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石川内野手、痛恨のミス

Last-modified: 2017-10-30 (月) 07:44:56

横浜DeNAベイスターズ・石川雄洋の男村田スレにおけるキャラ付けのこと。
肝心な場面でのタイムリーエラーが多い事に由来しており「最後の詰めが甘く、凡ミスをする」という設定が定着している。

しかし現実世界で設定を超えた球史に残る痛恨のミスを犯してしまい…。


2011年最終戦9回裏 Edit

2011年の横浜ベイスターズはシーズン最終戦で読売ジャイアンツと対戦。石川は怪我から復帰し出場選手登録され、1点リードで迎えた9回裏から守備固めで遊撃手として登場したものの、先頭打者のそう難しくはないゴロを弾き出塁させてしまう痛恨のミスを犯す。
そこからクローザー・山口俊が崩れ、最後は巨人・長野久義代打逆転サヨナラ満塁本塁打*1を浴びるというインパクトの残る敗戦でシーズン終了。
しかもその後に球団が身売り、この試合が「横浜ベイスターズ」としての最終試合になってしまい、記録にも野球ファンの記憶にも残る試合となった*2

 

その後、同僚の村田修一は巨人へとFA移籍する。
ドラフトでの横浜入団前に「嫌い」とまで言い切っていた巨人へ移籍した理由の一つが「石川内野手、痛恨のミス」であると言われている*3


コピペ Edit

2011年シーズン最終戦の9回裏までの試合経過

高卒2年目国吉が球界の盟主相手に好投!
ベイス不動の4番男村田が2ホーマーで澤村を粉砕!防御率1点代も勝ち越しもご破算!
ついでに盗っ人内海の最多勝も粉砕!
そして復活の期待の若手石川内野手が9回の守備へ!


動画 Edit




試合結果 Edit

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余談 Edit

なお、石川は別の記録に残る試合でも痛恨のミスをやらかしている。

 

2007年4月19日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)、石川は11点リードで迎えた7回表にプロ初盗塁を決める。
しかしヤクルト側の心象を悪くしたのか、打席の内川聖一は直後に死球。さらに次打者の村田修一は頭部死球を受け、これをきっかけとして乱闘に発展。投手のヤクルト・遠藤政隆は危険球退場となったが、この処分に反発した古田敦也選手兼任監督も審判への暴言で退場に。
しかも、この試合は石川の初盗塁以上に古田の通算2000試合出場ということもあり、石川はチームメイトどころか相手にも痛手を与える痛恨のミスを犯してしまっていた。


関連項目 Edit



Tag: 横浜 コピペ






*1 2001年9月30日のオリックスブルーウェーブ対千葉ロッテマリーンズ戦で、オリックス・藤井康雄が放って以来10年ぶり8度目。
*2 この他、長野はこの本塁打で首位打者を獲得、勝利投手となった内海哲也も最多勝を獲得と記録面でもドラマチックな幕切れとなった。
*3 この他にも前年に横浜を離れ大活躍した内川聖一まともに練習しているのが三浦大輔ぐらいしかいないレベルのモラルなど、理由は複数あった模様。