杏ぐん四丁目その2だよ~

Last-modified: 2017-09-02 (土) 16:19:39

「およ」
「あっ」
今晩はカレーにしようと、ルウに手を伸ばすと手がぶつかった。
同じ考えを同じタイミングでしていた人がいたらしい。
「誰かと思えば、伊予島先生」
「そういうあなたは、秋原先生」
芝居がかったようにそう言う秋原先生に応えるかのように、私も返してみる。
「あはは、偶然だね。晩御飯?」
「そうです。どうも同じ考えだったみたいですね」
楽しそうに笑う先生に釣られて微笑む。
「お一人ですか?」
「うんにゃ、二人だよ。もう一方はそこら辺うろついてるんじゃないかな?そっちは?」
うーん、言ってもいいのかな……
「私も二人……です。お菓子コーナーに」
そう言うと、秋原先生は驚いたように、
「うそ……お子さんいたの?まぁ美人だからねぇー伊予島先生。ほっとかないか」
あらぬ誤解をされてしまった。
いや、誤解……?誤解なのかな?
「いえ、そんな……子供と言うかなんと言うか」
困っていると、これまた見慣れた影が秋原先生の肩越しに見えた。あれは……
「雪花ー、カレーあったー?……って!」
「三好先生!?」
「あちゃー見つかっちゃった」

「へえーお二人で生活なさってたんですね」
「そーそ。同棲よ同棲」
「ルームシェアでしょ……」
「そうとも言う」
からからと笑う秋原先生に、呆れる三好先生。そういえば、学校でも親しく話していた印象を受けたけど……なるほど。
「それで?そっちは一人?」
「そう、それが聞いてよ夏凜。なんと伊予島先生お子さんと来てるんだって!」
「んな!?」
「あ、あんまり言いふらさないでくださいね……」
うそは言っていないので、あまり強く否定できない。
そうしたいという気持ちも、確かにあるし。
「あー……でも言われたら納得しちゃうわ。伊予島先生いいお嫁さんになりそうだし」
「あ、ありがとうございます……」
ストレートに褒められると照れてしまう。
「ぶーぶー」
「うるさいわよ」

「伊予島先生……?あっ」
「ん?」
「?」
「あっ……千景さん」
お菓子コーナーに行っていた姫様が見つけに来てくれた。
でも、駆け寄ってこない。
「大丈夫。こっち来て?」
やさしく微笑んで手招きすると、おずおずと言った感じで歩いてくる。かわいい。
「お菓子、これでいいの?」
手に持ったお菓子を見てそう尋ねる。
マンボウみたいな形のビスケット?の中にチョコが入ったお菓子だ。
私もよく好んで食べていたが、最近はそういえば買っていなかった。
「うん……これなら、先生も好きだったし……一緒に食べられると思って……」
ちょっと顔を赤らめてもじもじする千景さん……あああぁ!
「ありがとう。ちょっとお腹がすいたとき、一緒に食べようね」
「うん……!」
屈んで頭を撫でてあげるとくすぐったそうに身をよじって……あああああぁ!
かわいい!
「えっと……それで……」
「うん?どうしたの?」
「そっちの……えっと」
「あ」
さっきから一言も喋らないので、すっかり忘れていた。
そういえば秋原先生と三好先生がいたんだった。

「どういうことなの……」
「苗字違うわよね……?あっ、これ聞いちゃダメだった?ていうか伊予島先生何歳!?」
「い、一旦落ち着いてください」
確かに状況がわからなくなるなぁと他人事のように思う。三好先生が混乱するのも無理はない。
「千景さん……いいかな?」
「先生がいいって、思ったなら……」
「ありがとう」
千景さんの後ろに立ちその肩から手をかけて、私はこうなった経緯を話し始めた。
そう、スーパーでの長話はよくあることなのだから。

「はぁーなるほどねぇ……いや凄いわ、伊予島先生」
「解決したとは聞いていたけど、そんな形だったとはね……」
一通り話すと、それぞれらしい言葉が返ってきた。
うちの学校は大きいから、担当する学年が私と違う先生たちは詳細までは知らなかったみたい。
「私、千景さんがずっと辛そうにしているのが耐えられなくて、それでなんとか力になりたくて……」
「先生……」
「だからゆくゆくは私、千景さんがいいなら……」
腕の中の千景さんに向いて、今まで言いたかったことを言ってみる。
「私の子に、したいと思っているんです」
お姫様の頭を撫でながら言うと、
「ほえー……」
「はー……」
「せんせい……!」
三者三様、いや三者二様?だった。
「私は、これからも一杯千景さんを愛していきたいから……だめかな?」
「ううん、そんなことない……!」
ばっと振り向いて、ぎゅっと抱きついてくる。
そのお腹に顔を押し付けてくる千景さんがもうかわいくてかわいくて……!
「わたしも、先生とずっといっしょにいたい……!」
ああああああああ!!
「千景さん!」
一旦離れて目線を合わせて、また抱き合う。
うん、絶対離さないから!

「にゃはは……こりゃまたなんと言えばいいのやら」
「あーもー、家でやんなさい家で!悪目立ちしちゃうでしょーが!」
その声ではっとして、取り繕うかのように離れる。
一瞬寂しそうな千景さんが見えてとても心苦しい。
家に帰ったら思う存分しよう。
「ま、私らは応援してるよ。幸せなのが一番だからね。がんばって!」
「力になれそうなことがあったら言いなさい。あーでも、学校では抑えるのよ?」
「はい。ありがとうございます!」
「ありがとう……ございます……」
私の真似をする千景さんかわいい。

「じゃあ、また学校でね」
「気をつけて帰りなさい」
「はい、お気をつけて!」
「……さようなら」
先生方に小さく手を振って見送る。いけない、少し話し込みすぎたかな。
そう思い時計を見ると、なるほどいい時間だった。
「先生、お腹減った……」
お姫様もおなかがぺこぺこみたい。いけない、早く支度しなくっちゃ。
「あはは、私も……早く帰って食べよっか!」
「うん……!」

並んで手を繋いで、歩いていく。
この小さな手を、どこまでも守って生きたいと、改めて思った。