風ぐんだよ~

Last-modified: 2017-07-13 (木) 09:55:44

果たして夏の気候を炎天下と形容したのは誰だったのか
うだるような熱気に寄り添うように襲い来る湿気
青々と燃え盛る新緑にとっては大事な時期なのかもしれないが人間にとっては試練の時である
容赦なく降り注ぐ熱光線は舗装された道路を灼熱の鉄板へと変容させ、
反射熱と立ち上る熱気によって上昇した気温はその場の水分を容赦なく蒸発させる
日陰である事にこれ程感謝する事はないのではないだろうか
ふと、窓の外を眺めると浮かんでいるのは船の帆の様な入道雲
「おっじゃましまーす!」
「お邪魔するわ」
「いらっしゃい、早かったわねー」
聞いただけならまずとある友人と間違えるだろう元気な挨拶とその後を追うよう発せられた声が部屋に響いた
ぱたぱたとスリッパを響かせながら面倒臭いのでエプロンで両手を拭きながら二人に応対しようとして急ブレーキ。
うどんを湯がいている大鍋を火から降ろす。来客する事は解っていたので遅めの昼食を4人で摂ろうと時間をずらして用意したものだ
冷水で締める前に奥の部屋の扉を開けて来客を知らせる事にする
「樹ー来たわよー」
「……えっ、あっいらっしゃい友奈さん、千景さん!」
後ろから話しかけられてその場で飛び上がり、机の上のノートを慌てて閉じる妹を苦笑しながら薬味を用意しにキッチンへ戻る
 
 
その日、高嶋友奈と郡千景は犬吠埼家があるマンションへと訪れていた
ひなたからの神託を基に造反神を鎮める為の足掛かりが完成し、かくかくしかじかで現状を勇者全員に説明した事で
生まれた余裕を持ってこちらから攻める算段を計画した結果派生した海水浴に対して問題が発生した、千景が拒んだのだ
「……私は遠慮していくわ。海に入るつもりはないし、戦闘には必要ないのでしょう?」
「海で一緒に遊ばないの?私、ぐんちゃんと海水浴したいよ」
「高嶋さん……考えておくわ、ごめんなさい」
去っていく千景の背中を放ってはおけまい、と大赦が用意した彼女の自室に事情を聴きに行くと思うより素直に千景は対応してくれた
「…………体に傷があるのよ。服を着ていれば見えないけど」
「……そっか。じゃあ海で遊ぶことが嫌なんじゃないのね?」
「嫌じゃないわ。私だって高嶋さんたちと海で遊んでみたい……」
ここまで聞ければ話は早かった
あれよあれよといつも通りに頼れる後輩達に声を掛けつつ他の面々にはひなたから話を通してもらい、ついでに高嶋さんちの友奈の予定を押さえる
日課の晩御飯の買い物がてらに水着売り場を予めリサーチしておきつつなるべく千景の意図に沿うデザインがある売り場を調べておく
それとは別に有用な防水ファンデーションやウォータープルーフの種類を調べ、用意出来るように算段を付ける
やっぱりアタシって女子力高いわね…と自画自賛出来る対応だと自負していた、友奈と東郷を巻き込んでいざ水着を買いに行くまでは。
「まさかバーデックスが水着奪っていくなんて思わないでしょ」
「本当にそうね」
「あはは、でも取り返せて良かったです」
ちゅるるとうどんを啜りながら四人で机を囲んで談笑する。
今日は冷やし釜玉うどんにしてみた、薬味は以前農作業を手伝った時に農家さんが分けてくれた紫蘇の実である
青臭くかつさっぱりとした苦みが口の中で弾け中々美味しい。卵の黄身と調和するように紫蘇の風味を出している
農家さんには今度お礼を言いに行かなくちゃね
「それでどぉ?大丈夫そうなの?」
「ええ、高嶋さんが選んでくれた水着で問題無さそうよ。それで、一応犬吠埼さんにも再確認してほしいのだけれど……」
「部長、お願いします!」
「ふっ、まっかせなさい!水着ついては一家言あると言われたこの犬吠埼風よ!」
「お姉ちゃん、それ誰に言われたの」
胸を軽めに張って拳で叩きつつ小さめの容器に移し替えたうどんを味わう妹の言葉をそっと無視して終わった食器を集める
一通り水で洗い流し、洗剤の入ったプールに浸しておく
よし、と手を水洗いして気合を入れなおした
「見せてもらうわよ、西暦の勇者の水着力というものを!」
「また変な言葉作ってる…」
 
 
樹の部屋を借りてカーテンを閉め切る。エアコンの冷気を逃さない為でもあるけど千景の為だ
友奈と樹の目もあるので襖も静かに閉めて彼女に背を向けて話しかける
「じゃ、着替えたら教えて」
「解ったわ」
衣擦れの音を聞きながら手持無沙汰で目の前にあるノートをパラパラとめくる
部屋の主は中身を見る事を怒るだろうがお姉ちゃんは暇なんだ、許せ妹よ
あ、この歌詞何度も書き直した跡がある
「ねえ」
「ん?終わった?」
満足したので手から逃れたがっていたノートを机の上に戻していると背後から声を掛けられた
「ごめんなさい、まだよ。……どうして親身にしてくれたの?」
「どうしてって」
「貴方達が優しい人達なのは解るわ、でも貴方は部屋まで追いかけてきたから」
思わず振り向いて驚いている千景の後ろに回って着付けを手伝いだす
嫌がるかな?と肩越しに顔を覗くが嫌がってないようなので続行。
「……なんでだろ、同じだって思ったからかな」
「同情って事?」
「それは違うわよ」
肩紐を軽く緩めずれた場合を確認してもう一度締める
腰のパレオは彼女自身に気を遣ってもらう他ないだろう
少し離れて後ろから違和感が無い事を確かめて前に回る
「生まれた時からって訳じゃないけどアタシん家両親居ないのよ」
フロントの部分を少し強めに引いて上にずらす
問題がない事を確認して頷いた
「それを大赦から教えられた時の私が居た気がしたからかな?ちょっと座って」
高嶋友奈の見立ては確かな物だったらしくこの水着一式なら傷など一切見えない
後は現地で着付けを手伝ってあげればオールグリーンな筈だ
前から俯瞰で眺めてから肩紐を解いた
「それって同情じゃないの?……余り見ないで」
「違うって。腕上げて」
「えええ」
少し頬に朱が刺した顔を前にして心の監獄から出せー!と騒ぎ立てる茶化したい自分を必死に抑える
一度請け負ったのだから責任持って彼女に真摯に向き合わねばと自分に念を押す
「ごめん、ちょっとだけ我慢して」
「……っ」
傷に沿ってファンデーションを馴染ませる。困った事に想定して用意した化粧品よりも彼女は色白だった
隠すだけならこれでいいけれど色見も悪くないしこれは自分用にしてもう一段軽い色を買ってこよう
彼女の胸の上で人差し指をくるくると回しながらそう考え、姿見の前まで彼女を連れていく
恥ずかしそうにしながらもどこか問題がないか鏡の前で体をねじる彼女がおかしくて笑った
「これで良しと。……千景に友奈がいるようにアタシには樹が居た。同じように人生先陣切って生きていく勇者同士友達になれるかと思ったワケよ」
「…………そう」
「何時でもウチに友奈連れて遊びに来て、樹も喜ぶわ」
「……あの」
暗がりの部屋の中目線を斜め下に向けていた彼女がこちらに振り返り両手で手を握ってきた
目をぱちくりさせていると小さいが確かに彼女の意思が聞こえる声でただ一言
「ありがとう」
と言ってほほ笑んだ。溶けるような笑顔に動けない
まずい、これは遅効性の毒だ
高嶋友奈が日々受けているであろう物よりは薄いだろうけどこれは――
今まで勇者部の部活動を通して東郷で多少なり耐性がついていたと思っていたけど
東郷が水の様な透明感ある美人であるならば千景は薄氷の美人だ
手を払いのける訳にもいかないしそもそも不意打ち過ぎて動けない
そんな風に蛇にらみ受けた蛙の気持ちを味わっていると部屋の襖がそっと開いた
「お姉ちゃん、まだ?」
 
 
「わぁっ、ぐんちゃんやっぱり可愛い!」
「本当に似合ってます」
「ありがとう、高嶋さん、犬吠埼さん」
大輪の花が咲いているリビングを背に冷えた麦茶を4つグラスで用意する
ついでに蛇口を捻り両手で水を掬い、顔に何度かかける
少しだけまだ早く鐘打つ胸を撫ぜると後ろに向かって叫びながら輪に混ぜてもらう事とする
「アンタ達、今日はかめやで早めに晩御飯食べるわよ!他の連中も呼びましょ」
「えぇー、また?」
「確かに最近連日かめやね」
「うどんパーティだね!」
「高嶋さん、それはやめて」
我が愛すべき勇者部がいる以上騒々しい日々は続いてゆくのは間違いない
それならば誰にだって俯いて欲しくない、楽しんで生きてほしい
この想いは同情なんかじゃなく何時だって友情の始まり
海水浴の成功を願って神樹様に拝するアタシなのだった
 
 
「黄昏てると置いてくよ、お姉ちゃん」
「わー!待って待って置いてかないで―!」