夜の東園だよ~

Last-modified: 2017-07-16 (日) 23:05:14

ある日の深夜の学校の寄宿舎に二人の少女がいた。
一人は旧世紀では五右衛門と呼ばれる盗人ような服装。
もう一人はレオタード姿の仮面をかぶっている。
「……私は何をやっているのかしら」
盗人の服装を着た東郷はその手に持つものを見て嘆く。
「これは神様の試練だよ~わっしー。神樹様の試練だよ~」
レオタード姿の園子が言う。何というかキャッツという服装である。
「……じゃあこれは神樹様の恵み? 冗談じゃないわ」
恵み。
東郷が称したのはコットン質の割とふかふかした一枚の布きれだ。
大きさは少し大きめのハンカチくらいだ。
しかしハンカチにしては形状が四角くない。むしろ空に浮かぶ半月を思わせる。
「なんてものを置いて帰ったのよ……銀」
東郷はその布きれを天に掲げる。
まるで空に浮かぶ半月に重ねるように高らかと。
そしてその布きれの裏地に小さく書かれている『みのわ』という字を睨むように。
「ミノさんも忘れんぼさんだね~。まさかわっしーの家におパンツ忘れるなんて」
「だからこそここに来たッ! そう、誰にも言わずにね」
そう。この極秘任務は二人しか知らない。
「わっし―深夜なのにテンション高いよ~」
「しかし、そのっちがまさかこんな遅い時間で手伝ってくれるなんて思わなかったわ」
「今日はお昼寝したからね~。それに困っている友達とこれから困る友達がいるのに手を貸さないわけないさ~」
それに、園子は言葉にはしなかったがこんな楽しいことを参加せずにはいられなかったのだ。
「そういえばなんでこっそりなのわっしー」
「銀はああ見えて乙女なところがあるからこっそりでも大っぴらに渡しても傷つけそうでしょ」
「ああ~。確かにミノさんはそうだね。じゃあ仕方ないね」
「ええ、仕方ないわ。決して銀の寝相が見たいなんて思っていないんだもの」
「じゃあ、仕方ないねえ」
これは仕方ない事。二人は自分へと言い訳して納得をする。
「さあ、パンツを……言え、このプレシャスを返しに行きましょう!」
「ぷれしゃす?」
「暗号よ」
「おお~コードネーム!」
「さすがの私も女だもの高らかにパンツと言いたくないわ」
「さあ行くわよ、そのっち」
「あいあいさ~」
二人はいざ往かん。供物を捧げに神殿へと。

所変わって、ここは銀の部屋である。
ここまでのカギは予め型を作り作ってきた。東郷は凝り性なのだ。
しかし、ここで二人は人生の中で未曽有の危機に瀕する!
「わっしーわっしー、こ、これはッ?」
「お布団が……三つ」
記憶に思いがけるはかつて二人で挑んだ三体のバーテックス。
果敢にもあるいは未熟にも戦力差を考えずにだが勇者として闘った最終決戦。
だが、緊張感はそれを超える今この瞬間。
布団が増えている。これは銀が分身をしたのではなく――
「もしかしてお泊り会したのかな~」
言うまでもない。恐らく増えている二つ布団は銀以外の人間。
可能性としては須美、そして園子(小)であろう。
「くっ、……ぬかったわ。銀の予定を聞いていれば!」
小言ながら力こめて呟く東郷。
「わっしーこれは仕方ない事だったんだよ」
園子はいつか見た笑顔で東郷を見る。
「……そのっち」
東郷は自分の右手にあるプレシャスを見る。
思い浮かぶはみんなとのお泊り会。
過去の自分たちと一緒にしたお泊り会。まさか須美が予定表を作ってくるとは思わなかった。
みんなで作ったお料理。叶わないはずの思い出が叶ったけどそのっち(小)のスペシャルな一品料理にみんなで戦った。
広間でみんなでお布団を引いての就寝。銀が寝ぼけて東郷の布団に入っていた時はそれは大惨事であった。
そして、風呂上りにパンツ一枚で仁王立ちをしていた銀の姿。
東郷の口から言葉が漏れ出る。
「そのっち行こう」
「うん、わっしー」
「叶えられない事がたくさん叶った。私たちは……幸せよ」
「パンツ持って言うセリフじゃないね、わっしー」
基本はボケの位置の園子だがついついツッコミ側に回ってしまった。
「パンツじゃないわ。この子の名前はシロガネよ」
「ついに名前まで付けちゃったんだね~」
パンツ改めプレシャス改めシロガネを握りしめて東郷は誓う。
必ず返すと。御役目を果たしてみせると。
握ったその手にかすかな温もりがまるで銀が握り返してくれたように思えた。
東郷と園子は極めて迅速だった。
二人はすぐさま過去の自分と同じ呼吸をして呼吸を合わせた。
本来は起床時と就寝時は違い呼気が再現ができないが、何とか似通った音に合わせたのは勇者の御業だろう。
そして二人で銀の寝ている付近まで近づいた。
顔を二人で見合わせて目と目だけで会話をする。
『私がわっしーをフォローするね』
『分かったわ、そのっち』と。
二人は疾風迅雷で動く。目指すは銀の服が入っている神棚(箪笥)のところへ。
神懸った動きで東郷はシロガネを神棚へ納める。
同時に園子は東郷が持ってきたバッグから銀の服を交換する。
銀の少年らしさがある服からフリフリのまるで花の妖精のワンピースに。
こうして二人の尊い御役目は終わった。
しかし。
「うぅ~ん。誰だー」
「!?」
二人して息をひそめる。
「(銀は……どうして!?)」
「(わっしー、落ち着いて!)」
小声ながらも落ち着きを取り戻すために二人で会話をする。
「もしかして須美~、園子? トイレか~」
しかし落ち着く時間が時間を与えてしまった。
辺りを見回して焦点を定めていく様は絶体絶命のピンチだろう。
幸いまだ深夜。月も雲がかり、明りも無い。
「(っ!? そのっちなにを?)」
「(大丈夫だよ。私は乃木園子。貴方は鷲尾須美であって東郷美森。そしてあの子は――)」
園子は覚悟を決めたように銀を見据える。
「(三ノ輪銀だから)」
そして園子は立ち上がる。東郷の制止も届かない。
しかし、園子の口から出たのは意外な言葉だった。
「ごめんね~、ミノさん。お手洗いに行ってフラフラとしてたのさ~」
その声色は東郷にもおぼろげながら記憶がある。
「(こ、これは小学生そのっちの声!?)」
園子の声色は東郷同様に小学校の頃と比べると多少は変化をしている。
だが今のは完全なる小学生園子の声!
「何やっているんだか。早く寝ろよー」
銀は再び布団の中へもぐっていく。
そして、少しの時が経ち再び聞こえる寝息。
二人は再び平穏が訪れたと胸をなで降ろす。

雲は空を陰るのをやめ、空には銀のシロガネのような半月を描いている。
そのまるで一枚の絵のような中に一縷の光が流れる。
「驚いたわ。そのっちにあんな技があるなんてね」
「ふっふっふ、いつか見せようとしたかくし芸なのさ~」
東郷はその手に園子を抱いて宙を駆ける。今の東郷は変身をしていた。
行きもバーテックスと遭遇を避けるために安全なルートを最短で真っすぐに行くために変身をして移動をしていたのだ。
「やっぱりそのっちは私たちのリーダーね」
「わっしー、元リーダーだよ」
二人は気分が晴れやかだった。亡き友への恩返し。それをやっとできたような気がするからだ。
「わっしー、わっしー」
園子は東郷へと呼びかける。
「私分かっちゃった」
「そのっち何が分かったの?」
「なんでこんなに小さなことでも真剣に二人で頑張れたかだよ~」
頭に疑問符を浮かべた東郷に園子は笑顔で答える。
「やくそく。やっと守れたね」
「ッ!?」
脳裏に思い出すのはそれは銀の部屋の前にいた時の会話。
『私がわっしーをフォローするね』と
そして以前、交わした果たせなかった想い。
「うん……うん、そうね。やっと果たせたわ」
東郷は園子を抱く腕を強める。
その思いに呼応するかのように園子も東郷に抱き着く。
「ねえ、そのっち。実は私なんか眠気が無くなったみたいなの」
「わっしーも? 実は私もあんまり眠れそうにないよ~」
どうやら二人の考えることは一緒のようだ。
「じゃあ、このままそのっちの家へ行っていいかしら」
「全速力で駆けていこう~」
「ふふ、人使い荒いわね」
東郷は進路を変えて夜の街を駆けていく。
行き先は園子の家へ。そして、その目的は――

「今夜は寝かせないわよそのっち」
「祝勝会だよ~」

二人だけの勝利の宴のために。