イベ後のなつ風だよ~

Last-modified: 2017-11-15 (水) 20:42:18

「あー……びっくりしたぁ……」
銀の結婚式も無事に終わって、一安心したところで片付けながら独りごちる。
一体なんだったんだろう。私犬吠埼風の心にあるのはその疑問である。
起こったことは至極単純だけど、その内容があまりにもなんと言うか……ショッキングと言うか。
「なんのつもりだったのかしら……」
棗は何を思って急にあんなことを言い出したのだろうか。
そりゃあ?私は家事だって料理だってそりゃもう慣れたもんで、同年代のそこらの女子には負けてるつもりはないけど?
ギャグで言ってる女子力云々だってホントにあるんだから。でも……
「ストレートなのに弱いのかしら、アタシ……」
いつも、自分でも茶化してなるべくそういう扱いになるのを避けて、しっかり脳筋プレイしてたつもりだったけど。
やっぱりアタシも女の子で、褒められるのは嬉しいってコトかしら。
勇者部にあんなタイプの子は……いないものねぇ。
「はぁ、ガラにもなくマジで焦っちゃったわ」
お陰で凄い奇声あげちゃった気がする。
……いや奇声はいつもあげてるか。

「あ」
そんなことを思いながら片付けていたら、小さな段差に引っかかってこけてしまった。
これは間に合わないと、身体に訪れる衝撃に身を固める……が、衝撃の代わりに細く、けどもしっかりしている腕が後ろから胴に回された。
「大丈夫か?」
恐る恐る目を開けると、後ろに居たのはやはり棗だった。
……これじゃあ傍から見たら抱きつかれてるみたいじゃない!しかもアタシ腰くだけてるし!体重預けちゃってるし!
「あ、ありがと……」
ああ、ダメだ。いつもなら軽くお礼を言って冗談の一つでも飛ばすところだけど、あんなことがあった後ではいつもの調子に戻れない。
しっかりしろアタシ!
「足元には気をつけろ。風一人の身体ではないんだからな」
「っ!」
だからなんでそういうこと言うのよー!しかも耳元で言わないで!抱きしめながら言わないで!
「……き、きをつけるわ」
「……?どうした、調子が悪いのか?」
もう!あんたのせいよばかぁ!


「……ねぇ」
アタシが躓いてこけそうになったのを助けてもらった後、なんとなく別れることが出来なくて二人で並んで廊下を歩く。
隣を歩く棗を見て、そういえばアタシより身長高い子って居なかったなぁと思う。
勇者部の子達はみんな後輩でアタシより低いし、西暦組だってそうだ。若葉?若葉はまぁほら……ね?
そんなわけでアタシより背の高い棗に、娶りたいとか言われたり抱きしめてきたりとかされたら嫌でも意識しちゃうわけで。
「どうした?」
落ち着く声で返事をされるだけで何故か心拍数が上がるわけで。
「えっ……と、ほら、昼のアレは何だったのかなーって、あ、アタシを娶りたい、とか……」
不自然に言葉も途切れちゃうわけで。
「だってほら、アタシってがさつじゃない?そりゃあ家事や料理なら一通りできるけどさ、キャラじゃないっていうか……」
聞いてもいないことを早口でまくし立てちゃうわけで。
「……風」
「アタシのどこがそんなによかったのかな、って……」
「風」

「あまり自分のことを悪く言うのはよせ」
そう言って立ち止まった棗はアタシの頭を撫でて、
「娶りたいと言った私が悲しいじゃないか」
と小さく微笑んだ。その微かに夕日に照らされる整った顔はとても綺麗で。
「……」
見とれてしまった。
「深い意味は……というと語弊があるが、単純な話なんだ」
「た、単純?」
「私が結婚するなら風がいい、と思っただけだ」
「……」
……だから何でそう思ったのかが聞きたいのよ!!!
アタシの目がそれを物語っていたのか、棗はふむ、と考えると話し始めた。

「風はとても素敵な女性だ。良妻賢母と言ったのは嘘ではない」
「す、ステキ……?アタシガ?」
思わずロボットみたいに答えてしまった。
「ああ。料理や家事も凄いと思うし、実際に食べた風の料理はとてもおいしい」
「それに風は自分をがさつと言うが、敢えてそう振舞おうとしているようにも私には見える」
「っ」
参った。
「そんな風の憩いになってやりたいと、傍にいてやりたいと、そう思うようになった」
「きっと今まで自分が最年長でしっかりしなくてはいけなくて、勇者部をまとめる責任も重大で、」
そうだ。
「悩みを気軽に打ち明けられる人も少なかったんじゃないかと思ったんだ」
そうだ。少ないどころかいなかった。周りは大人ばかりで、親も居なくて、私は大赦の人間で。同年代の友達や勇者部には言える訳もなくて。

「だから……私が傍で風を支えて、きっと私も支えられて、そんな日々はとても素敵だと思ったんだ」
ああ、そうだ。
「そ、それはっ……素敵、ね……!」
「ど、どうした、風!泣くな、ほら」
あぁ、抱きしめてくれる棗のなんと温かいことか。頭を撫でる彼女の掌のなんと心地よいことか。
温かい、温かい、温かい。
「ごめん……ちょっと胸貸してもらうわね……」
「……ああ、任せろ。嫌と言っても私が風の傍にいてやる」
……全く、わかって言ってんのかしらねこの子は。
でも、今は取りあえずこうしていてもらうわ。
このぬくもりを手放してしまうほど、今のアタシは強くないから。