アコライトイベント2014

Last-modified: 2018-09-22 (土) 11:50:54

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「訪れる者」

いつもと同じ色の空。
変わらない風景。
ルーティンワークと化した日々。


それでも、現世に未練を残した強き魂の来訪を、私達は待ち望んでいる。


広い広い聖女の館。そのエントランスホールに、一人の少女が佇んでいた。
ホールを照らすのはキャンドルの青白い炎。白と黒のブロックチェックの床はよく磨かれており、塵一つ落ちていない。
「おや、お嬢さん。おはよう」
館の外からルートが帰ってきた。手には何輪かの花を携えている。ルートが経営するショップに飾るのだろう。
「おはよう、ルート」
朝も昼も夜も関係のないこの地でも、ルート達アコライトは体内に内蔵されたカレンダークロックに従って挨拶を交わす。
少女はアコライト達の発する単語に反応し、その時々に応じた言葉で挨拶を返す。
そのように作られているからだった。少女に明確な意思というものは存在しなかった。
少女の口から出る言葉は、アコライト達との会話の中で学び取った、単なる反射に過ぎない。
「お嬢さんの待ち人は、まだ現れないようだね」
「はい。私は待つだけです。すべては聖女様の意思のままに」
機械人形しかいない、炎の聖女が誂えた館。少女はここで、己が導くべき戦士を待ち続けている。
「おはようございます、お嬢様、ルート。お嬢様、調子はいかがですか?」
別の部屋から、ブラウが顔を出した。
「おはよう、ブラウ。私は問題ありません」
「それは良かったです。そうだルート、メレンの姿を見かけませんでしたか?フラムが探しているようなのですが」
「フラムが? 珍しいな。メレンなら、お嬢さんの部屋にあるキャンドルを取り替えているはずだ」
「そうでしたか、ありがとうございます。では、フラムに伝えてきますね」
短く一礼すると、ブラウはフラムのいるらしき部屋へと引き返していった。
入れ替わるように、フラムが少々悪態を吐きながら出て行くのが見えた。
「それはそうと、お嬢さん。そんなところに突っ立っていたら疲れてしまうよ」
「疲れることはありません」
「そんなことはない。君が立ち続けることによって、その華奢な足に君の全体重が集まる。いずれ足が疲労を起こし、自立できなくなってしまうよ」
「そうなのですか?」
「そうとも。さあ、それを理解したのなら、そこの椅子に座るといい」
少女はルートの言葉に小さく額くと、エントランスホールの一角に備え付けられた椅子に腰掛けた。
テーブルにルートが持ってきた花が飾られた。それは暗い色調に統一された聖女の館に、文字通り華を添えていた。


アコライト達は少女と違い、自身の持つ人工知能で物を考え、人を模倣し、日々の生活を送る。そうあるように創られている。
そして彼らは、同じく機械でできた存在である少女を、過去に暮らしていた人間達と同じように扱う。
少女はそれを、理解できない現象として捉えていた。


変わらない世界で、静かに時が過ぎていく。
少女にとって時間は意味をなさない。少女は布告者≪ヘラルド≫の来訪を待ち続けるだけ。
それが、炎の聖女から与えられた使命だから。


ある時、少女はいつものようにエントランスホールに佇んでいた。
いつもと違うのは、とても長い間ホールの真ん中で、じっと大きな扉を見つめていることだった。
何が少女をそうさせたのかはわからない。
少女には、はっきりと言葉にできるほどの経験がなかった。


「お嬢様?かなり長い時間そこにいらっしゃいますが、どうかなさいましたか?」
ホールを通り掛かったメレンが少女に問い掛ける。
「わかりません。ですが、何者かの声が聞こえるのです」
「そうですか。……ルート達を呼んできましょう」
いつもとは違う少女の言葉により、メレンはアコライト達へ招集を掛けた。
アコライト全員が集まった。
少女はなおも扉を見つめ、微動だにしない。
重い動作で、ゆっくりと館の扉が開く。
短いようで長い時間。
変わらない世界が変革の時を迎えていた。


「誰かいるのか?」
開いた扉の向こうから一人の男が入ってきた。黒い軍服に身を包んだ男だった。
男は明らかに困惑していた。だが、その目には強い意思の光が宿っていた。
「聖女の館へようこそ。強き意思を持つ戦士よ。お待ちしていました」
少女が言葉を紡ぐ。それは意思を持たない人形である少女と、魂だけしか持たない戦士の、長い旅の始まりを告げる言葉だった。

「―了―」