園東 二年霊祭だよ~

Last-modified: 2017-07-10 (月) 23:01:30

君は知るだろう。
まどろみに満ちた世界でも確かに足を進めていることを。
例えそこが生と死の境界の曖昧な楽園であろうと。
これは二人の少女が真実の世界に目を向ける物語である。

その日は夏を感じさせる猛暑日であった。
セミの声が響き始め、アスファルトからは陽炎が踊るそんな日。

街中に小さな公園がある。
子どものたちの声は公園を駆け回り、辺り一面を走り賑わいを感じさせる。
そんな中、ポツンと黒服を纏った少女が一人。
うなじからは汗が玉肌を一縷滴っている姿を見せる。黒いドレスの少女が一人。

「熱いなあ~。私らしくなく早く着すぎちゃったよ~」

乃木園子。
今は讃州中学の勇者部に籍を置いている中学生だ。
彼女は可憐に魅せるドレス

「でも、こんな日に遅刻なんてできないものね……」

いつもは朗らかな彼女の陰りを見せる横顔。
それはこの世界にきてからはあまり見せていない顔である

彼女たち勇者部は今、崇め奉られている神樹の内層世界へといる。
それは泡沫の夢とも思える甘美な世界。
様々なもしも、がある世界でもある。
その世界で園子含めた勇者部はあり得ぬ出会いに涙そして喜びを感じていた。
特に失ったかつての親友との再会。
このあり得ぬ出来事に園子自身も歓喜をしていた。
願わくばこの世界がもう少し続くように、と。

「あら、そのっちにしては早いじゃない」

一人の少女の声がした。
端正な姿勢で今は結っているが絹のような黒髪。
同じく服装は黒色に染まっている。

「あれ、わっしー今日は和服できめてこなかったんだね~」

彼女の名は、東郷美森。
同じく勇者部で園子とは小学校からの仲である。
訳あって離れ離れになった二人だが今はまた同じ学校で勉学に励み、勇者部としても活動している。

「和服だと準備に時間かかるのよ。それに色無地って結構目立つのよ」
「へえ。いつも私はお手伝いさんにしてもらっていたから知らなかったよ~」

二人は気心知れた仲と分かる挨拶をかわしつつ歩きを進める。

「あっ、見てみてわっしーネコさんがいるよ~」
「……はあ追いかけて行っちゃだめよ、そのっち」
「じゃあ、イヌさんは~」
「駄目よ」
「じゃあ、風早型運送艦2番艦速吸」
「えっ!? ……ってそのっち!」

ついついあたりを見渡してしまう美森だが、園子の独特なペースにも何のその。
旧知の柄を思わせる対応だ。
たしなめつつ話を戻している。

「もう……それに、みんなになんて言って出るのか難しいじゃない」
「あぁ~。確かにゆーゆとか気が付きそうだよね~」
「友奈ちゃんだけじゃない。みんないるこの世界でむやみやたら気遣われてもね」

ばつの悪そうな顔をしているのは大事な親友に誤魔化して出てきたせいだろうか。

「それにこの世界には彼女もいるし……」
「うん。これだけは……知られたくないね」

彼女。
それは園子と美森が失った大切な友達。

「ミノさんだけは見られたくないなあ~」
「見られなくないじゃないの。見られたらダメよ!」

三ノ輪銀。
彼女もかつて園子達と肩を並べた勇者の一人である。
他に園子と美森両者にとっても比類なき友人であり、自分たちを守るために命を散らせて戦い抜いた勇者だ。
何の因果かこの世界で彼女とのあり得ぬ再開をしてしまった。
それは勇者として起こした奇跡か。はたまた勇者となって招いた呪いか。
それは誰も分からない。
銀には絶対に知られたくない。
それは7月10日という日にある。

「あっ、見えてきたよ」
「あらっ、意外と近いのね」
「小さいんだね~」
「こら、そのっち。でもかなり古い社ね」

それは古い小さい神社であった。
考古趣味がある人が見ればそれは趣があるといった社と思えるだろうが如何せん特殊な趣味がある女子中学生でも
これには少し驚かせる。
社から一人の人影が現れる。そう大赦仮面だ。
正確には大赦の使いの者なのだが仮面で顔を隠しているので人物像の認識がしづらい。

「わっしーわっし、あの人の振舞い見るに女の大赦の人だよ~」
「ホントね。珍しいこういう外部仕事は男性がやることだと思ったのに」

大赦もこの世界では機能している。
それは勇者のメンタルを守るために他の人々を投影すると同じでバックアップするので存在しているのだ。

二人は本殿へと案内される。
本殿のほうは古い外見からは想像のつかない清楚な聖域となっている。
そして奉っているのは、空の遺影。

「さすがにここにはいるのに写真があるのは縁起悪いと思ったんよ~」
「まあ、確かに縁起のいいものではないわね」

そういう二人の用意された椅子に座る。

「銀の命日なんて本人には絶対言えないよね」
「まさかこんな世界で二年霊祭行うとは思っていなかったよ~」

二年霊祭。
三回忌と言われる方が聞き覚えのある言葉だろうか。
二年霊祭とは神道で三回忌と同じ意味とされる。
そう今日という日は彼女が死んで二年過ぎたことを指していた。

「ホントね。しかも私たちその前のは全部参加できなかったからね」
「仕方ないよ~。わっしーは記憶なくって私はベッドから出られなかったんだもの」
「本来はご家族の方がするのに私たちが勝手にやるのも何だかね」
「と言っても、ミノさんの家族の元に行けないからね~」

この世界には制約がある。
造反神が作り出した世界が故に行けるところに限られているのだ。

「しかし、大赦もよくこんなことに協力してくれたわね」
「この世界でも私たちが怖いのかな~。私たち不良系勇者だからね~」
「そのっち、不良系って……」
「あの優等生だったわっしーもこんな不良になって園子さんは悲しいよ、よよよ~」
「何のキャラよそのっち」

そんな漫才じみた二人の会話横目に準備は着々と終わっていく。

「あら? 準備が終わったみたいね」
「本当だね~」

二人は席を立ち会場へと向かうそこでも二人一緒の席だ。

「今日はゆーゆじゃなくて私がわっしーの隣だね~」
「静かによ、そのっち」
「は~い。……ねえ、わっしー」
「そのっち、今後は何?」

流石に真面目な場面でもあるので美森も顔を崩してしまう。
これは親友の大事な席でもあるのに。

「…………手をつないでいい?」

美森はハッとして顔を見た。
園子も顔も顔色も良くない。不安なのだ彼女も。

「ええ、当たり前じゃない」

美森はそのくらい顔を吹き飛ばすような笑顔で彼女に微笑む。
程なくして二年霊祭は始まった。
それは大切な大切な友への祈りの儀式が。

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「ううん、お外があっつあつだよわっしー」
「そういえばここ最近類を見ない暑さになるっていっていたような」
「神樹様も融通聞かせて欲しいよ~。やっぱり快適な季節が一番だよ~」

無事に二年霊祭を終えた二人は元来た道を歩いてゆく。

「そういえば……」

園子が美森の顔を見て何かに気が付いていたようだ。

「わっしー今日はリボンしてないで髪を前みたいに結っているんだ」
「そのっち、いまさら?」
「えへへ~、なんか懐かしいと思っていたんよ~」

呆れる顔で園子を見る美森。
流石にそんな視線は嫌だったのか慌てて誤魔化そうとする。

「今日は、今日だけは東郷美森じゃなくて鷲尾須美としていたかったのよ」
「わっしー……」

今の美森には二つの人生が自身の中に存在している。
一つは小学生時代の鷲尾須美という人生。
もう一つはその後の東郷美森という人生。

散華でささげた代償が戻ってきたがそれでも今でも一緒には混ぜられない。
鷲尾須美としての面が出るとどうも以前の東郷美森ではいられないし、
東郷美森は鷲尾須美としてはあまりにかけ離れている。
自身でも自覚があるからどうしても区切ってしまう。

だが、これだけは鷲尾須美として望んでいきたかった。
そんな思いが彼女の中にあった。

「さあ、この後どうしようかしら。実は考えていなかったのよね」

自分がそんな暗い雰囲気にしたと気づいたのでやんわりと修正する。
園子もその雰囲気を感じ取ったので乗ることにした。

「実はね~。私にスペシャルプランが~」
「ええ、そのっちのスペシャルプラン?」

ついつい身構えてしまう美森だ。

「そのリアクションは悲しいよ~。園子タジタジだよ~」
「だからそのキャラは何よ」

と道端で漫才をし始める二人に声がかかる。

「お~い。大きい須美ー、園子ー!」

その声に美森はハッと前を見る。
そこには少年のような服を身にまとうが姿成りは少女を醸し出す活発で明るく――

「そのっち、まさか…」
「えへへ、呼んじゃった」
「……はあはあ、意外と距離あったな」

――二人の大好きで大切な親友であった。

「ここ一番のわっしーの驚き顔をゲットしたんよ~」
「おお、園子。大成功だな。イエーイ!」
「イエ~イ、ミノさん」

いたずらに大成功をしたように二人でハイタッチを交わしている。
どうやら打ち合わせをしていたらしい。しかも自分には内緒で。

「…………そ・の・っち!?」
「おおう、大きくなった須美から初めて見られる怒り顔だ!」

わなわなと震えだす三森。
それもそうだろう。今日のことは絶対に内緒にしようとした相手をこっそり連絡を取っていたのだ。
さすがに驚きより怒りが先行してしまう。
それも予想していた園子はさらに追撃する。

「お祭りいこ!」
「……えっ?」

怒髪天であった怒りも冷めてしまった。
まさしくそれは冷や水をかけられたように。

「実はこの辺りでお祭りをしているみたいなんだ~」
「息抜きがけにいいって園子と話したんだ!」
「そうそう。だからリトルわっしーとか声かけたんよ~」

そして園子は花の咲いたような笑顔でいう。

「お祭り! みんなで続きをしようわっしー!!」
「!?……ええ、そうねみんなで行きましょ。友奈ちゃんたちと須美ちゃんたちと、銀とで」
「おいおい、照れるぜ。東郷さんよお~そんなに大事に思ってくれているなんて」
「ええ、大事に思っているわ銀。あなたのことが大切に」
「……おおう。す、須美も言うようになったなあ」

そうして歩き出す。三人の足取りは先ほどよりも軽い。
これは泡沫の夢。多分、儚くも消えていく刹那の輝きだろうけども――
また、三人で歩んだのは夢ではないのだから。

真実は必ずしも人に喜びを与えるとは限らない。
時に魅了するが時に残酷に傷つける。
だからこそがかなわぬ夢を人は見る。
その夢が人を招く時、それは幸せか不幸などは決められない。
だが、二人の少女は三人の少女の夢を見る。
彼女たちは知るだろう。
それは虚ろの移ろいだろうと芽吹く気持ちには偽りがないと言う事を。