闇の友友その2だよ~

Last-modified: 2017-10-01 (日) 23:04:44

「嬉しいな。お祭りに誘いに来てくれたんだ」
高嶋友奈は結城友奈を観察する。
部屋の戸口に立つ彼女が纏っているのは、桜の意匠があしらわれた薄桃色の浴衣。
下駄の鼻緒から足袋越しに顔を覗かせる足の指。
半周回って背中を見れば、熱を帯びたうなじが揺れる髪の奥から人恋しそうに見え隠れしている。
「その浴衣、似合ってるね」
高嶋友奈が呟いたのは、過剰すぎず粗末でもない実直な感想だった。
そう言ってもらえると安心するね、と照れくさそうに笑う頬には僅かな朱が差している。
いつもと違う装いの、いつも通りの結城友奈は、夏の夕焼け空のように艶やかだった。

「一応、おまじないやっておくね」
浴衣に着替えた高嶋友奈は結城友奈の胸に手を当て、密かに酒?童子を心中最深部から回収する。
いつもありがとう、と感謝する結城友奈。これくらいの手助けならいつでも、と微笑む高嶋友奈。
それは確かに御呪いだった。二人の友奈にとって、今日という日が幸福な思い出になることを確約せんがための御呪いだった。
「それじゃ行こっか」
高嶋友奈が振り向くと、軽やかに下駄を鳴らしながら結城友奈が寄り添った。

「お祭りの会場ってこっちだっけ」
高嶋友奈に連れられて、人気のない道を歩く結城友奈が不安げに呟いた。
「大丈夫。提灯の通りに歩けば着くよ」
「そっか。高嶋ちゃんがそう言ってくれるなら大丈夫だね。なんだか最近、暗い道とか一人で歩けなくなっちゃって」
後半はほとんど独り言のように小さな声だった。ほんの僅かな時間、静寂が空間を支配する。
折角だし、手でも繋いじゃおうか。どちらからともなくそう切り出して、二人の手と手が結ばれた。
無数の提灯の灯りが連なる道を、二つの影はゆっくりと歩いた。

「ここを昇ればすぐだよ」
高嶋友奈が指し示した先には神社に続いているらしい石段が並んでいた。
下駄で昇るのは結構きついかもしれないけど、高嶋ちゃんと一緒なら大丈夫だろう。結城友奈はそう思いきって、一歩目を踏み出した。
十段、二十段、三十段、四十段。登るごとに地上の喧騒が遠のいていく。結城友奈にはその静寂が、故郷のように懐かしく感じられた。
いつ終わるとも知れない石段を登りながら、二人は他愛のない話をした。
勇者部の皆のこと。好きなうどんのこと。趣味のこと。
相手の話に相槌を打ちながら己の知りうる限りを喋っている内に、結城友奈は幾つかの鳥居をくぐり、百の石段を踏み越えていた。

「提灯の灯りがが綺麗だね」
「うん」
結城友奈にはこの灯りが親しい友のように感じられていた。高嶋ちゃんと二人でずっと見ていたい、と思った。
その事を打ち明けると、高嶋友奈は心底嬉しそうに微笑んだ。
いつ終わるとも知れない石段を登りながら、二人は他愛のない話をした。
勇者のスマートフォンのこと。精霊のこと。お役目のこと。
相手の話に相槌を打ちながら己の知りうる限りを喋っている内に、結城友奈は幾重もの鳥居をくぐり、数百の石段を踏み越えていた。

「高嶋ちゃんは私と同い年なんだよね」
「ううん。実は私、314歳なんだよ」
「そっか」
結城友奈はそれに驚くことも、下手な冗談だと笑う事もしなかった。結城友奈にはそれが、至極当たり前の事だと感じられていた。
高嶋友奈もその事実を、至極当たり前の事として口にしていた。
二人の間にはもはや、お互いに対して何の疑念も生じ得なかった。
いつ終わるとも知れない石段を登りながら、二人は他愛のない話をした。
明日産まれてくる人のこと。たった今亡くなった人のこと。神世紀142年9月26日に投函された素敵な恋文のこと。
相手の話に相槌を打ちながら己の知りうる限りを喋っている内に、結城友奈は今自分がどれだけの鳥居をくぐり、何段の石段を踏み越えたのかまったく気にならなくなっていた。

「お疲れ様。ここが御祭りの会場だよ」
石段を登り切った先の景色。パチパチと鳴る大きな火の周りを、たくさんの人影が取り囲んでいた。
二人の後ろから御祭りへ急ぐ人、御祭りから帰ろうと石段を下りる人。
その誰もが多種多様のお面を着けており、二人の他に素顔はない。その誰もが音もなく動き回っており、二人の他に下駄の音はしない。
結城友奈にはそれらの人々が、まるで匂いのついた空気が行き来しているかのような仮想の存在として感じられた。
「どうぞ」
目の前に現れたお面の一人からおもむろに差し出された個包装の一口饅頭が、いつの間にか二人の手に収まっていた。
お金も払ってないのに、と躊躇する結城友奈の背中を押すように高嶋友奈は微笑みかける。
「大丈夫だよ。それはここにいる皆のものだから」

高嶋ちゃんが言うのなら、きっとそうなのだろう。差し出されたものを食べないのも、警戒してるみたいで失礼だ。
結城友奈はそう自分を納得させ、饅頭の包装を丁寧に解いて半分ほどを食した。
その饅頭は決して抜群に美味しくはなかったが、たくさんの人の想いが詰まっている暖かい味わいのものだった。
結城友奈はその想いを愛おしむ様に一噛み一噛み、丁寧に食べて飲み込んだ。幸福感が腹の底から湧き上がってくるのを感じていた。
「見て、結城ちゃん。あっちも美味しそうだよ」
高嶋友奈が指差す方向には、瑞々しい果物や野菜、魚が並んでいた。あれにも饅頭のような特別な味わいがあるのだろうと、結城友奈は胸を高鳴らせた。
「いっぱい食べてね」
お面の人に差し出されるまま、高嶋友奈の笑顔に促されるまま、結城友奈は次々と果物を食していく。
彼女が鞄の中で振動を続けるスマートフォンに気付いたのは、差し出されたものを全て平らげた後だった。

「私、東郷さん達と別のお祭りに行く約束してたんだ」
結城友奈の脳裏に、集合場所で待ちぼうけする勇者部の様子が鮮明に映し出された。
乃木園子と三好夏凛は何かを疑うようにじっと考え込んでいる。犬吠埼姉妹は不安げにスマートフォンを見つめている。東郷美森に至っては今にも泣きだしそうだ。
何故今まで気づかなかったのか、どうしようどうしよう。大慌てに慌てる結城友奈を宥めるように、高嶋友奈は彼女の手を取った。
「行ってあげて。私はここでもう少し御祭りを楽しんでいるから」
ごめんね、ごめんね、後で絶対合流しようねと何度も謝る結城友奈に笑顔で手を振って、高嶋友奈は一時の別れを告げた。
軽やかに下駄を鳴らしながら、薄桃色の浴衣が石段を駆け下りていく。その背中を高嶋友奈が遣わした酒呑童子が追っていった。
高嶋友奈はそれを、石段の最上段からじっと見つめていた。