犬吠崎三姉妹その3だよ~

Last-modified: 2017-06-17 (土) 17:58:56

とある土曜日の午後。
勇者部一同はそろって学校近くの保育園に訪問していた。学校は休みだが、勇者部としての活動は曜日を問わない。
保育園側もまた、共働きの家庭の子供たちを預かるために無休で開いてる。働き手は多いほうがいいということだ。
こういった地域の施設に手伝いとして訪問するのは勇者部の基本的な活動の一部だった。
この日もひとしきり子供たちの相手をして、くたくたになった勇者たち。
体力では負けないはずなのに、あの底なしのような無邪気なパワーにはついていくので精一杯。
全員疲れた様子だし、日も傾いているし、というわけで現地解散となった。
「それじゃあまた学校でね。来週は地域清掃あるから軍手を忘れないようにね」
「はーい了解です!」
「風先輩、お疲れ様です」
迎えの車が来ていたので、東郷と友奈はそれに乗り帰っていった。
残った三人は歩き、帰路に着く。途中までは方向が同じだ。
「まったく、なんで綺麗な泥団子作る予定が投げあいになるのよ。不意打ちもいいとこだわ」
「そんなこと言って一番楽しんでたのは夏凜じゃない。全身泥だらけになっちゃって」
「あんたが子供たち煽って集中攻撃させたんでしょ! にぼし星人って何よにぼし星人って!」
まぁまぁ、と牙をむく夏凜をなだめる風。
いつも通りだなぁなんて思いながら樹は後ろからそれを眺めていた。
「汚れていい服で良かったわ。制服だったらサイアクだったけど」
「そういえば夏凜さんの私服って、何ていうか機能性重視というかボーイッシュな感じですよね」
何気ないつもりの樹の言葉に、夏凜はぴたりと体の動きを止めた。
風はそんな夏凜を上から下まで観察し、確かにと頷いた。
「私服を見る機会ってあんまり無いけど、何かこう余所行きって感じの見たことないわね。動きやすいほうが好きとか?」
固まっていた夏凜は姉妹に背を向け、ぼそぼそと何事かつぶやいている。
もちろん聞こえない。
様子を伺おうとすると、顔を真っ赤にした夏凜が勢いよく振り向いた。
「し、しょうがないでしょ! 急な引越しで荷物まとめられなかったし、服買いに行く余裕なんてなかったし! 洗濯しやすいから気に入ってんのよ! 悪い!?」
一気にまくし立て、肩を上下させるほどに息を荒げている。
どうやら触れてはいけない話題であったようだ。言いだしっぺの樹がおどおどと謝っている。
とはいえ、なるほどこれは由々しき事態。
年頃の女の子が一人暮らしの成人男性のような言い訳を口にしてはいけない。風はこれを重く受け止めた。
そして頭の中で閃く。明日は運よく勇者部の活動は入っていない。
「よし! それなら決まりね。明日はみんなで買い物に行きましょ」
少し涙目の夏凜はぽかんと口をあける。
風の提案はつまり、服を買いに行くというわけで。そしてそのマネキン役は……自分だ。
「それいいねお姉ちゃん。夏物少し欲しいし……夏凜さんはどんな感じのが好みですか?」
「へ? い、いや私はいいわよ。服ぐらい一人で買いに行くし……明日はトレーニングを……」
後ずさりをして逃げ道を模索してみる。
しかしだ、この姉妹は獲物を逃すようなことはしないだろう。
姉の方はもうすでにこの捕らえた獲物でどう遊ぶか算段しているところだった。
「そうねーお昼前に集まって、まず一通りお店を見て回りましょうか。で、お昼食べながら候補を決めて買いに行く、と」
そう言いながら端末をいじり始めている。勝手なスケジュールが目の前で次々と積まれていく。
もちろんそんなことは許容できない、できないから反論したいのだが。
どこか心の中で、ストップをかけている自分がいる。夏凜は目を泳がせながらそれを感じていた。
ちょっと面白そうかも。自分の中の自分が、心の中でそう主張していた。
「つるやの前で集合ね。遅れちゃダメよ夏凜」
「楽しみにしてますね夏凜さん!」
犬吠崎姉妹はにこやかに夏凜を挟み撃ちにする。
「う……あ、わ……わかったわよ」
あぁ、また流されて行く自分を見送ることしか出来なかった。
ここは頑として断らなければ、いや断る必要はあるのか。わからない。
自宅のアパート近くに着き、明日の予定を再三確認させられ、二人と別れた夏凜は腕を組み首を捻った。
わからない、わからないけどとりあえず、洗濯をしよう。風呂にも入ろう。
ひとまずこの問題は棚上げだ。

翌日、天気は快晴。行楽日和という奴だ。
しかし夏凜の頭の中ではずっと思考の嵐が渦巻いているし、今日何をされるかと言う不安が荒波のように胸に押し寄せてくる。
ただ遊びに行くだけだ、そうそう恥ずかしい目にあわされたりはしないだろう。
自分にそう言い聞かせようとも、こんな心持では焼け石に水である。
そして何よりも、一番不安なのは会ったその時のあの姉妹の反応。何か言われないわけがない。
服を買いに行くのだから、道中の服装に関してはどうでもいいことのはず。それにこれは学生として正しい服装のはずだ。
つるやが目の前にせまる。犬吠崎姉妹の姿ももうそこにあった。
今の自分の姿をどう言い繕うか、暗い気持ちはただただ勢いを増して暗雲を広げるばかりであった。
「あ、夏凜さん。さすが時間通りですね……ってその服は?」
「あんたそれ……なんで制服なの?」
二人ははきょとんとしている。私服の二人に学校の制服の自分が並ぶ、あぁこの違和感。
静かな沈黙の中、夏凜は仕方なく白状した。
「私服は部屋着以外全部洗濯中で……今日はその、外に出かける予定入れてなかったから……」
沈黙は今しばらく、その場の空気を支配してとどまっていた。

服を買いに行こう。そう誘い出したのは風であったが、一つ問題がある。
それは行き先のショップと言える物がわずかであるところだ。
自分たちのような年頃の女の子が満足いく品揃えとなればかなり限られてくる。財布の事情もこめればなおさら。
というわけで、栄えている駅前周辺に到着した時点で見て回る店はほぼしぼられていた。
「じゃあ早速行ってみますか。哀れな制服娘をコーディネートしてあげないと、このままではにぼし売りの少女に間違われちゃうわ」
「……ツッコまないわよ」
「ダメだよお姉ちゃん。そんなことになったら、夏凜さんが最後……天に……」
「ちょっと! なんでバッドエンドにしてるのよ樹!?」
風と樹、二人の姉妹に挟まれている夏凜は今日休日でありながら服装が学校の制服だ。
もともと衣装持ちでないのだが、運悪く洗濯のローテーションと突然の買い物のお誘いが被ってしまい着ていく服が底を尽きていたのだった。
そんな現状を知り、女子力求道者であるところの風は夏凜のためを思いここまで連れ出して来たのだった。
しかし、この誘いがなければ服の着回しは滞り無く進んでいたはずだ。
制服で晒し者にされている夏凜は少しばかり納得いかない物を感じていた。
「なに仏頂面してるのよ。制服で歩かせてるのは悪いと思うけど、せっかくなんだから楽しまないと損よ?」
「べ、べつに楽しみに来たんじゃないし……さっさと選んでぱっぱと帰るわよ」
不機嫌さをアピールして、そっぽを向く。もちろん、これぐらいのことはポーズにすぎない。
相手をしている風もそんなことは百も承知。
夏凜の背中を軽く叩いて前を向かせる。
「まぁまぁ、そんなつまらないこと言わないで。これから私たちで夏凜に似合う服を選んであげるから」
「え? いいわよ、自分で選ぶからあんた達も自分のを見てれば……」
「大丈夫ですよ夏凜さん。絶対に可愛くコーディネートしちゃいますから」
「おぉ自信満々ね樹。それじゃ勝負しましょ、どっちがより夏凜に合う服を選べるか」
「ふふ、いいよ負けないよお姉ちゃん」
当事者を脇に置いて話を飛ばしていく姉妹。
引っ込み思案な樹もずいぶんとやる気を出して見せている。
嫌な予感はしていたが、どうやら楽しもうとしているのは他ならぬこの二人だ。
哀れな制服娘が話に加わるタイミングを逃し続けている間にも、勝負の流れは加速していくばかりだった。
「ちょ、ちょっとそんなことしなくていいって言ってるでしょ? ただ回っていれば欲しい物も見つかるって……」
これ以上振り回されるのはごめんだと割って入ってみたものの、二人の視線はすでにお互いしか捉えていない。
「これは私とお姉ちゃんの勝負です。夏凜さんは口出し無用です!」
「んなっ……!?」
温厚な樹ですら、聞く耳を持たない。勝負の熱は最高潮に達したと言っていいだろう。
ここに、今回の主役であるはずの夏凜を全く無視しながらも、彼女を着せ替え人形として扱う犬吠埼姉妹による大勝負が幕開けとなった。
「は、早く着替えが欲しいだけなんだけど……」

一行がたどり着いたのは、通りに面した目立つ立地のショップ。
フレンドリーながらも距離感を緻密に保つ、優秀な店員のいる優良店。
店の敷地は決して広くは無いものの、表から見るよりも奥行きがあり商品の数も期待できる絶好の土俵。
犬吠崎姉妹の勝負の場はここに決定した。
審判として店員にも参加をしてもらおうとの提案もあったが、目的は単なる服選び。仕事の邪魔をしてはいけない。
最終的な判断はやはりメインである夏凜に下してもらおうと言うことで一致した。
「それじゃあ選んでくるね。夏凜さん、期待しててください!」
先攻はジャンケンに勝った樹から。
自信ありげな顔を見せ、さっそく店頭に並んでいるフリルブラウスやジャンパースカートを物色し始める。
頑張って、と見送ったはいいものの一つ問題があった。
一揃い見繕ってくるまでの間、ただ突っ立って待っているしかないと言うことだ。
自由に見て回れればすぐにでも終えられるというのに、この仕打ち。
通り過ぎる人たちの目線がすべて自分に向けられているような気がしてならない。
ただの杞憂だと思い込むように意識を店内へ向けるしかなかった。
「やはり思った通りね。樹は自分の好みで服を選んでいる……夏凜に似合うというより夏凜を可愛く仕立てる方針ね」
縮こまっている夏凜とは逆に仁王立ちで対戦者の様子を実況する風。
憎らしいぐらい冷静なものだ。
「別に聞いてないわよ。ねぇ、時間制限とか決めた方がいいんじゃない? このまま立ってるとお店にも邪魔かもしれないし」
「それもそうね、持ち時間一人10分とかにしようかしら。樹ーちょっとルール変更ー」
これまた目立つような声を上げて店に入っていく。
晒し者気分を感じているのは結局、夏凜一人なのであった。

「いい物揃えてきましたよ! 夏凜さんにきっと似合うと思います!」
時間いっぱい使って戻ってきた樹は満面の笑みを見せた。手に提げたかごには上から下までそろえたであろう服が積まれている。
どんな服かは一見しただけではわからないが、色合いは淡くフワフワとカラフルな、何ともらしい選択だ。
「ま、まぁ樹ならそうそう変な物選ばないだろうし……安心はしておくわ」
「さぁ次は私の番ね。待ってなさい夏凜、モデルとしてスカウトされちゃうように仕上げてあげるわ」
そんなことは一切期待していないし希望もしていないのだが、風も自信満々に店へ入っていった。
店先から順に物色していった妹とは対照的に、風はずんずんと奥へ潜っていった。
すでにアタリをつけていたのだろうかその歩みに迷いは無い。
「確か奥にはジャケットやスリムパンツなどの大人っぽい商品が揃っていたはず……なるほどお姉ちゃんは別方向から攻めて来るつもりみたいです」
姉と同じく勝手に実況を始める樹は置いておいて、黙って店の中の様子を眺めることにした。
この二人の勝負は着替える役である自分がいて成り立つわけだが、もちろん自分だって何でも着てやろうという気ではいない。
よっぽど奇天烈なコーデだったら投げつけて帰ってやろう。
風のチョイスには少しばかりの不安もあったので、その思いはより強固なものとなっていた。
「ただいまー。いやー割とさっさと見つかったから良かったわ」
後攻の帰りは思ったよりもはやかった。手には先攻と同じく数種の服が詰まっているかご。
落ち着いた寒色系のものが多く、デニム素材のものも見られる。あれがパンツだろうか。
「さて勝負はここからが本番よ。夏凜、そこに試着室があるから順に両方着てみて。その感想で勝負を決めましょ」
「まずは私の方からですね。じゃあこれをどうぞ」
手渡されたかごを手に、夏凜は試着室へと向かう。その前には店員がにこやかに待ち構えており、丁寧にカーテンを開けてくれる。
「ど、どうも……」
ごゆっくり、なんて優しく語り掛けてもらって、なんだか申し訳ない気持ちになる。ついつい縮こまってしまう。
いや、しかしだ。今の状況を悪い方向へと考えていた頭がそんな店員の顔を見てはっとなる。
姉妹の勝負はどうあれ、この服たちは店員が品を揃えて手入れをし、毎日毎日色んな客へ勧めてきた物であろう。
そんな逸品をこんな猫背のまま着てしまうのはそれこそ失礼に当たるのではないか。
ならばここは堂々と、胸を張り勇ましく着こなして見せるべきだろう。どこかに行っていたプライドがようやく帰ってきたようだった。
「いいわこの勝負、私にとっても大一番ね!」
肩をいからせ闊歩して、土俵入りとばかりに試着室へ入る夏凜。
その姿を見た風はやれやれと肩をすくめた。
「威勢がいいのはいいけど、女子力とは程遠いわねぇ……」
樹は困ったように笑うしかなかった。

試着室は狭い。服を着替えるのに必要最低限のスペース。
これは少しでもバランスを崩してこけようものならそのまま外に転がっていってしまう。
そんな無様だけはさらしたくない。
かごの中の服を取り、気を引き締める。せっかく着るのだからビシッと決めて見せねば。
「これってワンピース? ……レース生地みたいだけど薄くてなんか頼りない感じね……あ、これを上に着るのか」
樹が選んできた服を手に取りしげしげと眺めた。
普段自分で着ない上に触れたことも無いような、柔らかく軽い布地は新鮮なものだった。
なるほど、樹は確かにこういった私服をよく着ていた気がする。
着心地にも興味がわいて来た。少し心が高揚してくる。
しかし、カーテン一枚挟んで向こうは完全に外の世界。壁も無いこんな場所で着替えるというのは、慣れがないと相当に落ち着かない。
焦りすぎないよう、気をつけつつ出来るだけ急いで着替えてしまうことにした。
「……こんな感じかしら。サイズがぴったりなのはちょっと不思議だけど……」
レースの真っ白なワンピースに淡いオレンジ色のカーディガン。暖色系を選んだのは夏凜への配慮だろうか。
制服よりもすそが広がっていて、いつもより風通しがいいように思えた。やっぱり頼りない。
姿見の向こうにいる自分は、いかにも着させられている感じで垢抜けないというか幼く見えてしまう。
その場で足を軽く上げ、クルッとターンしてみる。スカートはふわりと広がって体が止まるとそれにあわせてピタリと元の形に戻る。
計算されたような動き。きっとモデルがして見せればさぞかし様になるのだろう。
「かりーん、着替え終わった? 出来ないなら手伝おうか?」
「ひ、必要ないわよ! もう終わったから……はい、これでどうっ?」
勢いでカーテンをあけ、外の世界へと今の自分の姿をさらけ出す。
モデル立ちなんて出来ないので足を閉じ、出来るだけ服に合わせるように大人しく佇む。仁王立ちも腕組もなし。
それを見た姉妹は口を丸くあけて驚いていた。
「へー似合うじゃない。馬子にも衣装ってやつかしら」
それは悪い意味のことわざだ。ツッコミたい気持ちをおさえてて大人しくする。
「さすが夏凜さん。とっても可愛いです! ちょっとそこでクルッと回ってみてもらっていいですか?」
それはもうやった、とは言えないのであいまいに笑ってごまかす。
いいわね……いいよね……と具体的な感想を出してこないので、もういいかと試着室へ戻ろうとするとその背中に風が待ったをかける。
「写真撮りましょ、写真。夏凜の初々しい姿をカメラに収めておかないと」
「あのねぇただ服試着してるだけじゃない。別にいつもと変わらないわよ」
いいからいいからとカメラを構える風。
レンズを向けられると、何となくだがポーズを求められている気がして小さくピースをしてみた。
「いいわねー。それじゃあ今度はスカートの端をちょっと持ち上げてみて!」
そのまま風の口車に乗せられるままに数ポーズ写真を撮られ、ちょっと調子付いたことを悔やみつつ試着室へ戻る。
次は風のコーディネート。さっき手渡された時よりかごが重い気がした。

「上は普通のシャツね。柄がちょっと派手だけど……」
写真なのか絵なのか、人の影のような不可解な模様がプリントされたシャツは派手な色使いで、袖がストライプになっている。
じっと見つめていると目がクラクラしてしまいそうだ。
樹のときと同じくなぜだかサイズはぴったり。深くは考えないようにしよう。
次は下のデニムパンツだ。
見た感じからしてスリムなタイプ。脚のラインがしっかり出てしまうのは少し恥ずかしいが、ワンピースよりかは自分に合ってる。
慎重に脚を通して、ボタンを留めベルトを締める。
ゴツゴツしたバックルがシンプルなパンツの上で主張していて、これはこれでかっこいいかもしれない。
姿見の前で体を捻りおかしなところはないか、確かめる。少しきついのはまだ新品だからだろうか。
そこでふと気づいた違和感、姿見をみてみるとそれは感覚ではなく現実だ。
「ちょ、ちょっとこれどうなの……!?」
思わず目をこすり何度も何度も見直してみる、変化は無い。
一旦脱いでから、さっきよりもさらに慎重にはいてみるが形状が変わることは無かった。
これは流石に……と思ったが、今更になって怖気づくのもどうかと思う。
焦りが全身に行き渡る。到底外に出る勇気など出てこないが、外にいる姉妹は残酷なもの。
「夏凜ー? もう着替え終わったんでしょ? はやく出てきなさい」
「夏凜さん、大丈夫ですか? 具合悪いんですか?」
声がかかる。まずい、モタモタしている時間は無い。
ぐるぐると考えがめぐる頭のまま、カーテンの隙間から外の様子を伺う。
すると、ちょうど二人と目があってしまった。ますます焦りが加速する。
「あ、あ、あの風? これその……サイズ間違ってない?」
恐る恐る聞いてみると、風本人は何だそんなことかと気楽に答えた。
「もちろん夏凜のサイズにちょうどぴったりよ。そういうパンツなの、気に入った?」
「き、気に入るなんて……! これって、その、少しでもかがんだらずれちゃうっていうか……!」
「気にしちゃダメよー。そんなことじゃ女子力上がんないわよー」
女子力の問題なのか。というより女子なら気にしないといけないのでは。
とにもかくにも、このまま試着室の中にいるわけにもいかない。風の言いなりではあるが、仕方なくカーテンをあける。
その姿を見た樹は一瞬目を見開いていた。風は何かを納得したかのようにうんうんと頷いている。
風が選んできた服は、上のシャツは派手めで下のパンツは落ち着いたデニム。しかしパンツは腰ではくタイプ……ローライズというやつだ。
そのせいでシャツの隙間からちらちらとへそが出てしまいそうだし、下手に動いたらずれるだろう。
そんな不安もあってか、夏凜の態度は先ほどよりも余計に大人しくなっている。前もまともに見られない。
「わー、かっこいい! 大人の女性って感じですね!」
夏凜の気持ちを知ってか知らずか、樹は素直に褒めてくる。
「こっちもいいわね。夏凜にはやっぱり動きやすい方が合うでしょ」
むしろ動きづらいのだが。そんな顔を察して風は、はき慣れれば問題ないわよとフォローをいれる。
そんなわけで今度の服でも色々とポーズをとらされ、シャッターを切られる。
とはいっても大胆に動くことは出来ない。変なものを写真に残されるわけにはいかない。
夏凜はこの時が早く過ぎるよう祈り、風の気が済んだところで素早く試着室へ逃げ戻った。
「ありゃ夏凜ーもう少し写真撮らせなさいよー」
「うっさい! いいからもう着替えるわよ!」
恥ずかしいったらありゃしない。風の不満げな声は無視していつもの着慣れた制服を手に取る。
あぁ、やはりこっちの方が安心する。
さっさと着替え戻した夏凜は少し心を落ち着けた、だが。
「それじゃあ決めてもらいましょうかね。私と樹、どっちのコーディネイトが良かったか」
そうだ、そういえばそんな話だった。試着室を出た夏凜はその言葉でようやく思い出す。
頭を悩ます夏凜を両側から挟み込み、ズルズルと引き連れて犬吠崎姉妹はとりあえずショップのむかいにある喫茶店で一休みすることにした。
判定役が着替え疲れてしまっては意味がない。
三好夏凜の苦難はまだ終わってはいなかった。

「あ、このモンブランおいしい!」
「そっちも良さそうだったわねー。樹、一口交換しない?」
「いいよ。はい、お姉ちゃん」
甘いケーキにアイスティー。うららかな午後のひと時。
休憩に立ち寄った喫茶店でゆっくりと腰を落ち着けて昼食を済ますことにした。
自分たちでもちょっと自覚があるが、ずいぶんと熱中していたようで胃の中は空っぽ。
ランチセットも軽々たいらげて、メインであるデザートに舌鼓をうっていた。
「なかなかいい品揃えだったわね。他のお店見て回るのも面倒だし、あそこで全部買っちゃおうか」
「そうしよう。他のとこはちょっと離れてるし……夏凜さんもいいですよね?」
その問いに応えはなかった。
同じランチセットを頼んだが、綺麗に食べ終わった姉妹と違い夏凜の皿はまだ一口もすすんでいない。
本人もテーブルに突っ伏して魂が抜けたような顔をして呆けている。
時々うーとかあーとか言ってじたばたし始めるのは、何かがフラッシュバックしているのだろう。
本日の主役がこんな状態では困るのだが。
「かりーん生きてる? 食べないと死んじゃうわよー」
「お姉ちゃん、まだ疲れてるみたいだよ。もう少し休憩してようよ」
テーブルに顔を押しつけていた夏凜は、顔だけこちらに向けて恨めしそうににらみつけていた。
「……こっちは恥ずかしくって死にそうよ」
「おお、返事があった。着慣れちゃえばなんてことないものよ、見せる下着なんてのもあるんだし」
「そんなものわざわざ着たいとは思わないわよ……」
ゆらりと上半身を起こし、フォークを手に取った夏凜はようやくランチを食べ始めた。
テーブルに伏していたのは彼女なりのハンストだったのかもしれないが、やはり空腹には勝てなかったらしい。
「でも似合ってましたよ夏凜さん。なんというかこう、デキル女って感じで!」
「ワンピースも良かったわねー。よそ行きでお洒落してるちっちゃい子みたいで可愛かったわよ」
「褒めてないじゃない……」
もそもそと料理を口に運んでいく。味わいはない、完全に作業であった。
自分で思い出してみてもあの服選びは褒められたものではないと思う。
センスが悪いとか見る目がないとかそういう話ではなく、単純に着せる対象が悪かっただけだ。
風のようにすらっとしてるわけではなく、樹のように愛嬌があるわけでもない。
ああいう店にあるようなそういった人たちらしい格好は自分には似合わないのだ。
紅茶を飲み干して深くため息をつく。これはどちらかというと自己嫌悪。
「まぁまぁ元気出しなさいって。似合ってるってのは本当なんだし、好きな物買えばいいのよ」
「そうですよ、ご飯食べた後もう一回行きましょう! 今度は夏凜さんが自由に見て選んだ物を見たいなーって思います」
口々にフォローを入れてくれる二人。
せっかくなのだし邪険にするわけにも行くまい。夏凜はデザートを口にしながら思い返していた。
樹の選んだワンピース。
自分ではまず選びそうにないふわふわした着心地が新鮮ではあった。
恥ずかしいところなんかどこにもないのだが、普段着にするには少し動きづらさが問題となる。
頼りなさげな素材も、服を着てるというより布を巻いていたかのようだった。
ただあのオレンジ色のカーディガンは季節を選ばず着られそうで、落ち着いていて気に入っていた。
風の選んだシャツとパンツ。
シャツはまぁいい。柄も色も気にしなければどうということはない。
あれぐらいの派手さであれば、町に出てしまえばそこまで目立たないものだ。
しかしあのローライズパンツに関してはブレーキがかかる。今頭を悩ます一番の問題点だ。
着慣れれば大丈夫だというが、着慣れている人はすでに脚が細くて長くてはく前からすでに似合ってる人たちだ。
自分はそんなスタイル持ち合わせていない。おそらく将来的にもないかもしれない。
とはいっても、先ほどの空いた時間に店先に飾ってあったマネキンが着ていた同じようなコーデに目が行っていたのも事実。
結局、拒絶は憧れと裏表であったりするわけだった。
「おーい、大丈夫?」
「はっ! な、なによ!?」
悶々としていた頭が急に現実に引き戻される。フォークを持ったまま思考に耽っていたようだ。
「そろそろ出ようかってこと。あんまり長居するわけにも行かないでしょ」
「あ、でも急がなくてもいいですよ。ゆっくりあせらずそれなりに早めに食べる感じで」
「あんまり難しいこと要求しないでよ」
残りのケーキを食べ進め、アイスティーで流し込む。
この喫茶店にも申し訳ないことをしたな、今度改めて食べに来ることにしよう。
「それで、結局どっちなの?」
「何がよ」
「私と樹のコーディネート。どっちが好みなのよ」
「どっちですか、夏凜さん!」
あぁ、勝負の話は無かったことにはなってなかったのか。どちらも長短併せ持つわけだし、決めかねる。
だがこうして結論を求められると、それに応えなければいけないような気がしてまた頭が乱回転をはじめる。
えーとえーとなんて言葉を先送りにしていてる間も、姉妹は詰め寄ってくる。
「私よね夏凜?」
「私の服の方が可愛かったですよね? ね?」
もはや夏凜に判断能力は残されていなかった。
爆発するかのように立ち上がり、二人に向けて答えをぶつける。
「あぁもう両方よ両方! 私はどっちも好きなの!! それでいい!?」
言い放ったあと、後悔がどっと波のように押し寄せてきた。喫茶店の中、客がまばらだったのが唯一の救いではあったが。
そんな夏凜の叫びを聞いた二人は、しばらくポカンと口を開けていたがやがて顔を見合わせてくすくすと笑いあった。
「な、なによ! 何が悪いのよ!」
「ううん、悪くない悪くない。それにしてもそうか、そんな高らかに宣言されちゃ反論の余地はないわ」
「ふふっ私も好きですよ夏凜さんっ」
犬吠崎姉妹はまたも夏凜の両腕をそれぞれ絡み付いて捕まえた。真ん中にいる主役はわけがわからぬままだ。
「二人とも好きだなんて大胆ねー、両手に花なんだからちゃんと平等にしてくれないと許さないわよ?」
「え? ななな、何の話よ! 服のことよ服のこと!」
「ささ行きましょ夏凜さん。もう一回見てまわって夏凜さんが心から気に入る服を選んでみせます」
「いや、もう着る役はいいからー!!」

終始姉妹のペースに乗せられっぱなしだった夏凜は結果、紙袋を2個も3個も提げて帰ることとなった。
絶対にあの二人の前では着ないようにしよう。そう心の中で誓う。
それと帰宅後袋の中身を全部広げて、また一通り着てみて思わずにやけてしまったことも黙っていよう。
夏凜はその日以降、そう何度も何度も自分自身に言い聞かせた。