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川内

Last-modified: 2016-04-26 (火) 17:55:03
No.046
川内、参上。夜戦なら任せておいて!川内(せんだい)川内型 1番艦 軽巡洋艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久26火力14 / 49
装甲11 / 29雷装24 / 89
回避38 / 79対空13 / 59
搭載2対潜20 / 69
速力高速索敵8 / 39
射程12 / 49
最大消費量
燃料25弾薬25
搭載装備
114cm単装砲
1零式水上偵察機
装備不可
装備不可
改造チャート
川内川内改(Lv20) → 川内改二(Lv60)
図鑑説明
5500トン級の軽巡洋艦の最終タイプ、それが私、川内型よ。
熟成された軽巡の魅力、たっぷり教えてあげるから。
もちろん、夜戦でね!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:佐倉綾音、イラストレーター:bob (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

小ネタ Edit

  • 艦これ界切っての夜戦バカしかも公式設定。仕舞いには家具になる程。
  • 大戦当時の最新鋭軽巡洋艦、川内型の1番艦にして第一艦隊所属の三水戦旗艦。
    • 彼女より後に生まれた軽巡は、重巡になった最上利根型を除けば阿賀野型と大淀(共に大戦中に竣工)。
      ……鳳翔さんと2歳しか変わらず、主砲が14cm単装砲7門の時点で最新鋭(?)なのだが他軽巡よりも比較的優先されて改装を受けた。
      • もっともその優先されていたのは妹二人で、川内さん本人は意外と改装の機会を逃しているが。
    • 八八艦隊計画により建造された川内型は、当初8人姉妹となる予定だった。
      しかしながら、ワシントン海軍軍縮条約締結により川内神通那珂の3隻で建造が打ち切られた。
      生まれなかった妹たちの名前には加古、綾瀬、水無瀬、音無瀬が予定されていた。
      • この中で加古のみ予算と名前を流用し、古鷹型重巡として建造された。
      • それ以外には、「綾瀬」が戦後護衛艦の艦名「あやせ」として採用されている(1970〜1996)
    • そもそも、後に川内型と呼ばれる新型の二等巡洋艦は、加古、那珂、川内、神通の順で命名が内令され、艦艇類別等級別表にも記載されていた。
      つまり、従来の慣例では、川内は3番艦になるはずだったのである。
      しかしながら、加古の建造中止に2番艦となり、那珂の建造の遅れにより、起工順および竣工順では1番艦となる。
      そして1926年(大正15年)11月のこのタイミングで、海軍はこれまで別れていた艦艇類別等級別表と潜水艦類別等級別表を廃止し、新たな艦艇類別等級別表を通達した。
      ここで古鷹型、青葉型と川内型は、これまでの慣例とは異なり、竣工順で類別されてしまったのである。
      川内は、このような紆余曲折を経てタイプシップにたどり着いたのである。
川内の地名について
  • 三菱造船長崎造船所にて1922年(大正11年)2月16日に起工、1923年(大正12年)10月30日に進水。1924年(大正13年)4月29日に就役。
    就役後は揚子江などの警備任務に付き、開戦直前の1941年11月20日に三水戦(司令官:橋本信太郎少将)の旗艦となった。
  • 歴代艦長には、名だたる人物が多数いたりする。
    (歴代艦長と概略)
    十一代岸本 鹿子治大佐酸素魚雷、甲標的の開発を成功させた。岳父は豊辺新作陸軍中将
    十九代木村 進大佐最後の海軍航海学校長
    二十代伊崎 俊二大佐第二水雷戦隊司令官でコロンバンガラで神通と運命を共にした
    二十三代森下 信衛大佐榛名大和の艦長を務め、天一号作戦で第2艦隊参謀長。数少ない大和の沈没時の生存者。日本海軍屈指の操艦の名手
  • 5500t級は瓜二つというか瓜14つな外見と性能だが、川内型だけは煙突が一本多い4本なので見分けやすい。
    その川内型でも彼女だけ艦首形状が違ったり改装で一番煙突が短くなってたり*4艦橋が低くなってたり等々するので、川内型の中でも彼女は見分けやすい。
    • ちなみに煙突が多いのは他の5500t級軽巡と機関が違い混焼缶が増えており*5排気能力がより必要だったから。重油消費量増大を見越し、石炭使用の割合を増やしている。
      先述の「一つだけ長い一番煙突」は煤汚れ等煤煙の多い混焼缶の排気を担当する為である。なお川内型を含む全ての5500t級軽巡は、開戦までに全ての缶が重油専焼缶に改められている。
      • また海外艦等他の四本煙突艦との違いは「四本の煙突形状が一つ一つ違う」事*6。特に分かり易いのは先述の一番煙突と太い三番煙突*7。二番と四番は一見同型に見えるが微妙に異なる形状をしている。
      • 先述の通り一番煙突を改修で切り詰め煙突の高さを揃えた。これは友鶴事件や第四艦隊事件が理由の「復元性改善の為」と一般的には言われている。全ての缶が専焼缶になった為煤煙の心配をする必要が無くなった事もあるのだろう。
    • ただ、それまでの5500t級で採用されていた小型専焼缶を無くし*8専焼缶を全て大型缶にしていた事や鬼怒に採用されていた蒸気過熱機が付いている事もあってか軸馬力出力は5500t級軽巡内でもトップクラスで
      球磨型が大体九万〜九万一千馬力、長良型が九万二千〜九万五千馬力なのに対し川内型は九万五千〜九万七千馬力の出力が出せた*9
    • 実は妹たちも川内のような艦首(スプーン・バウ)のはずだった。しかし、ガチ勝負と見紛うような演習で味方と衝突し艦首が吹き飛んだとか建造中の災害に依る損傷で一度カーンカーンカーン解体されたなどの経緯で艦首を新調(ダブルカーブド・バウ)したという経緯がある。
      そのため、逆に彼女だけが浮く羽目に。もっともダブルカーブド・バウ化した5500t級の三隻(阿武隈神通那珂)はどれも事故や災害で破損したのが改装理由なのでむしろ不運の証かも?
    • なお川内型は一応スペック上の最高速度は35.3ktだが川内は公試で36.2kt出した事が有る(軸馬力出力も川内型の中で最高値をマーク)んだとか、ちなみに神通・那珂はそこまでの速度・出力を出せなかったらしい。
    • ファミ通のイラストコラムでも触れられているが実は四連装魚雷発射管は装備しておらず、(二)連装魚雷発射管(長良のグラフィックと同じ)だったりする。(夕張でも触れているが魚雷発射管を纏めただけの簡素な物である。)
      • 川内は連装を四基、妹二人は四連装二基で一度の発射数自体は変わらないが酸素魚雷未対応*10と次発装填装置がない点で大きく劣る。
      • 資料などでは”川内型の性能”という形で纏められた記述の資料が多く、そこでは那珂基準の四連装魚雷発射管装備となっている場合が多い(アオシマのプラモのパッケージとか)。
        そのため腰に付けているのは四連装魚雷発射管になったのだと思われる。
    • 5500t級軽巡は後の型になるにつれ少しずつ装甲範囲が増えている。後期の型ほど耐久値が高いのはそれ故か。
  • 夜戦バカなのは史実を反映してのことで、参加したほぼすべての海戦が夜戦。最期の戦いも夜戦。
    • 艦これでの彼女は他がドン引きする程の夜戦厨であり、夜戦に対して特別な上方向修正でもありそうなのだが、夜戦時の性能は普通の軽巡だったりする。おいどうした。(→この度改二実装しました。)
  • 当たり前だが夜戦以外でもお仕事している。1937年の第二次上海事変における中国国民党軍機空襲の際には、
    巡洋艦出雲(未実装)*11とともに搭載水上機を発進させ迎撃*12、高角砲で応戦するなどして3機を撃墜し、敵機を撃退している。
    そう、何気に自前の搭載機を使った「航空戦」の経験者だったりもするのである。
    • なおこの時の中国国民党軍爆撃機の練度ははなはだ低く、出雲や川内たちを狙ったつもりの爆弾はどれも上海租界の避難民のど真ん中に落下。死者1700人以上を出す大惨事となった。
  • また、北部仏印進駐の際には第一護衛隊旗艦として現地で直接上陸部隊援護の任にあたった。
    • …のだが、現地陸軍部隊は大本営の平和進駐の意向を無視して強行上陸を開始。
      上司の第二遣支艦隊旗艦鳥海は陸軍部隊の勝手な行動にマジギレ。川内に対して陸軍と談判し、聞き入れないようならすぐに援護を打ち切って帰るよう厳命した。
      困り果てた川内は徹夜で陸軍を説得したが聞き入れられず。結局、上陸を開始した陸軍部隊を放置し、目印の澪標だけ立てると部下を率いて帰ってしまった。一応護衛の引継ぎを飛龍の航空隊が行ってはいるが……。
      これが世に言う「陸軍置き去り事件」である。陸海軍間の意思疎通はここに完全に破綻したのだった。
  • マレー沖海戦では綾波ら第19駆逐隊(駆潜艇も含)と共に敵潜水艦を撃沈している。この時の初撃は川内搭載の九四式水偵の爆撃だったりする。
    ちなみに輸送船団護衛の最中の出来事だったので川内さん本人の行動は水偵での索敵と爆撃のみで第19駆のメンバー達に爆雷攻撃は任せて*13その後は船団の護衛に戻っている。
    • じゃあやっぱり昼間も活躍してたんじゃないか、と思うかもしれないが上記の対潜時は主に駆逐艦が働いていた。まあ川内さんは水雷戦隊旗艦と言う立場上、駆逐隊の指揮を取るために考え無しに敵に突っ込んでいくわけにもいかなかったからなのだが。
      叢雲の所でも記されている通り旗艦軽巡だからこそ任せられない仕事も有るのだ。
  • 1942年1月27日。エンドウ沖で輸送船団を護衛中に英駆逐艦「サネット」、豪駆逐艦「バンパイア」の襲撃を受ける(エンドウ沖海戦)。
    • 三水戦所属の白雪が探照灯を照射しつつ砲撃をおこない「バンパイア」を撃退するものの煙幕を焚かれて逃げられてしまう。しかし逃げ遅れた「サネット」を川内と三水戦の駆逐隊(白雪吹雪初雪、夕霧、天霧、朝霧)は
      砲撃によって撃沈し戦果を上げている。夜戦バカの面目躍如である(実は川内型で唯一の撃沈戦果を持っているのは川内1隻のみだったりする)
  • また2月12日に由良が三水戦の指揮下に入り、13日以降「由良」と共にシンガポールから脱出する艦船を攻撃しバンカ湾北方にて川内・由良は3000トン級英特設巡洋艦1隻撃沈を記録。この後も三水戦はこの方面で撃沈戦果を上げている
  • ガダルカナル島への輸送作戦の方針を巡って、二水戦司令官・田中頼三少将が上級司令部と対立して増援部隊指揮官の任を解かれていた1942年8月末から11月頭にかけて、川内を旗艦とする三水戦司令官・橋本信太郎少将が増援部隊指揮官を務めた。
    この時、本来は二水戦に所属する第24駆逐隊(海風江風涼風)を川内が直率部隊として指揮し、ガダルカナル島への揚陸作業を援護したことがある。敵の飛行場があるガダルカナル島への揚陸作戦は、夜に紛れての行動が必須であった。
    海風や江風の時報で、江風が川内の指揮下で夜戦に出かけているのはこれが由来かもしれない。
  • 第三次ソロモン海戦第2夜戦では、偵察の為の先遣隊として前進する彼女の水雷戦隊を霧島愛宕高雄らの本隊が敵艦隊と誤認し、射撃寸前に味方だとわかり慌てて射撃中止。危うく味方に沈められるところだった。
    • 彼女は米戦艦(ワシントン)から40.6cm砲弾の釣瓶撃ちを受けて、敵が「巡洋艦が転覆した」と錯覚するほどの水煙に包まれたという。
      しかしそこは夜戦バカ夜戦のエキスパート川内様。直撃弾は1発ももらわず、さらに米艦隊と並走。
      その後煙幕を張って距離を取った。ちなみに当時川内の艦長を務めていたのが前述の「操艦の神様」の異名を持つ森下信衛である。この時開戦以来長く連れ添っていた綾波が島影で通信を遮られた状況で突入。獅子奮迅の激闘を繰り広げた。
      川内達が目を引き綾波が単独突撃で敵を混乱に陥れた隙に敵側面に回り込んだ長良率いる第10戦隊の雷撃機会を作るという奮戦だった。
  • また7月18日と20日に妹神通が沈んだコロンバンガラ沖で敵からの空襲爆撃を受け雪風浜風達と応戦。この時も無被弾であった。
  • 11月のブーゲンビル島沖海戦では最初夜間爆撃を二回受けるが回避し無被弾だったのだが、本戦の夜戦で先頭を走っていた彼女は、砲雷撃の為回頭し魚雷を撃った*14直後、舵を故障し集中砲火を受けて機関停止*15
    さらに射撃指揮所に敵弾が命中し射撃指揮装置が破壊され、砲術長と方位盤射手も重傷を負い、ここに至って戦闘力の大半を喪失してしまった。
    この影響で後続の五月雨と白露が衝突する事故も起こったが、指揮下の駆逐隊(時雨白露五月雨)は雷撃を成功させた。
    • 第三缶室への魚雷命中により缶が損傷、しかもなお悪いことに缶の運転に必要な真水を全部喪失していた。
      だが艦長達はなおも突撃を諦めなかった。調査の結果第一缶室がどうにか使えることがわかり、川内の命と引き替えの覚悟で海水を注入、*16再始動が試みられた。
      至急点火により川内は煙突から凄まじい黒煙を吐き始め、息を吹き返すかに見えた。
      しかし、応急班の報告により肝心のスクリュー軸が折れていることが判明。ここに彼女の死が確定したのだった。
    • 戦闘後取り残された彼女は先頭に居た為米軍に一番近かった事も有り、妙高との衝突などで大損害を受けていた初風と共に敵艦隊の乱打を浴びた。
      白露型の面々の奮闘の甲斐もあり、妙高羽黒長波らの残存艦隊は無事戦場を離脱できた。
    • 味方の離脱と川内乗員の退艦を見届けた彼女は、運命を共にした艦長らと共に、夜明けのソロモンの海で眠りについた。神通と似た様な状況だがこちらは水雷戦隊司令部他乗員がやや多く生き残っている。
      • また一部の乗員は短艇(カッター)を漕ぎ過酷な逃避行を行う事となった。彼らは敵哨戒機による機銃掃射で4人の死者を出しつつも、200kmを6日間かけて力漕、見事生還を果たした。
  • 彼女の名はあぶくま型護衛艦の4番艦に受け継がれた。同型艦にはじんつう(神通)もいるが、今回はこちらが妹であり一水戦、二水戦、三水戦、そして連合艦隊の有名旗艦名が揃っている。
    あだ名は[River Monster]・・・・一応後述の河童伝説が元であろうが[Night Monster]の方がよかったのでは?
    • 本艦には河童をモチーフとしたマスコットキャラが存在するが、名前の由来となった川内川は、河童の伝承が残る場所の1つである。尚現地では「がらっぱ」と呼ばれ親しまれているとのこと。

  • 髪型はツインテールと言われる事が多いが詳しい人達の見方では「ツーサイドアップ」との事。この髪型は最近になって認知され始めた物のため、しばしば似た髪形であるツインテール他に間違われるらしい。
  • なおそんなに夜戦を愛してたまらない彼女であるが、残念ながら提督の夜戦(意味深)には愛宕の方が選ばれる模様。
    • Pixivやニコニコ静画の投稿枚数には現時点で10倍程差がある…
  • これに加え公式四コマでは駆逐艦好き(いわばロリコン)という設定まで追加。「可愛い駆逐艦達と夜戦なんて嬉しいなぁ!」という犯罪者染みた発言もしており、ネタキャラとして磨きがかかった。一部では声帯の妖精さんの性格が感染ったと疑われている。
    単行本でこれに関しての解説はないあたり、このキャラ付けは四コマ作者の解釈(好み?)という説もあり。
  • 他の艦娘のよく話題に出す夜戦バカ、あるいは「夜うるさい奴」の類は99%彼女のことを指しているとみて間違いない。*17
    • 現在川内を話題にした艦娘は夕張(22時)・鬼怒(23時)・翔鶴(20時)・瑞鶴(20時)・熊野(夜戦突入)・阿武隈(夜戦突入)・初風(22時)・長波(20時)
      大井改(22時、改二も同じ)・速吸改(21時)・海風(20時,22時)・江風(16,19-20,22時)・瑞穂改(22時)・風雲(21時)・Libeccio改(22時)・(4時,11時,21時*18)・萩風(18-20時)。この中で夜戦が全く関係ない言及は風雲のみ。
      名前は出ないが明らかに出没しているのは時雨改二(20時)・天城改(22時)・香取改(22時)・朝雲改(23時)・高波改(22時)・秋津洲改(22時)・鹿島(22時)の16+7人。
      2015/08/10には言及率10%&20人*19の大台を突破した。
      • とはいうものの、夜戦バカは日清戦争の威海衛夜襲以来の大日本帝国海軍の伝統なので川内に限らず夜戦キチ発言を持っている艦は多い(実妹の那珂ちゃんからしてああであるから……)。
        逆に夜戦が嫌だと明言する艦娘は今の所本来戦闘に参加する艦ではない明石と戦術ドクトリンの違いで夜戦を控える傾向がある独海軍のBismarckZ1Z3達くらいである。

  • 昭和14年、第一艦隊の海軍料理コンペでランクインしたとか。掛け軸見る限り達筆の様だし、料理上手とか、意外と女子力高い?
    • 搭載出来る物資の量と居住性の都合上、軽&重巡洋艦は主計が献立に四苦八苦していた。
      そんな中、川内の主計は栄養価が高くて骨ごと潰すだけで加工できるイワシに注目し、揚げ団子にして出品したところこれが大ウケ。
      そのレパートリーは「レストラン並み」と名を馳せる金剛伊勢扶桑赤城達大型艦陣に次ぐ評価を賜った。
      • ちなみに一水戦旗艦である阿武隈は虎の子の巻焼き(卵焼き)を出したが、色々レギュ違反ぽかった為まさかの無評価。
        (兵員食で卵焼きを数百〜数千人単位で用意なんて余裕の有る大型艦でも容易に出来るものではない。多分可能なのは大和型姉妹位)
    • このコンペ、間宮さんも参加(あくまで参考出品でランキングには不参加)しており、「豚肉の信田巻き」他を出品したという。
  • 艦内神社は鹿児島県薩摩川内市にある新田神社が分祀元。
    • 川内乗務員の崇敬も高かったようだが、昭和十二年の社務日誌に川内の艦載機が賽銭を「投下」したという記述や、昭和十六年には外苑に「今回艦長は参拝できません」という内容の通信筒を落としていったという記述がある*20
      似た様な事は神戸生まれのお洒落な重巡もやっていたらしいが。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 相変わらず騒がしい姉貴だなwww -- 2016-04-22 (金) 23:23:56
    • 忍べない忍者だから仕方ないね! -- 2016-04-22 (金) 23:44:48
      • 忍者は忍ぶものだが川内はニンジャだからな。ニンジャが忍ぶものだといつから錯覚していた? -- 2016-04-30 (土) 11:59:10
      • むしろ忍ぶとかえって不自然だから普通の人のようにしていたほうがかえって見つかりにくいとか聞いたことがある -- 2016-04-30 (土) 19:34:10
      • まぁ、諜報員ってそういうもんよな。 -- 2016-04-30 (土) 20:01:46
      • 迷彩服着た大男が街中歩いてたら目立つなw 私服警官とかみたいなのもいるし木を隠すには森というやつですな -- 2016-04-30 (土) 20:13:19
      • 乱太郎でも廊下を音たてて歩いていたり、髪結いの仕事に没頭したとかあったよな -- 2016-05-02 (月) 18:20:50
  • 結局、今回の改ニ騒ぎの裏で暗躍したのが、この夜戦バカだったとはww -- 2016-04-23 (土) 05:41:59
    • 夜偵改修で必要になったしな。 -- 2016-04-23 (土) 06:09:39
  • 久しぶりに任務で旗艦にしてたら、「新しい艦が参加しましたね」っていう言葉に新鮮さを覚えた。 -- 2016-04-23 (土) 16:30:38
  • りんなちゃんに夜戦しよ!って言ったら待ちに待った夜戦だああ!って返されたw -- 2016-04-24 (日) 00:37:56
    • 腐女子な上に夜戦主義か・・・ お前ら、最先端技術をなんだと・・・ -- 2016-04-25 (月) 21:52:59
  • なんか、記念イラストで頭に筑摩から胸を乗せられてるように見えるw -- 2016-04-24 (日) 10:58:32
  • おかしい・・・誰も川内の就役日に触れないとは・・・・ -- 2016-04-29 (金) 10:58:07
    • 夜からが本番だから仕方ないね -- 2016-04-29 (金) 22:55:03
  • 二水戦関係者「自分たち(二水戦)が輸送作戦で一番コキ使われて消耗した(キリッ」って戦後に答えてたみたいだけど、輸送作戦で一番の激戦区であるガ島戦に放り込まれてコキ使われて消耗したのは三水戦なんだよなぁ…43年の輸送作戦中に海戦にまで発展した作戦も三水戦が一番多かったハズ -- 2016-04-30 (土) 04:54:47
    • 戦後70年経った情報化社会でも不明な点が多いくらいだし、当時は誰がどうなってたかなんて大本営でも把握してなかったろ -- 2016-05-01 (日) 10:51:45
      • 一兵士・一士官と言う個人レベルでどうなってたかは把握して無くても部隊の現状を把握してないってのはありえないんじゃない? -- 2016-05-04 (水) 01:56:18
    • 自分の戦果を誇張して言ったりするのは多々あるからなぁ。特に二水戦関連は当事者たちが話盛りまくって他艦の戦果を無かったら事にして戦果を横取りしてたりするし -- 2016-05-01 (日) 14:27:58
      • 主観で言ってるのもありそうな気はする。 -- 2016-05-01 (日) 19:45:48
    • 1943年のソロモン方面海戦・作戦での担当水雷戦隊 ヴィラ・スターンモア海戦(四水戦)・米泊地(ライス湾)遭遇戦(三水戦)・クラ湾海戦(三水戦)・コロンバンガラ沖海戦(二水戦)・ベラ湾(一応、三水戦)・第一次ベララベラ海戦(三水戦)・第二次ベララベラ海戦(三水戦)・セ号作戦(三水戦)・第二次ベララベラ海戦(三水戦)・ブーゲンビル沖海戦(三水戦)・セント・ジョージ岬沖改選(三水戦)  -- 2016-05-04 (水) 02:14:56
      • 連投申し訳ない&第二次ベララベラを二回書いちゃった… でも海戦及び参加作戦数は二水戦・四水戦が1回ぐらいで三水戦は8回ぐらい参加してるって計算になる。しかも相手に名将と評価が高いアーロン・S・メルリ提督とアーレイ・バーク大佐がいる -- 2016-05-04 (水) 02:21:14
    • 1943年のソロモン方面海戦・作戦での担当水雷戦隊 ヴィラ・スターンモア海戦(四水戦)・米泊地(ライス湾)遭遇戦(三水戦)・クラ湾海戦(三水戦)・コロンバンガラ沖海戦(二水戦)・ベラ湾(一応、三水戦)・第一次ベララベラ海戦(三水戦)・第二次ベララベラ海戦(三水戦)・セ号作戦(三水戦)・第二次ベララベラ海戦(三水戦)・ブーゲンビル沖海戦(三水戦)・セント・ジョージ岬沖改選(三水戦)  -- 2016-05-04 (水) 02:14:56
  • 「夜戦が得意」って言ってるだけあって目が良さそうだなぁ、羨ましい。あと自分は夜になると眠くなるので徹夜できる人もちょっと憧れるかも。 -- 2016-05-03 (火) 11:46:55
    • 夜になると眠くなるのが正常なんだけどね。 -- 2016-05-03 (火) 11:47:57
    • 夜勤ありの仕事やってるけど、そんないいもんじゃねーぞw -- 2016-05-08 (日) 12:29:06
  • 【速報】川内、やっぱり料理得意らしい【春風時報?】 -- 2016-05-03 (火) 14:31:52
  • 春風の時報で鰯料理を伝授したみたいだね。艦これの川内も料理上手っていうのは確定か -- 2016-05-07 (土) 10:46:59
    • 某提督の食卓では「塩鮭カレー汁」というカレー系レシピがでたぜよ。 -- 2016-05-07 (土) 13:19:13
    • つまり浜風も料理下手確定ということか -- 2016-05-08 (日) 18:26:30
      • 教えた方法によるぞ。例えば、浜風がレシピを紙に書いて渡しただけの場合はその内容によっては磯風の力量にかなり依存することになる(塩を少量とか書かれていて具体的に分からずにやってしまう等)。 -- 2016-05-08 (日) 18:54:43
      • 逆に川内が微妙でも春風の天才的スキルで形になったとかいう可能性も -- 2016-05-10 (火) 19:46:48
      • 川内の料理上手をダシに他の艦娘をディスるとか… -- 2016-05-11 (水) 23:54:42
      • ↑これに関しては判断が難しい。時報では「磯風と春風はそれぞれ浜風、川内から教えてもらった」ということだけが分かっている状態であり、「実際にどうやって教わったかが分からない状態」だから、枝主が時報を判断基準にして思い込んでる可能性があるから。 -- 2016-05-12 (木) 06:26:57
      • まあ極端な話ゲーム内で出てないなら川内みたいに史実で料理に関するエピソードがあるならともかくそれ以外は想像の余地でしかないのだ、浜風が実は料理下手というのもそれはそれで萌えるかもしれないしね。でもそれこそゲーム内で浜風はクッキーは普通に出来てたからなぁ、やっぱ磯風自身が問題なんじゃ -- 2016-05-18 (水) 16:56:05
      • 元々いろんな料理が作れる春風に川内がレシピを教えた、くらいのニュアンスかもしれない(新説) -- 2016-05-28 (土) 10:06:44 New
    • 料理を教える→わかる、その後夜戦に誘う→は? -- 2016-05-29 (日) 13:56:08 New!
      • 川内なら、驚かんぞ。 -- 2016-05-29 (日) 14:33:01 New!
  • 舞鶴アンソロの表紙イイですな。最近よく阿武隈と一緒な絵をみる気がする -- 2016-05-07 (土) 19:02:19
  • 親潮の時報でも夜に出撃してる模様。お前もうちょいおとなしくしろよォ! -- 2016-05-14 (土) 14:45:06
  • ナイトガンダムにいたら間違いなくザビロニア帝国に与していてフォウ&元九尾の狐らしい奴(攻略本より)と一緒に太陽の塔で待ち構えていそう -- 2016-05-16 (月) 19:50:23
  • 夜戦好きがすべてを台無しにしてる感があるけど、それを除けば割と常識人で荒廃の面戸身も良さそう。そして料理上手…うん?この子、良い子じゃね? -- 2016-05-22 (日) 14:39:20
    • 川内さんは黙っていれば艦これ界最高の美少女 -- 2016-05-23 (月) 11:53:14
  • ボス(提督)、夜戦がしたいです! -- venom snake? 2016-05-27 (金) 01:17:12 New
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*1 2015春イベにて先行実装の艦娘のうち、秋津洲改と高波改の各22時の時報より。
*2 2015年夏イベ先行実装の海風江風瑞穂の時報から。速吸は騒がしいのを訝しんでいる
*3 正直な話夕張と大井は、あまり人のことを言えないような…。
*4 神通・那珂は一番前の一番煙突が一つだけ長いまま、川内も初期は同じ
*5 他の5500t級だと小型専焼缶の有る分が置き換わっている
*6 海外艦は単純な排気能力向上の為のケースが多いので生産・運用コストの関係で全く同型の煙突を採用しているケースが多い
*7 三番煙突は大型の専焼缶2グループ分の排気を担当する為排気能力を高める必要が有り太い
*8 なお混焼缶は小型缶である、これは他の5500t級も同じ。
*9 初期の公試計測値、ちなみに多くの資料では安全な定格出力値を記している為5500t級は九万馬力に表記統一されている
*10 ただし酸素魚雷用の「酸素充填装置」は積んでいた。これは妹達二人同様「酸素魚雷用の発射管に換装する予定はあった」為である。
*11 第三艦隊旗艦…ではあるが、戦艦三笠などと同じく日露戦争に参加した老兵。旗艦がこれなので、割に新型の川内は貴重な主力だったのだ。
*12 この時期の搭載機は九五式水上偵察機(未実装)。戦闘機代用として空戦も可能な優秀機で、零式水上観測機の先輩格である。
*13 最終的にO-20は浦波が撃沈する事になる。
*14 余談になるがwikipedia等では川内が攻撃を行っていないかの様に書かれている場合がある
*15 舵故障の出典はこちら、やこちら
*16 軍艦の機関は高圧蒸気を用いるため、少しの不純物でも缶やタービンを傷める可能性があり(実際夕張はそれが理由の機関故障を起こした事が有る)、ただの真水でも不可で蒸留水を用いていた。海水を注入して焚こうものならどうなるか。今後二度と軍艦として前線に立てなくなっても良いという、川内の生命をかなぐり捨てての決断であった。マジで夜戦の鬼である。
*17 寧ろ、海風(の上司への労い)・瑞穂等のように概ね好意的な反応の方が珍しい
*18 4時は夜が苦手か否か、11時は水雷戦隊旗艦関連
*19 当時の改の重複を除いた163人中21人
*20 書籍、帝国海軍と艦内神社より引用および抜粋