クリスマスイベント2011

Last-modified: 2018-09-13 (木) 17:44:40

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「冬祭り」

極寒の地を歩き続ける者たちがいた。
現世に召喚された二人の戦士は重装備で身を固め、いつもより慎重に歩を進めていた。
「しっかし、クソ寒いな、エヴァ」
アイザックは前を進むエヴァリストに声を掛けた。
「同感だな。しかし、私たちはいいが、彼女は……」
かつての帝国騎士は進行の妨げとなる雪を崩しながら、今では自らの主である人形を気にしていた。
この世界で続ける旅は、現世とは全く異なる奇妙なものだった。
人形である少女と共に、この世ならざる土地を進み続ける。
彼女の言葉のままに。そこは灼熱の砂漠であったり、妖魔の巣窟であったり、隠された財宝の山であったりした。
彼らはそれら無数の危機を乗り越えて、自身を取り戻す旅を続けていた。
先程戦いを終えたばかりのアイザックは、珍しい周囲の雪景色のせいか、いつもより饒舌に語る。
「さっき倒した奴といい、ガキだったころを思い出すぜ。昔、屋敷の領主様が大きな袋を担いでいたのを覚えてるか?」
エヴァリストは、遥か昔に感じられる遠い記憶を手繰り寄せた。
「ああ、父のことか」
それは屋敷にいたころの記憶。あの頃はエヴァリスト達の人生の中で、唯一人並みの人生を送っていた時間だったかもしれない。
「あのお方は変装が下手で、毎年二人でからかってたもんだ」
「そうだな」
エヴァリストの父親である領主は、その立場とは裏腹にとても破天荒な性格だった。
毎年エヴァリストの誕生日にはプレゼントを用意した。
それは使用人の息子であるアイザックに対しても同じで、二人を自らの子供のように接していた。
また、冬祭りになると自らが吹雪の妖精に変装し、エヴァリストの母親や使用人達に咎められたほどだった。
少し前までは、その存在すら曖昧だった記憶だった。
それは、戦い続ける時間の中で少しずつ取り戻していったものだった。
自身の存在は記憶によって作られている。
今は何処にも存在しない家族であっても、エヴァリストという人間を形作る一部であるのは確かだった。
領主である父とそれに付き添う母。そして幼いエヴァリストが暮らしていた領主の館。
そこへある日突然、新たな使用人が仕えることになった。
「ほらアイザック、皆様に自己紹介だ」
アイザックとは後ろに隠れている使用人の子供のようだ。
幼いエヴァリストはすぐに理解した。
エヴァリストは、父親が領主という立場もあってか、同年代の友達といえる存在が非常に少なかった。
そのため、まともに同年代の人間と話すのはとても久しぶりで、心が浮き足立っていた。
「僕の名前はアイザック。よろしくおねがいします」
エヴァリストはそれに答える。
「よろしく、アイザック。僕の名前はエヴァリスト。父さんにはエヴァって呼ばれてる」
「うん。よろしく、エヴァ」
一連の会話を聞いていたアイザックの父親が青ざめた。
領主の息子とはいえ、今の発言は間違いなく失言だった。
「こらアイザック!エヴァリスト様、我が息子が馴れ馴れしい口をきき、誠に申し訳ございません」
父親の様子を見て自分の失言に気づいたアイザックも、それに倣って謝罪する。
しかし、それを一歩離れた位置から様子を見ていたエヴァリストの父親が止めた。
「まぁまぁ、その辺でいいじゃないか。アイザック君、これからもエヴァをよろしく頼むよ」
雇い主である領主の発言は絶対であり、使用人であるアイザックの父親も渋々といった表情で納得した。
しかしさすがのアイザックも気付いたらしく、自らの父親の前ではエヴァと呼ぶことはしなくなった。
そして、この日からエヴァリストとアイザックは友達となった。
 
ドスン。
突然の衝撃に、エヴァリストは一瞬身構える。
しかしそれがただの雪のつぶてだと分かると、振り返ってアイザックを探す。
「馬鹿な真似は止めろ。アイザック」
「はは、悔しかったらやりかえせ。エヴァ」
再び雪のつぶてが飛んでくる。身を捻ってかわす。
「やるな。次はどうだ!」
「いいかげんにしろ」
エヴァリストも側にあった雪を掴み、投げ返す。
「はは、へたくそー」
やれやれといった調子で大きく息をつくと、エヴァリストは再び踵を返して雪道を進んでいく。
「ちぇっ、付き合いの悪い」
アイザックはエヴァリストの元まで走ってきて言う。
「呑気なものだな、お前は」
「まぁ、こんな訳の分からん場所じゃ、細々思い悩んでも埒があかねーからな」
「確かに、一理はある」
エヴァリストは苦笑いで同意した。
「おっと、替わるぜ、先頭」
今度はアイザックが先頭になり、雪道を進んでいく。
エヴァリストは少し離れた後ろを歩く人形へ話し掛けた。
「雪道は平気か?もうすぐここから出られそうだ」

「―了―」