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Last-modified: 2022-10-08 (土) 17:29:05

西半月の位に謳われて

ラシールの記憶

1.

サウスグラーフの正面砦、その見晴台だ。
1人の男が、身体の一部分も壁から出さないように矢をつがえている。
そして、横跳びしながら外に向けて一瞬のうちに矢を放つ。すると、平原向こうに魔族が築いた砦からも返す矢が放たれた。
お互いにそれの命中を見届ける時間すらなく、地面に倒れ込んだ。

どれだけこの威嚇行為を繰り返しただろうか。
人間狩りのレライエ、恐るべき射手だ。あれが多数寄れば、このような小王国など一捻りだろう。

だが、同時にこの威嚇には意味がある。
俺がここで出張れば、兵士たちが無用な戦いを強いられることもない。
最初から魔族たちに敵うような練度でもなかれば強度でもない。こんなド田舎の兵士には荷が重い。

最初は良かったのだ。
近づく雑魚は全部頭を射抜いて殺すことが出来た。俺はそれしか取り柄が無い男だからだ。
しかし、あのレライエと呼ばれる魔族が来てから、そう簡単には行かなくなった。
徐々に妖魔たちは戦線を詰めてきている。

男は長い溜息を吐いた。
そして、誰かが掛け梯子を登ってここにやってくる足音を耳にする。
見当は簡単についた。いつも食料を持ってくる青年だ。

「ラシールさん。」
青年は申し訳なさそうに、パンを数切れ差し出してくる。

「ごめんなさい。もうこれしか無いんです。魔族と妖魔に囲まれて……。」
「分かってるよ。」

「……もう、ウェストグラーフの援軍は望めないかもな。」
「え…?」
「エアリアルドラゴンが空を飛んでいくのが見えた。ウェストの城は大地の招きを施していない。中庭に着地されて、四方に部隊を展開されたら御終いだ。」
「……じゃあ、もう大エルーランの本国騎士団を待つ他ないと?」
「どうだかな………。」

「だが、出来るだけ持たせてみせる。だから、もう少し待っていてくれ。」
「間に合えばいいんですが……。」
「今のうちに備えを万全にしておくんだ。兵士を鍛えておいて、逃げる準備も整えておけ。」
「……だったら、僕は貴方に弟子入りしたいですよ。せっかく一番の弓使いがいるっていうのに。」

拍子抜けだったので、男は笑ってしまった。

「そうだな。暇なときに教本でも書いてやる。俺は見ての通り忙しいんだ。」

青年は苦笑いしながら、梯子を降りていった。

2.

結論から言うと、全部無駄だった。
本国騎士団は間に合わなかった。当たり前だ。あっちはかの魔戦将バラムが相手だ。
十把一絡げの雑魚では話にならない。きっと今頃、"不死身"ケルスティンやネレイアード連隊あたりが出張っている。
彼らが十全に戦うためには、国が総力を挙げる必要がある。
もう、ウェストとイーストが制圧されて他国と分断された時点で、このサウスグラーフも命を終えていたわけだ。

今、ここはひどい有様だった。
手始めに王族は一族郎党が皆殺し。兵士はションベン漏らしながら逃げ出したところを射かけられて、砦から足を滑らせて死んだ。
こうして、魔族と妖魔による支配は、決定的となった。
人間達は、妖魔に滅茶苦茶にされながら、死体みたいになりながら働かされている。

クソだと思った。
妖魔はもちろんそうだが、人間共もだ。

人間は皆、自分の身を守ることに精一杯だ。精一杯すぎて、自分の肉親まで妖魔に差し出すようなヤツまで出始めた。
俺が一矢ごとに守っていた命が、どうしようもない馬鹿のせいで浪費されていく。
あまつさえ、お前は国を守れなかった癖に!なんて罵倒まで受けた。ついカッとなって、そいつの頭を叩き割ってしまった。
……俺も寝る場所もなく、追ってくる妖魔を殺し続けて、空腹で苛立っていた。なんて、言い訳になるか?
生憎、俺は高潔な騎士様なんかじゃない。怒りに身を任せる癖は、ガキの頃から治らない。

途方に暮れて、神殿に懺悔しに行ったら、今度はどうだ。
ありゃ、邪神クロムクルーの像じゃないか。
西方七大神の聖印とは異なるものを身につけた司祭が、何か道端の土嚢でも見るような目で俺を見下していた。

女は妖魔に気に入られようと、競うように身を売っている。
男は他人を出し抜いて、自分だけは助かろうとしている。
戦えない奴らの代わりに戦っていたつもりだった。だが、間違いだったな。
俺は、そもそも戦う気のない奴らのために戦っていただけなんだな。
1人で、得意になっていただけだ。馬鹿々々しい。
こんなことなら、さっさとこんな国を捨ててお前と一緒に行くんだったよ。ケルスティン。

3.

『…』
『……』
『……………』

落ち着く。レライエとにらみ合いをしていたときの仮住まいが、結局は俺の寝床になった。
目も霞んで、もう見えない。歩くことも面倒だ。
だが、耳だけは衰えなかった。掛け梯子を登って、あの青年がやってくる足音がした。

「……ラシール、さん?」
「馬鹿だな。お前。何の用だ。」
「ラシールさん!クソッ……どうしてこんな……」

今となっちゃ、この青臭いガキだけが、俺の好きな人間だった。
矢筒の中で、矢が数本転がる音が聞こえる。コイツが担いできたんだろう。
戦う気のある人間、ってわけだ。
あんなペラペラの教本でも、意味はあった。

「少しずつ、少しずつ集まってきているんです!レジスタンスが、もうすぐ……形に……」
「お前、大したヤツだな。」
「……え……。」

「俺はもう、愛想が尽きたよ。それに疲れた。」
「ラシールさん……もしかして、目……。」

困惑してるようだ。もしかして、俺はあらぬ方向を見ているのかな。

「この町ん中でも、散々妖魔に追い掛け回されたが、今となっちゃそれで良かったな。お前らが集まる時間を稼げた。」
「そんな……。」
「だけど、やめとけよ。こんな国のクソ共のために死んでいいヤツじゃないよ、お前。」

俺はずっと、ここに誰かが来たら見せつけてやろうと思って、矢を握り込んでいた。
そいつを取り出したら、息を呑む音が聞こえた。

「ラシールさん!ダメです、やめて!お願いだ!」
「お前以外に見つかりたかった。恨みのぶつけ先がお前じゃあ、あんまりだ。」
「やめろ!!」

青年が怒号を上げて俺の腕に掴みかかった。
だから俺は、面倒で動かしていなかった足に最後の力をみなぎらせて、青年を蹴り飛ばした。

『あぁ!!』
『せめてこの怒りが…憎悪が…無念がッ!!』
『この世から、妖魔を全て消し去る呪いになって…ッ!!』
『俺から、故郷を奪った、邪悪共を滅ぼす力となって…ッ!!』
『蘇らんことを!!!』

俺の持っていた矢は、俺の渾身の力を以て、俺の心臓を貫いて、背中から飛び出した。

「やめろおおおおおおおおおおッ!!!」

特異点「謳器霊脈聖都ディアスロンド」

ヴァンフーリエンの感情

1.

憎悪と恐怖。
恐怖と憎悪。

この躯体が一歩を踏み出すたびに、誰かがこれを憎む。
この躯体が呼吸をする度に、誰かがこれを恐れる。

恐れは憎しみを産み、憎しみは恐れを産んだ。
かつて人々に恐怖を植え付け、そして今なお肥大化しているこの躯体を中心軸として。

そうなのだ。憎悪と恐怖こそが妖魔の根源なのだ。
元より瘴気とはそういうものだ。
邪悪化とはそういうものだ。

心が塗り潰されていく。それが全てとなる。
魔の境地。
それは我々にとって『当たり前』のことだ。
なので、特に感傷も無く、当たり前の憎悪を以て、人間の国を踏みつぶしながら前へと進み続けている。

そのうちに、見覚えのある者たちが行く手を塞いだ。
赤枝の騎士団。エルーランの国境を守護する英雄。
円卓の騎士団。王国最強の懐刀。
魔戦将バラムとの戦いで、多くのセインと彼らが失われた。
目の前に立つのは魔族来寇で生き残り、そして尚もこの躯体に立ち向かう者。

それでは駄目だ。思う壺だ。
いかに精強で、気高く、素晴らしい傑物だったとしても。
魔族来寇の時代を経て、この躯体の『形』と『行為』に憎悪を抱かぬ人間は居ない。

憎き妖魔の怪物。これをいざ斃さん。
その決意の強さを以て挑むものの、この躯体は斃れない。
僅かにでも恐怖が滲む。
もしや不死身か、と頭の片隅に浮かび上がれば最期。

憎悪は恐怖となり、恐怖は憎悪となり、憎悪は憎悪となり、恐怖は恐怖となり。

彼らとて真の英雄である。
それからしばらくの間の戦いで、彼らはこの躯体の命を幾度も散らした。
しかし、それだけだった。
この躯体は、全てを踏み潰しながら、ただ前へと進み続ける。

2.

ふと、何かを思考している『自分』に気が付いた。
憎悪と恐怖を吸い上げ続け、『自分』という形が出来上がっていく。

竜牙の斧の謳われが、自身を覆う形となっていく。
粛清をもたらす存在。太古の原初竜。
ディアスロンドが古き風の時代から奇蹟のように残っていたように、我々妖魔の元に流れ着いた偶然なる牙。
我が翼は憎悪だ。我が爪は恐怖だ。我が咆哮は怒りだ。我が炎は嘆きだ。

なので、対比するようにして気付くことが出来た。
『自分』に対して最初に捧げられた憎悪と恐怖が、虚ろな笑顔でこちらを見つめている。

彼女の憎悪の裏には賢しさがあり、恐怖の裏には周到さがあった。
そして彼女は『自分』という作品に満足しているようだった。
同時に、何かを期待している。

彼女は『自分』に何を願ったのだろう。謳ったのだろう。
『自分』は何故、北へと向かうのだろう。

突然に背中に鈍い感覚が走った。
この、魂を焼くような一撃は円卓の騎士のものだ。
『自分』が身じろぎをすると、彼は振り落とされまいと必死に剣にしがみついているようだった。

どうやら、このまま北に行かれては困るらしい。
なら、人間たちの困ることをしてやろう。
何故なら、『自分』は妖魔ヴァンフーリエンの謳われなのだから。
そして、粛清を齎す竜の謳われなのだから。
彼女が『自分』に対して願ったように、北へ進もう。
この躯体が帯びる熱の命じるままに。

星の箱の与える力のままに。

3.

しかしながら、当然の疑問として。
結局、彼女が『自分』に願ったことは何だったのだろう。

気付けば『自分』の背後には、妖魔たちが群れを成している。
『自分』の一歩があまりにも大きいので、急ぎ足で追いすがろうとしている。
足の速いものもいれば、遅いものもいた。

だが、彼らは共通して、歓喜に満ちた表情で、期待と共に『自分』を見上げていた。
それだけは、全員が全員、そうであった。
恐らくは彼女もそうだったのだろう。

皆、心は同じはずだ。
憎悪と恐怖。
憎しみ、そして恐れる者。
『自分』と同じ。

だとしたら、ああ、解ってきたぞ。
憎悪と恐怖が全てだと言うのなら、その衝動と欲求に突き動かされているというのなら。
お前たちは『終わらせたい』んだな。
その衝動と欲求が追い求めている結果は唯一つ、『終わらせたい』だ。

『終わらせたい』からこその憎悪。『終わらせたい』からこその恐怖。
それは本来、求めても叶わぬ夢のようなもので、永遠にやってくることのない結末だったのだろう。
いくらもがき苦しんでも、時代の最後には粛清によって断たれてしまう『決着の願い』だったのだろう。
だが、彼女を始めとした賢い妖魔たちは思い巡らせたのだ。
こうすれば、神々に有耶無耶にされずに、願いを実現できると。
その努力は実り、事実として今『終わらせる』ための手段に、手が届くところまで辿り着いた。

ならば答えよう。
『自分』という機構が、お前たちの求める結果を導こう。
我々に見向きもしないヤツらに、思い知らせてやろう。
粛清の竜の牙、お前が鍵となるならば。
『俺』は選定の資格を、簒奪すらしてみせよう。

世界の穢れとなった我々を決して救わない神々よ。
望むままに我らを『終わらせる』神々よ。
今こそ、お前たちを簒奪する。望むままに全てを『終わらせる』ための力として。

これまで積み重ねた全ての死に、価値を見出すために。

特異点「無限迷宮遺構ライン」

王子の回想

①ある王子の回想

あれは、天の川と言うらしい。
あの星の帯のことだ。

父は軍人だった。
迷った軍隊が偶然このライン遺跡群を発見し、我が物顔で王を名乗り建国したと言うのだ。
であれば、仕方のないことか。いきあたりばったりであれば、致し方ない。

父は理解していないのだ。あの遺跡の価値を。
エラザンデルとの戦いで既に息絶えた父親を魔術で傀儡とし、その隙に地下神殿の封印について研究して僕は理解した。
この封印は、深淵なるあの星空へと繋がっている。

7つの封印。
すなわち、聖剣カーディアック。
神剣セレブリック。
3つのウィデーレ。
聖杯リーアグナス。
そしてこの地下神殿。

この封印のうち、特に2本の聖剣には、その力が備わっている。
その鋼の持つ煌めきが、地上のミクロと宇宙のマクロとしてあの天の川と対応している。
僕はあの天の川について、知らなくてはならないんだ。

僕は知っている。あの天の川から流れ落ちる星が何なのかを。
僕はそれで"不老"の願いを叶えたのだから。

②記録帯について

まだこれは仮説に過ぎない。
だが、あらゆる推論を重ねた結果、その存在を「想定」する必要がある。
すなわち、天の川とは「歴史の記録帯」だ。

そもそも、星の箱が伝承に残らないのは、その使用した痕跡すら消し去り世界を再編するからだ。
その存在を知るのは、かつての使用者のみ。それも意識的にそれを使用した者達だけだ。
無意識に願ったものは、その存在にすら気付かないだろう。

ともかく、その願いの内容に伴い、世界は再編される。
その再編から「こぼれおちる」歴史も存在する。矛盾に引きずられて潰される哀れな被害者だ。
このエリンの、火の時代初期の歴史を紐解けば、星の箱が使用されたとしか思えない空白が何箇所も存在する。
私だからこそ気付ける、私にしか理解できない物証だ。

その星の箱の働きを紐解けば、これは自ずと分かることだ。
星の箱は可能性を「確定」させるものだ。
すなわち、その他の可能性を「切除」する。

そうやって研磨され形を成したものが、あの天の川。
切除され散らばり名もなき暗闇と化すのが、こぼれ落ちた歴史。
可能性の大河だ。
であれば、あれは記録帯と名付けるべきだろう。

いつかこの目で、直接そのあり様を確かめたいものだ。
そう思っていたのだが、ここまで至るのに時間をかけすぎた。

ガラの悪い冒険者に、ラインの街の住人が頼るとは。
風の旅団。
その荒くれはエレウォンドと自ら名乗った。どうでもいい、コイツの名前なんか。
他にも何人かいるが、さっさと研究に戻らせてもらう。

③集積器について

英霊と化した身なれば、気付けるものもある。
死して尚、この知識欲を満たせるとは僥倖だ。

星の箱が可能性を「確定」させ、余分を「切除」するものであるならば、こうも考えられるはずだ。
「記録帯」に想定以上の可能性を注ぎ込み、負荷を与えることができれば、星の箱を呼び出すことも可能だろう。

破裂するほどの可能性を「記録帯」に集積すれば、星の箱が「記録帯」の自浄作用として現出する可能性はある。
そもそも、そういうものなのかどうかは知らんが、現れてくれたら使いようがあるからな。

この発想をくれたのは、この聖剣カーディアック。
人知れず封印が解けていたようだ。エラザンデルの封印が保たれている間は、カーディアックは魔剣と化すのだから。
7つの封印を施されて尚、何かがエラザンデルを手助けしたか。
まあ、どうでもいい。僕の邪魔はさせない。

ともかく、この剣は可能性の集積器なのだ。
この剣の特徴は、とにかく「誰しもが手にする可能性があった」ことだ。
誰が、どう振るって、エラザンデルの心臓を封じたのか。"第一等級探索"の主人公は一体誰だったのだ?
この僕がどう歴史を紐解いても判然としない。複数の可能性が並列に存在しているとしか考えられない。
"第一等級探索"には決まった結末が存在しないのだ。

恐らくは星の箱による世界再編にも巻き込まれない、まさに神のもたらした力だ。
それほどまでにエラザンデルとは封じるべきものなのだろう。少なくとも神々にとっては。
聖剣カーディアックはその膨大な可能性量を以て、エラザンデルの封印を抑え込んでいる。
いわば、星の箱とは逆の働きと言えるだろう。

そうなれば、検証せずにはいられない。いわゆる矛盾の検証だ。
可能性を集めて力と為す剣と、可能性を選択し切除する箱。相反するこの2つ。

カーディアックと星の箱が揃ったとき、何が起きる?

"遺跡の街"ラインの文献

Ⅰ.フォモールの妖魔王

(とある神官の研究記録のようだ。)

本著はフォモールの王エラザンデルについての研究記録である。
私見を交え内容をまとめているため、各研究者においては自身で参考文献を熟読し精査すること。

(中略)

まず、最初の封印が行われた年代は特定できていない。
かつて三眼と魔力を枯渇させる力、そして不死の生命力によって人間と精霊たちを瞬く間に死に追いやったと言われている。
その伝聞を伝える長命種達の話から数百年前の出来事であるとはされるが、それ以上は実証が取れない。
王国史上は聖歴720-50年頃の話と推定されており、第二次ギルマン戦争と同時期に多くの虐殺と歴史的損失があったとされる。

しかしながら、その肉体がラインの地下に広がる遺跡の神殿に封じられたことは確かである。
かつて剣士コッホバールを始めとした数多のフォモールが計画した「エラザンデルの復活」は諸君も周知の事件だ。
とある冒険者ギルドによって一連の事件は解決され、この見事な活躍は「第一等級探索(ファーストクエスト)」として語り継がれている。

しかしながら、この冒険者ギルドが如何なるギルドであったかも現在では情報として遺失している。
大事件の折に重要な歴史的事実が遺失することには胸を痛める他ない。何らかの記録を残すための対策を講じたほうがよい。

Ⅱ.ライン王国史

聖歴705年 ライン王国建国

西暦720-50年頃 フォモールの王エラザンデルとの戦争。ライン地下神殿に封印。

聖歴764年 ヴェルフィンがライン王座に就く。

聖歴765年 "地下遺跡探索禁止令"施行。ライン周辺の遺跡全ての所有権が国王ヴェルフィンのものに。

聖歴769年 全体的な税率の増加。ヴェルフィン派貴族によるギルド買収。クラン川、ベル川流域への関税増加。

(中略。ヴェルフィンによる圧政の歴史が綴られている。)

聖歴813年 クラン=ベル、"水の街"としてライン王国から独立。

聖歴992年 ライン国王ヴェルフィン、冒険者エレウォンドとそのパーティにより討伐。

聖歴993年 冒険者エレウォンド、ライン王座に就く。立憲制の導入。

聖暦■■■年 "第一等級探索"

(中略。エリン動乱の歴史。数多の冒険者の活躍。)

聖歴1046年 国王エレウォンド、生前退位。次期国王に神官長ランディアを任命。

Ⅲ.ファーストクエスト

(冒険者達から敬意を以て"第一等級探索"と呼ばれる一連の冒険譚。)

ついに、聖剣と神剣が揃ったのだ!
流れのゴブリンが手に入れていた魔剣カーディアック。
"迷宮の木"で発見した魔剣セレブリック。

これらにはエラザンデルの心臓と頭脳が封印されていた。
故に2本は魔剣と化していた。

エラザンデルには他に5つの封印が存在する。
合計7つ、どの封印がゆるんでもエレザンデルは簡単には復活できない。

しかしながら、魔杯リーアグナスによる封印だけは別だった。
それが封印しているのはエラザンデルの精神を封じている"幻影の街"マグドゥーラ。
この街が浮上し現出すれば、他の封印も徐々にゆるみゆく。
フォモール達、特に剣士コッホバールは、この封印の弱点を的確に理解していたのだ。
コッホバールは『異次元を断つ異形の魔技』と、味方の妖魔すら捨て石にする冷徹さで魔杯リーアグナスの封印を解いた。
かくして"幻影の街"マグドゥーラは浮上する。

"幻影の街"マグドゥーラの巫女サングリエルは語った。
復活とは、流れゆく川が海になるように、時を要する。
なればこそ、2本の魔剣を解き放ち、復活しきるまでの僅かな時間で、聖剣と神剣の力を以てエラザンデルを滅ぼすべきだと。

この決死の覚悟の行く末は、そう、語り手によって様々でしょう。
しかしながら、確かにこの"第一等級探索(ファーストクエスト)"は存在した!

全てを貫くと言われる聖剣カーディアック。
全てを消し去ると言われる神剣セレブリック。
三眼の魔力を封じたと言われる三種の宝珠ウィデーレ。

如何なる数奇な運命か、全てを手にした冒険者が存在したのです。
運命の女神の加護と導きにより、彼らはエラザンデルとその信奉者コッホバールを■■したのです!

(これは酒場で語られる芝居劇の原稿のようだ。)
(同様の主題のいくつもの媒体が存在するが、内容も結末も解釈も様々である。)

Ⅳ.新約水竜伝説-ネオ・クルヴィオニズム

(美術史のようだ。)

水の時代に影響を受けた美術的潮流であるクルヴィオニズムは、当時のギルギット王国の美術関係者に一大ムーブメントを引き起こした。
政情不安を背景に、水の時代の栄華に学び、それに倣おうとした自立意識から、それは大いに流行した。

これを国威として利用しようとした地方諸侯連合に対し、当時のギルギット王家が推進したカウンター・カルチャーがネオ・クルヴィオニズムである。
すなわち、古代に回帰する古典主義を良しとせず、あくまで技術と主題の関係性に着目し解体することを目的としたのだ。
その応用から生み出された美術は、古き水の時代の芳香を感じさせつつも、未来への祈りと若々しい反戦意識に溢れるものとなった。

そもそもこの2つの対立する潮流は、その源流に異なる神話を持つ。
水の粛清に纏わる"旧約水竜伝説"と、冒険者■■■によるクルヴィオン遺跡探索にまつわる逸話を編み込んだ"新約水竜伝説"。
後者を解釈し主題として取り上げるネオ・クルヴィオニズムは、その後のギルギット内乱における反戦運動に繋がっていく。
主題として特に有名なのはバグベアの女王エフネであり、彼女の解釈も旧約と新約では大きく違う。
恐ろしきバグベアの妖魔王であることは間違いないが、彼女の人生のどこをどう切り取り解釈するかは作家次第であるだろう。
彼女の履いていた『マクリアの革靴』を巡る物語は特に人気が高く、後世で数多くの解釈がなされている。

当時のギルギット騎士団長ネロミロスは特にネオ・クルヴィオニズム作家のパトロンとして有名であり、内乱時の意識変革に熱心であったと言える。
すなわち、逸る人心を制するためにネオ・クルヴィオニズムを利用した。
ギルギット動乱は決して小さいものではなかったが、ネオ・クルヴィオニズムが精神的警告として機能したのは確かであろう。
確かにこの美術潮流は人を救いもしたし、動乱を終結させるきっかけとなったのだ。

Ⅴ.冒険ギルド名鑑

・風の旅団
冒険者たちの互助会として名高い超巨大ギルド。
所属人数は100人を超えており、冒険者の父エレウォンドのパーティもここの出身である。
ギルドマスターのルーミス・フェーダは年齢が200を超えるエルダナーンであり、風の旅団自体も歴史が最も古いギルドのひとつである。
後輩冒険者の育成に力を入れており、冒険者の学校としての立ち位置も獲得している。
少なくとも、冒険者であれば風の旅団の名前を耳にしないはずはない。

・ヴァン・ビューレン一族
魔竜狩りヴィクトール、千里眼ヴォーダン等の偉業を成し遂げた有名冒険者を多く輩出した一族。
エリンディル中にその名が轟いており、バラムの乱で秘宝が世界中に散逸するまでは最も名の通った冒険者一族であったろう。
今でも数少ない一族の名を継ぐ者が散見され、一部はアルディオンにも渡ったとされる。

・カラフルブリゲイド
六属性を多様に操るメイジギルド。
賢者の塔などの魔術研究機関外に存在する「冒険向きの」魔術の使い手としては名高い。
魔術の教育に関することで報酬を得ることが主であり、賢者の塔では得られない数々の泥臭い魔術知識を得ることが出来る。
サウスグラーフの対妖魔冒険者連合としての活躍記録があり、強力な魔術支援で後方援護を行った。
かなりの高齢までの活動記録が確認されており、息の長いギルドだったようだ。

・アウラムの目
"無色の"グレタをギルドマスターとする4人組のトレジャーハントギルド。
後述のオルゴン旅団と関係が深く、共通のランダムダンジョンを二方面攻略するなど協力関係にあったと思われる。
アウラムの目、ないし"無色の"グレタ名義で市場に流れた財宝やマジックアイテムは数多い。
商人の間では「体のいい広告」として名が用いられ、結果として本人の名は後世にまで広く残ることとなった。

・オルゴン旅団
樹王水、ケルスティンの大槍、箱庭の書などの数々の希少な財宝を発見したトレジャーハントギルド。
飛空艇オクリナを用いた行動範囲の広さは群を抜いており、一大財産を築き上げたと言われているが、詳細は不明。

・銀食器団
聖都ディアスロンドで組織された冒険者ギルドであり、周辺地域(特にエルーラン王国)の諜報活動が主だったとされる。
"首突き"カレン・カステリーニ、"ディアスロンドの飼い猫"ゼナイド・デシーなどが所属。
一定の諜報活動を行った後に証拠を残さないように解体されたと言われているが、冒険者間に噂話として伝えられている。

以下は詳細な記録の残らないギルド。
活動記録が僅かに散見されるのみで、活動実態も明らかではない。
現在まで健在であるかも定かではなく、解散したかどうかも分からない。
全ての冒険者にとって他人事ではない点は、皆が留意すべきことだろう。

・害燃の巣
J・ニールセン、ガーシュ・ウェルム他

・エッグカップ
イースター兄妹他

・秩序の夕食会
"闇の手"ウェンクー、"ペッパーボックス"ハイザム他

・ティリテミールの蛇
"蛇の拳"トイジー、"両棺"クルノ他

・リクニス・ネットワーク(この呼称はいつの間にか広まっていた他称であり、決まったギルド名があるか不明。)
旗持ちのリクニス、"大河渡り"カルハリアス他

Ⅵ.天の川紀行

(最新の錬金術機械である「写真機」を用いている。)

エリンディル各地の天の川の写真をひとつにまとめた写真集。
特にラインの天の川が数多く取り上げられている。

以下は写真家のコメント。

「ラインの天の川は殊更に星々が深く、広く輝いている。
 まるでこの街に集う数多の冒険者を象徴するかのようだ。

 太古の昔より、星々は人々の運命に例えられる。
 このラインもまた、多くの冒険者の運命が交錯し、広大に流れる川のように揺蕩う街なのだ。
 多くの者達が卓を囲み談笑する街の星が、これほど輝いて見えるとは。

 願わくば、この星々が常しえに輝いてくれると喜ばしい。
 嗚呼、少なくともこの写真においては、輝き続けるとも。
 例え何も残らないとしても、輝くものはきっとあるのだ。」