アリアーヌ

Last-modified: 2018-09-25 (火) 11:19:13

アリアーヌ

2837年「集会」

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アリアーヌの目の前には、地獄が広がっていた。
警報を受けて駆けつけた人間の警備員は、この屋敷で働く複数のオートマタに殺されてしまった。
オートマタ達は人間を殺した後、生き残りの人間がいないか屋敷を詮索している。
妹を助けなければ。そんな地獄の中で、アリアーヌは妹のポレットを探していた。
「シーニー!どうしちゃったの、ねえ!」
廊下を曲がった先から、叫ぶような声が聞こえる。
アリアーヌが駆け付けた時、使用人姿のオートマタがポレットの首を絞めているのが見えた。
「あ、ぐ……」
ポレットが呼き声を上げている。
飛びつくように駆けたアリアーヌだったが、あと一歩、その体はシーニーに届かない。
ポレットの体から力が抜けていく。
「ポレット!!」
アリアーヌの悲痛な叫びが屋敷に響いた。
 
ローゼンブルグの中央にある大規模な都市公園で、老若男女がプラカードを手に大声で必死に叫んでいた。
「裁きの時は来た!ついに我々の世界は滅ぶ!」
「自ら作り出した機械によって、怠惰の罪がいま下るのだ!」
「罰を受け入れよ!さもなくば抵抗せよ!」
プラカードには「怠惰な人類よ、改めよ!」や、「機械に人生を委ねるな!」といった過激な言葉が書き連ねられていた。
道行く人達はこの集団の行動に注目していた。彼らの配布物を受け取る者や、署名活動に賛同する者も少なくなかった。
 
第十二階層スバース地区で起きたオートマタの暴動。それを皮切りに、各階層でオートマタ達は意思を持ったかのように暴走、暴動を繰り返すようになっていた。そんな世情に呼応するように台頭し始めたのが、『アンチ・オートマタ信奉者』と呼ばれる者達だ。
オートマタが便利な機械奴隷だった頃は、どちらかと言えば社会の厄介者扱いされていた彼らだったが、オートマタの暴動が起きるようになってからは少しずつその数を増していた。
その要因となっているのが、オートマタの暴動により家族や友人といった身近な人を失った者達だった。
オートマタにより大切な人を失った彼らは『アンチ・オートマタ信奉者』が掲げるものに共感し、オートマタを排除しようとする行動を起こしたのである。
「私の妹はオートマタに殺されました。これ以上の犠牲者を増やさないために、我々はオートマタの撤廃を訴えます!」
デモ集会の様子を見やる人々に署名を促すアリアーヌも、その一人だった。
第九階層の裕福な家庭に生まれたアリアーヌは、父と妹のポレットと三人で、大きな屋敷に暮らしていた。
母親はポレットが幼い頃に病気で世を去っていた。それでも、父親は母親の分も愛情を込めてアリアーヌとポレットを大事に育てていた。
だが、男手一つではどうにもならないこともある。そう考えた父親によって『第51世代ブラウタイプ』という高性能な使用人型オートマタが、姉妹の世話係として与えられていた。
シーニーという名前のこの使用人型オートマタは、子供の世話をすることに特化したオートマタであった。アリアーヌとポレットは、このオートマタを家族同様に慕っていた。
だが、数ヶ月前に起きたオートマタ暴動の最中にシーニーは暴走。妹のポレットはシーニーに殺され、シーニーも警察隊によって破壊された。
思い出の詰まった屋敷も取り壊され、今は小さな別宅を住居として使用している。
アリアーヌはたった一人の妹を殺したオートマタを憎んだ。その憎しみを向ける場所を探し、辿り着いたのが、この『アンチ・オートマタ集会』であった。
これ以上妹のような犠牲者を出したくないという思いから、アリアーヌはオートマタの撤廃を訴える集会にのめり込んでいった。
「ただいま戻りました」
夜、小さな邸宅に帰宅したアリアーヌが扉を開けて声を掛けるが、邸宅は静まり返っている。
返事がないことに一つ溜息を吐くと、アリアーヌは明かりが灯っている食堂を目指した。
「お父様、戻りました」
父親がいるであろう食堂の扉を声を掛けてから開ける。
「……お父様、またですか」
酒瓶が散乱するテーブルに突っ伏し、鼾を掻きながら寝ている男性。
アリアーヌの父親だ。
ポレットの死後、アリアーヌの父親は酒に逃げるようになっていた。
優しくも厳しい父。姉妹を育てるため、自身の責務を全うしようと努力する父。オートマタの手を借りながらとはいえ、奔放な姉妹を育てていた父。
アリアーヌが尊敬し、憧れて止まなかった偉大な父の姿はそこには無い。そこにあるのは、酒に逃げ、酒に溺れて心を壊されてしまった人だ。
早くに妻を亡くし、必死の思いで忘れ形見の姉妹を育てていた彼にとって、ポレットが殺されてしまったことはどれほど悲壮なことだっただろう。
妹を殺し、そして父親までも精神的に殺そうとしているオートマタ。アリアーヌの憎しみは募るばかりであった。
「お父様、そんなところで寝ていると風邪を引いてしまいます」
「あ、ああ?おか、えり……セリーヌ。こども、たちは……?」
セリーヌとは母の名だ。
またか。アリアーヌは今日何度目かわからない溜息を吐いた。
泥酔した時の父親は、こうして家族全員が一緒に生活していた頃によく意識を飛ばしてしまう。
そしてアリアーヌを妻と間違え、言葉を交わそうとするのだ。
「もうみんなベッドに入りましたよ。さ、あなたも寝ましょう?それとも、朝になって子供達にそんなみっともない姿を見せるおつもりですか?」
アリアーヌはそんな父親の前で母を演じる。泥酔している時まで現実を見据えさせる必要はないだろうと思っていた。
「それは……よくない、な……」
「さあ、寝室に行きましょう」
父親は緩慢な動きで立ち上がる。アリアーヌはその背中を支えて、寝室へ父親を誘導した。
父親を寝かしつけ、食堂に戻って酒瓶を片付ける。
こんな生活がいつまで続くのだろう。そんなやるせない思いに囚われながら、アリアーヌは簡素に食事を済ませた。
アリアーヌの家は裕福ではあったが、住み込みで働くような使用人はいない。オートマタの存在が、他者の家庭を世話するといった職業を淘汰していたからだ。
だからと言って、オートマタに家族を殺された家庭が再びオートマタに頼ることなどできる筈もない。そのため、家事全般は全てを自らの手でこなす必要があった。
慣れない家事が終わる頃には、就寝しなければいけない時間を過ぎていた。
明日もデモ集会が行われる。早く就寝しておかなければ。
だが、アリアーヌの心は今だやるせない思いに満ち溢れており、就寝には時間が掛かりそうだった。
翌朝、アリアーヌが食堂へ向かうと、ちょうど父親が出掛けるところであった。
「おはようございます、お父様」
「ああ。おはよう、アリアーヌ。行ってくるよ」
昨夜の深酒のせいか、父親の表情に精彩がない。どこか体の調子が悪いのかもしれない。
「お父様、顔色が悪いわ、お休みになったほうが……」
「大丈夫だ。それに、オートマタを廃止した分の人員がまだ入ってなくて、人手が足りないんだよ」
父親は表情を引き締める。その態度に、アリアーヌは心配ながらも父親の行動を引き止めることができなかった。
父親が働かなければ会社は立ち行かない。それくらいはアリアーヌも理解していた。
「無理はしないでね、お父様」
「わかってるよ」
心配する人間がまだいるのだと父親の心に刻むように、アリアーヌは言葉を発した。
 
「アリアーヌお嬢様!」
デモ集会の最中、一人の男性がアリアーヌの名を叫んだ。
集会の最中ではあったが、その必死の呼び掛けに集会の参加者がアリアーヌの元へその人物を連れてきた。
「お嬢様!至急病院へ!」
父親の会社に勤める若い社員であった。
その社員が、血相を変えた状態でアリアーヌの腕を引っ張ろうとする。
「ど、どうかしましたか?」
「社長が倒れられました!」
「なんですって!?」
アリアーヌは頭からすっと血の気が引いて寒くなっていく感覚に囚われた。
今朝、なんとしても休ませるべきだったと、後悔の念がアリアーヌを襲う。
「早く車に!」
「わ、わかりました!」
デモの最中であるということは完全に頭から消えていた。周囲のことなど構わずに、社員と共に青ざめた表情で車へ乗り込む。
車はすぐに中央病院へ向かう道のりを走り出した。
そのことは、父親の状況が予断を許さぬものであろうということを、アリアーヌに強く意識させたのだった。
「─了─」

2837年「武器」

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「軽度の過労と睡眠不足でしょう。ですが、念のために詳細な 検査をお受けになることをお勧めします」
不安な表情のアリアーヌに対し、医者は淡々と告げた。
医者の言葉にアリアーヌは安堵した。少なくとも、今の段階では父親の容態はそれほど深刻なものではない。
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
 
ベッドで横になっている父親の顔色は、朝に見たときよりは幾分か良かった。
「すまない、心配を掛けたな。医者の話では、二、三日もすれば体調は戻るらしい」
「ここのところ働き詰めでしたもの」
「それは仕方がないな。会社の人手が全然足りていないんだ。 その分は働かなければ」
「お父様、お願いだから無理はなさらないで。もしお父様に何かあったら……」
自分が止めなければ、父親は際限なく無理をしてしまう。アリアーヌは必死で父親に懇願した。
「お前の言う通りだ。今後は気をつけるとしよう」
「この際だから、他にも悪いところがないか、全部検査をしていただきましょうよ?」
「そこまでは……。いや、そうだな……。うん、お前の言う通りだ」
アリアーヌの言葉を受け入れる父親の様子に安堵し、アリアーヌは席を立った。
アリアーヌが病室から出ると、スーツ姿の男達がアリアーヌに一礼してから父親の病室へと入っていった。会社の役員達だ。おそらく父親が休養を取っている間の会社の方針について話をするのだろう。
倒れたばかりなのだし、もう少し休ませてくれてもいいのにとは思うが、大勢の社員を抱える身はそれは許されないのだろう。
であれば、せめて話し合いが早く終わり、一分でも長く父親の休息時間が取れるようにと、アリアーヌは願うばかりであった。
精密検査に関する手続きを済ませたアリアーヌは邸宅に戻り、 誰もいないリビングで一息ついた。ここに移り住んでからは出迎えてくれる家人もいないが、父親がいないことが、より一層の寂しさを感じさせた。
寂しさのせいか、会社の人に父親が倒れたと聞かされたときの恐怖がまざまざと蘇ってくる。
これ以上家族を失いたくない。アリアーヌの胸中をそれだけが占めていった。
「お母様、ポレット……」
誰にも聞かれることのない咳きが、リビングに反響した。
 
父親が倒れて以降、アリアーヌはますますアンチ・オートマタの集会やデモにのめり込むようになっていた。
「アリアーヌ、ここ最近毎日出掛けているようだが、何処に行っているんだい?」
休養中の父親が心配するほど、アリアーヌは毎日集会や話し合いに出掛けては、夜になって帰宅するという生活を続けていた。
「少し働いてくるだけです。大丈夫、夕食までには戻ります」
アリアーヌはアンチ・オートマタの集会に頻繁に参加していることを、父親には秘密にしていた。
この集会を主催する団体は今でこそ社会に認知されているものの、つい最近まで「前時代的な標榜を掲げる怪しい集団」と言われていたのだ。そのような集団の活動に執心していることが父親に知られれば、父親に余計な心労を掛けてしまう。それは理解していた。
 
「オートマタの撤廃を!」
「これ以上、犠牲者を増やすな!」
「オートマタ廃止の法令を作れ!」
統治局に続く大通りを、原始的なプラカードを掲げたデモ隊が行進している。
このデモ隊を構成するのは、オートマタの暴動によって何らかの被害を受けた者ばかりだ。
アリアーヌは行進の最前列でプラカードを掲げ、政府に訴えを主張する。
妹であるポレットを亡くし、その事件が切っ掛けで住んでいた場所を思い出ごと奪われ、現実に向き合いきれない父親が倒れた。その怒りや鬱屈、やるせなさを、アリアーヌはオートマタ暴走に対して打開策を見出せない政府への憎悪に転換していた。
そうでもしなければ、寄る辺のないアリアーヌの心は父親以上に壊れていたであろう。
デモ隊を警戒するためだろうか、統治局の建物に近付くにつれ、警備用オートマタが配備されているのが目につき始めた。安全を守る警備用とはいえ、オートマタが配備されていることは集団の怒りを助長させた。
このデモを行っているのは、オートマタによって被害を受けた者達だ。統治局の行為は火に油を注ぐものに他ならない。
「ふざけるな!」
「我々をオートマタの餌食にする気か!」
「いい加減にしろ!」
「また暴走が起きるぞ!」
シュプレヒコールに怒声と罵声が入り混じり始めた。
デモ隊の先頭がもう少しで統治局前の広場に辿り着こうという、その時だった。
「暴動だ!」
後方からそんな言葉が聞こえてきた。
アリアーヌ達は行進を中断して背後を見やる。しかし、長い列の後方がどうなっているのかは見当が付かない。
「何だ?どうした?」
「このデモでは暴力に訴えるなと言ったはずだぞ!」
「早く、誰か早く止めろ!」
デモはあくまでも政府に自分達の主張や意見を示すものであ る。その行為が暴力の発生によって鎮圧されてしまっては意味が無くなってしまう。
「違う!オートマタの暴動だ!」
後方から伝言ゲームのように情報が伝わってくる。
「くそっ、こんな時に!」
「統治局前の警備用オートマタも暴動に同調するかもしれない!逃げろ!」
最前列でデモの指揮を執っていた男が叫ぶ。
オートマタの暴動は拡大した。時間を置かず、先程叫んだ男が言ったとおり、警備用オートマタも暴走し始めた。
デモ隊は暴走オートマタの被害から逃れようと、蜘蛛の子を散らすように散り散りになっていく。非暴力でオートマタの撤廃を訴えるデモ隊には、オートマタと対峙できるような力はなかった。
デモ行進はオートマタの暴動によって解散せざるを得なかった。暴動の影響が少ない場所まで逃げてきた後は、デモ参加者達の無事を確認するだけで一日が終わってしまった。
憎むべきオートマタによってデモ行進が中止させられたことは、アリアーヌ達の憎悪をより一層膨れ上がらせる。
「これだけの惨状を見てなお、政府はオートマタを使い続けるというの?」
「政府はオートマタに乗っ取られてるんじゃないのか?」
「やめてよ、気持ち悪い!機械に支配される世界なんて、そんなのいや!」
アリアーヌ達は、政府への不満とオートマタへの憎悪を口にしながら帰路へ付くしかなかった。
 
数日後、アンチ・オートマタ信奉者達が拠点としている雑居ビルの一室で、デモ行進におけるオートマタ暴動への対策について会議が行われることになった。
この会議には有志の者達が出席しており、アリアーヌも出席していた。
「数台の装甲車を用意すべきなのでは?」
「相手はリミッターの外れた暴走オートマタですよ?装甲車なんかで自分達の身を守れるとは、到底思えません」
「とは言え、何も無いよりはましだろう。それにだ、装甲車であれば、デモ隊が襲われた際のバリケード代わりにはなる じゃないか?」
会議は長引きそうであった。
どうすればオートマタによる圧倒的な力を防げるのか。意見は膠着し、沈黙が増えていく。
「武器を携帯したほうがいいのかもしれませんね」
そんな中、アリアーヌと同じくらいの年頃の青年が、そんなことを口にした。
「だが、それでは政府に鎮圧の理由を与えることになってしまわないか?」
「私は何もせずにオートマタに殺されたくはないですし、デモに参加する皆様が殺されていく姿を見たいとも思いません。自分達の身を守るために必要な措置は執るべきだと、私は思います」
アリアーヌは武器を所持すべきという意見に賛同した。何もできずに殺されていく妹を見てしまったが故の意見であった。
「やはり、政府が警戒を強めない程度には護身武器を携帯した方がいいのか?」
会議の焦点は、自分達の身を守るために武器を所持するか否かに絞られていった。
真っ先に武器を所持すべきだと主張した青年を中心に、アリアーヌらの若い有志達は武器を所持すべきであると主張する。
「護身用に販売されているスタンバトンではどうでしょうか?」
「法的に認可されているものならば、所持していても問題はなさそうか……」
 
そうこうして、武器を所持するという結論が出たのは、更に二時間くらいが経過してからであった。
「装甲車に非常用のスタンバトンを乗せよう。だが、これはあくまでも万が一、オートマタに襲われた場合にのみ使用する」
政府にデモ鎮圧の口実を与えないように、年配の有志達が知恵を絞って意見を交わし合った結果であった。
アリアーヌを含め、若い有志達には若干の不満が残る。
だが、不安や課題が山積されているとはいえ、自衛のために武器を持つことができた。これで、誰かがオートマタに殺される姿を無力の中で見なくて済むかもしれない。
それを思えば、自分の意見は無駄ではなかったのだと、アリアーヌは強く感じていた。

「―了―」