゃんは私の膝から降りると、友奈ちゃんの手をぎゅっと握った。
「ゆーゆ、わたしもいっしょにやっていい?」
「うん、いいよ!」
ニコニコと微笑み合う二人に、思わず私の頬も緩んでしまう。
「それじゃあ、どんなおままごとをする?」
「えっとね、わたしがおとうさんで、せんせーがおかあさん。そのちゃんはこども!」
友奈ちゃんの中で既に配役は決定していたようだ。
いいよ、と言おうとしたところで、園子ちゃんが大きな声をあげた。
「やだ! わたしもゆーゆのおよめさんがいい!」
普段大人しい園子ちゃんの珍しいわがままに、少しびっくりしてしまう。
どう取り持とうかと考えている間に、友奈ちゃんはあっさりと頷いてしまった。
「わかった! そのちゃんはわたしのおよめさんね!」
その言葉に、園子ちゃんがぱあっと笑顔になる。
よほど嬉しかったのか、握った友奈ちゃんの手ごとブンブンと大きく振っている。
何はともあれ、これで仲良くおままごとができる。
「それじゃあ、私は二人の子どもを──」
「ううん! せんせーはね、わたしのあいじん!」
吹き出してしまった。
「ゆ、友奈ちゃん? 愛人って……?」
「せんせー知らないの? せんせーはね、わたしのそとのおよめさんやく!」
「外のお嫁さん!?」
友奈ちゃんもそうだが、友奈ちゃんの発言から不機嫌そうな表情になりつつある園子ちゃんも、どうやら愛人という言葉とその意味を概ね理解しているらしい。
こんな小さな子どもたちが、いったいどこでそんな言葉を覚えてくるのか……。
「ゆーゆのおよめさんは、わたしなのに……」
まずい、園子ちゃんがぐずり始めてしまった。
あわててなだめようとする私を遮り、友奈ちゃんが園子ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「そのちゃん」
「……ゆーゆ?」
「わたしがいちばんあいしてるのは、そのちゃんだよ」
耳元での口説き文句、そして──頬へのキス。
友奈ちゃんの唇が当たった場所に手を当てて呆けている園子ちゃんよりも、見ていただけの私の顔が熱くなってしまう。
「だから、そんなかおしないで?」
「……はい」
うっとりと返事をする園子ちゃんにニッコリと微笑むと、友奈ちゃんは私のほうへ向いた。
この子は……今の友奈ちゃんは、まずい。
「とーごーせんせー」
「な、なあに?」
思わずのけぞる私に、友奈ちゃんはどんどん近づいてくる。
「とーごーせんせーも、わたしがしあわせにしてあげるから……」
額がぶつかって、友奈ちゃんの瞳だけが映る。
こんな、まだ小さい女の子の目に、吸い込まれてしまいそうな──。
「とーごーせんせーのぜんぶ、わたしがもらうね?」
「……はい///」
最後に友奈ちゃんの瞳の中に見えたのは。
二十も年の離れた女の子にすっかり骨抜きにされてしまった、私自身の顔だった。