浜辺のなつみーだよ~

Last-modified: 2017-10-22 (日) 19:55:26

「はぁ……」
浜辺で一人、黄昏ている。ここはうたのん達勇者がバーテックスから奪い返した海辺だ。
この時間のこの場所には誰も居ないし、誰も来ない。少し肌寒いが、一人になるにはうってつけだった。
日中は海が太陽に照らされてきらきらと美しい場所だけど、今は少しの波の音と、深い闇しか見えてこない。まるで私の心みたいだ。
そんなことを考えていたからか、後ろから微かに音を立てていた彼女に気づかなかった。
「どうした?夜は冷えるぞ」
「えっ?」
果たして、そこにいたのは棗さんだった。沖縄から来てくれた勇者、その海を誰よりも愛していた勇者。
彼女は自然な動作で私の隣に座ると、羽織っていた上着を私の肩にかけてくれた。
「何か、考え事か?」
「……はい」
「……少し待っていろ」
棗さんはそう言って立ち上がると、何か温かいものを買ってくると去っていった。

「これでよかったか?」
少し経って戻ってきた棗さんが差し出したのは、缶のコーンスープだった。彼女は自分用に缶コーヒーを握っている。
「すいません、ありがとうございます」
「こっちの方がよかったか?」
「いえ、ぜんぜん……!」
「……私が好きなんだ、それ。まぁ、水都に買ってくる理由にはならないんだが」
そう言って少し笑う棗さんは、今まで見たことのない笑顔だった。
そんなやりとりがあって、また彼女は私の隣に座って目の前を一緒に眺め始めた。
無言でも不思議と焦燥感はなかった。黙って隣に居てくれる棗さんが、嬉しかった。
「……私は、」
「ん?」
「私は、何のためにここに来たんだろうって、ずっと考えていたんです」
「……ふむ」
そんな棗さんに聴いて欲しくて、私はぽつぽつと話し始めた。

「私、みんなの役に立ててるのかなって。勇者のみんなは言うまでもないし、
 巫女として見てもひなたさんは私なんかと比べて落ち着いてるし、意見もはっきり言うし、私もそんなひなたさんに助けられて。
 東郷さんなんて勇者と巫女?も両方やっちゃってるし……」
「うん」
「それに比べて私って、うたのんのおまけって感じで……巫女のお役目だって、確かに名誉なことだけど、他の巫女だっているんだから私なんて呼ばなくても」
「待て」
どんどん深みにはまっていく思考を、遮られた。
見上げると、膝を抱えて俯いていた私を悲痛な顔で見つめる棗さんがいた。こんな表情も、見たことがなかった。
「自分なんていなくてもいい、なんて言うな」
「でも、でも……!私はどんくさいし、卑屈だし、暗いし、そのくせすぐ嫉妬して……私が居なくても」
「水都」
気づくと、座ったそのまま抱きしめられていた。

「そんな悲しいことを言うな。歌野も悲しむ」
「それは……!そうかもしれない、けど……」
言わずにはいられなかった。考えずにはいられなかった。
勇者のみんなは文字通り人々の生活を守っているし、ひなたさんも巫女のお役目以外で勇者のサポートや、メンタルケアだってやっている。
じゃあ、私はどうだ?私が、私だけに出来ることが何も――
「私は、自分の価値を決めるのは自分ではなく、他人だと思っている」
ぐるぐる巡る負の感情の螺旋に苛まれていると、私を抱きしめる棗さんが頭の上で言葉を紡ぎ始めた。
「自分のことは、意外と自分ではわかっていないものだ。第三者がいて初めて、その人の価値が生まれてくる」
「私は、水都が必要だと思う」
「……!」
急にストレートに言われて、びっくりした。
「私は勇者だから、巫女の苦悩はわからない。でも、ひなただって一人でするより安心しているはずだ」
棗さんは続ける。
「ふたりなら作戦だって立てられるし、違った視点を持つことが出来る。それは重要だ」
「……うん」

「それに……寂しいじゃないか」
「え……?」
「歌野だってここに一人で来ていればきっと心細いし、水都だってそうだ。恐らく神樹様はそこを考慮しても二人を呼んだんだと思う」
「でも、そんなことはいい。私が言いたいのは一つだ」
「……うん」
「私なんて居なくてもいいなんて……そんな悲しいことは言うな。水都が居なかったら、私は寂しい」
震える私の肩をさっきまでよりも強く、でもやさしく抱きしめてくれる。
「水都は、私が戦う理由の一つなんだ。……守るべきものなんだ」
何も言わない私を、抱きしめてくれる。
「かげがえのない存在なんだ。……だから」
「うん……」
「私なんか居なくてもいい、なんて……言うな」
「……ごめんね、ありがとう」
棗さんは、温かかった。