友東だよ~

Last-modified: 2017-06-17 (土) 17:53:01

ある日の放課後のこと。
讃州中学勇者部は学校の生徒からの依頼で街に出ていた。
なんでも、飼い猫が何日も帰ってきておらず迷子になってしまっているのではないかという。その捜索依頼を受けたわけだ。
依頼主も含めて三手にわかれて学校の出てしばらく。
友奈と東郷の二人は聞き込みをしたり張り紙や掲示板をチェックして回ってみたが、目ぼしい情報は得られなかった。
「うーん……次はどうしようか。東郷さんは他に心当たりある?」
「残念だけどもう思い当たらないわ。暗くなってきたし、一度風先輩たちと連絡を取ってみましょう」
「そうだね。一旦学校まで帰らないといけないし……あ、着信来たよ」
次の行動を決めかねていた二人の端末から同時に着信音が鳴る。
早速取り出し、パスワードを入れて着信を確認。風からSNSで報告が来ていた。
『依頼主の子と一緒に住宅街を歩いてたらひょっこり顔を出してきたわ。どうやらよそん家の猫と仲良くしてたみたいね。というわけで任務完了!全員部室まで戻ってくるように』
悩んでいた二人にタイミングよく嬉しい知らせだ。思わず顔を合わせて笑いあう。
これで一件落着。友奈は東郷の車椅子を反転させ、帰路につくことにした。
「よかったー迷子が見つかって。あんまり力になれなかったけど」
「そんなことないわ。こうして勇者部が総員で懸命にことにあたる姿勢を見せることも、信頼を得るために必要なことよ」
落ち込み気味な友奈の声に、東郷がすかさずフォローをいれる。
勇者部の活動に人一倍一生懸命な友奈だからこそ、自身の活動結果をより深く気にしてしまうのだ。
その気持ちを少しでも和らげようと言葉をかけるのが自分の役目だと、東郷は自認している。
「そうだね、うん。こうしてちゃんと目的も達成できたわけだし、結果オーライだよね!」
うんうんと頷いてみせる。心なしか、車椅子のスピードが速くなった。
友奈の押す車椅子に身を任せ、東郷は端末を取り出した。
今回の依頼も無事に終了したわけだし、このことを勇者部HPや学校に提出する活動記録にまとめなければならない。
帰ってからパソコンに向かっていては遅くなってしまうし、友奈はそんな自分を待ってくれてしまうだろう。
なるべく簡潔に済ますべく、書き出しの文章を考える。
「……パスワード、スムーズに入れちゃうね。東郷さん」
「え?」
端末を開いた時、後ろの友奈がそんなことを言った。
振り返ると少し、頬を染めた友奈は困ったように笑う。
「ほら私たちのパスワードってお互いの誕生日にしたでしょ? それを打つとき私はちょっと恥ずかしい気持ちになっちゃうなって思って」
「ふふ、そう? 私はもう指に馴染んでるわ。友奈ちゃんの誕生日の数字押しやすいし」
「そっか、並んだ数字だしね。私も自分の誕生日思い出しやすいなーって良く思うよ」
3月21日。確かに覚えやすい並びではあるが、思い出しやすいというのは何とも抜けてて友奈らしいと東郷は一人微笑む。
「東郷さんの4月8日も覚えやすい数字だよね。……こうして考えてみると私たち一年近く誕生日離れてるんだね。近くて遠いっていうか」
「そうね。どちらかが少しでもずれていたら学年が違っていたのかもしれないのね、危ないところだったわ」
学年が違っていたら友奈と過ごす時間が減るどころか、出会えていたかどうかもわからない。
そう思うと背筋がぞっとなるほど東郷にとっては深刻な問題だった。幸いそんな問題は起こらなかったので、一安心ではあるが。
「東郷さん、じゃなくて東郷先輩!って呼んでたかもね。おっ、東郷先輩ってちょっとかっこいいかも!」
東郷の心配はよそに、友奈は勝手に盛り上がっていた。
もう興味の対象が切り替わってしまったのかと苦笑してしまうが、ふとあることを思いつく。
「先輩か……。それもいいけどそれよりかは……」
「ん?」
東郷が思いついたことを話すと、友奈は割りと乗り気で応えてくれた。

端末から風の連絡を受け、夏凜と樹は部室に戻ってきた。
依頼者と猫はもうすでに帰宅したとのことで、あとは軽く報告を済ませるだけ。すぐに帰宅できるだろう。
「私たち全く見当違いの方に行ってたんですね……。草むらの中はさすがにきつかったです……」
「てっきり野性に目覚めて狩りをしてるもんだと思ったんだけど。まぁ生まれつきの飼い猫じゃ人がいる住宅街の方が居心地良かったのかもね」
二人は夏凜の提案で川沿いを捜索していた。
草を掻き分けしらみつぶしに探し回ったが、結局虫に刺されたり石につまづいて転んだり散々な目にあった上に収穫はゼロという有様だった。
「次からはちゃんと準備しないとダメね。虫除けスプレーとか草刈鎌とか」
「もうあんなところ探したくないですよぉ……」
樹の愚痴は聞き流し、部室の戸を開ける。
中では東郷がパソコンに向かい書類を作成し、風はテキトーな椅子に腰掛けてのんびりとしている……が、風の表情がおかしい。
口を半開きにして眉をひそめて、呆れた顔というのが一番近いだろうか。
首を傾げた夏凜はひとまずその妙な様子の部長の肩を軽く叩いた。
「おーい帰ったわよ。どうしたのよ、変な顔して」
「いやその……見てればわかるわよ……」
見てればわかる、とは何のことだろうか。後に続いて入ってきた樹も、実姉の顔を覗き込んで不思議がる。
すると、部室の置くから姿の見えなかった友奈が現れた。湯気の立つカップを乗せたお盆を手に持って。
そのカップをゆっくりと持ち上げ、東郷のデスクの脇にそっと置いた、次の瞬間。
「東郷お姉さま、お茶が入りましたわ」
「あら、ありがとう友奈ちゃん。あとでご褒美にぼた餅をあげるわね」
「やった……じゃない。まぁ素敵! お姉さまのぼた餅大好きですわ!」
友奈の芝居がかった口調に違和感をおぼえるが、それよりも今友奈は東郷のことを何と言っていた?
目をぱちくりとしていると、友奈がこちらに気づいたようでにこやかに声をかけてきた。
「あ、夏凜ちゃん樹ちゃんお帰りなさい。お茶飲む? まだ二人分はお湯残ってるから」
「え? い、いいわ遠慮しとく……」
「わ、私も大丈夫ですっ」
明らかにおかしい。お茶を断った二人は風の近くに同じように腰掛ける。
風の表情の理由に何となく察しがついてきた。
「とってもおいしいお茶ね、友奈ちゃん。お茶請けがほしいから鞄からお菓子をとってもらえるかしら」
「はいお姉さま! このチョコでいいですか!」
友奈は嬉しそうにテキパキと東郷の世話を焼く。それだけならいつも通りなのだが……。
「……何あれ」
「先輩後輩ゴッコだって。帰ってきてからずっとやってるわ」
はぁ、と大きなため息が同時に出る。
「お姉さま、肩お揉みしましょうか。私マッサージには自信あるんです!」
「そう? じゃあ軽めにお願いしようかしら」
「はい! お任せください!」
当の本人たちは実に楽しそうだ。
「やってることはいつも通りね……。また妙な遊びを思いつくもんだわ……」
「しかし……そうかお姉さま、か。ねぇ樹、今度私にも……」
「言わないよ、お姉ちゃん」
お姉ちゃん、の部分を強めに返答する樹。とり付くしまもない。
結局東郷の作業が終わるまで、そんな二人の様子をただ眺めているしかない残り三人であった。

「あー楽しかった。たまに呼び方を変えてみるって言うのも何だか新鮮でいいかも」
「友奈ちゃんが楽しかったのなら何よりだわ。……私もいい気分だったし」
帰り道、三人と別れた友奈と東郷はまた普段の二人にもどっていた。
悪戯が成功したような、そんな小さな達成感を東郷は感じていた。
「たまには、ね。でもやっぱり東郷さんとは先輩後輩の関係より同級生の方がいいよ」
それはその通りだと、大きく頷く東郷。
こんな遊びをなんとなくでやれてしまう今の関係こそ、大事にしたいものだ。
また何か思いついたら友奈に話してみよう。にこやかに、楽しそう!と乗ってくれるようなそんな遊びを。
暗い帰り道も友奈との語らいで、まるで白夜かのように明るく照らされているのだと、東郷は親友のありがたみを深く感じていた。