ゆうなちゃんと東郷せんせい誕生日だよ~

Last-modified: 2018-04-08 (日) 22:47:24

「はぁ…」

 

誰にも聞こえない程度の、けれども非常に重苦しいため息が東郷の口から洩れる。
つい先日までは春の訪れを感じさせてくれた暖かな気候も、本人のテンションに合わせるかのように冷え込んでいた。
全く期待していなかったといえば嘘になる。というより期待はしていた。物凄く。
なんなら風先生まで巻き込んでそれとなくあの子に今日のことを伝えたりもした。
今日が何の日であるか伝える為に一芝居付き合ってほしいと懇願した時の風先生の呆れ顔は今でも覚えている。
優しい子だから何らかのアクションをくれるだろう、なんて我欲にまみれた姿を神樹様がみてらしてバチが当たったのかもしれない。
4月8日、自身の誕生日であるこの日。
期待していた来訪者は一向に訪れず、すっかり辺りの陽は落ちてしまっていた。

こんなことなら先生方のお誘いに素直に応じていればよかった。
あの子が来た時に一緒に食べようと用意していた、気合の入った料理たちもすっかり冷めてしまっており余計に侘しい。
今日はもう寝よう…そう思い立ったその時。東郷イヤーが、遠くに聞こえる天使の足音を捉えた。

来た…!間違いない、この元気が服を着て歩いているかのような軽やかな足音は…!
期待が確信に変わり、全身に一気に血液が回る感覚がやってくる。
急な事態の好転に心臓が早鐘を打ち、やだどうしよう心の準備が…なんて訳の分からないことを呟いて右往左往する。
とにかく、期待を顔に出さないようにしなければ。
気合い一発、自分の両頬をパン!とはたくと、東郷は玄関前にスタンバイしてその時が訪れるのを待った。

 

ピンポーン。
「こんばんわー!とーごーせんせー、ごめんくださーい!」
「あっ…いらっしゃい友奈ひゃ…友奈ちゃん。こんな時間にどうしたの?」

 

噛んだ。
いや噛んでない、セーフだろう、ぎりぎり。
なんとか顔を取り繕うと、なにやら後ろ手に隠してニコニコとしている友奈ちゃんを招き入れる。
待ち望んだ瞬間がもう目の前に来ていることを感じ、東郷の頬は完全に緩み切っていたのだが本人は知る由もなかった。

 

「えっとね~?せんせー、今日はなんの日でしょうか!」
「ええ…っと。な、何の日だったかしら~…4月8日…お釈迦様の生誕を祝う潅仏会という日だったかしら」
「かん…?」
「あ…違うわよね、そしたらなんだろう…忠犬ハチ公の日かな!あのね友奈ちゃん、西暦の日本にはハチ公っていう犬が…」
「もう~、ちがうよせんせー」

 

期待した答えが出てこなくて、朱に染まった頬をぷくっと膨らませる様子も可愛らしい。
こうして話をしているだけで、先ほどまでの陰鬱な気分が吹き飛んでしまった。
だがあまりはぐらかすのも忍びないので、白旗を上げて先を促す。

 

「降参よ友奈ちゃん。今日は何の日なのか教えて?」
「!!…えへへ~、えっとね~?それはね~?」

 

勿体を付けて身体をゆらゆらと揺らし、下から覗き込むように東郷を見上げる友奈。
どこでこんなやり方を身に着けてきたのだろう…東郷は、崩壊しそうになる理性を必死に繋ぎ止めながら答えをじっと待った。

 

「せいかいは~…せんせーのおたんじょうびです!せんせーおめでとう!!」

 

友奈はそう言うと、後ろ手に隠していた可愛らしい包みをずいっと差し伸べる。
ピンクと青のリボンでラッピングされた包みには、手作りと思われるクッキーがぎっしりと詰まっていて、包みの外まで甘い匂いが香ってきた。
まるで勲章を授与された軍人のように、恭しくその包みを受け取った東郷。
心の中が暖かなもので満たされるのを感じ、その頬には一筋の涙が伝う。
いきなり泣き出した東郷の反応に友奈はギョッとするが、今は取り繕う余裕も無かった。

 

「あ…ごめんなさいね、友奈ちゃん…。嬉しくて…先生とっても嬉しくて…素敵な贈り物を本当にありがとう…」

 

伝う涙を拭いながらようやく感謝の言葉を絞り出す。
その言葉を聞き、何か失敗してしまったのだろうかと不安に染まりつつあった友奈の顔にパッと満開の花が咲いた。

 

「よかったぁ…!よろこんでもらえて…」
「このクッキー、友奈ちゃんが作ったの?」
「えへへ…、まだひとりじゃむずかしかったからお母さんといっしょにだけど…」
「それでもすごいわ、とっても上手よ…食べてみてもいい?」
「もっちろん!どうぞめしあがれ!」
「それじゃあ、お茶も淹れなくっちゃね。友奈ちゃんもあがって?」

 

いいの?と尋ねる友奈に勿論と答え、部屋へと招き入れる。
その後は、友奈ちゃんお手製クッキーを熱々のお茶と一緒に頂いたり、食事はまだだという友奈ちゃんと遅めの夕食をとったり。
本当はもっと早くに来るはずだったけれどたくさん失敗して今の時間になったという話を聞いたり。
穏やかな時間が二人の間を流れていった。
この後に待ち受けている試練など、まるで思い当たらない程に。

食事を終え二人並んで歯磨きをしていた時、友奈があっと声を上げた。

 

「わすれちゃうところだった、今日はせんせーにもうひとつプレゼントがあります!」
「友奈ちゃんそんな、今日はもう十分すぎるくらい贈り物を貰ったわ。あんまり無理は…」
「無理なんてしてないよっ!!せんせーにはたっくさんおれいをしたかったからいいの!」

 

東郷の遠慮の言葉も満開スマイルで跳ねのけ、先生は寝室で待っててと一人荷物を置いてある居間へと消える友奈。
そうして待つこと数刻、寝室へとやってきたのはパジャマ姿の友奈だった。
真っ白な生地に桜のマークが入っており、頭には短いツノを模した飾りが付けられていて、背中には羽としっぽが生えている。
彼女のお気に入りのキャラクター、牛鬼をモチーフにしたパジャマだと東郷が気が付いたのは
可愛いの暴力に息が詰まり、再起動までにたっぷりと時間をかけた後だった。
そういえば、ウチへ来た時にクッキーの包み以外にも大きなカバンを抱えていた。あれはこのパジャマを入れていたのか。
浅い呼吸を繰り返しながら、頭の隅でどこか冷静にそんな事を考えていると
牛鬼友奈ちゃんがぼふっと音を立てて胸に飛び込んできた。

 

「はい!これがもうひとつのプレゼント!今日のわたしはせんせーのだきまくら?です!一緒にねよ~?」
「…へ?」

 

あまりの出来事に、脳が思考を停止させる。
なんだこれは…どうすればいいのだ。
ダイコンがRUNする頭を他所に、この日のために訓練し続けた体は自然と動き、友奈ちゃんを抱きすくめて布団へと誘う。
正気を取り戻した時には、ばっちりと就寝体勢が整えられていた。ふふ…見なさい、やはり最後は日ごろの修練がモノをいうのよ。
だれに対してか不明な独白をこぼしつつ、胸元の抱き枕友奈ちゃんを見やる。
恥ずかしさに頬を染めて、控えめに腰に手をまわしてぎゅっと抱き着いてくる抱き枕。
その姿に、東郷軍理性艦隊は甚大な被害を被り、もはやここまで、最期はお国のためにこの命捧げんと特攻の構えを取りつつあった。

 

「…どう?せんせー…。そのちゃんがね?プレゼントならこういうのがいいって教えてくれて…喜んでくれた?」

 

そういって耳元で囁く友奈ちゃんの声に、プンッと何かが切れる音が重なるように聞こえてくる。
ありがとう皆さん、ここまでよく戦ってくれました。最期まで立ち向かったあなた達の有志は未来永劫語り継がれるでしょう…
暁に沈みゆく艦隊をしっかりと目に焼き付け、震える声で降伏の知らせを読み上げる。
我々は敗北しました、しかしこれは終わりではない。…受け入れましょう、そしてここからまた始めましょう。
これは我々の新たな…

 

「せんせー…おたんじょうびおめでとう。大好きだよ…」

 

あっ…。