ユハニ(ストーリー)

Last-modified: 2020-02-17 (月) 12:00:30

ユハニ

3392年 「日記帳」

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協定監視局内にある訓練室。そこでユハニは同僚のブレイズと剣の修練を行っていた。
協定審問官の任務は地上の協定違反者や汚染者を捜し出して『除去』することである。
そのため、多少なりとも武術の心得が求められる。
そして、審問官は定期的な修練を行うことが義務付けられていた。
 
一通りの打ち合いが終わったところで、ユハニの腕に取り付けられているデバイスが震えた。
デバイスを見やると、ユハニにとっては見慣れた記号が明滅している。
記号を確認したユハニは、剣の構えを降ろした。
「ユハニ、まだ修練は終了していないぞ」
ユハニの行動をブレイズが咎める。
「ああ、すみませんね。上司からの呼び出しです」
「そんな筈はない。修練は最重要タスクの一つだ。その最中に上官から呼び出されるなど、あり得ん」
汚染者や協定違反者は審問官から逃れるためなら形振りなど構わない。審問官が修練を放棄するということは、命に関わるのと同義である。
訓練室を出たユハニは、早足に協定監視局の裏口から外へ出た。そこには、ユハニを待ち構えるように一台の自動運転車が停車していた。
人目を避けるように自動車の助手席に乗り込むユハニ。ユハニが乗り込むと同時に、自動車は動き出した。
自動車のガラスは全面がスモークで覆われており、中に誰が乗り込んでいるかは容易には判別できないようになっている。
助手席には小型のデバイスが取り付けられていた。ユハニは少々たどたどしい手つきでデバイスを操作する。
すると、自動車のスピーカーから少女とも女性とも取れる音声が聞こえてきた。
『協定審問官ユハニ、お前に新たなコデックス捜索任務を命ずる』
音声は録音であり、一方的な通達であった。
『任務内容は、マイオッカ北部の孤島で発見された建造物の調査だ。この建造物はつい十日ほど前に、マイオッカに赴任している技師により発見された』
ユハニは流れる音声をぼんやりと聞いていた。
『資料が不足しているが、この孤島は三一〇〇年頃に発生した《渦》によって引き起こされた地殻変動の影響で生成されたと推測される。速やかに調査し、コデックスを発見せよ』
任務の内容を聞き終わる頃、自動車はフライトデッキに到着した。デッキには既に長期調査用のクリッパーが待機していた。
 
孤島の建造物は薄暮の時代に建てられた大きな屋敷であった。現在のパンデモニウムに通じる、機能的で洗練されたデザインをしている。
地上人による盗掘などの痕跡は無く、技師が発見するまで未踏の地であったことが窺えた。
屋敷は成長した植物に覆われており、上空から眺めでもしない限り発見されることはなかったであろう。
「さて、どっから手をつけるべきかねえ……」
ユハニは一人ぼやくと、屋敷内へと入っていった。
「協定審問官No-862235、ユハニ。マイオッカ北部孤島に存在する建造物の調査を開始する」
調査用デバイスの録画モードを起動し、ユハニは調査を開始した。
 
ユハニは協定審問官として協定監視局に所属しているが、任務地はこういった未調査地域が主となっている。それはユハニの身体能力が優れていたこともさることながら、地上での長期にわたる活動に必要なストレス耐性値が群を抜いていたことが理由であった。
そして、ユハニの任務内容については、協定監視局に勤める者でも上層のごく一部しか知らされていない。
何故なら、任務の中には『自動人形に関するコデックスの回収』という重要なものが含まれているからだった。
 
屋敷の内部は部屋数が多く、少し覗いただけでも、そのどれもが様々な用途に使用されていたことが判明した。
調査期間はそれなりの長期が設定されていたが、ユハニ一人で全てを調査できるかは不明であった。
「はー……、なんだこりゃ?」
音声が記録されていることも構わず、ユハニは思わず声を上げた。
屋敷の最上階にある大部屋には、大量の自動人形が並べられていた。
女性型、男性型、大人型、子供型。種類を問わない頭部が何十個と壁に飾られており、最奥のデスクには、四肢が無く、人工皮膚も剥がれた一体の自動人形が鎮座していた。
「ちょっと失礼しますよ、っと」
ユハニは四肢の無い自動人形に近付くと、頭部に刻印されている製造ナンバーを読み上げ、パンデモニウムに照会する。
程なくしてデバイスに『製造年:二八一〇年、制作者:セイリアス・グライバッハ、形式:女性型』といった一連の情報が表示された。
その情報にユハニは目を細める。グライバッハ製造の女性型自動人形。これが重要なキーであることは疑いの余地もない。
これは『当たり』かもしれない。そう考えたユハニは、この最上階の部屋を徹底的に調査することにした。
 
すぐに、四肢の無い自動人形より新しい年代に作られた自動人形の頭部を発見。これもグライバッハ作であった。
更にはデスクから古い書類や日記帳などが発見された。
書類等の文面を確認すると、この屋敷の持ち主は《渦》が出現した後に生を受けた人間であることがわかった。
ある時にマイオッカの遺跡で四肢の無い自動人形を発掘。以降、自動人形の魅力に取り憑かれ、同好の者と共に自動人形の売買を行っていたことが読み取れた。
自動人形の容姿を賛美する文言から推察するに、あの四肢の無い自動人形は、発掘された当初は相当に美しい造形をしていたらしい。
 
日記帳を読み進めていると、デバイスから定時報告の時間を告げるアラームが鳴り響いた。
「おっと、もうそんな時間か」
発見した遺物はひとまずそのままにした。パーツごとに分割されているとはいえ、全てを運ぶのは重労働だ。
回収するのか捨て置くのか。それは定時報告の際に指示を仰げばいいだろうと考えた。
 
クリッパーへ戻ってきたユハニは、乾いた喉を潤して一息つくと、通信機を操作した。
「あれ?えーっと……」
通信機のコンソールをタップして数値を入力するも、何度か操作を誤る。
ようやっと回線がパンデモニウムに繋がったときには、通信を試みてから一〇分ほどが過ぎていた。
『定時報告の時間は過ぎているぞ』
スピーカーから少女のような声が聞こえてきた。
「すみません。どうにも機械の扱いに慣れなくて」
『まあいい。報告の前に尋ねよう。例のコデックスは発見できたか?』
「いえ。目的物は発見できていません。ですが、興味深いものを発見しました」
『報告せよ』
「四肢の無い自動人形が一体、自動人形の頭部を五十個、胴体を五個発見しました。その内、四肢の無い自動人形と一個の頭部については、製造ナンバーによってグライバッハ氏の工房で製造されたことを確認しています」
『わかった。しかし頭部の数が尋常ではないな。理由は判明しそうか?』
「この建造物の所有者は機能停止した自動人形の売買を行っていたようです。発掘された人形に関する書類や、売買履歴が記述された日記帳も発見しました」
『そうか』
「コデックスを発見、もしくは調査が終了した後はどうしますか?」
『機能停止した自動人形を含め、全ての残骸と書類、日記帳を回収せよ。特にグライバッハの製造した自動人形については、欠片も残さずに回収を行え』
「承知しました」
返事をすると同時に通信が途絶える。
ユハニは完全に通信が切れたことを確認すると、一人呟いた。
「人使いの荒い最高指導者サマだこと……」
口ではそう不満がるものの、ユハニは自身の能力を把握し、適した任務を与えてくれたレッドグレイヴに対して感謝の念を持っている。
「ま、楽しいからいいんだけどさ」
自分に与えられる任務がどれだけ面白いか。ユハニにとっては、ただそれだけの話である。
「さて、もう一仕事しましょうかね」
ユハニはクリッパーから降りて大きく伸びをすると、命令を遂行すべく、再び屋敷へと足を向けるのだった。

「―了―」

3392年 「廃墟」

画像なし

中央統括センターの最深部にある研究施設に大量の荷物が運び込まれたのは、深夜のことだった。
「これで全部っす」
「ああ、お疲れ様。それにしてもかなり多いな」
この研究施設の主である歳若い男――フェムという名だ――は、無表情のまま頷いた。
フェムはユハニよりも少し年下だが、失われた技術である『自動人形の研究』を継承するエンジニアだ。
地上の人間である『ドクター』が所持していた自動人形の製造に関する希有な技術を学び、研究を続けている。
「レッドグレイヴ様が全部運べって言うから、全部持ってきただけさ。でもな、聞いて驚け。今回はグライバッハ製の自動人形を確保できた」
「ほう。重労働の甲斐があったな。それなら、多少は手当てに色がつくだろう」
無表情ながら、フェムはユハニの軽口に応じる。
「ぱーっと褒賞金でも出してもらいたいもんだね。表彰しろとまでは言わないけど」
「我々の任務は表立って賞賛されるものじゃないからな」
自動人形に関するコデックスの発掘及び研究は、指導者レッドグレイヴがごく一部の者にのみ与える、最高機密の任務であった。
適正があると認められた数人が極秘裏に選ばれ、地上の各所で探索任務に就いている、とはフェムの弁だ。他の誰がこの任務に就いているのかは知らない。それをフェムに聞いたこともあったが、決して教えてくれることはなかった。
ユハニを含め、任務に当たる者が発掘したコデックスは、フェムともう一人のテクノクラートが解析し、結果は全てレッドグレイヴが直接目にする。
現場に居合わせたことはないが、レッドグレイヴが直々に解析を見分することもあるらしい。
中央統括センターの最上階から動くことなど有り得ない最高指導者が、わざわざ最深部に足を運ぶ。それだけでも、この任務が重大なものであるということが明白だ。
「でも、労働に見合った報酬は欲しいよなあ」
「はは。なら、レッドグレイヴ様に直談判してみたらどうだ?」
フェムは軽い笑い声で応じる。表情の伴わないそれは、そこそこに付き合いのあるユハニの目から見ても奇妙なものだったが、それは些細なことだった。
ユハニがフェムと知り合ったのはこの任務に就いてからだが、年齢が近かったこと、階級の近い下級層の出身だったこと。それと、機密任務の内容を共有する者同士という状況が、二人に奇妙な連帯感と仲間意識を持たせていた。
二人は短い期間で互いに冗談を言い合うような仲になっていた。
「えぇ……、それは勘弁。あちら様は雲上人であらせられるんだぜ?」
「ならば、黙って受け入れるしかないな」
「はぁぁぁ。おっと、そろそろ戻らないと」
深い溜息を吐いたユハニだが、デバイスに表示される時間を見ると飛び上がった。
明朝早い時間から協定監視局長とレッドグレイヴに対して、今回の探索の報告をしなければならないのだ。
「ああ、気をつけて」
フェムの声を背に、ユハニは慌てて自室のある官舎へ戻るのだった。
 
「報告は以上です」
翌朝、ユハニは協定監視局の局長室で報告を行った。
といっても口頭での報告事項は殆ど無く、記録された動画を映写しながらレッドグレイヴの質問に二、三答える程度である。
『ご苦労だった、ユハニ。次の任務までは通常の業務に戻って構わない。局長、後は任せた』
「はい。レッドグレイヴ様」
モニターのレッドグレイヴが消える。
局長が小さく息を吐いて緊張を解いたのを、ユハニはなんとなく見つけ出した。
「ご苦労だった。本日は戻って休養を取るように。明日からの業務は追って連絡が行く」
「はい。では、失礼します」
局長に一礼すると、ユハニは局長室を後にした。
 
グライバッハ製の自動人形を研究施設に運び込んでから数ヶ月後、ユハニはバラク国カナノ地方にある廃墟へとやって来ていた。
元々の任務内容は、先般回収した日記帳に自動人形の取引先としてバラク国の名が記されており、取引の詳細に関する調査と、バラク国に持ち込まれたであろう自動人形の足取りを追うことだった。
しかし、調査を進める内に気掛かりな話を耳にしたのだ。
《渦》が消滅する数年前から『ドウェラー』という動く骸骨のような存在が廃墟を中心に出没し、地域の住民に被害を及ぼしていたのだという。
しかし、《渦》が消滅したのと時を同じくして『ドウェラー』は姿を現さなくなったらしい。
それでも、いつ『ドウェラー』が出没するかわからないため、人々は廃墟の周辺に近付かないようにして生活をしているとのことだった。
その『ドウェラー』の容貌を細かく聞いていくと、自動人形のフレームに似た箇所が多く存在していた。『ドウェラー』こそ、愛好家の取引によって持ち込まれた自動人形かもしれない。
定時報告の際にそれを告げたところ、レッドグレイヴの命により、今回の任務は『ドウェラー』の捜索に切り替えられた。
 
「協定審問官No-862235、ユハニ。バラク国カナノ地方5748番の調査を開始する」
調査用デバイスの録画モードを起動し、決まりきった文句を述べると、ユハニは廃墟へと足を踏み入れた。
この廃墟はいつからこの場所にあるのだろうか。殆どの建物は崩れ去っており、往事の様子を窺い知ることはできない。
バラク国は障壁を生産していた地区から遠く離れている。そのため、障壁が配備されたのはごく一部の主要都市に限られていた。記録によれば、《渦》の被害はさほど多くなかったらしいが、それでも、この廃墟が《渦》に飲み込まれずに残っているというのは奇跡に近い。
廃墟を探索していくうちに、ユハニの足が瓦礫によってできた小石や砂利以外の何かを踏みつけた。
「なんだこれ?金属、のプレート?」
プレートは錆び付いていたが、何かしらの文字が刻まれていた。
クリッパーに積んである解析機に掛ければ何かわかるかもしれない。解析結果が意味の無いものだったとしても、現状で廃墟に関する情報がこのプレートしかないため、貴重な情報源といえた。
ユハニはプレートを回収し、廃墟の探索を続行する。
 
件の『ドウェラー』が出没していたのは数年前だ。この廃墟を拠点にしていたとしても、何かしらの形跡を見つけ出すには時間が経ちすぎている。
廃墟を隈なく探していくしかなかった。
暫く廃墟を探索していたが、『ドウェラー』の痕跡は何処にも見当たらなかった。
やはり数年前に何かが起きてこの地を去ったか、魔物にでも食われたかと思い始めたころ、高台の崖に掘られた奇妙な建物を発見した。
建物の扉は閉まっている。内部を見るには扉を開けて中に入るしか方法はなさそうだ。
扉の前には古い足跡がいくつか存在していた。となると、内部は盗掘されているか壊されている可能性が高い。
だからといって、調査しない訳にもいかない。収穫は無いだろうと思いながらも、ユハニは建物の中へ足を踏み入れた。
「洞窟のような建物を発見。内部の調査に入ります」
建物の中は広くはなさそうだった。薄暗いため、携帯ライトを点けて辺りを照らす。
「うわっ!?」
ユハニは思わず上ずった声を上げた。
光に照らされた目の前に、白い遺骸のようなものが積み重ねられていた。それが人間の骸骨に見えたのだ。
しかし、よく見れば人間とは全く違っている。
遺骸のようなものから垂れ下がるくすんだ色のコード、人工皮膚が剥がれ、剥き出しになった樹脂製のフレーム。
「これ、全部自動人形の……」
それは、自動人形達の遺骸と言って差し支えなかった。
 
山積みの自動人形を脇目に、ユハニは建物の奥へと進む。
少し進んだ所で、何者かが争った形跡と、床に倒れている一体の自動人形を発見した。
山積みの自動人形とは違い、首のない自動人形だった。
この自動人形が『ドウェラー』であるかどうかは不明だが、周囲には争ったような形跡や刃物がぶつかったような痕跡がある。
この自動人形は警備機能を備えており、盗掘者か何かに反応して攻撃を加え、反撃を喰らってそのまま首を跳ね飛ばされた。
そんなところかもしれない。
「しっかし、コイツの首は何処だ?」
周辺に転がっている頭部を当ててみるが、どれもサイズが一致しない。ここでようやく、山積みになった自動人形が全て小さな子供型であると気が付いた。
首のない自動人形はユハニと同じくらいの体骨格。つまり、成人男性を模した自動人形だ。
子供型ではサイズが合う筈がなかった。
「レッドグレイヴ様に指示を仰いだほうがよさそうだな……」
  
薄暮の時代かそれより前か。そんな年代もわからない廃墟に残された、大勢の子供型自動人形の残骸。
そして、その中にたった一体だけ存在する、首のない成人男性型の自動人形。
グライバッハ製の自動人形と関係があるかはわからないが、この建物の内部の有り様は奇怪だ。
中々に厄介なものを見つけてしまったかもしれない。
(あぁ、これのせいでまた無茶振りされるんだろうなあ……)
そう考えて気が重くなるのを感じつつ、ユハニはクリッパーへと報告に戻るのだった。
「―了―」 

3394年 「リスト」

画像なし

グランデレニア帝國の南方に位置する、『魔都』と呼ばれる大都市ローゼンブルグ。
その大都市の下層にある闇市場を、ユハニは注意深く見回っていた。  この闇市場は、薄暮の時代から存在する古ぼけたビルと漆黒の時代に作られたらしい露店が入り混じった、不思議な空間だった。
様々な時代の様式がまぜこぜになったこの空間の様相に、ユハニは異世界に迷い込んだかのような感覚を覚えていた。
 
闇市場の雰囲気に圧倒されてばかりではいけないと、ユハニは目に留まった屋台でジャンクフードを買い、そのついでを装って店主に尋ねた。
「オジサン、この辺で一番有名な自動人形のマーケットを知らないかい?」
「なんだ、見慣れない顔だな。お前さん、この市場は初めてか?」
「そーなんだよ。チップは奮発するからさ。教えてくれないかい?じゃないと俺、雇い主に怒られちゃうのよ」
「ふむ……まあいいだろう。ここに来る途中に広場があっただろう?広場に戻ってそのまま真っ直ぐ進んだ先に、屋号の書いてない紫の看板を出しているビルがある。そこだ」
「ありがとー、助かったよ。じゃあ、これお礼ね」
店主の言葉に領くと、ユハニは少々多めに金を渡し、そのビルに向けて歩き出した。
道中で綴るジャンクフードは、見た目どおり身体に悪そうな油の味がした。
 
今回の任務は、一人の自動人形制作者と連絡が付かなくなったことから始まった。
その人物は世界で唯一、人間と違わぬ精巧な自動人形を製造することができる創造者であった。脳だけの存在であるレッドグレイヴが端末として使用する少女型人形を製作した、という事実からも、彼の特別性が納得できる。
そのような来歴を持つ、通称ドクターと呼ばれる男が、何らかの事件に巻き込まれて行方が知れなくなった。
ドクターの捜索は、レッドグレイヴ率いるカウンシルの主導で行われていた。
レッドグレイヴの補佐官であるサルガドとソングが直々にドクターの研究所跡地を調査したということからも、事の重大さが推し量れた。
調査に赴いたサルガドらが発見したのは、無残に爆破されたドクターの研究室と、あらゆる資料が根こそぎ奪われて空っぽになった研究所であった。
さらに調査を進めていくと、カウンシルが詳細を把握していなかった自動人形の存在が浮かび上がった。
ドクターが自身の助手として稼働させていた自動人形の他にもう一体、稼動状態にあったと思われる自動人形の痕跡が発見されたのだ。
この自動人形といずこかに奪われた研究資料を取り戻すため、レッドグレイヴは捜索の一部をユハニらの自動人形捜索部隊へ命令した。
そうして、ユハニはローゼンブルグへと調査に赴いた。
ローゼンブルグは薄暮の時代の建築物や様式を現代に伝えるほぼ唯一の大都市であり、それ故に、あらゆる時代の闇をも抱える魔窟でもあった。
各時代で失われた歴史的価値のある物品は、そのほぼ全てがローゼンブルグの闇市場に流れている。そのような噂もまことしやかに囁かれている。
まさに、魔都と呼ぶに相応しい場所である。
屋号の書いていない紫の看板が掲げられたビルはすぐに見つかった。
「ごめんくださーい」
ユハニは分厚いガラスの扉を開けると、暗がりに声を掛けた。
しかし、受付らしき場所には誰もおらず、ユハニの声に応える者もいない。
「誰かいませんかー?」
ユハニは受付の奥に首を出すと、もう一度声を掛けた。
受付を通り過ぎ、奥にある扉に手を掛けた辺りで、背後からガラガラという金属版の音が鳴り響いた。
振り向くと、ガラスの扉を隔てた向こう側のシャッターが下りてきているのが見える。
元々薄暗い室内が更に暗くなる。周囲の様子を伺おうにも、眼が順応するのに時間が掛かりそうだ。
「すんなりと教えてくれたなー、とは思ったけどね……」
ユハニは溜息を吐くと、左手にライト、手に光剣を持ってその場所に立ち止まる。呼吸も小さく抑え、周囲の物音を聞き逃さないよう聴覚に意識を集中させる。
カモとして標的にされた、ということはすぐに理解した。
闇マーケットの中でも厄介な部類に入る自動人形のマーケットについて新参者丸出しで尋ねた上、多額のチップまで弾んだ。となれば、こうなることは予測の範疇だ。
時間があれば危険を回避して上手く立ち回ることもできただろうが、こと今回の任務に関してレッドグレイヴは成果を急いでいるため、その手を使う時間は無い。
ユハニの背後から微かな足音が聞こえた。足音が聞こえた直後、左手に持っていたライトを背後に向け、スイッチを入れた。
「ぎゃっ!?」
背後の襲撃者が怯んだ隙を逃さず、ユハニは襲撃者の腹部めがけて光剣を握り混んだままの右拳を突き出した。ゴボッという岬き声が聞こえる。
すぐさま左手のライトで周囲を照らすと、襲撃を躱されたことに驚愕している男達の顔が見えた。
素早くライトを動かして男達の人数と位置を大まかに把握すると、ユハニは光剣をショックモードにして起動させる。
まずは背後の男に光剣を突き刺し、動きを完全に止める。
「い、いけ!やっちまえ!」
「は、はい!」
一人の男の号令で、固まっていた二人の男がユハニに突進してきた。それを軽々と回避すると、片方の男の足を払う。
元々暗がりで足元が覚束ないためか、二人まとめて倒れ込んだ。
「そこに光剣を突き刺し、二人の動きを止める。
「く、くそ……」
最後に残った男がスタンバトンを構えて振りかぶる。ユハニの眼はすでに暗闇への順応が終わっている。男の様子はもはや丸わかりであった。
スタンバトンを無力化するため、ユハニは光剣に意識を向ける。僅かな振動を合図に、光剣はレーザーモードへと切り替わった。
光剣は神経接続グローブによって、ユハニの意志一つで殲滅用のレーザーモードと鎮圧用のショックモードを切り替えることができる。
瞬間的なモードの切り替えが求められる状況に陥ることが多いユハニにとって、この神経接続グローブはなくてはならない装備であった。
レーザーに切り替わった光剣が男のスタンバトンを真っ二つに焼き切る。
「ひっ!?」
「よ、っと」
男が怯んだその隙に、再び光剣をショックモードに切り替えて男に突き刺す。
ビルの中は元の静けさを取り戻した。
 
全部で四人。新手の襲撃者がいないことを確認すると、ユハニは大きく溜息を吐く。
「こんなだから、『地上の人間はヤバンだ』なんて言われちゃうんだよなー」
そうして、号令を出していたリーダー格の頭を掴み上げ、光剣のレーザーロを喉元に突きつける。
「ぐ、うう……」
「弱いカモじゃなくて残念だったねー。さ、本当のことを教えてくれないかな?じゃないと、これがアンタの喉を焼くことになるよ?」
口調はあくまでも緩く。しかしやることは容赦なく。ユハニが地上の裏社会で活動するにあたって体得した技だ。
「わ、わかった……」
ぐったりと項垂れた男は、怯えた声でユハニが求める情報を打ち明けた。
 
リーダー格の男から聞き出した場所は、闇市場の存在する地区でも、ごく普通の市民が利用するようなショッピング街の一角に存在していた。
見掛けは一般的なドールの専門店を装っているが、店主に合言葉を告げると自動人形を取り扱う店の奥へ入れる仕組みになっているという話だった。
「ティータイムに相応しいドールがここにあるって聞いてきたんですが」
「そうですか。ではこちらへどうぞ。ご案内します」
聞き出していた合言葉を店主に言うと、すんなりと奥へ入ることができた。
店の奥は表と違い、人間サイズの人形のパーツが部品ごとに分類され、飾られるように陳列されている。
「何を探している?」
「ここ数年でマーケットに流された自動人形のリストはありますか?」
「リストの使用目的は?」
「ある国の政治家邸宅から盗まれた自動人形を探していましてね」
「ほう、ほう……」
店主は何度か顔くと、それ以上は何も言わずに奥の棚からリストを取り出してきた。
「リストの持ち出しは厳禁だ。ここで見ていってもらう」
「ええ、わかってますって」
ユハニはリストを捲り、慎重に中身を検分する。
程なくして、男性型自動人形の頭部や少女型自動人形の パーツ、そしてそれらを製造するための研究資料の取引について書かれている箇所を発見した。
「こことここ、あとこっちのページのリストを写してもいいですかね?」
目当てのリストとそうでないフェイクのためのリストを指差す。
「理由は?」
「クライアントに確認を取るためですよ。間違いがあっちゃまずいんで」
「ここはグランデレニアで扱う全ての自動人形マーケットの情報が集まるが、我々としては臓腑の詰まった人形を取り扱う気は無いのでね。それの扱いは慎重にな」
店主の視線が鋭くユハニを射抜いた。リストの写しが流出すれば命はない、と言われているも同然だった。
「もちろん。扱いは十分に気をつけますよ」
 
無事にリストを写させてもらい、店を出る。
拠点にしている寂れた宿に戻ると、パンデモニウムに送る前にもう一度リストを確認する。
マーケットに流されたこれらは、カントールという好事家が一切を買い取っているようだった。
金に糸目をつけなかったのだろう。どれもが提示金額以上で売買されていた。
このカントールとやらの所在は不明だが、名前がわかれば、あとはパンデモニウムにいる専門家が調査をするだろう。
 
定時報告とリストの送付を済ませる。これで今回の任務は終わりだ。帰還命令も下ったことだし、明日にはパンデモニウムに戻れるだろう。
「はー、今回も頑張ったなー、俺」
安普請のベッドに豪快に寝転がる。
久しぶりに大した厄介事に巻き込まれることなく任務が終わりそうな状況に、ユハニは開放感に包まれていた。

「―了―」