杏ぐん四丁目初詣だよ~

Last-modified: 2018-01-03 (水) 23:04:41

「うん、ばっちり!」
「……ふぉぉ……」
鏡の前で一回転。とても似合っている。よかった、気に入ってくれたみたい。
そう、今日は一月一日。新年を迎えたつまりお正月。
初詣に行くにあたって、やはり私のお姫様には晴れ着を着て欲しかったので奮発して……ということはなく、私のお下がり。
いつか使うときがくるかも、と思ってとっておいたわけだけど、これが大正解。
あの頃の私が着た時の何倍も可愛いと思う。生まれてきてくれてありがとう。
「変じゃない?」
「全然変じゃないよ!とってもかわいい!」
「……あ、ありがとう……」
はぁ~~照れてる顔も可愛いんだからどうしようもない!
「先生も、その、……可愛いと思う」
「!ふふ、ありがとう」
新年早々幸せになっちゃった。

「それじゃあ、行こっか?」
「うん」
二人して手袋をして、我が家の玄関を抜ける。外はまだ寒いから、こうやって手も繋ぐ。
お姫様も私も、吐く息は白い。冬だなぁ。
「人、多いかな」
とてとて神社を目指していると、姫様が不安そうにぽつり。
そうか、彼女には沢山の人ごみは酷だったかもしれない。
「うーん、きっととっても多いかな?」
「そう……」
「だから、はぐれないようにしっかりくっついとこう?」
「……うん」
ああ、もたれかかる彼女が愛おしくてたまらない。元旦からこんな調子で今年やっていけるのかな私!


「「わあー……」」
神社に着いてまず、二人して感嘆の声をあげてしまった。
見渡す限りの人、人、人。初詣ってこんなに人が集まったっけと思ってしまう。……多分来年もそう思うんだろうなぁ。
「凄い人だね……」
「本当、すごい……」
意味もなく感動してしまう。初日の出を見たわけでもないのに……
「じゃあ、まずは寒いけど手を洗おっか」
「手?」
「そう。手水、って言ってね、手についた穢れや罪を流すの。口なんかも流すんだよ」
「穢れや罪……」
「まぁ千景さんが穢れてるなんて抜かす神がいたら私は殴っちゃうけどね」
「そ、それはやめよう、先生……神社でそんなこと言っちゃダメな気がする」
珍しく饒舌に止められてしまった。でも先生本当に殴ると思う。

「これで水を流すんだよ」
そう言って手水舎の柄杓を手に取る。うひゃー、冷たい。
「つめたい……」
「本当は手順があるんだけど……右手左手一回ずつかければいいよ」
「こう……?ひゃっ」
あぁー……かわいそうに。可愛いお手手が赤くなっていく……
「私もやらないと……ひゃっ」
思ったより冷たい!私もさっさと終わらせよう……
「先生可愛い。ひゃって」
「もう、千景さんも言ってたくせに。はいハンカチ」
「ありがとう……だって冷たいんだもん」
だもんだって!聞いた!?うちの子めっちゃ可愛い!

「ふう、手水も終わったし並ぼっか!」
「うん」
冷たい思いをしたのには意味がある。当然参拝するためだ。
「……列どこだろうね」
「……わからない」
おみくじの場所には余裕があるのに、この手水舎から参道にかけては本当にぎゅうぎゅうだ。
どこかに最後尾はないかと背伸びをして目を走らせていると、偶然にも仲間を視界に捉えた。
なんとか人を掻き分けながら、仲間のもとへ。
「……おー、あんちゃん先生!」
「誰があんちゃん先生ですか。初めて聞きましたよ」
「へへ、今初めて呼んだからね。あけましておめでとー伊予島せんせ♪」
「あけましておめでとうございます、秋原先生。それと三好先生も」
「ん、おめでとう。今年も一年よろしくお願いするわ」
仕事仲間だ。
「はい。ほら、千景さんも」
「あ、あけましておめでとう……ございます」
「おー良く似合ってる!いや伊予島せんせもだけど」
「へぇ……いいじゃない。そうやって手を繋いでると親子みたいね」
自慢のお姫様を沢山褒められた。ふふふ……照れる。
それに私達が親子に見えるんだそう!
「むふー、それほどでもありません!」
「……伊予島せんせってこんなキャラだっけ?」
「し、新年迎えて舞い上がってるんじゃない?ほら、郡さんの居る初めての正月だから」
「その通り!今日は今までの元旦の中で最も特別な日なんです!」
徐に隣のお姫様をあすなろ抱きする。頬ずる。至福。
「せ、先生、恥ずかしいから……」
「あー……まぁ幸せそうで何よりだわ」
「ホントにね」
「ふふふ」
しあわせ。

ひとしきり堪能したところで周りの目も気になってきたので、お二人とそそくさと別れて参拝に並んだ。
じわりじわりと列は進んで行き、いよいよ自分たちの番になった。
「さっき渡したお賽銭ちゃんとある?」
「うん、大丈夫」
投げ入れるのは五円。ご縁がありますようにという謎かけのような駄洒落のようなものだけど、本当に御利益があったりするのだ。
「じゃあ、鳴らしちゃって!」
「……!」
じゃらじゃらがらがらと鐘が鳴り、並んでお賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。
「……」
「……」
去年は、私の人生を変えたといっても過言ではない一年だった。
何よりも大切なもの、かけがえのないものを見つけた。
なんてことない、平凡だった私の人生を大きく変えたそれは、私の心も大きく変えた。
幸せを噛み締める、ということを教えてくれた。
今まで生きてきてよかった。
「……」
「……」
大げさに思えるかもしれない。うん、誇張なんかじゃない。
こんな日々が続いて欲しいなぁ、なんて思ったことは初めてだった。
四六時中同じ人のことを考えるなんて、嘘だと思ってた。
でも、それは本当で、私は人生の意義を示されたのだ。
この人を幸せにするように。
「……」
「……」
だから一杯お願いもする。
こんな幸せな日々が続きますように。
その道に壁が立ちはだかっても、彼女が乗り越えられますように。
そう、お願いするんだ。

「よーしじゃあ後は……おみくじだね!」
「おみくじ」
「そう。一枚引いて、今年の運勢を占うの」
「おもしろそう……」
「なら善は急げ、だね」
「うん!」
うきうきと待ちきれない様子だ。
「ねぇ、さっきは何をお願いしたの?」
「先生こそ。凄く長かった」
「嘘、そんなに長かった?」
「長かった。後ろの人がまだかーって」
「あちゃあ……」
「言ってないけど」
「言ってないんだ!?」
「うん、ふふ」
「このー」
「ふふ、くすぐったい」
そうやっていちゃつきながら歩いていると、販売所に着いた。参道と違って、ここにはまだ余裕がある。少しばかり羽を伸ばそう。
「「んー……ふぅ」」

「じゃあこれ、おみくじ代。あそこの人に言って、引かせてもらおう!」
「うん!」
ざっざっざっ。
「すいませーん」
「はーい……あれ?」
「あれ、藤森先生?」
なんとそこに居たのは藤森先生だった。童顔と巫女服のお陰で実年齢が全くわからない。
「あっ、し、しー!先生は禁句で!」
「え?あ、ああ!そうですね」
「聞かれてないよね?……ふぅ、では改めまして、明けましておめでとうございます」
「「明けましておめでとうございます」」
「ふふ、今年もよろしくね?それで、おみくじかな」
「あ、そうです。ほら」
「これ」
「はい、確かに。じゃあこれを振って、出た番号を教えてね」
「……おぉ」
じゃらじゃらじゃら。
「あ、ひっくり返したらぺって出るからね」
「んー……ん!」
ぺっ。
「……三十八番」
「三十八番ね。えっと……はい、こちらがおみくじになります」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃあ私も一枚お願いします」
「はい、どうぞ」
じゃらじゃらじゃら。
「ん!」
ぺっ。
「七番です」
「はい。……どうぞ、こちらになります」
「ありがとうございます」
受け取って一礼。大吉が出るといいけど。
「先生。これをめくればいいの?」
「そうだよ。でも、ここで開けて読むと邪魔になっちゃうし、少し離れよっか」
「わかった」
「じゃあ藤森さん、お手伝いがんばってくださいね!」
「ありがとう。いい結果が出ますように」
そう言って控えめに手を振ってくれた藤森先生は、やはり可憐だった。

「……満喫しているな」
「わぁ!……古波蔵せ、さん?」
「うむ」
「古波蔵さんも、巫女さんですか」
「水都に手伝ってくれと頼まれてな。実は鷲尾も居る」
だ、大丈夫なのかな……ばれたりしたらそれこそ大事だ。
「手伝いだから、大丈夫だ」
「そうでしょうか……」
「それよりも、おみくじを見るんじゃないか?」
「あ、そうでした!千景さん、せーので開けよっか」
「うん!」
「「せーのっ」」
ぺりっ。びろびろびろ……
「えーと……あ!大吉だっ」
「せ、先生、どこ見れば……」
「あ、ごめんね、ここの枠のところ!『吉 大』って書いてあるでしょ?」
「えーと……あ、私も一緒だ!」
「やった!」
「やった!」
年甲斐もなくぴょんぴょん跳ねて喜ぶ私。千景さんはかわいらしいけど私はどう映るんだろう……
なんて考えてはいけない。
「うんうん……互いに素晴らしい一年になることだろう」
はしゃぐ私達を見て古波蔵先生はうんうんと物知り顔で頷いた。

「……よくわからない」
「あはは……持って帰って一緒に解読しようか」
「むう……」
やはりと言うべきか、千景さんにはおみくじ解読は早かったらしい。
小学校低学年にはやはり厳しいようだった。大人でも読めない人はいるから仕方がないけど。
でも、お陰でまた一つ楽しみが出来た。ふふ。
「……先生」
「ん?」
「今日は、ありがとう。こんなに楽しかったお正月は初めてだった」
「……うん、どういたしまして!私もこんなにはしゃいだのは初めてかも」
「千景さん」「伊予島先生」
「「今年も一年よろしくね!」」


「私が完全に忘れられている気がするが……いいか。今年も二人に幸あらんことを」
「私も、幸せを噛み締めるとしよう」




「ふぅ……」
「水都、お疲れ様」
「あ、棗さん。そちらもお疲れ様です。すいません、わざわざお正月に」
「いいんだ。初詣に行く手間が省けた」
「あはは、そう言ってくれるとありがたいです」
「しかし、あんなに知り合いに見られてよかったんだろうか?伊予島、秋原、三好、風……」
「そこは……皆さんを信じましょう……」
「まぁ、そうだな」
「ところで水都」
「はい?」
「私は今とても寒いんだ」
「は、はい」
「ん」
「え、えっと……?」
「……ん!」
「え?……え!?あ、ええ!?」
「早くしてくれ。腕を広げたせいで余計に寒くなってきた」
「ぁう……じ、じゃあ、失礼します……」
「んー……♪」
「は、恥ずかしいです……」
「水都はあったかいなぁ……」
「聞いてないし……もう……えへへ」