ミノさん登山に挑戦!だよ~

Last-modified: 2018-08-09 (木) 01:22:58

三ノ輪銀には、果たすべき目標があった。

 

それは、並み居る霊峰を次々と制覇していたあの日…次の目標まであと少しで手が届くというところで雷が落ち、無念の撤退をした時からの野望。
…いや、あの時の須美はほんと怖かった。長時間正座させられて足は棒みたいになるし、謝っても謝っても全然許してくれないし。
だがそれも過去の事。一度や二度の失敗で挫けていては険しい山脈に挑むことなど到底叶わぬ。
やがて来るチャンスをモノにする為になりを潜め、ジッと堪えてきた。
その甲斐あって本日ようやく待ち望んだ好機が訪れたのだ。

 

二年生組が林間学校へと出発し、居残り組もお泊まりをしようという話になった時にココしかない!と天啓が降りてきた。
風さんは落ち込む千景さんを慰める為に自宅へと招いてお泊りには不参加。
カミナリ様…もとい須美は棗さんと晩御飯の支度中。
そして園子はご飯の前にちょっと休憩と夢の世界へと旅立ったばかり。
そうしてターゲットの霊峰の持ち主とアタシは先にお風呂を済ませておくことになっていた。
もはや此度のアタックを遮るものは何もない。千載一遇の好機にこんな偶然があるのかと少し怖くなったくらいだが、それが逆に野望を果たすなら今と後押しするキッカケにもなった。

 

脱衣所へと入り、衣服を脱ぎ捨て臨戦態勢へと移行する。結露した大浴場の扉に手を掛けると、中からは楽しそうな鼻歌が聞こえてきていた。
…よし、やりますか!
心の中で気合一発、数々の霊峰をクリアしてきた登山家の新たなる挑戦が、今ここに幕を開けた。

 

「しつれいしまーす!杏さーん、お背中お流ししますよっ!」
「えぇっ!?ぎ…銀ちゃん!?どどどどうしたの急に!?」

突然の出来事に目を白黒させ、サッと持っていたタオルで前の方を隠す杏さん。
女の子同士なんだから気にすることないのに、と思いつつそういった細かい仕草が杏さんの女の子らしさなのだな…と感心してしまう。
自分もこういったところから磨いていく必要があるかもしれないな…と一瞬気が逸れてしまったが、今日の目的を強く思い描いてすぐに持ち直す。
本日のターゲットは濡れたタオルの向こう側。ぴったりと肌にくっついたタオルの裏から確かにそこにあるという威容を放つソレにゴクリ…と喉が鳴る。
けれどここで焦って無謀なアタックをしたりはしない。より確実に、そして怒られないタイミングを計ることが重要だ。
野望をひた隠し、なるべく意識して人懐っこい笑顔を浮かべると、銀は戦場へと足を踏み入れた。

「ああいや、須美の奴がどうせなら二人まとめてお風呂済ませた方が経済的よ!って言い出して…アタシも折角だからお背中でも流そうかと思いまして。」
「あっ…そ、そうなんだ…なんだか恥ずかしいな…」

耳まで真っ赤にして遠慮がちに俯いている杏さんの背後にすすーっと近づきスポンジを手に取る。
ここは勢いに任せて押し切るのが得策…っ!
アタシ結構上手いんですよーなんて声を掛けつつ背後を陣取り真っ白な背中に手を走らせる。
杏さんからひゃっ!?とくすぐったそうな声が上がり、細い身体がビクンッと跳ねた。
背中越しからも見える霊峰に感嘆のため息が出そうになるがぐっと堪える。今はまだその時ではない。
そうしてしばらく丹念に背中を流していると、初めは恥ずかしいよ…と消え入りそうな声で抗議していた杏さんもされるがままとなった。
けれど、恥ずかしそうにキュッと自身の身体を抱きしめている手の力は緩む気配もない。

標的はただ一つ、未知なる霊峰。
今行くか。いや、まだか。いや、今か。
慎重にタイミングを見計らうが、いざ目の前にするとどうしても躊躇が生まれてしまう。
このままでは折角のチャンスを棒に振ってしまう…そんな時よぎったのは以前入浴中の東郷さんと友奈さんがしていたとある事だった。
それは、お風呂場でのスキンシップ。
あの時は偶然覗き見るような形になってしまったが、二人ともなんだかすごく仲よさそうな雰囲気になっていた。
今あれをやれば、或いは警戒を解けるかもしれない。
ぶっつけ本番ではあったが、一縷の望みにかけて一気に踏み出す。登山家は時に大胆さも求められるのだ。

 

よしっ。と小さく声に出すと、杏さんの背中に自分の身体を密着させる。
少し冷えてしまっていた自身の身体に暖かい泡がひっつく感触は、ゾワっとするような、気持ちがいいような、奇妙な感覚だった。

「んな!?ななななななに!?なに!?」
「えっへへ、お客さん疲れてるみたいだからサービスですよっ」

突然の出来事に素っ頓狂な声を上げて大きく跳ねた杏さんの背中に、自分の身体をスポンジにするみたいにしてゴシゴシと擦り付ける。
これをするととっても気持ちがいい、というようなことを友奈さんと東郷さんは話ししていた。
そのまましばらく上下に身体を揺する運動を続けるが、ファーストコンタクト以降いまいち杏さんからの反応が薄い。
…失敗した、のだろうか。というかこれだいぶ恥ずかしい…。
無言の時間に耐えられなくなってゆっくりと身体を背中から離すと、今まで沈黙を保っていた杏さんがこちらへと振り返ってきた。

「あの…杏さん?あんまり気持ち良くなかったですか…?」
おそるおそる尋ねてみるが、そこにはいつもの笑顔を湛えた杏さん。
どうやら怒っているわけでは無さそうだ…と肩をなでおろす。
けどいまいち打ち解けた感じは無かった。いい手だと思ったんだけどな…
そうして次の手に悩んでいると、今度は杏さんがアタシの背中を流してあげると提案をしてくれた。
断るのもおかしいのでお言葉に甘える事にする。
背中を洗い流してくれる杏さんの手はとても優しいのに先の方がヒンヤリとしていて、少しだけ怖かった。

 

一通り身体を洗い終え、二人並んで浴槽に浸かる。結局あの後も杏さんが隙を見せることは無かった。
心地いい温度のお湯に当初のやる気まで溶かされていくような、そんな感覚にはぁーっと長いため息が出る。
脳裏をよぎるのは辛く厳しい挑戦の日々。
大半は東郷さんに甘やかしてもらって須美に怒られていただけな気がするが、確かにあの日々は自分の自信へと繋がっていた。
まだ…まだ終われない。
再び闘志を燃え上がらせて辺りの様子を伺う。狙うは起死回生の一手。
と、ここで一筋の光明が差した。
ここは浴槽、そして寮の決まりで浴槽にタオルは浸けてはいけない事になっている…
もしや…と思い隣の杏さんを見やると、思い当たった通り今はタオルを身につけていなかった。
こ、ここだ!ここしかない!!

 

にわかに元気が湧いてきた銀は、勢いよく杏の方へ振り返ると高らかに宣言をした。

「杏さん!!隙あり!!おりゃーっ!!」

むにゅっ。

白くてきめ細やかな肌に指先が沈む感覚。
決して沈み込むだけではない、指を押し返そうとする弾力。
いま、三ノ輪銀はまたひとつ霊峰を踏破した。

球子さん、見ていましたか。アタシは…アタシはやりました…!
勇者部全ての霊峰へと至る道を、また一歩進めた事に打ち震える。
けれど、ここで猛烈な違和感が銀を襲った。

…杏さんからの反応が、ない?
もしかして、怒らせてしまったのだろうか。
いや、下手したら泣いてしまっているかも…
人より女の子らしい杏さんの事だ、十分考えられる。
…くっ、なんてことだ。
怒られるならまだしも、泣かせてしまうのは自分としても本意ではない。

おそるおそる杏さんの顔を覗き込む。
そこにあったのは、どこか焦点のあっていない昏い瞳。
銀は、その瞬間決定的な過ちを犯してしまったのだと認識した。

ガシッと腕を掴まれ、底冷えするような低い声が銀に投げかけられる。

「ねぇ、銀ちゃん…登るだけで、いいの…?」
「へっ…!?」
「銀ちゃんが…いけないんだよ…。私、すごく…すっごくガマンしてたのに。」
「あの…杏さ」
「すごく恥ずかしかったのに、身体擦りつけてきたり…胸に触ったり」

 

「責任…とってね?」