そのわしその2だよ~

Last-modified: 2017-07-10 (月) 22:44:21

須美、園子の2人は日々訓練に明け暮れていた。
バーテックスの襲撃は激しさを増すばかり。2人での戦法、戦術を一日でも早く身に馴染ませなければならなかった。
互いに決して弱音は吐かなかったが、やはり1人欠けてしまったことは様々な面で負担が大きくなる。
園子はより素早く、積極的に前に出て槍を振るい、須美は矢を射るタイミングや箇所を正確に見極めなければならない。
難題ではあったが戦いの経験を得てきた2人には越えられない壁ではないはずだ。
そんな折、安芸先生が訓練の終わりに三宝を差し出してきた。

「装備を強化するため、一時的にスマホを納めてもらいます」

とのことであった。
須美と園子は納得し、スマホを預けることにした。
強化される、ということは神樹様はちゃんと私たちのことを見ていてくださっているのだ。そう感じられたからであった。
どんな装備になるのだろう、少し期待を胸に抱いた須美の隣で、何かに気付いたのか園子が大きな声を上げた。

「どうしようわっしー大変だよ!」
「何が大変なのそのっち。大きな声まで上げて」
「だってスマホが無いんだよ!? どうやって連絡取ったらいいんだろ~!」

慌てふためく園子。
しかし、お互いの家には置き電話があるし、そもそも毎日学校で顔を合わせている。
特に必要不可欠といったほどの物でもない気もした。
隣の園子にはその程度の問題ではないようだが。

「……はっ! ぴっかーんと閃いた!」

頭を抱えていた園子がバッと顔を上げ空を仰ぎ、須美の方へ向き直る。

「交換日記しようぜわっしー!」
「……うん?」

園子の提案に理解が追いつかない須美は腕を組み首を傾げる。
連絡方法の話は一体どこに行ってしまったのだろうか。
とはいえそれを問うのは無駄骨であることは重々承知している。

「ちょうど空いてるノートがあるんよ~。これでエンジョイしよー」
「交換日記ねぇ。まぁそのっちが楽しめるなら付き合うわ」

取り出された可愛らしいノートを見て、内心自分も楽しくなってきている須美であった。

 

じゃんけんで順番を決め、はじめは須美からとなった。
夜、就寝前に机に向かった須美は白紙のノートを見つめ、はてとまた首をかしげた。

「日記って言っても何を書けばいいのかしら……1人1ページと言ったけど意外と広いわね1ページ……」

ペンを手にしてはいるものの、書き出しが決まらない。
日記といえど何でもかんでも書けるわけではない。お役目のことに関しては特にだ。
ならばどうすれば良いのか、日常生活のことについては箇条書きのメモ書きになってしまうだろうし、それでも1ページは埋まらない。
園子はどんなことを書くつもりだったのか、聞いておけば良かった。
思えば、こんなときにスマホがあればすぐに聞くことが出来たのだった。

「いけないいけない。それじゃ本末転倒だわ」

頭を振ってもう一度ノートと向き合う。
日記、つまり文章だ。そうと来れば答えは1つ。
須美は引き出しから取り出した鉢巻を頭に頭に巻き、ペンを握りなおした。

 

翌朝。
校門で会って一番に須美は園子にノートを渡した。

「はい、そのっち。書いてきたから今日はあなたの番よ」
「わぁーありがとわっしー。じゃあ夜のお楽しみにしておくね」
「たいした物じゃないから、あまり期待しないでね」

その日の晩。風呂から上がった園子は楽しみにしていたノートを鞄から取り出した。
自らの提案に反対もせず乗って来てくれた親友を想いながら、布団に寝転がる。
寝物語でも読むかのような心地で、わくわくしながら1ページ目を開いてみると。

『ミッドウェー海戦から観る我が国の戦歴と教訓』
「うわぁ」

そこには西暦の時代に起こった戦争と、その中の一海域戦闘について事実と私見を交えながらの論文が長々と書き連ねてあった。
ファンシーな女の子らしい外見のノートの始めのページとは思えないほどの力強い文字と文章。
最初に1人1ページと決めておいたのが功を奏した。
須美の性格では、制限が無かった場合にノートの枠を超えて辞典のような分厚さの論文を持ってきたかもしれない。
だが、ここまで真剣に取り組んでもらえたのだ。お返しもそれ相応の物でなければなるまい。

「よーし、書くぞ~えいえいおー」

腕まくりをして気合を入れた園子は、鼻歌交じりにペンを走らせた。

 

翌朝。
教室で挨拶を交わした園子は隣の席の須美にそっとノートを渡した。
受け取った須美は何の気なしにノートの表紙に手をかける。

「ダメだよわっしー。ちゃんと夜までガマンしないと」
「わ、わかってるわ。ついよ、つい」

一日が終わり、夜。
須美はまた机に向かいノートを読むことにした。
思いつく限りの文を詰めに詰め込んだのだ。園子ならきっと応えてくれるはず。
期待に胸を膨らませ、日記を開いてみるとそこには。

『スペース・サンチョ~コロシアム激闘編~』
「……なにこれ」

そこには園子のお気に入り、サンチョの物語が書き記されてあった。
サンチョの冒険の始まり、激しく厳しい戦いが続くであろうことを予感させるメリハリのある文章。
読者にサンチョの心境をわかりやすく伝えつつ、共感を呼ぶほどに深い起点のストーリー。
ページの最後にはきちんと、続くと書いてあった。

「なんて続きが気になる引き……さすがねそのっち……でも」

須美はノートを閉じた後、就寝し起床、登校時までためにためて開口一番園子に言い放った。

「これ日記じゃないわそのっち!」
「わっしーのも日記じゃなかったもーん。教科書みたいだったよ~?」
「うっ……だって日記と言われても何を書けばいいのかわからなかったのよ……」

ようやく、初日の夜に浮かんでいた疑問を投げかける。
それを園子はいつもの調子で軽く笑い飛ばした。

「何でもいいんだよ~。授業中にこんなこと考えてたとか、夜ご飯のあれが美味しかった~とか」
「そんなことでいいの? それぐらいなら私たちいつでも話し合ってるじゃない」
「日記で読むのはまた別腹だよー。きっとあとになって読んだら面白いよ」

なるほど、と須美は合点がいった。
その日にあったことを報告しあう、となれば交換日記は回りくどいものであるが、記録を残すという意味が付けば別だ。
積み重ねていけば、過去どんなことを自分や友人が考えていたのか気になるときも出てくるだろう。
少し気が楽になった須美は、昨晩は自分の番であったにもかかわらず日記を書いてないことを思い出した。

「今日はきちんと書いてくるわね」
「あ、待ってわっしー。ページは1枚空けて書いて」

不思議なことを言う。一体どんな意味があるのだろうか。

「1人1ページだから、ね?」
「あぁ……そうね。1人分空けておかないと何か言われちゃいそうだものね」

意図を察した須美は、ノートに一瞬目を落として鞄にしまった。
1人1ページの交換日記。ならばこれは3人で回すべきものだ。
彼女ならどんなことを書くだろう、たぶん弟や家族のことばかりかもしれない。
そんなことを授業中に思い描いていた。

 

『○月×日

 今日は境内に次郎丸三郎丸の様子を見に行った。
 二匹共元気でじゃれつきあいながら遊んでいた。
 今度はそのっちとも一緒に遊びに行きたい。猫には何をあげればいいのかしら』

 

『○月□日

 今日はわっしーとイネスに行ったよ。
 ジェラート美味しかった。ジェラートばっかり食べてるけどやめられないね、うどんと一緒だ。
 わっしーから一口もらった抹茶味はちょっと苦かったよ』

 

『○月○日

 苦いのが渋くていいのよ。そのっちもその内わかるようになるはず。
 苦いと言えばまたお母様が苦手な野菜を残そうとしていた。
 私も工夫して煮付けているのだから、少しくらい我慢してくれてもいいと思う。
 もちろん残すことは許さなかった』

 

『×月△日
 
 猫ちゃんたち可愛かったね。私にも懐いてくれて嬉しかった。
 和菓子食べてくれなくて残念だったね。でもその分私がいっぱい食べられたからそれも嬉しかった。
 今度はもっと喜ばれる物持っていこう、何がいいのかな』

 

『×月☆日

 今日は久しぶりに朝から晩まで一緒に遊んだ。
 車で迎えに来てくれるのはいいのだけど、ちょっと目立ちすぎじゃないかしら。
 あとやっぱりそのっちの選曲のセンスはわからないわ。
 オススメの曲があるから、今度一緒に聞いてみない?』

 

『×月◎日

 わっしー大変だよ!
 今日見た夢でうどんが食べ放題になったんだけど、実はうどんを運んでくるのが鬼で。
 食べても食べても鬼がどんどん盛り付けるから止まらなくて、どうしよう。
 でも夢だからいいのかな。夢ならもっと食べておけばよかったのかな。
 夢うどん、いいかも。』

 

ある晩、園子の妙な夢の日記を読んだ須美はどうにも眠気に勝てずに日記を書かないまま横になってしまった。
明日の朝書けばいい。そう自分に言い聞かせ、まぶたを閉じた。
そしてその日、妙な夢を見たのは須美も同じであった。
太陽から産まれ出てきたかのような三つの巨大な火球が、空から降りかかって来る夢。
恐ろしさと、不穏な予感に促されたのか、いつもより目覚めは早かった。
習慣から水を浴びて頭にかかった靄を晴らそうとしたが、依然として夢の光景は焼きついて離れない。
ついに敵が来るのか。それも、強大な敵が。
頭を振って水を払う。須美は既に心を決め、拳を握り締めていた。
戦いが、また始まる。

 

交換日記のことは、頭の隅に、机の隅に追いやられてしまっていた。