リュカ(ストーリー)

Last-modified: 2020-02-11 (火) 11:01:24

リュカ
【死因】
【関連キャラ】メレン(ドウェラー)、アスラ(密偵→離反)、フロレンス(放浪→腹心)、スプラート

3388年 「遺骸」

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「王が帰ってこられた?」
メルツバウ家臣団は騒然となった。長らく放浪していた王の帰還であった。
「何年ぶりのご帰還になる?しかし、これは目出度い」
「これで我が王家も、新しい戦乱で戦える」
名家メルツバウの王であり、ルビオナ連合王国内において上位の王位継承権を持つリュカの帰還は、歓喜を持って迎えられた。
リュカは、若かりし時は王国を守る勇敢な戦士であり、指導者であった。渦や他国の干渉から臣民を守り、善政をもって民に尽くした。私欲の無い、理想の王であった。
だが、ある事件――愛する王妃と子を同時に失ってしまった――の後、彼は表舞台から身を隠すようにして、荒野に旅出ってしまった。
王不在の国は、稀に帰還するリュカの指示の下に、家臣団が取り纏めていた。しかし昨今、帝國の勃興が伝えられる様になると、高い軍事的才能を持っているリュカ王の帰還を待望する声が、連合王国内部でも上がっていた。
 
集めた家臣団を前に、玉座に座ったまま語った。リュカは既に五十代の半ばを越えており、長い旅の生活からか、容姿には衰えが見えてきた。が、その声には昔と変わらない、威厳に満ちた響きがあった。
「御意のままに」
家臣団は声を揃えて答えた。
「王がいない間に、王室の廃止を訴える共和主義者が増えましたわ」
リュカの長年の家令を努めているコンロウが冗談めかして言った。彼はリュカより二十近く齢を重ねており、かなりの老境にある。
「なるほど。もしかしたら、この老いぼれよりなんぞより、その方が良いかもしれんな」
どっ、と家臣団から笑いが起きた。
リュカの帰還には黒衣の異民族が付き従っていた。家臣団に囲まれた王より離れ、入り口の側に固まっている。
「彼らは?」
「古い盟約を守るために、儂に従ってくれる者達だ。彼らの力を今回は借りようと思う」
マスクの男の鋭い視線を、コンロウは感じた。
不気味な眼差しは酷薄さを現している様で、何故リュカがこの様な男達を付き従えているのか、コンロウには理解できなかった。
「あの物らは本当に信用できるのですか?」
「うむ、その話は長くなる。が、お前だけには聞かせておこう」
リュカは語り出した。
「あれは二年ほど前になるか。儂はベリア地方の荒野で瞑想をしていた――」
 
瞑想の時間は四時間を越えていた。視界の中には岩と荒れ地しかなく、広大な平野に動くものは見当たらなかった。
この不毛の地にある巨石の上に、リュカはじっと座っていた。
リュカはおよそ二十年間、断続的ではあったが、放浪を繰り返していた。
若い頃、リュカは自信に溢れた快活な男であった。だが、愛する家族を失った時、己の人生に対する支えを失ったと感じた。王国を率いる気持ちを失い、世の無常さに耐えかね、喪に服す体で宮殿に引き籠もった。
そして、己の人生の意味を見つけるために、王の地位を投げ捨てる形で国を出奔したのだった。
リュカの旅は、主に東方に向けられた。東方は自然が多く残っており、西方の都市化された国々とは異なる渦への適応を見せていた。
この東方の地は、古くからメルツバウ家が属領として支配していた。しかし渦の影響が濃くなるにつれ、次第に繋がりを失っていった。
もう僅かな記録と地図しか残っていなかったが、それでもリュカは各地を巡った。小さな集落から、比較的大きな街まで。
多くは渦の影響により消滅していたが、それでも、そこに生きる人々を見つけると、リュカは旅人としてその地を観察するのだった。
リュカはそうした、失われた己の王国を見聞していきながら東方の思想を学び、瞑想と己が剣技を磨く日々によって、心の平安を取り戻そうとしていた。
そんな日々の中、カナノ地方に寄ったときに、奇妙な噂話を耳にした。
暗闇に住むもの――ドウェラーと彼らは呼んでいた――が、何年か前より現れて原住民を襲い、多くの者が犠牲になったというのだ。
生き残った原住民の話によると、そのドウェラーというものの容貌は動く骸骨のようで、何かを訴えかけるように叫び続けていたというのだ。
リュカはその話に興味を惹かれ、その原住民が住む地に向かった。
渦の怪物とは違う、奇妙な話だった。未開の民の伝承、噂話にしては、彼らの語り口が逼迫しているように感じられた。
森を抜けてしばらく荒野を進むと、岩でできた高台が見えた。その麓に、崩れ去った街があった。
「ここか」
廃墟に人影など勿論無い。まだ陽は高く、怪異が現れるという時刻までは間があった。
その暗闇に住むという怪異が、例え渦の怪物であろうとも、恐れは無かった。渦の化け物共と何度も出会い、戦い、生き延びてきた事が、その思いを照明していた。
それに、歳は取っていたが、修練を欠かしていない剣技には、若い頃よりもずっと自信があった。
リュカは廃墟を巡るうちに、奇妙な建物を見つけた。それは高台を作る崖に掘られた墳墓のように見えた。そして、その扉は開いていた。
そっとその墳墓の入り口にリュカは近付いていった。足元の様子を注意深く観察する。足跡の種類が二つ、それも人の足形があった。廃墟の他の様子から考えれば、足跡が残るような事象は全て最近の出来事である、ということが自明であった。
「死者が蘇ったとでもいうのか……」
ひとり呟いた。墳墓の前で辺りを見回す。神経を研ぎ澄ましてみても、何の動きも感じられない。
墳墓の石扉は、片方が外れたように外側に開いている。ただし、人一人分の幅しか開いていないため、中は薄暗いままだ。中の光景にリュカは瞠目した。
広さは20アルレ四方だったが、その殆どが、山積みとなった白い遺骸によって覆われていた。
白い遺骸は全て人の形をしていた。だが、骨ではなかった。それらは壊れたオートマタの部位であった。
人工皮膚といった有機的な組織はすべて腐れ落ち、白いフレームとくすんだ色のコード類を剥き出しにして、オートマタの遺骸はころがっていた。
ゆっくりとリュカは奥に進んでいった。この廃墟が黄金時代のものであろうということは、リュカにも想像が付いた。人形のオートマタなど観たことも無かったが、歴史の中では、そのようなものがいたことは知っていた。
白い遺骸野山を眺めていると、子供のようなものが多いことに気が付いた。
一つの遺骸の頭部を手に取ってみる。小さなそのパーツは七、八歳の子供の大きさに思えた。人工の瞳は腐り落ちておらず、瞼の無い眼窩の中に鈍い光を宿していた。
リュカはそっと埃を払い、元の位置にその頭部を戻した。
その時、リュカの身体が背後の風圧を感じ取った。
素早く腰の刀を抜き、振り返りざまに構える。
鈍い金属音が墳墓の中で響き渡った。
肉の剥げ落ちたオートマタが、その鋭い腕で自分を切り裂こうとしてきた。須臾に、抜いた刃でその腕を受け止めた音だった。
凄まじい力だったが、リュカの鍛えた剣技は、その力をぎりぎりで受け流していた。
オートマタは素早く飛び退き、片手を付くような形で地面に伏せる構えを見せた。
「しえ みあ よ がえ」
剥き出しの歯の間から、鳴き声の様な奇妙な言葉を発した。
「ひ こ」
そう言うと、何かを投げつけてきた。リュカは投げられたものを振り落とすように刀を振るったが、左肩に衝撃が走った。
「不覚!」
そう思わず呟いたが、油断せず刀を構え直した。しかし不気味なオートマタの姿は掻き消えていた。
辺りを見回しても、何も見つからない。
奴と対峙したとき、人や生物なら絶対に存在する気配というものが、全く感じられなかった。
これは面倒なことになったと、リュカは思った。
気配無き狂った機械と、この逃げ場のない墳墓で戦うのはあまりにも不利だった。それに、奴が一体だとは限らない。足跡は二種類あった。
リュカはそう判断すると、すぐ入り口へ向かって走った。視界の陰に動くモノを感じると、身体を捻るようにして一撃を躱し、飛び込むように墳墓の外に出た。明るい外の光に目を奪われる。
立ち上がろうとすると、足に激痛が走った。奴の一撃で、左脚の脹ら脛が深く切り裂かれていた。
リュカは片足を引き摺るようにして、墳墓から距離を取ろうとした。
墳墓の前に存在する石の瓦礫に隠れた。血の跡は墳墓からずっと続いている。
奴の速度を考えれば、足の怪我があっては逃げ切れないだろう。
リュカは敗北を意識した。
瞑目し、心を落ち着かせた。もし勝機があるとすれば、この開けた場所で奴が自分に止めを刺しに来る時だと、リュカは決意した。
一太刀で迎撃する。そう決心し、刀の柄に手を掛けた。神経を研ぎ澄まし、奴の動きを見逃すまいとした。
しかし、リュカの必死の決意を嘲笑うかのように、何も動きは無かった。
数分が数時間のように感じられる。強い午後の日差しと廃墟の静けさは、まるで墳墓での死闘が幻であるかのように、リュカに思わせた。
しかし足の痛みは現実にあり、止血が必要であることをリュカに思い出させる。
リュカは迎撃の構えを解くか迷っていた。
その時、頭上から男の声がした。
「昼間なら、奴はあそこから出てこない。目が日の光に耐えられないらしい」
「誰だ!」
リュカはまたも気配を感じさせぬ存在の声に、冷静さを失った声を上げた。
「老侍。その傷のままでは死ぬぞ」
リュカの目の前に、黒衣の若い男が立っていた。

「―了―」

3389年 「歪む目」

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黒衣の若者に連れられたリュカは、小さな集落で傷の手当を受けた。
治療を受けて何日か経つと、再び旅に出られるまでに回復した。
そして自分を助けれくれた礼をすべく、リュカは集落の長のところへと赴いていた。
「この度は斯様に丁重な扱いを受け、大変感謝しております」
「礼には及びません。旅の最中に大変でしたな」
「いえ。旅路の途中のため、このようなものでしか礼ができぬのですが」
リュカはそう言うと、懐から王家の印章が入っている金の紋様を差し出した。
「金で出来ています故、お困り事がありましたら遠慮なくお使いください」
紋章を手渡した途端、あまり変化のなかった長老の顔色がさっと変わったのがわかった。
「これは……。旅人、いえ、王よ。大変な無礼をお許しくだされ」
長老は立ち上がるとリュカの前に跪いた。
「どうなされました?」
「我らハイデンの民。かつての盟約により、この印章を持つ王国にお仕えしておりました」
『ハイデンの民』という言葉には聞き覚えがあった。
渦が発生する以前の時代にリュカの先祖に仕えていた、武器に長けた民族であると伝え聞いている。
「長老よ、どうかお座りください」
「王を前にしてそのような……」
リュカは静かに首を振った。
「良いのです。時代は変わりました。祖先の間でどのような盟約があったにせよ、古い約束事に囚われてはいけない」
「しかし、怪我をしたままの旅人をそのままにしておくことはできませぬ。ですので、怪我が治るまで滞在されてはいかがでしょうか」
「そういうことでしたら」
これは長老の好意でもあるのだろう。リュカはありがたく受け取ることにした。
 
リュカは再び廃墟を訪れていた。ハイデンの長老には危険すぎると止められたが、オートマタの発した言葉が気に掛かっていた。白い遺骸を通り過ぎ、あのオートマタと最初に刃を交えた場所までやって来た。
リュカはあのオートマタが動き出すのを待った。
気配の無い機械がどこから襲ってくるかわからない。神経を研ぎ澄ませ、周囲を注意深く探る。
何かを踏み潰すような音が聞こえた。
同時に、金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「くっ!」
目の前には先日襲ってきたオートマタが、変わらぬ様子でリュカを襲ってきた。
刀でオートマタの腕を押し返すと、リュカは一旦距離を取った。
「何!?」
オートマタの背後に、いつの間にか黒衣の若者が立っていた。東方の投擲武器を構えたその若者はハイデンの長老からアスラと呼ばれていた。
問い質しそうになるが、目の前のオートマタを前にそのような隙を曝すことはできない。
オートマタは姿勢をそのままに背後に回転すると、その鋭い腕を振り抜いてアスラに襲い掛かる。
オートマタの腕がアスラに触れそうになる直前、アスラの姿が掻き消えた。
アスラの姿を見失ったオートマタは直ぐに狙いをリュカに替えると、襲い掛かった勢いを殺さずにリュカに飛び掛かる。
リュカの刀がオートマタの腕をいなす。金属同士が擦れ合う不快な音が響いた。
「ぬう……!」
もの凄い力でリュカを圧倒しようとするオートマタだが、熟練の剣技がそれを容易にさせない。
アスラの投擲武器がオートマタの足関節を貫いた。関節がやられたことにより、オートマタは姿勢を崩す。その隙をリュカは逃さなかった。リュカはオートマタの腕を弾き返すと、返す刃で腕と首と胴を分断した。
司令を下す頭脳を失ったことで、胴体はその場に崩れ落ちた。
「何故ここへ?」
不意に現れたアスラに、リュカは疑問をぶつける。
ここへ来ることは長老以外には告げていない。誰かに見られていたようなことも無かった筈だ。
「この化け物を倒す機会を待っていただけです」
「……そうか」
リュカは呼吸を整えると、切り落とされたオートマタの首を拾い上げた。
 
オートマタを破壊したことを集落に伝えると、長老達は一様にほっとしたような表情を浮かべた。
リュカはハイデンの長老に頼み込み、集落の一角に小さな天幕を借り受けた。
持ち帰ったオートマタの首は雑音交じりの単語を繰り返し発している。意思の疎通を図ることは難しそうであった。
リュカはオートマタの言葉を一つ一つ丁寧に聞き取り、記録していった。
「ぷろ なかに みあ よみががが」
オートマタの言葉は断片的であったが、根気よく聞き続けることで、一つ一つの単語の形がはっきりしていった。
 
「長い間の滞在を許していただき、ありがとうございました」
リュカは旅支度を整え、長老のところへ赴いていた。
「もう旅立たれるのですかな?差し支えなければ、次の行き先をお尋ねしたい。何か力になれることもありましょう」
「ええ、先般持ち帰ったオートマタのことを更に詳しく知るために、機械文化の盛んな西へ赴こうと思います」
「西……ならば一つ頼みを聞いてもらえませんでしょうか。あのアスラを供として連れて行っては下さりませんか」
「一体何故?ハイデンの民は集落を出ることはないと伝え聞いておりますが」
「我らも世の変化に適応しなければなりませぬ。あやつは次期頭目として世界を知る必要があります」
リュカは少々の間を置いてかた口を開いた。
「そういうことならば、謹んでお引き受けいたしましょう」
実はといえば、リュカはアスラという若者の技量に大いに感心していた。ここまでの使い手は文明化された王国には決して存在しないと思っていた。
「ありがたいことです。アスラよ、リュカ王に改めて誓いの言葉を述べよ」
アスラが副頭目達の中から一歩進み出る。
「道中よろしく頼むぞ」
「古の盟約に従い、忠誠を誓います」
アスラはリュカの前に跪いた。
 
渦を避けながら西へと向かう道中、ルビオナとミリガディアの国境にある、関所を兼ねた街に宿を取ろうと立ち寄った。
昼間にも関わらず街はとても活気付いており、さながら祭りのような雰囲気を醸し出していた。
「ずいぶんと賑わっているが、何か祭りでもあるのかね?」
リュカは露天で果物を購入すると、世間話のついでのように店主に尋ねた。
「なんだ、知らないのかい?」
「ああ、この街に来たのは初めてでな」
「驚け、ジ・アイが消滅したのさ!街の警備隊が言うには、近くにあった渦も魔物も一緒に消えちまったって話だ!」
店主は興奮して言い募った。
「なんと……」
数百年もの間人類を悩ませ続けていた渦の一斉消滅の報せに、リュカはそれ以上言葉が出なかった。
「ま、この街に知らせが来たのもつい二日前の話でな。それからずっとこんな感じよ」
「……そうか、ありがとう」
「いいってことよ!」
リュカは露天を後にするとアスラを待たせていた場所へ戻り、ジ・アイ消滅のことを伝えた。
アスラは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、黙って頷くだけだった。
突然、籠の中にあるオートマタの首がガタガタと音を立てて震えだした。
あまりに揺れるため、早々に宿に入って籠の蓋を開け、オートマタの様子を確認した。
「な どうし」
「らく みあさ みあ そんな ああ わた みあさま」
オートマタは嘆くように頭蓋を震わせていた。
「このようなことは初めてだ」
「渦と関係があるのかもしれません」
「そうだな……。まずは今の状況を掴んでおく必要がある」
「承知しました」
オートマタの首を入れた籠を何重にも布で包み込んで音が漏れ出ないようにすると、リュカとアスラは宿の外へ出た。
そこで二手に分かれると、ジ・アイ消滅に関する情報を収集した。
渦は確かに全て消失したが、その作戦を行った騎士達は全滅しており、彼らは英雄として祭り上げられている。といった状況が明らかになった。
ある程度の状況を把握したところで宿へ戻り、オートマタの首を確認する。
オートマタは『ミア』という単語を狂ったように繰り返していたが、暫くしてエネルギー切れでも起こしたのか、急に静かになった。
頭脳を生かすための駆動音だけが、宿の部屋に響いた。
「如何致しますか?」
「渦の消滅が関係しているのならば、ジ・アイへ向かうのが良いだろう。今ならば近付くこともできる」
街で買った西方の地図を確認しながら、リュカはこの先の道筋を決定した。
 
リュカは進路を新興国インペローダへと取ることにした。
渦が消滅した影響か、道中はストームライダー達に頼らずとも、比較的簡単に進むことができた。
 
ジ・アイがあったとされる一帯は、草木さえ生えていない荒野だった。
レジメントを率いていた者達は既に引き揚げたのか、人がいたという形跡さえ無かった。
「見えるか、アスラ」
「はい」
二人は短く言葉を交わす。リュカとアスラの目には、荒野に揺らぐ陽炎のようなものが見えていた。
流れる水のように揺れる景色は、変化を見せつつもそこに留まっていた。
リュカはアスラを促し、オートマタの首を籠から出した。
すると、国境の街で静かになったままだったオートマタが言葉を発する。
「みあ みあさ ま あま ここ」
オートマタの虚ろな眼窩が、歪む荒野の中心点を見つめていた。
「なか あつめ まだどこ に われわ」
不快な金属の音を立てて、オートマタは喋り続ける。
顎を振るわせ、手元から跳ねるように首は地面に落ちた。そして異常な執念を見せるかのように、そのまま顎の力だけ前に進んでいく。
あまりの奇態な姿に、リュカとアスラは首の動きをその場で黙って見つめていた。この首が何に執着しているのかを見極めるために。
首は暫く前に進むと、ある一点で音を立てて消失した。
驚いたリュカは、思わず首の消失した場所に駆け寄ろうとした。
「リュカ様、近付いては危険です」
アスラに押し止められ、リュカはその場に留まった。
オートマタの首は完全に消滅してしまったかのように見えた。

「―了―」

3398年 「分裂」

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リュカはメルツバウとフォンデラートとの検問所を兼ねた大都市、ラムバンを訪れていた。
ラムバンは関所を兼ねた土地のために予てより人の往来が激しい。現在では多数の少数民族が流れてきており、難民の受け入れ対策が急務で行われている。
「リュカ様、このような場までお越しいただき、我らラムバンの民、心より歓迎いたします」
「そう畏まるな。それで、今までこちらに流入した者達はどうしておる?」
恭しく礼をするラムバン代表との挨拶もそこそこに、リュカは手渡された書類に目を通す。
リュカの父、祖父、そしてそれ以前の代にも《渦》から逃れてきた難民を受け入れたことがあったため、今回の受け入れに関しても即応することができた。
「全ての民族をラムバンで保護することは難しい状況です」
「そうか……。情勢は厳しい。これ以上の流入が増加するようであれば、森林地帯や丘陵地を整備して対応する他あるまいな」
「陛下の通達どおり、一部を除いた近隣の国有地に関しては既に整備に着手しております」
連合国議会でフォンデラートやルビオナが主張した『異民族排除』の方針を知った少数民族が、安全を求めてメルツバウやコルガ―へと流れてきていた。
特にルビオナ王国では、少数民族が主体のテロリストが起こした王宮テロが尾を引いていた。王宮テロ事件以降、少数民族の排斥運動が強まり、民族が違うと言っただけで暴行を受ける事件が多発する有様であった。
そのため、制限なく国境を越えられる内にと、大勢の少数民族が異民族に寛容な国へ逃れようとしていたのだ。
メルツバウ独自の調査によれば、ミリガディア王国やマイオッカ共和国。果てはカナーン等の南方へと流れる民族も、あとを絶たない様子だった。
それを受けたリュカは、流れて来た民族が暮らせる場所を提供すべく、メルツバウが管理する森や山などの整備を命じていた。
「国有地でも足りぬのであれば、それなりの額で私有地を買い取るしかあるまい。だが、くれぐれも無理な買収は行うでないぞ」
「重々、承知しております」
「頼む。我々は同じ人間だ。何人たりとも差別すべきではないのだ」
 
リュカはラムバンで難民受け入れに関する指導を行った後、その足でフォンデラートへと入国した。フォンデラートの代表官邸において会談が行われるためだ。
「連合国の解体は、グランデレニア帝國に付け入る隙を与えるだけです」
「我々は、我々や貴方の国が第二のルビオナになることを危惧しています。内乱の発生を未然に防ぐためには、その要因を早急に排除すべきです」
「全ての少数民族が初めからテロを考えている訳ではないでしょう。害を為さぬ民族を内乱要因だと決めつけて排除するのは、全く益とならない」
「貴方の言うことも間違いではないのでしょう。ですが、暴動やテロが起こってからでは遅いのです、大公」
会談は平行線を辿った。終わりの時間を迎えても、フォンデラート代表らの言葉は連合国議会の時と変わらなかった。
植えつけられた不信感はそう簡単には拭えない。リュカは己の力不足を悔やみながら、フォンデラートを後にした。
フォンデラート側にあるラムバンの検問所に戻ってきたが、俄に所内が騒がしい。
職員と女性の争う声が聞こえてくる。
「身分詐称などしていません!この身分証は本物です」
「そんな姿をした貴族がどこにいるか。嘘をつかずに本物の身分証を出せ」
「疑いがあるのでしたら本国に問い合わせてください。そうすれば――」
「無駄無駄。いい加減にしろ。こっちは忙しいんだ。警備兵、こいつを叩き出せ!」
「……待って!」
検問所から追い払われたこの女性には見覚えがあった。
面識らしい面識は無かったが、特別な武装を駆るルビオナ王国軍のエリート部隊、オーロール隊の副隊長――フロレンス・ブラフォードという名だ――その人に間違いなかった。
更に言えば、先日起きたルビオナ王宮テロ事件でアレキサンドリアナ女王を救った英雄であり、その勇名はリュカの耳にも届いていた。
そのような人物が何故に浮浪者然とした風貌でラムバンの検問所にいるのか。疑問と違和感を拭えなかったリュカは、傍仕えにいくつかの指示を出してフォンデラート側の検問所に急ぎの書簡を出すことにした。
リュカはそのまま、検問所にある政府高官が利用する休憩室へと向かった。
 
程なくして休憩室にフロレンスが入ってきた。事の次第を知るためにリュカが呼び寄せたのだった。
フロレンスは上座にいるリュカが視界に入ると、ハッとした表情で固まった。リュカは彼女が入ってくるのを見て立ち上がる。
「ルビオナ王国軍オーロール隊所属のフロレンス・ブラフォード中尉とお見受けしたが」
「リュカ大公、あなたでしたか……」
儀礼的な挨拶を交わすと、リュカは本題に入る。
「ルビオナで英雄とも評される貴女が、何故そのような格好でこのような場所に?」
フロレンスを休憩所の椅子に座らせて尋ねるが、フロレンスは堅い表情のまま眼の前のカップを見つめていた。
「遠慮は無用です。貴女のことを咎めるような者は、ここにはおらん」
リュカの言葉に、フロレンスは少しずつ話し始めた。
――王宮テロ事件では家族の命を盾にされ、テロ組織の内部に深く踏み込んでしまったこと。
――そこで見えた、少数民族と呼ばれる人々が抱える闇。
――間もなく発生したフォンデラートの暴動で、連合国に属する民に銃口を向けることに疑問を感じたこと。
――そしてその疑問を払拭することができず、ルビオナ王国軍を除隊し、養親に迷惑がかからぬようにと国を去ったこと。
「私は、民族が違うというだけで銃を向けること、そのことをどうしても受け入れられなかったのです」
フロレンスの声は憔悴しきっていた。現在の情勢を鑑みれば、ルビオナからメルツバウの国境まで来るのに相当の気を張ったことだろう。
「ルビオナ国内はそのような事になっていたか。よく話してくれた」
王宮テロ事件で女王を救い、救国の英雄とまで言われた彼女でさえ、肌の色や出身が違うというだけで迫害される。リュカは、本当に意味での融和とは彼自身が思っていた以上に厳しいものであることを痛感した。
「お主はこれからどうするつもりだね?」
「決めかねております。実父や実母のいた故郷へは、今さら戻ることもできません」
「ならば我が国へと参られよ。肌の色も出身も、我が国では気にしない」
「ありがとうございます。しかし、今の私がお役に立てることなど何も……」
フロレンスの様子は明らかに打ち拉がれた者の姿だった。オーロール隊の戦士であった頃の意志や気高さを失っているようだった。
「なに、気にすることはない。お主の知るルビオナの情勢を儂に提供してもらおう。それが対価だ」
リュカの言葉にフロレンスは考えるように俯いていたが、暫くして立ち上がると、リュカの前に跪いた。
「大公のご好意に感謝いたします」
 
フロレンスのもたらした情報は、ルビオナの抱える暗部を明確にした。
特に、情報統制により掴みかねていた少数民族に関するルビオナの政治的思惑は、フロレンスの言葉とアスラの裏付け調査により明確なものとなった。これこそが融和の道を説くための材料となる。
アレキサンドリアナ女王本人の意思が判明しないことだけが懸念点ではあったが、王宮テロ事件に際しての態度を聞く限りでは、排除派とは異なる思想を持っている可能性は低くないであろう。
 
リュカとアレキサンドリアナ女王代行の執政官との政治会談が行われた日の夜のことであった。
帰路の途中、不意にリュカの乗った馬車が止まった。邸宅の門が目視で確認できる場所である。
「何があった?」
「門に人影が見えました。様子を見ます」
「私が調べてきましょう」
御者に答えたのはフロレンスであった。リュカが説く融和の思想に共感した彼女は、護衛の任務を自ら申し出ていたのだった。
フロレンスは周囲を警戒しながら馬車を降りると、足音を消して門へと近付く。
リュカは馬車に中で剣の柄を握り、じっと精神を研ぎ澄ませていた。フロレンスを自分から引き離して警護を手薄にさせる、その可能性に備えていた。
フロレンスが馬車から降りてさほども経たぬ内に、門から少し離れた場所から争うような音がした。発砲音と声が収まると、フロレンスから合図が送られてきた。馬車が門を潜り抜ける。
邸宅から発砲音に気が付いた警備兵達が出てきた。リュカの馬車が門の傍で止まっているのを見ると、警備兵は馬車を守るような配置に就く。
リュカが馬車から降りると同時に、フロレンスが痩身の男を縛り上げて連行してきた。
「リュカ様、テロリストと思わしき者を捕らえました」
「やはりか……」
リュカは眉を顰めた。少数民族の中にも融和の道を疑問視する者が存在している。いずれはこのような事が起こる予感はあった。
「何が目的だ?」
「お前さえいなくなれば、連合国なんてまやかしは無くなる」
「そんなことはさせない。誰の命令だ」
フロレンスはテロリストを縛る縄に力を込めた。どう考えても単独の行動とは考えられなかった。
「裏切り者の女になど、何も言うことはない」
テロリストの目には強い意志の光があった。ここで何をしても、テロリストは何も答えないであろう。
「フロレンスよ、その者を警備兵に引き渡せ。ここでは埒があかぬ」
「……承知しました」
警備兵にテロリストを引き渡そうと縄を渡した一瞬だった。
全身を使って暴れだしたテロリストが警備兵を振り切り、リュカを目掛けて突進した。
リュカは咄嗟に鞘に入ったままの剣を振り抜き、テロリストを殴打しようとする。彼らの思惑を知るためにも、できれば生かしておく必要があった。
しかし、テロリストはリュカの一撃を躱すと、不自由な体勢にも関わらず再びリュカとの距離を縮めようとした。
「取り押さえろ!」
誰かの怒声がしたのとほぼ同時だった。テロリストの背後に黒い人影が現れ、テロリストの首を掻き切ったのが見えた。
「アスラか……」
リュカは黒衣の男がアスラであることに気付くと、一言漏らした。
「なぜ殺した!?生かしておけば黒幕を――」
力なく崩れ落ちたテロリストを見て、フロレンスがアスラに言った。
フロレンスが絶命したテロリストの懐を探ると、小型の爆弾が姿を現した。
「このような奴等は手段を選びません。このままこの者を生かしておいたならば、間違いなく爆発に巻き込まれていたでしょう」
「そのようだな。助かった、アスラよ」
「いえ。それよりもリュカ様、緊急にご報告があります」
アスラは血の付いた武器を懐にしまうと、リュカの前に跪く。
「何があった?」
「ルビオナ王国とグランデレニア帝國を結ぶ交易都市プロヴィデンスが、死者の軍勢により陥落しました」
その一言に、その場に言いた全員に衝撃が走った。トレイド永久要塞を陥落させたグランデレニア帝國軍の死者の軍勢。トレイド以来鳴りを潜めていたそれが再び現れたことに、一同は動揺した。
「家臣団に緊急招集を掛けよ。儂もすぐに王宮へ戻る」
「承知しました」
リュカは王宮へと引き返す馬車の中で、強い危機感を募らせていた。
死者の軍勢が再び現れた状況で連合国が分裂すれば、全てが終わる。そんな予感がリュカを支配していた。

「―了―」

3399年 「未来」

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ルビオナ連合国女王アレキサンドリアナがメルツバウ国大公リュカに軍の総帥権を譲渡したと大々的に報じられたのは、年が明けてすぐのことだった。
 
総帥権譲渡の式典後、リュカはメルツバウの国政を一時的に家臣団に任せ、自身はルビオナの首都アバロンに残って連合国全体の軍事力を統括すべく砕身していた。
正式な軍事総帥者となった後にいくつかの戦線を補強しようとしたが、以前から連合国の中心にいたルビオナ出身の政治家や貴族たちからの反感は凄まじく、リュカの意見に反発する者も多かった。
そこで、リュカは一計を画した。
「プロヴィデンスを解放するための大規模作戦を展開する。プロヴィデンスを死者の軍勢から取り戻し、グランデレニア帝國に我々連合国が一つの巨大な国家であることを知らしめるのだ」
軍事総帥者ちなってから何度目かの軍事会議で、リュカは力強く宣言した。
大規模作戦を提示したのは、連合国の政治を独占とするルビオナの貴族たちに対し、作戦を成功させることでリュカの軍事的采配の巨大さを認めさせるためであった。
 
そうして、プロヴィデンス解放作戦は開始された。
連合国の各所から精鋭が集められ、第一陣として送り込まれた。
死者の軍勢に対抗してプロヴィデンスを解放するためには、それだけの戦力が必要であるとリュカは考えていた。
そして、第二陣としてルビオナ最強と名高いオーロール隊と自信が前線に赴いた。
この決定は、そうすることでルビオナ連合国が連合国として一つに纏まっていることをグランデレニアに誇示する思惑もあった。
第一陣から浮遊戦艦ガレオンが死者の軍勢の発生源であるとの情報を受け、ガレオンがある場所に近い城壁からの突入を開始する。
しかし、リュカを待ち受けていたのは凄惨たる光景であった。第二陣が辿り着いた時、第一陣の半分以上が死者の軍勢と化していた。
その中には聖獣と意志を交わせる少女パルモの姿もあったと、フォンデラート出身の女性兵から聞かされた。
翌日にはオーロール隊を伴ったガレオン突入作戦が展開された。
戻らなかった聖獣とスプラートという少年。アスラが死者の軍勢に魅入られ、連合国兵を襲ったという事実。
目まぐるしく移り変わる戦況をどうにかして収めるべく、リュカは奔走した。
そして、タイレルというエンジニアの協力の下、死者の軍勢を生み出す元凶であるガレオンの爆破作戦を計画した。
エイダを隊長とした爆破舞台に全てを任せ、リュカ達は爆発の余波を避けるためプロヴィデンスの外にある兵站へと下がっていた。
暫くして、閃光と共に耳を劈くような爆音がプロヴィデンスから響いてきた。
「おぉ……!」
「これで、死者共はもう……」
確定したと思われる勝利に、兵士達は沸き上がる。
「これで死者の軍勢の勢いを止めることはできたのだな?」
リュカはガレオンの方角を見つめるタイレルに問う。
「おそらくは。但し、結節点が破壊されたことを確認するためには、現地へ向かわなければなりませんが」
「そうか……」
 
爆破部隊は帰還予定時刻を過ぎても戻ってこなかった。だが、元より命を賭しての作戦であることは誰もが理解していた。
いずれにせよ、ガレオンの爆破は完了している。次はプロヴィデンスに未だ蠢く死者の軍勢の動向を調査せなばならない。
プロヴィデンス解放作戦に参加している部隊長達を招集し、リュカは今後の作戦を練った。
「では、負傷兵と後方支援部隊はこの兵站に残留。A分隊とB分隊はガレオンの調査へ。C分隊、D分隊は東西に分かれてプロヴィデンスの内部調査をせよ」
「はっ」
正午、号令を共にプロヴィデンス内部への再突入が開始された。
リュカは後方に残らず、A分隊、B分隊と共にガレオンの調査に同行することを決めていた。
「大公、危険すぎます!どうかご再考を」
「事態は刻一刻と変化する。今は現場での早急な判断が至要だ」
「……承知しました。フフタラ軍曹、アッシャー上等兵、リュカ大公の護衛任務を命ずる」
部隊長により二人の軍人が呼び出された。フフタラは中年のアッシャーは壮年の、リュカから見ればまだまだ若い兵士であった。
「彼らは従軍する前のプロヴィデンスに居住していた経験があります。万が一の際には最も頼れる兵士です。フフタラ軍曹、アッシャー上等兵。リュカ大公を何があってもお守りするように」
「はっ。大役に選ばれたこと、光栄に思います」
爆心地であるガレオンの残骸が見えた。
タイレルが兵士達に見張られながら、球状の物体を取り出す。デバイスを操作すると、それに連動するようにして球状の物体は宙に浮かび上がり、ガレオンの方向へと飛んでいく。
「結節点は消失しています。おそらくベリンダも」
「では、これ以上死者の軍勢は生み出されないという見解でよろしいか?」
「……アスラという男が何かしていなければ、ですが」
タイレルの言葉にリュカは眉を顰めた。
死者の軍勢の阻止がほぼ確定した今、気掛かりなのはアスラのことだ。何故アスラが死者の力を欲したのか。古よりの盟約を破棄してまでアスラが何を求めたのか、判然としないままでいた。
だが、タイレルの言う結節点なるものが消失した以上、今後起こり得る緊迫事態とは、アスラの急襲のみであろう。
「A分隊はそのままアスラの捜索、B分隊はタイレルと共に引き続きガレオンの調査をせよ」
リュカはガレオンの調査をB分隊とタイレルに任せ、自らは後方の兵站へと戻ることにした。
その時だった。
低い唸り声と共に、部隊を囲むようにした死者の軍勢が現れた。
「そんな!?」
「殲滅し損ねたにしても、数が多すぎるぞ!」
「待て、あれは後方支援部隊の装備だ!!」
誰かの叫び声の通りであった。新たな死者の軍勢はプロヴィデンスの外で待機している筈の後方支援部隊の装備を纏っている。
「おい、貴様!どういうことだ!」
「結節点は消失しています。このようなことが……」
「尋問も調査も後にせよ!撤退だ!」
リュカの声が響き、速やかに各部隊に司令が伝えられる。リュカもフフタラとアッシャーに守られながら撤退を開始する。
だが、事態は最悪と言ってよかった。
「突破しろ!」
死者の軍勢は勢いを増していた。兵士達は次々と死者の軍勢に飲まれ、それらと同じものと化していった。
 
撤退の途中、前方で蹴散らされる死者の軍勢が目に入った。そこでは聖獣が死者の軍勢を相手取り、一歩も引かぬ戦いをしていた。
「聖獣殿をお救いせよ!」
咄嗟の判断だった。聖獣を救い、コルガ―への帰還を条件に同行していただければ、自分達が助かる可能性は上がると判断してのことだった。
スプラートという少年の姿は無かった。アスラに襲われた際に何があったのだろうが、聖獣と意思疎通が不可能である今は、質すことさえ適わない。
聖獣はリュカの言葉を理解したようで、リュカ達と共に行動すべく後を付いてきた。
フフタラ、リュカ、聖獣、アッシャーの順で狭い路地裏を駆ける。
タイレルや他の兵はどうなったのか、どうにかして生き残っているのか。その様なことも気にしている余裕は無かった。
「大公、この近くに大型の食品量販店があります。倉庫で食料と水の確保ができる筈です」
「む、そうだな……」
長期戦になることは目に見えていた。フフタラの意見を採用し、三人と一匹は量販店へと向かう。
フフタラの先導で大型量販店へと入り、倉庫を目指す。地下に目当ての場所はあった。
アッシャーと聖獣を見張りに立たせ、フフタラと共に地下室へ入る。そこには長期保存可能な酒や乾物などの食料が残されていた。
「大公、フフタラ軍曹!死者共がやって来ます!」
食料確保に安堵したのも束の間だった。アッシャーが血相を変えて死者の軍勢の到来を告げる。
フフタラが倉庫に出ると、次いで出ようとしたリュカを中へと押しやる。アッシャーも聖獣を促すようにして倉庫へと誘導した。
「大公、ここから動いてはいけません!」
「なに、を……!?」
フフタラとアッシャーはリュカと聖獣を倉庫に残したまま、鉄の扉を閉めようとする。
「待て!何をする気だ!」
「死者の軍勢はあまり賢くありません。私達が囮なり、死者共をここから引き離します」
「そのようなことは許さん。ここで儂の護衛を継続せよ、これは命令である!」
リュカは咄嗟に厳しい口調で命令する。自分を守るために若い者が命懸けの行動に出るのを良しとできるほど、傲慢ではなかった。
「命令違反をどうかお許し下さい。ここで大公が殺されてしまえば、連合国の未来は潰えてしまいます。どうかご理解をお願いします」
「大公、生き延びてルビオナ……いえ、連合国を守ってください」
「聖獣様、リュカ大公を、我々の未来を頼みます」
フフタラとアッシャーは口々に言うと、リュカと聖獣を倉庫に押し込め、頑丈な鉄の扉を閉めてしまった。
内側から開けようと扉に近付くと、聖獣がリュカを睨みつける。聖獣はフフタラ達の願いを全うする腹積もりであることが伺えた。
 
それからどれ程の時間が過ぎたのか、リュカは曖昧な時を過ごしていた。
場所が場所だけに食料や水に困ることはなかったものの、外の様子は倉庫の天井に近い場所にある窓から聞こえてくる音でしか判断できなかった。
リュカはフフタラとアッシャーの願いを無下にはできなかった。何としても生き延びて戦争を終わらせ、国を救わねばならない。
それだけを胸に、今は耐えることを選んだのだった。

「―了―」