わし園銀東園だよ~

Last-modified: 2017-07-15 (土) 19:38:18

「ミノさんの3分クッキング~」
「3分じゃ出来ないぞ園子」

讃州中学の調理室に集まったのは銀、園子、須美の3人。
前に話し合っていた料理教室を今やろうすぐやろうと園子が言い出し、急遽開催にいたった。
食材を近所に買出しに行き、それぞれエプロンを身につけて準備は万端。
ちなみに銀はイネスに行きたがっていたが、距離と現状から諦めてもらうことになった。

「はいっ、ミノさん先生! 今日は何を作るんですか!?」
「今日は簡単で美味しい、カレーだ。これだったら園子にもすぐ覚えられるぞ」
「わーいカレーだ~。わっしー先生も好きだよね、カレ~」

そう問いかけると、食材を手にした須美はキッと鋭いにらみを返してきた。

「そう、カレー。カレーは西暦の時代に我が国の海軍でも糧食として採用されたメニュー……しかし!」

叫んだ須美は醤油瓶と砂糖の袋を堂々と掲げた。

「私は和食を推し進める鷲尾須美! 同じ食材を使って肉じゃがを作るわ!」
「お~肉じゃが! 肉じゃがも美味しいよね、ね? ミノさん」

振り返った先にいる銀は腕を組み、不敵に笑った。

「あぁ肉じゃがも美味い。けどな、カレーの力には勝てないぜ須美!」
「和の煮物こそ料理の王道! それを教えてあげるわ銀!」

園子を挟み、鍋を前にして2人の間には火花が散った。
勝負好きな銀と頑固な須美の2人ではどちらかが折れるということもない。
ここに料理教室改め、料理勝負の火蓋が切られた。

「2人ともー。お料理教室は~……?」

 

カレーに取り掛かった銀は、まずタマネギをみじん切りにして鍋で炒めはじめた。
先にひいたバターが焦げないように気をつけつつ、中火でじわじわとタマネギが狐色になるまで。
その間ににんじんジャガイモの皮を剥き、大きさをそろえて一口大に切る。
そしてメインを飾る牛肉を切りそろえて鍋に投入。少し後ににんじんとジャガイモも加えて炒める。
焼き色が付いたら水を入れて沸騰するまでしばし待つ。

「あとはアクを取ってルーを入れて煮込むだけ! どうだ園子、簡単だろ?」
「わ~すごいねー。このままでも美味しそうだよ~」
「いやいや、まだ何の味もついてないぞ。さて、須美先生の方はどうかな」

須美は振り返った2人の顔を見て、自信ありげに腕を組んだ。

「手軽さならこちらも負けてないわ。見てなさい!」

まな板の上に切っておいてあった食材を順番に鍋に入れていく。
こちらも銀と同じくタマネギから炒めていくが、くし型に切ってある。さらに牛肉、にんじんジャガイモと次々に炒め合わせていく。
充分に火が通ったことを確認したらだし汁を注ぎいれ、こちらも沸騰まで待つことになる。

「さぁ、これでアクを取った後にしょうゆ、みりん、砂糖で味を調えれば完成よ。どうそのっち、肉じゃがも簡単よ」
「おぉー。今のとこあんまり見た目に変わりが無いよー。ここからどうなっていくのかな~?」

わくわくしながら両方の鍋を見比べる園子。そんな園子の上で2人は再び火花を散らせていた。
しばらく経って互いに仕上げに入る銀と須美。
かたや火を止め、ルーを溶かしいれて弱火でコトコトと煮込む。
もう片方は調味料を適量加えて落し蓋をして同じく煮込みに入る。
それぞれの鍋はグツグツと音をたて、それぞれに食欲をそそる匂いをたて始めた。

「そろそろ完成よ。さぁ、どうそのっち!?」
「園子、どっちがいいと思う!?」

審判を委ねられた園子は指をあごに当てて、長く考え込みためこんだあと。
いつも通りパッと顔をあげ、ピッカーンと閃いていた。

「せっかくだから、先輩たちにも食べてもらお~」

銀と須美の勝負のことは、頭の中からどこかへすっ飛んでいってしまったらしい。

 

お誘いに来たのは小学生の園子、今は園子ちゃんと呼ばれている女の子だった。
誘われたのは中学生の園子、そして東郷の2人。
ちょうど園子の部屋で何の気なしに過ごしていたところだった。

「お料理って……須美ちゃんと銀の?」
「そうだよ~。とっても美味しそうだから、みんなで食べたいなぁって思ったんだー」
「……そう」
「わっしー……」

無邪気な園子ちゃんの言葉に対して、東郷と園子は表情に陰りを見せていた。
自分たちが見ることのなかった、叶うことのなかった未来が、ここでは実現している。
それは彼女らがまだ自分たちのたどる道を知らないことの証明であり、今ここに存在している銀がまさしく本人である証でもある。
あの日、焼きそばを食べながら交わした約束が実を結んだのだ。
東郷は拳を握り締め、こみ上げるものをすんでの所で抑えていた。

「大丈夫よ、そのっち……ありがとう園子ちゃん。すぐに行くから、待っててもらえるかしら」
「りょーかい~。じゃあ待ってるから、すぐ来てねっ」

小さな園子は手を振り、廊下をパタパタと駆けていった。
残された2人はなかなか言葉が出てこなかった。
この世界は神樹に内包された世界。だからこそ、東郷と須美、園子2人は同時に存在してしまっている。
未来を知っている自分たちが、まだ何も知らない彼女たちに深く関わっていいのか。深く関われるのか。
東郷の中では未だ答えは出ていなかった。

「いいのかしら、そのっち。私こんなこと……思いも寄らなかったわ」
「そうだね~……。でも、いいんだよきっと。今は特別だから、なにも気にせず楽しんだっていいんだよ」
「うん……そう、ね。そうよね……行きましょう、お待たせしたら悪いわ」

自分に言い聞かせるようにつぶやいた東郷は立ち上がり、心を落ち着けるように息をついた。
そんな東郷に、園子は待ってと声をかけた。

「そんな顔じゃ心配されちゃうよわっしー。顔、洗っていこ?」

目の端に熱い雫を感じた東郷は振り返り、園子の顔を見てくすりと笑った。

「そのっち、あなたもよ」
「えへへ……じゃあ一緒にいこ~」

複雑な感情は一旦心の奥底に押しやり、2人は互いに笑いあい部屋を出た。

 

銀たちはカレーに肉じゃがというちぐはぐな献立で出迎えてくれた。
須美と銀は何かを言い合いながらも互いの料理に舌鼓を打っている。
そんな2人に挟まれた小さな園子は終始楽しそうに笑っていた。
東郷たちはゆっくりと、普段はしないおかわりまでして料理を味わった。
今のこの幸せな時間を料理と一緒にかみしめるように。