ミノわしだよ~

Last-modified: 2017-06-18 (日) 16:31:27

「なぁなぁ須美さんや」
「なぁに三ノ輪さん家の銀さん」

放課後、夕暮れが夜に染まり始める帰り道。静かな通学路を須美と銀は並んで歩いていた。
授業中に寝始めてしまった園子が起きるのを待っていようかとしばらく居残っていた結果、こんな遅くになってしまった。
しかも園子は結局起きることなく、家から来た迎えに抱えられて帰宅する始末だった。
明日朝一番に注意してやらねば、須美はすでに説教の算段を立てていた。

「ちょっと寄り道していかない? 公園に行きたいんだよね」
「ダメよもう遅くなんだし。お家の人が心配するわ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだって。へへへ実は見せたいものがあるんだー」

いつものように悪戯っぽく笑う銀。この一見無邪気に見える笑みの裏には必ず企みが隠されている。
表情の読みやすい親友のこと、本人が気付いているかはわからないが罠は見え見えである。

「……見せたいものって?」

まんまと罠にかからぬよう探りを入れるべく先を促す。
すると銀の笑みはますます面白そうに顔中に広がっていく。

「それは見てからのお楽しみだって。いいだろ? すぐに終わるからさ」
「仕方ないわね……本当にちょっとだけよ」
「やりっ、さぁさこっちこっち!」

須美は慎重に足を踏み入れたつもりだが、銀の方はしてやったりと言った顔だ。
腕をグイグイ引っ張られて通学路から外れた小さな公園へ。
一体何が待ち構えているというのか、用心しつつ付いて行く。
街灯の薄明かりに照らされたその公園は滑り台とブランコ、砂場が一つずつあるだけの簡素なものだった。
最低限公園と呼べる体をなしたそこに人影は1つもなく、寂れた感じも相まって少し不気味だ。

「ねぇ、銀。早くして、もう夜になってしまったわ」

すでに日は完全に落ちてしまい、闇は濃くなる一方。付近の住宅からは明かりと夕食の匂いが漏れてきている。
お役目のことがあるから多少遅くなってもお咎めはないだろうが、それでも限度はある。
それは銀も同じことだろうに。

「待ってって、確かここらへんに……」

須美の心配をよそに銀は公園の周りを囲う植え込みの中に入っていく。
そんな所にある見せたいもの、おおよそ予想がつくものだ。
とはいえ、ある程度は反応しないと拗ねてしまうだろう。さてどうしたものか。
あまり冷めた様子を見せないように心構えをして待つ、すると。

「お、いたいた。ほーら須美どうだ見ろこいつを!」

ジャーンと効果音を自分で口にして銀が掲げて見せたのは……大きなカエルだった。おそらくはトノサマガエル。

「きゃー大きなカエルー。びっくりしたわー」
「……なんだよーその言い方。もう少し驚いてくれたっていいじゃん」

予想の範囲内だった見せたいもの、の感想はわざとらしい感じになってしまった。
しかし演技であっても反応を返しただけでもありがたいと思ってもらいたいものだ。

「銀が出してくるものなんて大体想像付くわ。それもこんな植え込みの中から出てくるなんて虫とかカエルとかそのあたりじゃない」
「ちぇっ、朝見つけた時びっくりしたから、須美にもって思ったのに。園子は……可愛いとか言っちゃいそうだし」
「そうね、そのっちだったら頭をなでるぐらいしたと思うわ」

マイペースな彼女からはそうそう狙った反応は返ってこない。
さらに狙ってない時にどこをどう反響しているのか、思った以上の反応を見せたりもする。
須美や銀と違いまるで読めないところが、2人の親友の魅力であり困ったところでもある。

「ほらもう放してあげなさい。カエルも家に帰れなくて困ってるわ」
「えー、でもちょうどいい大きさのダンボールもあったから、持って帰って弟にも見せたいんだけど」
「飼うつもりがないならダメ。ここに住んでるならここが一番ってことなんだから」

そうだそうだと須美の言葉に同意するかのように四肢をバタつかせるカエル。
そんなカエルの様子を惜しむように眺めた銀は深くため息をついた後、頷いた。
せっかく捕まえておいたのに、などと呟いてはいたが。

「わかった、わかったよ。また会おうな、今度はみんなが驚くタイミングで出てきてくれ……ってうわっ!」
「ぎ、銀!?」

別れの挨拶をした銀に対し、カエルはどうやら不満があったらしく突然激しく暴れ、銀の手からするりと抜け出し大きな跳躍で頭の上を飛び越えていったのだ。
思わぬ反撃にうろたえた銀は体勢を立て直すことも出来ず、バランスを崩し尻餅をついてしまった。

「いてててて……くそーあいつめ。この三ノ輪銀様に歯向かうとはいい度胸だ」
「もう、カエルも怒って当然よ。それより大丈夫? どこか怪我してない?」
「へーきへーき。さてそろそろ帰らないとな……」
「気をつけてね銀、私達には大切なお役目が……あっ!」

立ち上がった銀の脚に怪我がないか確認しようとかがみ込んだ須美は、背中側に回ったところで大きな声を上げた。

「どうした? やっぱりどこか切ってた?」
「怪我はないみたいだけど銀これ……制服泥だらけよ」
「え! うそ!?」

そう言われて焦った銀はお尻に手を回し、さぁっと顔を青くしていた。
手で触っただけでも大惨事なのはわかるだろう。それぐらい派手にずっこけてしまったのだ。
カエルが潜んでいた植え込みだ、地面がぬかるんでいるのはわかっていたがここまでとは。

「お尻だけじゃないわ、背中もこんなに……あーあぁ……」
「くそぅ、なんてやつだあいつめ……」
「文句言ったって仕方ないでしょ。ほら早く脱いで、泥を落とさないと」

まいったなと頭をかいて歩き始める銀を、須美はがっしりと腕を掴んで止めた。

「へ? いやいいよ家帰ってから洗濯するからさ」
「それじゃダメよ。泥はすぐにはたき落とさないと汚れが残るし、時間がたつと染みになっちゃうわ」
「だからって今ここでじゃなくていいだろっ、着替えなんて持ってないし」
「それなら私が体操服持って帰ってきてるから、これ着て。ちょうど暗いから誰にも見られないわよ」
「そうは言うけど……うぅーっ……」

須美の取り出した体操服を手に思い悩む銀。
目の前にいる彼女は手を腰にあてて仁王立ちしている。こうなっては頑として通してはくれないだろう。
自分で招いたこととはいえあまりにも理不尽だ。このやり場のない憤りは一体どうすればいいのだ。
肩を震わせていた銀は脱力し、今までにないくらい深い深いため息をついた。

「……わかった、わかったよ。着替えるからむこう向いててくれ」

満足そうに頷いた須美は、わかればいいのよと回れ右して背を向けた。
手近なベンチにカバンを下ろし、制服のボタンを外していく。
ブラウスを脱いでみるとザラッと音がした。思った以上に泥は付いていたようだ。
スカートも脱ぐ時に泥が落ちる音が聞こえた。嫌な予感がしたが、幸い下着は無事なようだった。
念のため靴下も脱いでおく。オーバーニーソックスだから十中八九はねているだろう。
こんな夜の公園で下着姿。惨めな思いに駆られながら、急いで須美の体操服に腕を通した。

「おーい終わったぞー。確かに結構泥ついてたみたい」
「でしょう? さ、泥を払ってすぐに洗剤をつけないと」

やれやれとスカートやブラウスを眺め、手で軽くはたく。
そこまで目立たなければ家に帰ってさっさと自分で洗ってしまおう、そう考えながらカバンを手に取った銀はふと違和感に気付いた。
着る時は気にならなかったが、今前に屈んだ際に身体の前あたりに妙な感じがあったのだ。
特に胸の辺りに。

「……なぁ、須美」
「なに、銀。本当にもう遅いから早く帰りましょう」
「うん、それはわかってるんだけど……やっぱお前すごいな」
「な、何言ってるのいきなり」

思わせぶりな言い方に振り返ってみると、銀は体操服の襟をつかんでひらひらとさせていた。
もともと須美と銀は体格的にサイズは違うのだが、もっとも差のある部分を協調するように見せている。
言わんとしている事を察した須美は顔がかぁっと熱くなってしまった。

「だってほら、こんなに前が開いてるんだぜ? もう須美さんの大きさに広がっちゃってるんだな~」
「ちょっと、や、やめてよ銀! 脱いでっ今すぐ!」
「おや? これを着ろって言ったのは誰だったかなー。それに須美は私に服着ないで帰れって言うんだー?」
「うっ……! 銀……覚えておきなさいよ……!」

銀はそんな須美の様子を笑いながら軽い足取りで先を歩いていく。
さっきまでの暗い顔がうそのようだ。いっそのこと泥だらけで帰してしまった方が良かったかもしれない。
悔しいが、今どんな反論をしたところで彼女には届かないだろう。
この仕返しは明日、園子にカエルのことを報告することで晴らそう。
拳を固く握り締めた須美はそう心に誓った。