メイドミノさんだよ~

Last-modified: 2017-09-09 (土) 16:31:26

AM5:30
朝の静寂に包まれていた部屋に、アラーム音が鳴り響く。
使用人の少女、三ノ輪銀の朝は早い。
お仕えする家の主人より先に起床し、お庭の清掃や朝食の準備に取り掛かる。
仕込みが終われば次は寝室に行き主人を起こす。
まだ眠いと文句を言う主人を強制的に覚醒させるために窓を開け放つと、朝の冷たい空気が部屋に入りこみ清々しい気分になる。
折角の気持ちがいい朝に丸まって縮こまる主人から布団を奪い去り、朝のご挨拶をする。
今日も完璧な朝の始まりを迎える事ができたと、三ノ輪銀はほくそ笑んだ。
「んにゃ…アタシってば…今日もぜっこうちょ~……」

 

AM7:30
ピピピッ ピピピッ
鳴り止まないアラーム音に、いい加減不快感が高まってきた三ノ輪銀は布団からずるずると這い出し時計を乱暴に叩きつける。
銀の抗議にピタッと声を上げるのをやめた時計を満足げに見て再び寝床に戻ろうとするが、そこで妙な違和感を感じた銀はぼんやりとした脳で現状把握を始めた。
今日の自分は確か既に起床して朝の支度を始めていたはず…あれ…アタシ寝て…?
「…ッ!?ヤバい!!!」
己の失態にようやく気がついた小さな使用人は、布団から飛び起きると大急ぎで服を羽織りキッチンへと駆け出す。
もう庭掃除をしている暇は無い。とにかく先ずは朝食を用意しないと。卵を炊いてお米を焼いて魚を蒸して…なんか違う!
混乱する思考をなんとか押さえつけながらキッチンへ続く扉を勢いよく開け放つと、小気味良いリズムを奏でる包丁の音と焼けた魚のいい匂いが銀を出迎えてくれた。
「あら銀、おはよう。もう少し寝ていても良かったのよ?」
「…おはようございます。申し訳ありません奥様、アタシまた…」
自らのお役目を果たすこともなく眠りこけていただけに留まらず、雇い主の手を煩わせてしまうなんて。
情けなさと羞恥で俯いていると、何時ものように気にしなくていいのにという声が掛かった。
そう、これはいつものこと。銀の主人は物凄い早起きで、銀は一度たりとも主人より早く起きれた事はなかった。
おまけに当人が料理好きな事もあり、銀の仕事の一つである炊事はほぼ毎回主人が仕事を奪ってしまう。
使用人としてこれで良いのかと今でも絶賛悩んでいるけれど、楽しいから気にする事はないと言われていつもはぐらかされてしまっていた。
「それよりも銀?ちょっとこっちへおいで。」
「?…なんでしょうか奥様?」
「髪、寝癖が付いてしまっているわ。それに服のボタンも掛け違えてるし。ちょっとジッとしててね…」
そう言うと櫛を取り出し、撫でるように丁寧に髪を梳いて、服をパパッと整えられてしまった。
こういうのだって本来は自分が主人にやるべき事なのに、なんでアタシがお世話されてるんだろう…
なんだか色々間違ってる!と叫びたくなるけれど、身だしなみに関しては完全に自分の落ち度なので大人しくされるがままとなる。
「はい、完成。うん、今日も可愛いわ銀。それじゃあ朝ご飯にしましょうか」
「あっ、はい!お皿アタシが運びます!」
調理もせずに配膳までさせてしまったらいよいよ自分の立つ瀬がない。
半ば奪い取るように配膳を買って出ると、それじゃあお願いね?という
まるで自分の娘が積極的にお手伝いを買って出てくれた事を微笑ましく思う母親のような返事がかえってきた。
…なんかやっぱり思ってたのと違う!

 

配膳を終え、それぞれの席に着く。
自分と、奥様と、あと空いた席がひとつ。
いつもの定位置に着くと、お味噌汁と焼き魚のいい匂いが鼻をくすぐった。
奥様は和食派で、銀もすっかり朝は和食という生活に慣れてしまった。そういえば最後にパンを食べたのはいつだっただろうか…
そんな事を考えながら暖かいお味噌汁を啜る。
「はぁ…美味し。」
「そう言って貰えると作った甲斐があるわ。おかわりもありますからね」
「はい、ありがとうございます…」
やっぱり奥様の料理は凄く美味しい。
いつかは自分もこれくらいやれるようになりたいけれど…
以前そのことを話したら、奥様は旦那様の胃袋を料理の腕で掴んで射とめたので追い付かれても困ってしまうわと茶化されてしまった。
最も、この調子では追いつくのは当分先になりそうだ。
「そういえば、旦那様がお戻りになられるのは今日でしたっけ」
「ええそうよ、もう随分と会えていないから今日はすごく楽しみで…戻ったらみんなで何処かにお出かけしましょうか?」
随分会えてない…?確か旦那様が仕事に出られたのは一昨日くらいだった筈だけど…
相変わらず仲が良いご夫婦だ。
いつも異様に距離が近くて仲睦まじいので初めの頃は銀も見せつけられて赤面しっぱなしだった。今ではもうすっかり慣れてしまったが。
「…ふう、ご馳走さまでした。」
「はい、お粗末様でした。食器、洗っておくから流しへ運んでおいてね?」
「ああいや!食器洗うのアタシがやりますよ!流石にそろそろ仕事しないと…」
このまま流されてはお世話されっぱなしだ、なんとか自分のお役目を果たさないと…!
本当にゆっくりしてていいのにという言葉がなんだか胸に刺さるけれど、アタシの選択は間違ってない筈…っ
何か言われる前にそそくさと食器を片してキッチンへと向かう。
すると、何か思いついたのか悪戯な笑みを浮かべた奥様が後を付いてきた。
「あの奥様…?アタシがやりますからね…?」
「まあそう言わずに。それなら一緒に洗いましょう?だから銀はお手伝いをして頂戴」
まさに妙案だ!と言わんばかりのドヤ顔でそう告げる主人。
これ以上問答をしても聞いてもらえそうに無いと悟った銀は、溜息を一つついて大人しく従う事にした。
本当に自分は使用人なんだろうか…?
二人並んで食器を洗う。二人ぶんしかないので洗うのもあっという間だ。
なんだかこうして並んで洗い物をしているとまるで親子みたいだ。
「こうして並んで洗い物をしていると、まるで親子みたいね銀?」
「…いまアタシもおんなじ事考えてました。」
そう告げ、笑い合う。
こうしてお世話されるのは嫌じゃない。どころかすごく嬉しい。
だからこそどうにかして恩返しをしたいのだけれど…もう暫くはこのままでも良いかな。

 

「たっだいまぁ~!!仕事が予定より早く終わったから飛んできたよー!」
「旦那様っ!お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいあなた!お疲れ様、ご飯にします?それとも先に風呂にします?」
「お風呂よりご飯よりぼた餅にする~♡」
「あっ、やだもうっ!銀も見ているんですよ♡」
……うーん、やっぱり慣れん!