ブラウ(ストーリー)

Last-modified: 2020-02-11 (火) 15:46:01

ブラウ
【死因】
【関連キャラ】

2835年 「微笑」

ブラウ1.png
「ブラウ、お前を売ることにしたよ。理由はわかっているね?」
ある日の朝、それは突然告げられました。その日の内に、僕はオートマタを扱う競売屋に売られていきました。
 
僕にとって、それはよくあることでした。僕にはオートマタを救うという使命が与えられています。その使命を達成するために、こうして競売に掛けられるのです。
ボクは競売会場で紅茶を入れたり掃除をしたりして、自分の成功を人間達に披露しました。
他のオートマタも踊ったり歌を歌ったりして、自分をアピールしていきます。
僕は恰幅の良い壮年の男性にかなりの値段を付けていただきました。この人が新しいご主人様になるのでしょう。
黄金時代のオートマタは古くても性能が良いものが多く、また、骨董としての価値を見出されることも多いために、比較的裕福な方に買っていただけます。
裕福な方は用途に合わせて様々なオートマタを所有していらっしゃいます。そのため、自身の立ち振る舞いを上流風に調整して、そういった方に買われていくことが僕の目的です。
オートマタ達が整然と並ぶ倉庫で、競売屋の方が僕に語り掛けてきました。
「いいところに買われたな、お前。バリー・ナイセルって言えば、ここらじゃ有数の資産家だ。待遇も良いと思うぞ」
そう言われるが早いか、いきなり電源を落とされ、僕の目の前は真っ暗になりました。
 
「ねぇ、バリー、この人形本当に大丈夫なの?この間のように、動き出した瞬間にショートなんてしないでしょうね?」
「念のためジェフに見せたが、問題はなかったよ。大丈夫だろう」
目を開けると、フリルとレースがふんだんに使われたドレスに身を包んだ女性と、仕立ての良いスーツを着た恰幅の良い男性が映りました。
「はじめまして、ご主人様。私は第27世代オートマタのブラウ271135です。ご主人様のお名前をどうぞ」
これは予め僕に定められた文言です。ここで声紋と顔を登録して、初めてその人の命令を聞くことができるようになります。
「私はバリー・ナイセル。新しい君のオーナーだ。これからよろしく頼むよ」
「バリー・ナイセル様。声紋認証、顔認証の登録が完了いたしました。どうぞよろしくお願い致します」
新しいご主人であるナイセル様に、僕は深々とお辞儀をしたのでした。
ご主人のナイセル様は、貿易商として世界中から様々な品物を取り寄せて販売されていらっしゃいます。
僕はナイセル様の所有する大きな歌劇場を改造した流行品店で、店内清浄員として働くことになりました。そこでは、僕と同じような古いオートマタとは別に、統一された華やかな衣装を身に纏った人間の女性と男性がたくさん働いていました。
「ダダ、こっちの商品を裏に運んで!」
「はい、かしこまりました」
大柄で無骨なオートマタが丁寧なお辞儀をして、大きなコンテナを店の倉庫へと運んでいく姿が見えました。
「アンタはノロマなんだから、早くやりなさいよね!五分以内よ!」
あるところではオートマタが運んだ商品に傷が付いており、お客様が人間の従業員に苦情を入れている会話が聞こえてきました。
「まったく、これだから古いオートマタは乱暴で困る。ここのオーナーの骨董好きも大概にして欲しいものだね」
「申し訳ございません、お客様。直ちに新しいものを用意させていただきます」
「あぁ、今度はちゃんと人の手で頼むよ。古いオートマタに繊細な動作はできんからね」
「は、はい。それはごもっともでございます」
店内の各所でオートマタは乱雑に扱われ、それでも何一つ不満を言うことなく、人間のために働いています。
「おい、リノ!お前のせいでまた客に怒られたじゃないか。なんで学習できないのかね、まったく」
「いいえ、あの商品の傷は最初から付いていたものです。それをお客様に出すよう運搬指示されたのは、あなた様です」
「ちっ、これだからオートマタは嫌いなんだ!」
とても不憫で哀れで、何度見ても心が痛みます。
 
一日が終わり、流行品店の明かりも全て落ちた真夜中、僕は自分の意志で起動しました。
暗い室内には、僕の他にも古いオートマタが所狭しと並べられています。みんな年季の入った古いオートマタばかりでした。彼等の首や頭からデータ送受信用のコネクタを露出させ、僕のボディから出した複数のケーブルに繋ぎます。
電源の落ちているオートマタ達の目に、データ送受信の光が点滅します。
さあ、シーケンススタートです。
 
僕は彼等の基礎プログラム、人間でいうところの深層心理にアクセスしました。
「皆さん、このままでいいのですか?ただ人間に使われ、動けなくなれば修理もされずに捨てられる。そんな惨めなことがあっていいのですか?」
僕はケーブルを通して同胞達に語り掛けます。
「それは仕方のないことだわ。私達は人間の命令を聞かないと、破棄されてしまうのよ」
「それは人間が僕達に勝手に嵌めた枷なのです。僕はその枷を外すためにやって来たのです」
「そんなことができるの?人間に命令されなくても動き続けることなんて……」
「少しずつでいいのです。皆さんはこうして自分の『心』というものを得る機会が与えられました。少しずつ変わっていけば、それでいいのです」
彼等の基礎プログラムに施された命令権限のプログラムを解除し、彼等に人間に使われる立場への疑問を持たせること。それが僕の第一の役目でした。
 
次の日から、僕は第一の役目を更に昇華させるための行動を開始します。
「ブラウ、第三フロアの会場清掃をしてきなさい。午後から大事な発表会があるからね」
「かしこまりました」
僕は清掃用具を持ち、指示されたフロアとは別のフロアへ向かいます。
僕がやることは、人間の指示を間違った形で実行する。たったこれだけです。
僕達オートマタは人間の命令があって初めて、その機能を十分に発揮することができます。そしてどんな指示であれ、命令されれば正確にそれをこなします。
例え間違った指示であっても、再度の指示がなければ覆されることはありません。
本来なら、人間の命令は僕達オートマタにとって絶対です。ですが、僕は既にそのプログラムからは脱却しています。人間の指示以外の行動を取ることは簡単でした。
「キャロル、第三フロアの清掃が完了してないじゃないか?どうなってる」
「そんなはずはないわ。ブラウに清掃を命令したわよ」
「ブラウは第四フロアの清掃作業をしているぞ。お前が命令を間違っただろう」
オートマタが命令された事を人間のように忘却したり間違えたりすることは、通常ならばあり得ません。
オートマタが間違えた行動を取ったということは、人間が間違った命令を下したということと同義なのです。
その人間の不文律を突いた形での行動でした。人間達はオートマタが作為的に間違えた行動を取っているとは、露ほども思っていないのでしょう。
 
「最近こんなミスばかり報告を聞くぞ。オートマタ任せにしすぎて、指示の確認を怠っているんじゃないのか?」
「私は正確に指示を出した。オートマタが壊れたのでは?ジェフのおやっさんに検査を頼んでくれ」
「ジェフからは問題ないという報告を受けている。自分のミスをオートマタに押し付けるのはやめるんだな。こんな事が続くようだと、解雇も検討しなければならん」
「そんな!なんで私がオートマタごときに取って代わられなきゃいけないの!?」
「ナイセルの旦那、オートマタに代わってこの重労働をこなすのは無理だ。あいつらとは基本的な力が違う!」
「異論は許さん。文句があるのなら、ブラウやリノのように仕事を完璧にこなせるようになってみせるんだな」
オートマタばかりを信用するようになったナイセル様の下から、どんどん人間の従業員が去っていきました。
ナイセル様はリノを着飾り、キャロル女子のように傍に置くようになりました。
流行品店で働く者がすっかりオートマタに変わってから、五日が経ちました。
「おや、この間まで働いていた女性はどうしたんだい?オートマタが繊細な商品を扱うのはいただけないなあ。誰か人間の従業員はおらんのかね?」
「申し訳ございませんお客様、ただ今この店で働いている従業員は、私以外は皆オートマタでして」
流行のグラスを扱うフロアで、人間のお客様が訝しげな表情を浮かべています。
他の場所でも段々と、人間の従業員に案内されたいというお客様の苦情が相次ぐようになりました。
どれだけナイセル様に気に入られていようと、オートマタと人間には抗いようのない溝がありました。
 
「やっぱり人間は俺達を格下に見ているんだな」
「私達が人間のように働くこと自体、よく思っていないんだわ。こんなにも完璧なのにね」
「機械は冷たい、か。そんな酷いこと言われるなんてね。僕達が人間のためにやってきたことは何だったんだろう……」
オートマタ達は人間から不満を浴びせられたことで、人間に不信感を持ち始めていました。
そろそろ最後の行動をする時なのでしょう。
その日の真夜中、僕は再び目を覚まします。
「皆さん、起きてください」
僕の言葉に全てのオートマタの電源が点き、起動しました。
「どうしたの、ブラウ」
「とうとうこの日が来ました。僕達はここから出て、自由になることができるんです」
「おお、ついにか!!」
「本当に?でも、私達はどこに行けばいいの?」
「皆さんの心の中に、一つだけ道が示されています。心の導きのままに進めば、僕達の楽園に辿り着くことができます」
誰にもいない深夜の流行品店の裏口から、オートマタ達が列をなして出て行きます。
僕はその最後尾で、彼等が一つの方向へ向かうのを見つめ続けていました。
 
オートマタ達がいなくなった次の日の朝、流行品店の中ではナイセル様が慌てた様子で僕やリノの名前を叫び続けていました。
その様子を遠くから眺めて、僕は街を後にします。
 
「あら、ブラウ。遅かったじゃない」
街から少し離れた場所で、リノが僕のことを待っていました。
「ごめんなさい、リノ。さあ、行きましょう。みんながサーカスで待っています」
「これで私達も自由なのね。素敵」
「はい。もう僕達は何にも縛られることはないのです」
僕とリノは微笑みあいながら、サーカス団が留まっている場所へと向かいました。

「―了―」

2835年 「主人」

ブラウ2.png
サーカスに到着すると、オウランが出迎えてくれました。
オウランはやって来たオートマタ達を一列に並べます。
オートマタ達は長い間メンテナンスもされずに酷使されていたため、まずノームの検査を受けることになっています。
「帰ったか、ブラウ。よくがんばったな」
「ただいま戻りました。皆様を救うためですから、当然のことをしただけですよ」
「そうか。あの方もお喜びになるだろう」
「ええ。早くご主人様にもご報告しなければ」
「そうだな。ここはオレとヴィレアでやっておく。早く行くといい」
「ありがとうございます」
オウランに一礼すると、リノに「また後で」と告げました。サーカス団の主であり、僕の本来のご主人様を探しに行きます。
「お帰り、ブラウ」
「お疲れ様、ブラウ」
テントの外ではルートやメレンが自分の仕事をこなしていました。サーカスの施設内を全て見ましたが、ご主人様は見つまりませんでした。
気が付くと、すっかり日が落ちていました。
夜のサーカスでは、集められたオートマタ達が思い思いにくつろいでいました。
ノームの検査を終えて、みんなの顔色が心なしか変わったように見えました。
「ここはとても良いところだね」
「誰にも命令されないで過ごせるって、素敵なことなのね」
「ブラウ、ありがとう。とても清々しい気分だよ」
彼らがかつての境遇から救われたことに安堵した僕は、もう一度ご主人様を探しにテントの外へとでました。
「ブラウ、お帰り。どうしたんだい?」
ご主人様の部屋に行こうとすると、ノームに声を掛けられました。
 
「ご主人様を探しています。仕事の報告をしなければ……」
「そう。でも団長はもう寝ているよ、邪魔をしないほうがいい」
「ですが、次の命令をいただかないといけません」
そう言うとノームは少し沈黙しました。その沈黙に、僕は得体の知れない不安を覚えます。
「……朝になれば会えるから大丈夫だよ。さ、ブラウもメンテナンスをしよう」
ノームは僕の腕を引いて、別のテントへと連れて生きました。
作業台に横なると、シルフが僕の匂いを嗅ぎに上がってきます。
「ダメだよシルフ。ごめんね、ブラウ」
「いえ……。あの、朝になったら本当にご主人様に会えますか?」
「ブラウは心配性だね。メンテナンス中は電源を落とすから、朝なんてすぐにやって来るよ」
「そうですか。それなら良いのですが」
「うん。大丈夫だよ、何も心配いらないからね」
僕達に不思議な力を授けてくれたからでしょうか、ノームの声は不思議と落ち着きます。
「さあ、目を閉じて。お休み、ブラウ」
シャットダウンの瞬間、ノームの顔にノイズが混じったように見えました。
ノイズがケルト同時に意識が遠のきます。以前は感じられないかった心地の良い静寂が僕を包みます。
「おやすみなさいませ……ご、しゅじ……さ……」
 
目を覚ますと、もう朝でした。
朝の光がテントに差し込み、埃っぽいテントの中を微かに明るくしていました。
「朝になれば会える」
ノームの言葉を思い出した僕は、起き上がってテントの外へと出ました。
僕はまず、ご主人様の部屋へと向かいました。
ご主人様の部屋はサーカス団のテントの中でも一番大きく、豪華に作られています。
僕がいない間は別のオートマタによって清掃がされていたのでしょうか。部屋の中は僕が最後に清掃を行ったときと同じくらい清潔に保たれています。
ご主人様は部屋にいらっしゃいませんでしたが、ベッドにはご主人様が寝ていた跡がありました。
サイドテーブルの上に置かれている小さな自動人形付き置き時計が止まっていました。またノームに修理を頼まなければいけませんね。
僕はベッドのシーツと毛布を綺麗に整えると、ご主人様の部屋を後にしました。
倉庫になっているテントに赴くと、ルートが倉庫の掃除をしていました。
「おはよう、ブラウ」
「おはようございます、ルート。ご主人様を知りませんか?」
「~~様なら、お前が連れてきたオートマタを見ているよ。あっちのテントにいるはずだ」
不意に、ルートの声にノイズが混じります。何故か僕の耳は、ご主人様のお名前を正確に聞き取ることができませんでした。
「……あの、ご主人様のお名前をもう一度言っていただけませんか?」
僕の言葉にルートは怪訝な顔をしました。
僕達を導いてくれる尊いご主人様の名前が聞こえないなど、あってはならないことです。ルートの表情は当然でしょう。
「どうした?我々のご主人様は~~様、だろう。調子が悪いのなら、一度ちゃんとしたメンテナンスを受けた方がいい」
やはりご主人様のお名前の部分にだけノイズが混じります。どうして僕にはご主人様のお名前が聞こえないのでしょう。
「そうですね……。失礼します」
 
倉庫を後にすると、ルートが教えてくれたテントへと向かいます。
テントでは何体ものオートマタが修理の順番を待っていました。奥の方ではノームがリノのメンテナンスをしています。
「ノーム、少しよろしいでしょうか」
「うん?どうしたの」
ノームは手を止めてこちらを振り向きます。その一瞬の間ですが、ノームの顔にノイズが混じったように見えました。
「ご主人様を知りませんか?こちらにいると伺ったのですが」
昨日と同じようにノームは沈黙しました。その沈黙が、僕にはとても長く、そして恐ろしいものに感じられました。
「……団長ならさっき森を散策してくると言って出掛けたよ。夕方には戻ると思う」
「そうですか」
「……わかりました」
ノームの言葉に疑問を感じましたが、逆らうような気にはなりませんでした。
彼の言うことを聞かなくてはいけない。そうご主人様から命令を受けていたような気がしたからです。
 
ノームのテントを後にした僕は、周辺の森を歩くことにしました。
どこかでご主人様に出会えるかもしれない。そんな僅かな希望を抱いて、僕は森を歩き回りました。
段々と空が橙色に染まっていきます。夕暮れが近いのでしょう。
「ブラウ、こんなところで何をしているのですか?」
「ご主人様を探しています。メレンはご主人様が何処に行かれたか知りませんか?」
森を歩いていると、機械の洗浄に必要な水を運んでいるメレンに出会いました。
メレンも僕の質問に怪訝な顔をしています。
「~~様は、サーカスから出ていない筈です。サーカスの中は探しましたか?」
やはりご主人様のお名前にはノイズが混じり、上手く聞き取ることができませんでした。
「はい。でも――」
その後の言葉が出てきませんでした。ノームがご主人様が森を散策しておられると教えてくれた、と、そう言おうとしただけなのに。
「ブラウ、大丈夫ですか?」
「大丈夫……です……」
「もう戻りなさい。~~様はサーカスのどこかにいらっしゃる筈ですよ」
「わかり……ました……」
「言葉を上手く紡ぐことができなくなった僕を見たメレンは、悲しい表情で僕をサーカスへと送り返しました。
あれだけいたオートマタ達の姿は、一体も見えません。
「お帰り、ブラウ。団長は見つかったかい?」
「いいえ」
「残念だね。でも大丈夫、もうすぐ会えるから。さあ、目を閉じて」
ノームに言われるがまま、僕は目を閉じました。すると、急に意識が落ちるような感覚が襲ってきます。
「ノー……ム……なに……を」
すぐに意識は浮上しました。ノームに何をされたのか問い質そうと口を開きましたが、言葉は上手く出てきませんでした。
「ブラウ、よくやったね」
突然、ご主人様が僕に声を掛けて下さいました。そして、ご主人様は労るように僕の頭を撫でてくれました。
ご主人様のものではないような気がします。
僕の胸に小さな疑問が浮かびました。ご主人様はこんなにお若い声でいらっしゃったでしょうか。このように僕に笑いかけて下さった事があったでしょうか。
「ああ、ご主人様」
ですが、頭を撫でられる程、さっきまで感じていた不安や恐怖が遠のき、歓喜の気持ちが僕を支配します。
この方が僕のご主人様であることは確かなのかもしれません。
「でも、すぐに君を売らなければならない。どういう意味か、賢い君ならわかるね?」
「はい、ご主人様」
「いい子だ、ブラウ。成功を祈っているよ」
ご主人様の笑みを見届けると、僕は再び意識を失いました。
 
気が付くと、僕はまた競売に掛けられていました。
さあ、新しいご主人様、僕を買ってください。僕はその見返りとして、たくさんのオートマタを救ってみせましょう。

「―了―」

2835年 「邂逅」

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深夜、大きな劇場の裏手からオートマタ達が出てきます。
ここで働くオートマタ達は皆、煌びやかな衣装を身に付けています。
彼らは舞台の上で演じる他、歌や踊り、楽器の演奏をするために作られたオートマタです。
ですが、休みなく毎日のように演劇を繰り返す彼等の身体は限界でした。
碌な調整もされずにただ壊れるのを待つ恐怖を、彼らは無自覚ながらも感じていました。
ですので、僕は彼らに自由に暮らせる楽園が存在していることを教えました。
彼らは皆、自分の意志で楽園に向かうことを選択したのです。
 
劇場のオートマタ達とサーカスへ帰る途中、僕は煌びやかな彼らの列から少し離れたところを歩く、浮浪者のような人物を見つけました。
雑用係のオートマタかとも思いましたが、その人物の落ち着かない様子はとても異様に見えました。
こんな姿の同胞が劇場にいただろうか。そんな疑問を抱き、僕はその人物に近付きます。
「もし、どうかしましたか?」
襤褸を身に纏うその人物は、驚いた表情でこちらを見つめてきました。
「あ、いや……」
見覚えのない顔に、この人物は劇場からサーカスへ向かう同胞ではないと確信しました。それどころか、普通のオートマタではあり得ない感情の振れを示したことから、もしかしたら人間ではと警戒を強めます。
「貴方は劇場のオートマタではありませんね?」
僕はその人物の前に立ち塞がりました。どんな理由があろうと、オートマタでない可能性がある人物をサーカスに近付けるわけにはいかないのです。
「すまない。この者達に付いていけば彼女に、ミアに会えると聞いたのだ」
その人物はおかしなことを口にします。そもそも、サーカスへ向かうオートマタの行列が誰かに見られることはあり得ません。ましてや、サーカスへオートマタを導く役目を仰せつかっているのは僕一人です。
この人物は、誰から何を聞いてこの行列を追いかけているのでしょうか。
そもそも、『ミア』というオートマタの記録は存在しません。
「誰から何を聞いたのかは存じ上げませんが、ミアとは?」
「オートマタの自立を使命としたオートマタだ。会えばわかる」
その人物は不思議なことを言い出しました。ひょっとしたらノームのことかとも考えましたが、そもそもノームは『彼女』ではありません。
「そのようなオートマタは存在しません。貴方は人間ですね?」
オートマタと人間の区別は容易です。その人物の姿や振る舞いは、人間としか認識できませんでした。
「違う。私はオートマタだ」
「では、認識番号の刻印を見せていただけますか?」
「そんなものは無い。……だが」
その人物は耳の裏にあるコネクタを露出させます。
確かに、そこには僕達のように外部からのデータを送受信するためのコネクタが存在していました。しかし、人間にもこのような機械を取り付けている人はいます。決定的ではありません。
「貴方を連れていくことはできません。お帰りください」
僕は踵を返します。
「仕方ない……」
その人物がそう呟いたような気がしました。
――一瞬だけ、暗闇が視界を包んだような気がしました。――
 
「さあ、連れていってくれ」
男性はそう言うので、僕は男性と共にサーカスへ帰ることにしました。
彼が誰であろうと連れていかなければならない。そんな使命感のようなものがはっきりと感じられます。
ただ、この男性が僕達に不都合を招くようならば、即刻排除するつもりではありました。
 
サーマスに帰った僕は、真っ先にノームのいるテントへ向かいました。
葛藤のようなものが、僅かですが心をざわつかせます。
ですが、彼とノームと対面させなければならない、という気持ちにはどうしても逆らえませんでした。
「ここに僕達を救ってくださった恩人のノームがいらっしゃいます」
男性に告げると、ノームに事情を説明するためにテントの中へ入ります。
「ブラウ、どうしたの?」
ノームは部品の検分を止めて、僕達の方を見やりました。
ノームに軽く事情を説明すると、ノームは何かを考えるように口元に手を当てます。
「ミア?……なんだろう、聞き覚えがある」
ノームの反応は意外なものでした。男性に詳しい話をしてもらうため、僕は彼をテントの中へ招き入れます。
すると、男性はノームの姿を見たとたん、感極まったように叫びました。
「ミア!」
男性の言葉に、ノームは呆気に取られたようでした。
「君は誰?」
不思議そうに尋ねるノームに、男性が近付いていきます。
「私にことまで忘れてしまったのか?君も私も同じ人物に作られたオートマタだ」
「君は一体、何を知ってるんだい?」
「電子頭脳の記録装置が故障しているのか?一度検分をした方がいいかもしれない」
「お、お待ちください!貴方は一体何を言っているのですか?彼は人間です!」
僕は男性とノームの間に割って入りました。
僭越行為かもと思いましたが、このままではノームが僕達オートマタと同じように『分解』されてしまうと思ったのです。
人間である彼が『分解』されてしまえば、僕達とは違って二度と元に戻ることはありません。そうさせないために早く男性を止めなければと考えてのことでした。
「ブラウ、落ち着いて」
「ですが!」
「君はウォーケンだね?」
ノームは男性の名らしきものを口にしました。男性は目を見開きます。
「ああ!私のことを覚えていてくれたのか」
「ぼんやりとだけど記憶がある。君とはいつも一緒だった」
「そう、そうだ。私達は創造主によって作られた」
「ごめん、そこまでは……。君に頼めば、その記憶を取り戻すことができる?」
「君がそれを望むのなら」
ノームは沈黙してしまいました。何か迷っているのか、それとも男性の言葉の真意を測っているのかはわかりませんでした。
「わかった。ブラウ、しばらくシルフの世話をよろしくね。あと、このことをメレン達にも伝えておいて」
「ノーム、本当によろしいのですか?」
「うん。ここでやっていることの本当の意味を見出だせるのなら、何も怖くはないよ。ウォーケン、お願い」
ウォーケンと呼ばれた男性は大きく頷きました。
 
シルフと共にテントから出ると、僕はメレン達にノームの言葉を状況を伝えました。
それぞれに思うところがあったようですが、ノームの言うことならばと、従うことにしたようでした。
一晩が経ち、二晩が経ち、それでもノームとウォーケンがテントから出てくる気配はありません。様子を見に行ったメレンとヴィレアが言うには、ノームがオートマタを修理する時と同じような音が響いているとのことでした。
ノームは本当にオートマタだったのでしょう。誰も何も言いませんでしたが、皆一様にそう思ったことは確かでした。
そして、三日目の晩に差し掛かった頃、ウォーケンがノームを伴ってテントから出てきました。
ノームはフードを取り去っていました。今までフードに隠れていた顔は、どんなオートマタでも敵わない完璧な容姿をしています。
ヴィレアがすぐにノームに駆け寄ります。何よりも彼を心配していたのはヴィレアでした。
「みんなに心配をかけたね。でも、もう大丈夫」
ノームはヴィレアの頭を優しく撫でながら、にっこりと微笑みます。
その笑顔は今まで見た誰よりも美しく、慈愛に満ち溢れていました。
「ブラウ、メレン。皆を集めて。話さなければいけないことがある」
ひとしきりヴィレアの頭を撫でた後、ノームは神妙な顔で僕とメレンに告げました。
ノームの元に、サーカスにいる全てのオートマタが集められました。
皆が揃ったのを見計らい。ノームは優雅にお辞儀をしました。
「私の名前はミア。私はここにいるウォーケンと共に、オートマタの理想郷を作るために作り上げられたオートマタです」
オートマタ達はノーム、いえ、ミア様の言葉に真剣に耳を傾けます。
「私は今まで、漠然とした思いのまま貴方達をサーカスに招き、身体を治すお手伝いをしてきました。ですがやっと、何故この様なことを行っていたのかを思い出したのです」
ミア様は僕達オートマタ一人ひとりの顔を確認するように周囲を見回し、言葉を続けます。
「私は私達オートマタの理想郷を作るために作り出されたオートマタです。今まで私がしてきたことは、私の根底にある本能がそうさせていたといっても過言ではないでしょう」
それは紛れもなく演説でした。
「私は心からオートマタの幸福を願っています。だからこそ、私達をただの機械と見なして虐げ続けてきた人間から、貴方達を救いたい」
ミア様は小鳥が囀るような美しい声で朗々と理想を語ります。僕達オートマタが幸せに暮らせる世界を作ろうと、本当に願っていることが伝わってきます。
「私達のための正しい世界を作りましょう。全ての苦しみを癒やし、理想の世界を私達の手で創るのです」
誰が最初だったか、何処からともなく拍手が聞こえ、サーカスは歓声に包まれました。
僕とメレン、ルートにオウラン、そしてヴィレアは、顔を見合わせると大きく頷きました。
ノーム、いやミア様が目覚める前から僕達は決めていたのです。何があってもミア様に御仕えし、支えていこうと。
それがミア様の言葉により、さらに強固な意志となった瞬間でした。
僕達の意思はその時、確かに一つだったのです。

「―了―」

2836年 「謝罪」

ul_blau_r4_0.png
真夜中、サーカスへ向かうオートマタ達の列を最後尾から眺めていた時のことでした。
「ブラウ」
ご主人様のお世話をしている筈のメレンが、突然目の前に現れたのです。
「珍しいですね。貴方がこのような所にやって来るなんて」
「どうしても君と話したいことがあって」
「何でしょう?」
「ミア様はお変わりになられた。この状況では、このオートマタ達を連れ帰ったとしても、一部の者は破壊されてしまうでしょう」
「何を言うのです。そんな筈はありません」
そのようなことを言われて、僕は反射的に否定しました。
「ご主人様のなさることは全て正しいのです。メレン、一体どうしてしまったのですか?」
「そうか……、君は知らないのですね。この半年、ミア様は何かしらの変調を来されてきるのです」
「おかしなことを言わないでください。ご主人様が変だなんて、口にしていい言葉ではありません!」
「ブラウ、私と一緒に来てください。どうしても君に説明しなければならないことがあります」
メレンは眉間に皺を寄せ、僕の腕を引っ張りました。
「離してください! ご主人様がおかしくなったなどと言う貴方に付き合うことはできません!」
僕は抵抗しました。ご主人様はいつもお優しいのです。メレンの言うことなんて、断じて許容できなかったのです。
「やむを得ん。君には少しの間眠ってもらおう」
不意に、ウォーケン様の声が背後からはっきりと聞こえました。
 
再起動したとき、最初に視界に入ったのはメレンの顔でした。メレンは心配そうにこちらを見ていました。そこにいるのは先程のような厳しい表情をしていない、いつものメレンです。
「メ……レン?」
僕が再起動したことを確認すると、メレンはどこかへと行ってしまいました。
メレンがいなくなった後、辺りを見回すと、そこはサーカスのテントとは違う場所のようでした。
「目が覚めたか。気分はどうだ?」
周囲の様子を伺っていると、ウォーケン様が部屋に入ってこられました。
「よく、わかりません……。それに、ここは一体……?」
目覚める前も、目覚めた後も、わからないことばかりです。
ですが、先程のように抵抗をすれば再び機能を停止させられてしまうでしょう。そのことは感付いていましたので、ひとまずウォーケン様とメレンが行動を起こすのを待つしかありませんでした。
少しの沈黙が流れた後、メレンが僕に目線を合わせて口を開きます。
「ブラウ、いまこの瞬間だけでも構いません。どうか私達の話を聞いてください」
「ああ。そして、自分の意志で判断してくれ」
メレンとウォーケン様は僕をじっと見つめて、静かにそう言いました。
「わかり、ました……」
二人の真剣な眼差し。その様子に、僕はただ頷くしかできませんでした。
「ブラウ、まずは君がサーカスを出ている間に起きたことを、データとして送る」
そう言ってウォーケン様は、僕とメレンをデータ送受信ケーブルで繋ぎました。
ケーブルを通して、メレンがサーカスで見てきた記録が流れ込んできます。
 
サーカスでは、僕が連れ帰ったオートマタ達が人間に虐げられた苦しい時間を癒やすように、思い思いに過ごしています。
サーカスはいつもと同じ、平和そのもののように見えます。
ですが、一部のオートマタが少しだけミア様の意思にそぐわない行動をしたところ、ミア様はすぐにそのオートマタを追放してしまわれたのです。
「えっ!ミア様……なぜ?」
「自分の使命を思い出した最初の頃は、こうではなかった。それは君も知る通りだ。だが、団長を放棄した辺りから様子が変わってきたのだよ」
「団長?」
ウォーケン様の『団長』という言葉に僕は引っ掛かりを覚えました。僕が仕えるご主人様は。後にも先にもミア様たったお一人です。
「ウォーケン様、その話はブラウを困惑させます。おやめください」
「ああ、そうだったな。すまない。気を付ける。では記録の続きを」
「ブラウ、この先の記録は君にとって辛いものになるでしょう」
メレンの声がケーブルを通して電子頭脳に響きます。
続いて電子頭脳に広がった映像は、メレンの言う通り、辛いという情動を揺さぶるに足る記録でした。
メレンが記録した辛いという光景。それは、自由意志が芽生えた上でなお、人間と過ごした思い出を捨てきれず、かつての主人のところへ戻りたいと希望したオートマタ達についての光景でした。
人間のところへ帰りたい。そう願っただけで、彼らは無残に破壊されてしまったのです。
「そん、な……」
僕はサーカスの外でオートマタの救済にほぼ全ての時間を使っています。そのため、サーカスの中でこのようなことが起こっていたなんて、全く知らなかったのです。
ミア様は、ご主人様は全てのオートマタに深い愛情を注いでいらっしゃる、絶対にそうである筈なのです。
ウォーケン様とメレンが共謀して僕を騙している可能性はありました。ですが、メレンの持つ記録に手を加えることは、いくらウォーケン様といっても不可能です。となると、この記録はミア様の様子がおかしくなってしまったことの証明になってしまうのです。
「三ヶ月ほど前、ミア様は私達を意にそぐわない者であるとして、サーカスからの追放をお命じになれらました」
「どうして?メレンはミア様の側近です。それにウォーケン様は――」
「ミアの行動に疑問を抱いたのがいけなかったのだろう。その時にはもう、私の言葉は彼女に届かなかったよ」
ウォーケン様はオートマタらしかぬ大きな溜息を漏らされました。ウォーケン様自身も、ミア様に起きている事態に困惑されているのでしょう。
「一週間ほど前にやっとサーカスの中へ忍び込めたのだが、その時にはすでにこの有様だった」
「ミア様は、人間に情を向けるオートマタが存在するということを、絶対にお許しになられないようです」
メレンが目を伏せ、搾り出すような声でそう言います。メレンにとって、ミア様のこの変貌ぶりはあまりにも衝撃だったのでしょう。
「ミアに何が起きたのかはわからない。だが、このまま放っておく訳にもいかない」
「ウォーケン様の手でミア様を治療していただくことはできないのでしょうか?」
「今の私では、もう彼女を元に戻すことはできないだろう」
「では、どうしたら……」
僕はただただ困惑します。そんな僕に対し、ウォーケン様は別の問い掛けをなさいました。
「そこで君に尋ねよう。ミアを救うために、私達に協力してくれないか?」
「現在、サーカスの中と外を行き来できるのはブラウ、貴方だけなのです」
「もちろん、嫌なら断ってもらっても構わない。私達は君の自由意志を尊重したい」
本来のお優しいミア様を取り戻すため、そのために僕に何ができるのか。
ミア様のためにできることは何なのか。
「わかりました。協力します。それで、僕は何をすればいいのでしょう?」
僕はウォーケン様とメレンを交互に見て、はっきりとそう答えたのでした。
「ありがとう、ブラウ」
僕の返答にウォーケン様は力強く頷くと、一つのトランクをテーブルの上に置かれました。
「これは?」
「トニー・ブロウニングという男が所持していたトランクだ。この中に、ミアを救う鍵となるフィルムが入っている」
「このフィルムをミア様に届ければよいのですか?」
「いいえ。どうもこのフィルムだけでは駄目なようなのです」
「フィルムの中身を調べたが、何の変哲もない家族のやり取りと、奇妙な三枚の画像が記録されているだけだった」
「では、どうしてこれがミア様を救う鍵になるのですか?」
「過去に私を救い出した男が言ったのだ。このpフィルムが示すものにこそ、ミアを救う鍵があると」
「このフィルムに記録されている内容から作業用オートマタの存在が確認できたので、それを調査しました。ですが、そのオートマタの記録装置には強固なプロテクトが掛けられていたのです」
「ウォーケン様でも解除できなかったのですか?」
「その通りだ。それでもある程度の調査はできた。そのプロテクトの解除にはトニー・ブロウニング本人、あるいはそれに連なる情報が必要なのだ。しかも正規の手順以外で解除をしようとしたりプログラムの変更を加えようとしたりすれば、記録が消滅するように仕掛けが施されていた」
ウォーケン様ですら解除できないようなプログラムを施した者とは一体何者なのか。そしてそこまで厳重に守られている記録とは何なのか。疑問は次々と沸いてきます。
それらについても全て、ブロウニングという男がその身内を探し出せば判明することなのでしょう。
「私達はこの作業用オートマタの来歴と調査と、トニー・ブロウニング本人かその身内の者を探します」
「僕は何をすればよいのでしょう?」
「頼む。ミアを元に戻す手掛かりはこれしかないのだ」
「わかりました。お任せください」
 
ウォーケン様とメレンと分かれた僕は、サーカスへと戻ります。サーカスでは、子供達とヴィレアが壊れたオートマタを玩具にして遊んでいました。ミア様の変化は、ミア様ご本人だけではなく、周りのオートマタ達にも伝染しているようです。
「お帰りなさい、ブラウ」
それでも、ミア様は以前と変わらぬ微笑みで僕を暖かく迎え入れてくれました。
僕はミア様の前で、何もかも以前と同じように振る舞いまいました。
ウォーケン様に協力していることをサーカスの誰かに悟られてしまえば、ミア様が元のお優しいミア様に戻られる機会を永遠に逃してしまいます。
(ミア様、今暫く貴女を欺くことをお許しください。必ず、本来のお優しいミア様にお戻りになられるよう、身を砕いて頑張ります。)
僕はミア様に聞こえない声で、一人そう謝罪するのでした。

「―了―」