クリスマスイベント2013(タイレル)

Last-modified: 2018-09-13 (木) 17:47:17

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六花の思い出

焚き火の炎が薄暗い洞窟内を照らしていた。
急に日が落ちて暗くなったため、何の準備もなしに夜道を歩くことは危険と判断したヴィルヘルムにより、ここで夜営を開始したのだった。
提案した本人であるヴィルヘルムは周囲の安全を確認しに外に出ている。暫くすると、重い足音が洞窟内に聞こえてきた。
「戻りましたか、ヴィルヘルム。外はどうでしたか?」
「雪が降り始めた。積もるほどではなさそうだが、寒くなるだろうな」
「防寒具を用意しておいて正解でしたね」
降雪により気温が下がり始めた洞窟内。全身を防寒具で包んでいるものの、やはり寒い。
ヴィルヘルムとタイレルよりも格段に小さい人形である導き手は、寒さの影響も大きいようで、温まろうとこれでもかと焚き火の炎に近付いていた。
ヴィルヘルムは導き手の防寒具の裾を捉まえ、人形が火の中に転げたりしないように気を付けていた。
「あまり近付き過ぎるなよ、燃えてしまうぞ」
「こんな人形にも寒暖感知の機能があるんですねぇ」
このように小さな自動人形とも呼べない人形でも、そういった高度な機能が付属していた。実際、防寒具を着ていても小さく震えている。
やたらと人間くさい動きに、タイレルは不思議なものを見る目で導き手を見ていた。
「タイレル、この調子じゃ導き手がいつ火に突っ込むかわからない。そのイヤーマフを貸してやってくれないか?そうすれば少しは――」
「その提案は却下させていただきますよ。このマフは僕の兵器の中でもとりわけ優秀なんです。いくら大事な案内人である人形といえども、こればかりは渡せませんね」
不意に掛けられた言葉だったが、タイレルはヴィルヘルムの提案に食い気味に答えた。
ヴィルヘルムには言っていないが、イヤーマフには魔物を倒す武器として使用している、球状兵器のコントローラーとしての機能がある。
例え導き手であろうとも、おいそれと自分の兵器を貸す訳にはいかない。殆ど条件反射のような答えだった。
「そ、それは悪かった」
タイレルの剣幕に押されたのか、それとも兵器という言葉にたじろいだのか。ヴィルヘルムは一言短く謝ると、それきり黙ってしまった。
タイレルは小さく溜息をつき、焚き火の火を絶やさないように固形燃料の残量を確かめながら、空いたほうの手でイヤーマフを触っていた。
タイレルが出入りしていた研究施設は、パンデモニウム内でもとりわけ寒いということで有名であった。膨大な検証実験を行うための機械が多く、それらがオーバーヒートを起こさないよう、常に施設は低温に保たれていた。
そんなところに出入りしているのだから、当然タイレルも防寒具を身に纏っていた。
イヤーマフも、その防寒具の一つとして身に着けていたものだ。
他と違う部分があるとすれば、それは――女性からの贈り物であった――という一点のみだろう。
パンデモニウムで暮らす住民の中でも容姿が整っている部類に入るタイレルは、いわゆる年頃といわれる年齢の女性から贈り物を送られることが度々あった。
研究に熱が入ると暴走することがあるものの、物腰も他のエンジニアと比べれば柔らかい方であり、それが余計に拍車を掛けていた。
イヤーマフも、元々はそういった女性達からの贈り物の一つに過ぎなかった。
確か「この研究施設は寒すぎて耳が痛くなるから、どうぞ」と言われて渡された覚えがある。
マフ自体は凡庸なものだったので、研究に便利なように暇を見つけては改造を施した。概ね改造が済んだあたりで、少々の危険を伴う過剰な改造を施したことに気付き、自分以外の人間には触らせたりしないよう注意していた。
だが、たった一度だけ、小さなミスで他人に触らせてしまったことがあった。

「タイレル、何か落としたよ」
寒いと評判の研究施設から帰ってきた時のことだった。
どこかへ向かう途中らしいC.C.とすれ違った際、突然呼び止められた。
C.C.の手には小さく折り畳まれたイヤーマフが握られていた。
「すみません。拾っていただいてありがとうございます」
鞄に仕舞い損なって落としたのだろう。イヤーマフを触られたくないタイレルは、C.C.の手から素早くそれを受け取った。
「見た目の割に重たいね。普通のものとは違うみたい」
「頂き物なのですが、防音性が存外に良すぎたのでヘッドに小型の集音チップを取り付けて、マフの内側から外の音声が流れるようにしてあるんです。音が聞き取れないのは困りますから」
「チップサイズだとノイズの除去とかどうしてるの? チップ自体に組み込むわけにもいかないでしょう?」
「それはマフの内側に小さなエフェクターを埋め込んで対応していますよ。とはいえ、チップもリダクション機能が小さい分、性能も落ちていますので、それが今後の課題ですね。それより――」
「そ、そっか……あ、主任に呼ばれてるんだった。じゃあこれで!」
最初こそ普通に受け答えしていたものの、すぐにタイレルの勢いに気圧されたのか、C.C.は話を中断して小走りで通路の向こうへと消えていった。
「残念。意見を聞きたかったのですがね」
タイレルはC.C.が走っていった通路を見据えながら、小さく溜息をついたのだった。

「そんなことも、ありましたね」
タイレルは苦笑いをしながら一人呟いた。
過去を振り返っている間に、導き手はヴィルヘルムの膝に収まっていた。
「人形もおとなしくなったようですし、少し外の景色を見てきますね」
「ああ、気をつけろよ」
一言告げて、タイレルは洞窟の入り口に立った。
今、タイレルが置かれている立場は、過去の感傷に浸っていられるほど甘くはない。外の空気を吸って、過去の思い出を頭から切り離す。
洞窟の外では、ちらつく雪が月明かりを浴びて煌いていた。

「―了―」