そのわしだよ~

Last-modified: 2017-07-09 (日) 21:52:29

「これ、わっしーが持ってて」

迫り来るバーテックスを前に園子は、自らの髪を結んでいたリボンを差し出した。
それは園子が欠かさず身につけていた代物。
微笑んで、リボンを手に取った。

 

数日前。
いつも通りに訓練を行っていた須美達は、自分たちの動きにどこかぎこちなさがある事を互いに感じていた。
その答えは明白だった。訓練が決して完全には「いつも通り」ではないからだ。
これからは2人で意識して動かなければならない。見直すべき点は多々ある。
それでも弱音を吐かず黙々と、弓を絞り槍を振るった。身体を動かしていれば少しは気が紛れるかと思っていた。
離れた位置から各方位を警戒しつつ、背中を合わせる。呼吸を正し、構えを直す。
数々の戦いを経て2人の動きは洗練されている。戦法に変更があっても、対応できていた。

「……はぁー……」

しかし、須美自身は手応えを感じつつも後ろで息を整えている園子の吐く息が長く、重いことも感じていた。
その吐息にはきっと色んな想いが篭っているはず。ならば、そんなため息をただ聞いているだけなんて出来やしない。
自分は勇者であり、自分達は3人で友達なのだから。
銀ならきっと、こういう時にこんなことを言うだろうと、口を開いた。

「勇者には気分転換も必要よね」
「……え?」

視線の先にいる安芸先生は、何も言わずゆっくりと首を縦に振った。

 

「うぅー……指が痛いよ~……もうくたくただぁ~」
「ほらそのっち、早く着替えて。せっかく時間をもらったのだから」

ふらふらしている園子を急かし、須美は素早く着替えを済ませる。乱れた髪を軽く梳いてから、パチリと髪留めを付けて準備完了。
帰ったらまた着替えて出かけなければならないのだ。行動には迅速さが求められる。
だというのに、振り返って園子の様子を見ると制服には着替えていたものの、髪をまだ降ろしたままだった。

「もう、この後出かけるのよ。早くして」
「えぇー……。あ! じゃあわっしー髪やってー」
「は?」

疲れた顔をしていたはずの園子はそう言うと、パッと顔を明るくしてリボンと櫛を手渡してきた。
お願いね~といつもの調子に戻った声で催促し、にこやかな笑顔で鏡の前に座る。
呆れたお嬢様だ。でも、悪い気はしなかった。
園子の侍女になったつもりで、そっと櫛を髪に当てる。

「可愛い櫛ね。今度借りてもいいかしら」
「いいよー。えへへ~、わっしーにやってもらうと気持ちいいなぁ」

窓から差し込む夕日が園子の小麦色の髪を照らす。さらさらと流れるように光を反射し輝いている。
絹の糸のように柔らかな手触り。櫛を通すと、引っかかるところもなくスムーズに滑っていく。
美しく透き通るような長い髪。
園子本人がどこまで気を使っているかはわからないが、これはきっと手入れの良さからだけでなく持って産まれた天性の物だろう。
少し羨ましいな、などと思ってしまった。

「ブラッシング~ブラッシング~」

調子の外れた歌を口ずさむ園子。それを聞きながら、ゆっくり髪を梳いていく須美。
穏やかで、のんびりと過ぎていく時間。
さっきまで急かしていたはずなのに、なぜだかそんな時間の流れに身を委ねてしまっている。
気付いてはいたが、何故だか手を動きを早めることは出来なかった。

「さ、あとはリボンね。……そういえばいつもこのリボンね、お気に入りなの?」

手に持った園子のリボンは、彼女が常に身につけている物。
浅葱色に染まり、両端に白いラインが走っている。

「ん~? う~んどうかな~」
「わからないの? ずっとつけてるじゃない」
「そうなんだけどね、何となく選んじゃうって感じかな」
「じゃあ他にもあるのね。他の色を試したりしないの?」
「うん、みんなね色々贈ってくれたりするんだけど、やっぱりこれが落ち着くんだな~」

キュッと結ばれたリボンを指でつまむ園子。納得がいったのかうんうんと頷いている。

「そうだっ、今度わっしーにリボン持ってきてあげるよ。きっと似合うのあるよ~」
「え? わ、私はいいわ。リボンなんて似合わないだろうし」
「そんなことないよー。お揃いにする? それとも全然違う色がいいかな」
「だから私は……。いいわもう、好きにして」

園子が提案した時、それはほぼ八割方彼女の中で決定事項となっている。
いくら反論したところで覆ることはないだろう、ならばもういっそ受け入れてしまった方がいい。
それに似合わないと言いつつ、内心少し楽しみになっているのも事実。園子の見立てに期待することにしよう。

「さて、これでもう準備できたわね。行きましょう、約束通りに一旦帰ってからあとで集合よ」
「うん! わ~いお祭りお祭り~」

夕暮れの更衣室を後にする。
気持ちがすでに祭りに向かっているからか、風に乗って祭囃子が聞こえてきた気がした。

 

「これ、わっしーが持ってて」

差し出されたことの意味を須美は問わず、手を伸ばした。
周囲の景色が切り替わっていく。自分たちが過ごす日常の壁を越えて、非日常が襲ってくる。
須美の脳裏には夢で見た光景が焼きついていて、良くない予感がずっと心を縛り付けていた。
しかしそれを顔に出すことはしない。自分達は神樹様や大赦だけでなく両親や先生、クラスメイトたちにも応援されているのだから。
ここで怖じ気づいては目の前の親友にも、もう1人の勇者にも申し訳が立たない。
リボンを受け取るのは決意の証。
彼女の身体の一部ともいえるそれを、強く握り締めた。

「髪につけないの?」

渡されたリボンを腕に巻きつけた須美を見て、園子は首をかしげた。
リボンなのだから、当然髪をまとめるものだとばかり思っていたのだが。

「戦いが終わったらつけてみるわ。似合ってたら褒めてね」
「……うんっ!」

戦いが終わったら。その言葉を、少し強めに伝えていた。
このリボンは今付けるべき時ではない。須美はあとでの楽しみに取っておこうと考えていた。
眼前に樹海が広がっていた。戦いが始まろうとしている。
武器や精霊はもちろん、何より隣にいる親友とどこかで見ていてくれる親友と、手首に巻かれたリボンが励みになる。

 

今度は園子に自分の髪を梳いてもらおう。そしてこのリボンを結んでもらうのだ。
またあの穏やかな、安らぎの時間を過ごすために。