杏ぐん四丁目いつかの誕生日だよ~

Last-modified: 2018-02-04 (日) 13:40:52

「千景ー」
「なにかしら?」
「誕生日プレゼント何がいいー?」
「……それを本人に聞くのはどうなのかしら」
「えー?でもいらないもの貰っても嬉しくないよね?」
「……考えるのが面倒になったわね」
「そ、そんなことないよ!面倒だなんて!」
「どうかしら……」
千景が家に来てからもう五年は経っていた。彼女はもう中学二年生。
良くある来たばかりの頃の可愛げはどこへやら……なんてことはなく、相変わらず目に入れても痛くない。
そんな彼女の、出会って六度目ぐらいの誕生日。
「もー拗ねないでよちーちゃーん」
「そんなキャラだったかしら……」
可愛らしかった彼女はもうそれは美しく育ち、言葉遣いも見た目に引っ張られたのかお淑やかになり、まさにお嬢様といった具合。
私の教育がよかったのかも。ふっふふ。
「……なんて顔してるのよ、杏さん」
「やばい顔してた?」
「してたわ。外では出さないでね」
「そんなに」
最初はあんなによそよそしかったちーちゃんも、今ではこんなに自然体で居てくれるようになった。
何時からか敬語は消えて、下の名前で呼んでくれて。今もこうやって目の前で怪訝な目を向けてくれる。
はぁ……
「……本当になんて顔してるの」
「えぇー?」
今年はどうしよう、プレゼント。


先生……杏さんは初めて会った時と殆ど変わっていない。
中身は幾分か取り繕う必要がなくなったのか、よくだらしない一面を見せてくるけど。
見た目に関しては本当に年を取らない。二十台前半でも全然通るそれだ。
そんな彼女が、目の前ででれでれとした顔を晒している。
実にだらしない。だらしなくて……やっぱり好きだ。
「うーん、一緒に見に行く?」
「何を?」
「だからプレゼント。久しぶりにデート!」
「デートってあなた……」
「二人で出かける!即ちデートなんです!」
「そ、そう……」
時たまこうやって人が変わる杏さんは正直怖いけど。
「まぁ、たまにはいいよね?そんな誕生日も」
「別に不満は……ないわ」
不満どころか全然満足なのは、言わないでおくことにした。


「……本当にいいの?それで」
「いいの。これがいいって言ったのは私」
「もう中学生なのに……」
「……年は関係ないでしょう。それにこういうのは大人の人ほど集めると聞くわ」
「先生の周りにはいないけどなぁ」
「それはきっと黙っているだけだわ。杏さんみたいな人にバカにされるから」
「そんな冷たいこと言わないで!謝るから!」
「ふんだ」
ぷい、とそっぽを向いた私の手には、ぬいぐるみが二体納まっている。
笑っていない黒猫と、にへらとしたゴールデンな犬のぬいぐるみ。
どこかの誰かに似ている。
「でも、なんでぬいぐるみ?今まで興味なさそうだったのに」
「……現に今だって、この子達以外いらないわ」
「……ますますどうして?」
「いいでしょう。並べてみたくなったのよ」
「??」
「リビングに飾りたいのだけど」
「んー……場所あるかな?一緒に作ろっか」
「……ええ」
自分にしては相当珍しいチョイスだったと思う。それこそ新しく出たゲームなんていかにもおあつらえ向きだろうけど。
「でもかわいいの選んだよね。黒猫さんにわんちゃん」
「でしょう?特にこの犬はお気に入りよ」
「ね。のほほんとしてて可愛い~」
「ぷっ」
「何?さっきから不思議な反応ばっかり」
「なんでもないわ、先生。ちょっと楽しいことがあっただけよ」
「むー、ちーちゃんたらすっかりはぐらし方を憶えちゃって……」
「さぁ、誰のせいかしら。……あとちーちゃんって呼ぶの気に入ったの?」
「そうなの!何で今まで呼ばなかったんだろうってぐらいしっくり来るの!」
……果たして杏先生はこんなにテンションの上下が激しい人だったかしら?
「……まぁどう呼んでも構わないわ。二人きりの時は、ね」
「もう、ちーちゃんは何時の間にそんなドキドキさせる言い方まで!このー!」
「ちょっと!外でくっつかないで!」


いちゃつきながら帰宅した後、ぬいぐるみを仲良く並べて千景は満足げに小さく頷いた。