闇の友友だよ~

Last-modified: 2017-10-01 (日) 23:01:22

「うん。それじゃあ今日は私があなたになるよ」
高嶋友奈は憔悴しきった結城友奈を前に、あくまで穏やかに微笑んだ。
「高嶋ちゃんが、私に」
「ううん、『わたし』があなたになるんだよ」
わたしは言葉の意味を呑み込めず呆然とする私を観察する。
落ち窪んだ眼孔に嵌め込まれた大きな目に光はない。
肩を落として縮こまっている座り姿などは、私を少しでも知っている人間からすれば仰天必死の大異変である。

「でも」
言いづらそうに俯く私の手は、何かを庇うように懸命に握り締められていた。その手を包むように触れる。
「優しい手だね。いつでも誰かの何かを守ろうって、ぎゅって固く握って」
「でもね、この部屋には誰も入れないから。だから今日はぎゅーしなくてもいいんだよ」
この部屋にはあなたがいる、と怯える私の視線。それでも、わたしの想いは少しも揺るがなかった。

「わたしは私で、私もわたし」
わたしは私の耳元で囁きながら、花の蕾を解きほぐすように彼女の拳をほどく。
「この部屋には私以外誰も入れない」
生地を伸ばすように指の一本一本を先端までマッサージする。指先の神経が心地よく圧迫される度、私は小さく声をあげた。
「結局私同士なんだから。何したっていいんだよ」
全てが終わった後、私の手は赤子のように力なく開かれていた。

「これもお預け。忘れちゃおう」
私の懐から抜き取った勇者の証、特別なスマートフォンをわたしのそれと重ねて、部屋の隅に追いやった。
それを不安そうに見つめている、全身脱力しきった私をベッドに横たえ、その体を優しく抱き留める。
「辛かったね。頑張ったね」
突然の抱擁に混乱する私の心が事態を理解するまでの15秒。それを噛み締めた後、私はわたしにしがみつきながら堰を切ったようにわんわんと泣き始めた。

東郷美森が昔の友達と再開して、とても喜んでいること。
勇者部のメンバーもそれぞれ異なる時代の勇者と交流を深めていること。
神樹の中で新しく出会った勇者にも私以外に特別な親友が出来ていたこと。
「嬉しいことのはずなのに、幸せなことのはずなのに、そう思えないよ。友達の嬉しいが嬉しくないよ」
きっと私が心の狭い人間だからだ。きっと私が勇者に相応しくない人間だからだ。
涙の滴と混ざりあった濁流のような自傷が部屋を呑み込んでいく。

「寂しかったね、嫌だったね」
その嘆きを受け止める度、慰める度、背中に回された腕の力が強くなる。泣き張らした私の目にはもう、わたししか写っていない。
「じゃあ、今日もおまじないやっちゃおう。嫌なものは全部取り外してあげるからね」
ぐずりながら頷く私の胸に手を当て、その心から精霊・酒呑童子を密かに取り出す。

「どうかな。少しは楽になった?」
「うん。ちょっとだけ、心が軽くなったみたい。高嶋ちゃ…わたし、いつもありがとう。手を当てるだけで元気にしてくれるなんて」
「他ならぬ私のピンチだもん、手助けくらいならなんともないよ」
少し元気を取り戻した私とわたしは、広いベッドの上でくすぐりあったり、転がしあったり。じゃれあう仔猫のように笑いあった。
「そろそろ行かなきゃ。皆心配してるかも」
時計を見た私が言った。もちろん引き留めはしない。そんなことを私は望んでいないと、わたしは知っていたから。
その代わりに、背を向けた私の心に再び酒呑童子を潜ませる。
誰にも見つからないように、誰にも解決できないように、深く深く、私の一番暗いところへ。

「あのね。もしまた嫌な気持ちになったら」
「うん。一番にわたしの所に行くよ」
それじゃあ、と二人同時に手を振って、私は部屋の外へ歩き出していく。
その背を追いながら、わたしは一人で呟いた。
「またね」
自然に頬が綻んでいた。