東郷せんせいと怪談だよ~

Last-modified: 2017-08-13 (日) 18:22:11

「少女は、宿屋の主人に言い含められていた窓の方を見た。
『その方角の窓には分厚いカーテンが掛けてありますが、決して捲ってはいけません』、
 そう注意されたけれど。」

 

お遊戯室で輪になって話を聞く子供たち。今日は夏らしい事をしようと提案があり、怪談大会の真っ最中だ。
続きが気になって目を輝かせる子、ふるふると震えてギュッと服の裾をつかむ子、
両耳をがっちり塞ぎ目をつぶって念仏を唱える風先生。
それぞれ違った反応を見せながら、東郷先生の怪談を聞いている。
友奈は特別怖がりと言うほどでも無かったが、東郷先生の語る怪談だけはどうにも苦手だった。
照明を落としカーテンを締め切った室内は、真昼だと言うのにしんと静まり返っていて。
なんだか空気まで粘ついているような感覚がした友奈は、その小さな手をキュッと握りしめて次の言葉を待つ。

 

「やっぱり誰かに見られている…。違和感が拭えなかった少女は、意を決してカーテンに手を掛けたの。すると…」
「窓の外にはびっっっっっっっっっっっしりと敷き詰められた目玉が覗いてい「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」

 

心臓が止まるかと思った。堪えきれなくなった風先生の叫び声に驚かされる形で子供たちが声にならない悲鳴をあげる。

 

「もう…風先生、怖いなら無理なさらなくてもいいとあれほど…」

 

話の腰を折られた東郷先生が、呆れたように風先生を見やる。
風先生は、怖さを紛らわすために小脇に抱えていたわかばちゃんとぐんちゃんを力いっぱい締め上げながら否定の言葉を吐いた。

 

「べ、べべべべべべつにこわっ…怖くなんて無いってアレほど…!!」
「先生、分かりましたから二人を離して下さい。二人とも顔が青いです…」

 

うぇ!?と素っ頓狂な声を上げて、ようやく二人を開放する風先生。
ぷはっと久しぶりの酸素を補給した二人は、お前のほうがホラーだよという無言の抗議を視線で送った。

 

「あら…もうこんな時間。今日はここまでにしましょうか」

 

どうやら、もう家に帰る時間となっていたらしい。
先生の終了宣言をもって怪談大会はお開きとなった。
よかった…ようやく恐怖の時間から解放される。
安堵に胸をなでおろす友奈は、暴れる心臓を手で押えながらはぁ…と安堵のため息をついた。
この時はまだ、このあとに降りかかる災難のことなど知る由も無かった。

 
 

「それじゃあ友奈、お留守番宜しくね?戸締まりはしておいたけれど、気をつけて」

 

慌てた様子で身支度を整える母からそう告げられる。親戚が急に倒れたらしく、両親揃って様子を見に行くらしい。
最悪だ。怪談話を聞いた日に一人でお留守番…。
静まり返った室内は、まるで昼間怪談を聞いた時のように空気が淀んでいて…。
電気を消すのが怖い。お気に入りの牛鬼クッションをギュッと抱きしめた友奈は、部屋の中に一人立ち尽くす。
落ち着き無く部屋を見渡すと、カーテンがほんの少しだけ開いているのを見つけてしまった。
隙間から覗く暗闇が、異様な雰囲気を放つ。

 

『その方角の窓には分厚いカーテンが掛けてありますが、決して捲ってはいけません』

 

こんな時に限って、昼間の怪談を鮮明に思い出してしまう。
一度意識してしまうとどうにも恐ろしい。カーテンを閉めてしまいたいけれど近づくのも怖い。
窓を閉め切っているから動くはずのないカーテンが、風に揺れているような気さえしてくる。
緊張感が高まり、心臓が早鐘を打つ。荒くなる動悸に更に恐怖心が高まる。
こわい…助けて。だれか…っ、とうごうせんせい…っ!

 

その時だった。チャイムが鳴り、本来この場にいるはずのない来訪者がやって来たのは。

 
 

「そう、それは災難だったわね友奈ちゃん。といっても原因の一端は私にあるのだけれど。」

 

ふふっと悪戯な笑みを浮かべる東郷先生。
誰かと居れば、不思議と恐怖心も和らいでくるものだ。
落ち着きを取り戻した友奈は、先生の淹れてくれたホットミルクを飲みながらこれまでの経緯を話した。
暖かいミルクが胸の奥に広がり、じんわりと染みてくる。

 

「ところで、とうごうせんせーはどうしてウチに?」
「ああ、それはね。友奈ちゃんのお母様から言伝を頂いたの。
 一人で留守番させるのが心配だから様子を見てもらえませんかって」

 

なるほど、そういう事だったのか。母の気遣いに今は感謝をしなければ。
けれど、気がかりがひとつ。

 

「せんせー…?今日はどれくらい一緒に居てくれる…?」
「そうね…明日のこともあるし、あと一時間くらいかな?」

 

一時間。それを過ぎたらまた一人。
静まったはずの恐怖心がぶり返して来るのを感じる。
それだけは嫌だ。だから友奈は、今日少しだけワガママになることにした。

 

「ねえせんせー…?その…まだひとりでいるのがこわくて…だから…きょういっしょにねてほしいな…って」

 

目いっぱいの気持ちを視線に込めながら、ダメ?と哀願する。
ここでイエスを引き出せなければ一巻の終わりだ。

 

「友奈ちゃんがそんなに怖がりだったなんて。けど、責任は私にもあるわけだし…もちろんいいわ、私としても友奈ちゃんを
 このままお留守番させるのは心配だったし」
「ほんとう!?せんせーありがとう!!だいすきっ!」

 

嬉しさに飛び上がって、先生の胸元に飛び込む。
よかった、これでもう心配ない。
先生の体温という確かな安心感を味わいながら、友奈はふわぁっと大きな欠伸をした。
気がつけばいつもの就寝時間をとうの昔に過ぎていた。どおりで眠くなるはずだ。

 

「あらあら、友奈ちゃんもうお眠?けどもう少し頑張っておふとんまで行こう?こんなところで眠ったら風邪を引いてしまうわ」

 

先生に促され、自室に移動する。
到着するなりベットに身を投げだした友奈は、両手を広げて先生を招いた。

 

「せんせぇ…はやくぅ…」
「ふふ、今日の友奈ちゃんは甘えん坊さんね?まるで赤ちゃんみたい」

 

先生の優しい言葉が耳をくすぐる。
ベットに入ってきた先生の胸元に縋り付くと、友奈は赤ん坊のように丸まって先生の体温を堪能した。

 

「あかちゃんでもいいよ…せんせいやっぱりやわらかくてあったかくて…」

 

スリスリと頬を擦り付け感触を楽しむ。
すると先生も背中に手を回してぎゅっと抱きしめ返してくれる。
先生のいい匂いを嗅いでいると、全身の力が抜けていく。
それから、鼻をこすりつけあったり、耳の裏をくすぐったり、手を絡ませたりしてじゃれ合う。
そうして二人の時間をひとしきり堪能した友奈は、重くなってきた瞼に逆らうことなく目を閉じた。

 

「…友奈ちゃん、おやすみなさい。」
「うん…おやすみ…、あ。」

 

ようやく眠りにつくかと思われた友奈ちゃんが、何か気がかりがあったのか再びぱちくりと目を開ける。
どうしたのか尋ねようとした東郷は、しかし次の言葉を発することが出来なかった。

 

「…んっ。」
「!?!?!?!?!?」

 

友奈ちゃんのくちびるが、東郷のそれと重なる。
突然の出来事に急激に意識が覚醒し始めた東郷は、真っ赤に染まった頬を押さえて真意を問いただそうとするが。
当事者のお姫様は寝ぼけ眼でおやすみおかーさんとだけ呟き、再び夢の世界へと旅立ってしまった。

 

その日、友奈ちゃんは心地よい眠りを堪能し。東郷先生は完全に寝不足となった。