ミノさん誘拐事件だよ~

Last-modified: 2017-09-03 (日) 21:46:46

三ノ輪銀が、戻らない。
美森がその報せを聞いたのは、強い風が吹き荒れる嵐の日だった。
銀を最後に目撃した須美の話では、夕方お菓子の備蓄を切らせてしまい買い出しに出たきり戻らないのだという。
初めは生来の世話焼き体質の所為でまた道草を食っているのだろうと気に留めなかったが、
1時間経ち、2時間経ち、日付が変わっても戻らない銀に流石に異常を感じて携帯に連絡を入れてみたけれど返事が無かったらしい。
顔面蒼白になりながら自分のせいだ、もっと早く気に掛けておくべきだったと自責する須美を宥めながら、勇者部総出で捜索に出る事を風が即断する。
胸騒ぎが収まらない。美森の勘も一刻も早く動かなければいけないと喧しいくらいに告げてきていた。

 

「東郷!どう?見つかった?」
「風先輩!…いえ、まだ。けれど足取りは大体掴めました。銀はこの街じゃ顔の知れた有名人なので…」
いつもの世話焼き体質が功を奏し、銀の知名度はこの辺りではバツグンだ。
道行く人に尋ねるだけでおおよその道採りが見えてくる。
話を総合すると、銀の目撃情報が途絶えたのは丁度未開放地域に隣接した空き家の辺りだった。
「未開放地域…!?まさか銀一人で!?」
「落ち着いて須美ちゃん、まだそうと決まった訳ではないわ。とにかくその空き家を確かめましょう?」
「東郷さん…ええ、そうですね。すみません…待ってて銀、今行くから!」
言葉では落ち着けと諭したけれども、内心は自分も荒れ狂う感情を抑えるので必死だった。
頭をよぎる嫌な予感を振り払うように、情報のあった空き家へと急ぐ。

 

「ここ…人は住んで無い筈なのに、最近人が出入りした形跡があるわね…」
「あっ、こっち!足跡が上の階段に続いてるよ!」
埃の堆積した床に残された足跡を辿り階段を上がると、閉ざされた大きな扉が待ち構えていた。
扉の取っ手にも人が触れたような形跡がある。もしかしてここに…?
「銀!いたら返事して!!銀!!」
大きな声を上げ呼びかけると、扉の向こうから消え入りそうな声が聞こえてくる。この声は、よく見知った彼女の声に間違いない。
「…ぁ。その声、須美か…?」
「銀!?そこに居るのね、よかった…無事で。待ってて、今ここを開けてあげるから!!」

 

良かった、無事だ。どうやら未開放地域で単騎戦闘に突入した訳では無さそうだ。
最悪の事態を回避できた事にホッと胸を撫で下ろし、扉を開こうとする。
しかし、中から帰ってきた返事は予想とは違うものだった。
「待って!…待って、今扉を開けるのは…」
「待てって、どうしてなの銀!?」
「だって…こんな姿……みんなに見られたら」
サッと血の気が引く音がする。銀が、、みんなに見せられ無いような格好に…?
脳裏に浮かぶのは、人懐っこく世話焼きな銀を誘う邪悪な笑み。
言葉巧みに誘導し、ここへ閉じ込めて可憐な花を手折ろうとする暴漢の姿。
服を剥ぎ取られ、全身を穢され…いつものような笑顔が消え失せた顔で力なく横たわる銀。
そんな…そんなことがあって良いはずがない。

 

美森と須美は弾かれたように駆け出し、扉を無理やり蹴破らんと行動を開始する。
もはや一刻の猶予もなかった。すぐに銀の元へ行き、寄り添ってあげたかった。
「すぐ行くわ銀!!!こんなもの…!!!」
「へっ……?いや待て、待って!!待ってって!!お願い、お願いします!!!」
「はあああああ!!!!!吶喊!!!」
けたたましい音を上げ、扉が無理矢理こじ開けられる。
果たして中へ駆け込んだ勇者部を待っていたのは、羞恥に身悶えて顔を覆う三ノ輪銀の姿だった。

 

扉の先に居たのはゴスロリ服を着た美少女。
薔薇をあしらい、豪奢なフリルがふんだんに使用されたドレスは彼女の頬のような朱色をしており
腕や首回り、頭にはより濃い赤色をしたリボンが巻かれている。
手で覆った先に覗く顔は軽い化粧が施されており、彼女本来の可憐さを殺さぬ程度に引き立てる役割を果たしていた。
見事。見事としか言いようがない。
普段男勝りな行動でともすれば男子小学生と揶揄されることもあった三ノ輪銀が、おとぎ話から飛び出て来たような美少女に生まれ変わっていた。

 

「だから…待ってって言ったのに…」
目尻に涙を湛えながら、スカートをギュッと握り締め上目遣いで抗議する銀。それが美森と須美が覚えている最後の光景だった。
「えーっと…銀?とりあえず無事なのね?一体何があったの…?」
「それがアタシにも何が何だか…落し物をした人を手伝っていたら突然気を失ったみたいで。次に気がついたらこの部屋にいて…」
誰かに連れ去られた…?冗談じゃない、それならまだ犯人が近くにいる可能性もある。
ぐっと息を飲み込み、部屋を見渡す風。
けれど、それらしい人影は見当たらない。
「あ、この部屋アタシ以外は誰も居ませんよ。というかアタシ以外には何もなくて…元着ていた服も…」
「あー…それで、恥ずかしくて外に出られないからずっとこの部屋に?」
「ハイ…面目無いっす。携帯は家に置いて来ちゃったし…」
話を聞けば、気がついた時にはすでに一人で、帰ろうと思えば帰れたらしい。
なんて人騒がせな…
けれど、誰かが銀を攫ったという事実に違いはない。
単に銀が偶々そこにいたから狙ったのか、それとも銀が勇者と知っての犯行か…
いずれにせよ、暫くは皆に警戒をして貰わなければならない。
拭えない不安感に苛まれながら、風は苦々しげに夜空を見上げた。

 

犯人不明の謎の事件は心的重傷者1名、身体的重傷者2名で幕を閉じた。
未だに犯人は見つかっていない。
犯行を見ていたのは、夜空に浮かぶ12日目の欠けた月だけだった。
「素晴らしい出来でした…やはり素材がいい。次は誰にお願いしましょうか…♡」