ひなたせんせいと夏祭りだよ~

Last-modified: 2017-08-08 (火) 23:26:34

すごいものを見てしまった…

 

『いっしょにたべたいから…せーのでたべよ?』
りんご飴を一緒に食べる東郷先生と友奈ちゃん…それ自体は微笑ましい光景でしかない。
しかし…
『えへへっ、せんせーとはんぶんこ♪』
分け合っていたのだ、一つのりんご飴を。
しかも膝の上に座らせて。両側から手を重ねて、端と端から齧りあって。
お祭りの喧騒から切り離されて、その場所には2人だけの世界が広がっていた。

 

よく見知った2人を見かけたので声をかけようとした上里ひなたは、その光景に釘付けになっていた。
なんて…なんて羨ま…もとい美しい情景だろうか。
あれを自分もやりたい。若葉ちゃんと。是非に。
そうと決まれば即行動だ。自分もとびきり大きなりんご飴を購入し、今はベンチで待たせてある愛しの我が君の元へ急ぐ。

 

「若葉ちゃん!」
「ひにゃはせんせー?ほぉうしたそんなにあわへへ」
待ち合わせの場所に辿り着くと、我が君は先程与えた箸巻きと格闘中だった。小さなお口では齧り付くのにも一苦労のようで、口の周りを盛大に汚しながらも果敢に挑みかかっている。
「ああ…そんなに汚して。今拭いてあげますからね」
「いや、すこしまってほしい。いまこいつのこうりゃくほうがわかってきたところだ…いざじんじょうに…しょうぶら!」
気合い十分に再戦に挑む若葉ちゃん。くるくると箸を器用に回しながら、とうもろこしを食べる要領で次々食べ進んでいく。子供には多めに思われた量はあっという間に若葉ちゃんの口の中へと消えていった。
「んぐんぐ…ゴクン。われわれのしょーりら!!」
完食し、高らかに鬨の声をあげる若葉ちゃん。最近わかってきたが、この子は色んなものを口に含むだけに留まらず、食全般に並々ならぬ興味を持っているようだ。しかも結構な大飯食らいでもある。
打ち倒された箸巻きの前にはお好み焼き、唐揚げ、フライドポテト、串焼き、フランクフルト等を次々平らげている。
この小さな身体のどこに収まっているのだろうか…そんな事を考えていると、若葉ちゃんの視線が私の手に注がれている事に気づいた。
「ひなたせんせー…そのりんごあめ…」
「あっと、そうでした。これ若葉ちゃんと」
「くれるのか!?」
今にも飛びかかって噛り付きそうな若葉ちゃんから、りんご飴を慌ててサッと離す。もちろんあげるつもりだけど今回の目的はそれだけではないのだ。
「…くれないのか」
「あぁ違います若葉ちゃん!意地悪したかった訳ではなくて…その…このりんご飴、半分こにしませんか?」
「はんぶん…」
明らかに落胆した様子で、りんご飴を凝視する若葉ちゃん。
「もちろんだせんせー…おんぎにはむくいを。それがおかあさまにおそわったのぎのさだめ…」
決してりんご飴から視線は外さない。
「ひなたせんせーにはいつもおせわになっているから…」
あっヨダレ出てきた。
…仕方ない、か。
「やっぱりこれ、若葉ちゃんに全部あげますね。はいっ」
「いいのか!?ありがとうひなたせんせー!!いたらきましゅ!」
言うが早いがりんご飴攻略に取り掛かる若葉ちゃん。喜色一面に染まっていく表情にこちらも嬉しくなってくる。
目的は果たせなかったけれど、嬉しそうな若葉ちゃんを見られたのでこれはこれでよしとしよう。
しかし、2人で半分こを諦めた訳ではない。正攻法がダメなら搦め手だ。
流石の若葉ちゃんも満腹に近くなれば半分こを承諾してくれるに違いない。
ここにくるまでに辺りの屋台は大方把握してある。
「…若葉ちゃん?それ食べ終わったら他の屋台も見て回りましょうか?」
「やたい…たべもの!いく!」
あっという間にりんご飴に完全勝利した若葉ちゃんが進軍開始を宣言する。
「しゅちゅじんしゅる!!」

 

その日、乃木若葉は屋台全制覇の偉業を成し遂げ、上里ひなたの財布は無残に散華した。