ゆうみも バレンタインあふたーだよ~

Last-modified: 2018-02-14 (水) 12:17:16

「友奈ちゃん…大好き」
「私も…。この世で一番、東郷さんが大大大好きだよ」

 

学校の屋上で二人きり。二月の風は身を裂くように冷たかったが、今の東郷にとってはまるで苦にならない。
先程、お互いの気持ちを確かめ合った最愛の人がくれたホットチョコレートで体の芯はぽかぽかしているし、
一枚のブランケットに包まれ身を寄せあって、肩越しにお互いの体温を感じていたから。

 

今回の企画を聞かされた時、東郷の心中は不安と焦燥で嵐のように荒れ狂っていた。
全員必ず2人以上にチョコを渡す事。そのうち1人は今まで渡したことの無い人にする事。それが今回の決まり。
友奈ちゃん自身がチョコを贈りたいと考え選んだ人が誰なのかを聞くのはとても恐ろしい。
他の誰かが限られた選択肢の中から友奈ちゃんを選び、その気持ちに彼女が応えてしまうのが怖い。
それにもし、友奈ちゃんの選ぶ2人の中に自分が入っていなかったとしたら…
今日のために慣れない洋菓子を作っている時も、今日1日をみんなと騒がしく過ごしている間も、ずっとずっと頭の中は不安な未来予想の堂々巡りだった。

 

だから、今こうして身を寄せ合い、お互いに気持ちを伝え合えた事が無性に嬉しい。
私が贈った、2人の写真を転写したチョコレートをどうやって傷つけずに食べようかと四苦八苦している友奈ちゃんを眺めながら、ホットチョコレートをもう一口。
身体の中にじんわりと広がる暖かさを感じながら、この甘やかな時間がずっと続けばいいのに…と東郷は願った。

 

日が沈み、ホットチョコレートも残り半分ほどになった頃
そういえば、と友奈が顔を上げ東郷へと向き直る。写真チョコは器用に2人の顔だけが残された状態になっていた。

 

「東郷さん、ここへ来た時凄く急いでいたみたいだったけれど…何かあったの?」
「それは…若葉さんに全員を至急集めるよう…言われていて…っ!?」

 

そうだった、自分は人員招集を任されていた最中だった。
サッ…と血の気が引く音が頭に響く。あれからどれくらい経っただろうか。
あたりは陽が落ちてすっかり暗くなっており、屋上を照らしているのは一本の外灯だけだ。
とにかくすぐ戻らなければ。

 

「友奈ちゃん、部室へ急ぎましょう。みんな待って…」

 

そう声を掛け、友奈ちゃんの手を取って立ち上がろうとする。
けれど、私は立ち上がる事ができなかった。予想外な方向からの抵抗があり、よろめいて尻餅をつく。
友奈ちゃんに引っ張られたのだと理解した時には、すでに馬乗りになって組み伏せられている状態となっていた。

 

「ゆ…友奈ちゃん…?」
「ねぇ…東郷さん。私ね、園ちゃんから今回のイベントのことを聞いた時、絶対こうしようって決めていた事があったの」

 

外灯の明かりが逆光となり、友奈ちゃんの表情を伺うことはできない。
するり…と伸びた友奈ちゃんの手が私の手に重なる。
自然と、指を絡めあうようにお互いの手を握りしめる。

 

「…なにを、決めたの?」
「チョコを渡すのは2人って決まりだったけど、好きって気持ちと一緒に贈るのは1人だけにしようって」

 

夕刻よりも更に冷え込んだ空気が、友奈ちゃんと私の吐く息を白くする。
友奈ちゃんの身体の熱と重みを感じながら、じっと友奈ちゃんの瞳を見つめる。
ゆらり…と瞳の奥の光が揺らめいているように見えた。

 

「私も…。私も同じだよ、友奈ちゃん…」
「うん…知ってる。すっごい嬉しい…」

 

私の返答に満足げな友奈ちゃんが、耳元に顔を寄せて「もう少しだけこうしていたいな」と囁く。
それから頬に、首筋に、鎖骨にと友奈ちゃんの口が触れていく。
外は寒い筈なのに、どんどんと体温が上がっていくのを感じる。
じっとりと汗ばんだ掌をぎゅっと握り返しながら、私は空いた方の手を首に回して肯定の意を伝えた。
影になって見えない筈の友奈ちゃんの顔が、艶めかしい表情に変わっていくのを吐息で感じる。
外灯に照らされ、長く伸びた2つの影が重なって1つになる。
そのっち、みんな…待たせちゃってごめんなさい。もう暫く戻れなさそうです。

 

「友奈ちゃん…大好き」
「私も…。この世で一番、東郷さんが大大大好きだよ」